【超高速!参勤交代】シリーズで近年の時代劇映画ブームを後押した本木克英(もときかつひで)。大手の映画・配給会社出身という恵まれた経歴によって巨匠達の技芸を受け継いでいます。また配給会社出身の経験からその監督作では女性の観客を大きく意識した時代劇映画が目指されています。
本木克英は大学卒業後、松竹に助監督として入社します。当時の好景気から17年ぶりに募集された助監督に、朝原雄三(代表作:【釣りバカ日誌】シリーズ、【武士の献立】など)と共に採用されました(1987年)。
入社後は森﨑東、木下惠介、勅使河原宏ら巨匠に師事します。
その後、1年間のアメリカ留学、帰国後には2年間のプロデューサーを務めたのち、【てなもんや商社】(1998年〔松竹〕配給)で監督デビューしました。
脚本は榎祐平です。谷崎光が貿易商社の体験を描いた小説【中国てなもんや商社】が原作でした。本木克英は同映画で第18回藤本賞・新人賞を受賞しています。
以後、松竹の看板映画【釣りバカ日誌】シリーズの監督(2000~2002年)、人気脚本家・宮藤官九郎の脚本作品、水木しげるの人気漫画、犬を題材にした松竹動物モノ第3弾、万城目学のデビュー作、小惑星探査機はやぶさ、人気アイドルグループ主演作、東京駅開業100年記念など話題先行作の監督を担当しました。
小説【超高速!参勤交代】
本木克英が自身初の時代劇映画の監督を務めるきっかけは城戸賞でした。
城戸賞は松竹社長の城戸四郎にちなんだ新人脚本家の発掘を目的とした賞です。近年では和田竜が【忍ぶの城】で第29回に入選(2003年)。第37回では土橋章宏が【超高速!参勤交代】で入選します(2011年)。
同賞の審査員を務めていた本木克英は、同賞初のすべての審査委員から満点を受賞した土橋章宏の脚本の映画化に乗り出します。
同脚本は、江戸時代中期、徳川吉宗(江戸幕府第8代将軍)の時代、実在の湯長谷藩(現在の福島県いわき市)の藩主を主人公にした物語です。土橋章宏が同藩を選んだのは当時、東日本大震災の被災地だったためと言います。
実在の第4代藩主・内藤政醇(ないとうまさあつ)を主人公に、実在する老中・松平信祝(まつだいらのぶとき)との対立を創作しました。内藤政醇は参勤交代からの帰国後、通常は江戸まで8日はかかるものを5日で再び参勤交代を行うはめになります。
湯長谷藩のお取りつぶしを阻止するため、財政を圧迫する参勤交代の連続に、内藤政醇らは知恵を絞ります。荷物を減らすために槍などは持たない、街道ではなく山中を駆け抜ける、中間(ちゅうげん:武家の奉公人)を日雇いして数を間に合わせ監視のある宿場を凌ぐなどで苦難を乗り越えていきます。
映画化の前年、脚本は土橋章宏自身によってノベライズ化され、単行本化されました(2013年)。
Blu-ray【超高速!参勤交代】
本木克英監督作【超高速!参勤交代】(2014年〔松竹〕配給)は、脚本は土橋章宏自身が手がけました。撮影場所には、スタジオセディック庄内オープンセット(山形県鶴岡市)などが使用されています。
湯長谷藩藩主・内藤政醇(佐々木蔵之介)の5日以内の参勤交代には多種多彩の家臣8名が同行します。
居合抜刀術の使い手・内藤政醇だけでなく、剣術を得意とする荒木源八郎(寺脇康文)、二刀流の増田弘忠(柄本時生)、槍の使い手・今村清右衛門(六角精児)などの剣客もいます。
湯長谷藩への無理難題は、湯長谷藩が金山を発見したと隠密から聞いた松平信祝(陣内孝則)の欲望からでした。その裏では、江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗(4代目・市川猿之助)がこの騒動の行く末に目を光らせています。
同映画は、第38回日本アカデミー賞で最優秀脚本賞、優秀監督賞、優秀主演男優賞を受賞しました(2015年)。第57回ブルーリボン賞では作品賞を受けています(2015年)。
内藤政醇(佐々木蔵之介)の一行は道中、戸隠流の抜け忍・雲隠段蔵(伊原剛志)に助けられます。分け与えられる物のない内藤政醇は宝刀を報酬としました。
刀剣・日本刀よりも家臣・民を重んじる藩主像です。
内藤政醇
「段蔵、道中、皆を頼むぞ」
雲隠段蔵
「あぁ」
内藤政醇
「これは我が家の家宝じゃ、心付けとしてもらっておいてくれ(と短刀を出す)。本当は銭をやりたいが出し尽くしてしまっての」
雲隠段蔵
「しかし家宝なのでは…」
内藤政醇
「こんなものより民のことじゃ。(短刀を手渡して)湯長谷の存亡はお主にかかっておる。頼んだぞ(と頭を下げる)」
映画【超高速!参勤交代】
湯長谷藩の面々は短時間で参勤交代を行うために、様々に知恵を絞ります。
知恵者の家老・相馬兼嗣(西村雅彦)は、荒木源八郎(寺脇康文)、増田弘忠(柄本時生)、今村清右衛門(六角精児)ら剣客の面々に武士の命を置いていく秘策を提案します。
超高速!参勤交代は好評から本木克英監督作【超高速!参勤交代 リターンズ】(2016年〔松竹〕配給)も製作されました。
土橋章宏の時代小説【超高速!参勤交代 老中の逆襲】(2015年)を原作とし、再び土橋章宏自ら脚本を手がけました。
Blu-ray【超高速!参勤交代
リターンズ】
土橋章宏はその後、時代劇のテレビドラマ、映画の脚本を多数手がけます。
1年で3作のテレビドラマの脚本に携わります。
自著【金の殿 時をかける大名・徳川宗春】とメディアミックスされたCBCテレビ開局60周年記念スペシャルドラマ【金の殿 ~バック・トゥ・ザ・NAGOYA~】(2017年〔CBCテレビ〕)、織田信長公岐阜入城・岐阜命名450年記念企画【父、ノブナガ。】(2017年〔CBCテレビ〕制作・〔TBSテレビ〕系列)、海老沢泰久原作【無用庵隠居修行】(2017年〔BS朝日〕)です。
その後も、山田風太郎原作【くノ一忍法帖 蛍火】(2018年〔BSジャパン〕)、自作の連載時代小説【駄犬道中おかげ参り】を原作とする【大江戸グレートジャーニー ~ザ・お伊勢参り】(2020年〔WOWOW〕)と続いています。
映画では、自著【幕末まらそん侍】を原作とするバーナード・ローズ監督作【サムライマラソン】(2019年〔ギャガ〕配給)、落合賢監督作【NINJA THE MONSTER】(2016年〔松竹〕配給)の脚本、自著【引っ越し大名三千里】を原作とする犬童一心監督作【引っ越し大名!】(2019年〔ギャガ〕配給)の脚本などに携わっています。
2010年、配給会社が連携して<サムライ・シネマキャンペーン>と題した取り組みがなされました。池宮彰一郎原作【十三人の刺客】(〔東宝〕配給)、吉村昭原作【桜田門外ノ変】(〔東映〕配給)、池宮彰一郎原作【最後の忠臣蔵】(〔ワーナー・ブラザース〕配給)、宇江佐真理原作【雷桜】(〔東宝〕配給)、磯田道史原作【武士の家計簿】(〔アスミック・エース/松竹〕配給)が順に公開され、時代劇映画を盛り上げます(2010年)。
監督はそれぞれ、三池崇史、佐藤純彌、杉田成道、廣木隆一、森田芳光が務めています。
土橋章宏は、この<サムライ・シネマキャンペーン>以降の時代劇映画ブームの一翼を担っています。
Blu-ray【居眠り磐音】
本木克英監督作【居眠り磐音】(2019年〔松竹〕配給)は、脚本を藤本有紀(代表作:NHK大河ドラマ【平清盛】など)が担当します。
撮影場所には、大分県杵築市市内の城下町、松竹撮影所などが使用されています。
映画版では、主人公・坂崎磐音(松坂桃李)の若き頃が恋愛を軸に描かれます。
豊後国(現在の大分市)の架空の関前藩の藩士・坂崎磐音は、江戸で直心影流の佐々木玲圓(ささきれいえん:佐々木蔵之介)の道場に学びます。河出慎之輔(杉野遥亮)と小林琴平(柄本佑)の幼馴染が道場仲間です。
けれどもある日、故郷で河出慎之輔はある疑いから妻を斬ってしまいます。妻は小林琴平の妹でした。小林琴平は妹の敵となった河出慎之輔を斬ることで恨みを果たしました。
この騒動に坂崎磐音は上意によって小林琴平を斬ることになります。親友2人を失い、許嫁だった小林琴平の妹・小林奈緒(芳根京子)とも破談に至ります。
過去から逃げるように脱藩して江戸に再び出た坂崎磐音は、江戸で長屋の大家・金兵衛(中村梅雀)とその娘のおこん(木村文乃)の世話になります。やがてその剣の腕前から用心棒稼業へ入っていきます。
そんななか、お家断絶から吉原で遊女となっていた小林奈緒と坂崎磐音は出会うことになります。
本木克英は原作小説では詳細に描かれていない坂崎磐音の居眠り剣法を次のように撮影しました。
佐々木玲圓
「磐音の構えは、春先の縁側で日向ぼっこしている年寄り猫のようじゃ。眠ってるのか起きてるのか、まるで手応えがない」
突きをひらりひらりとかわす。一太刀、上段にて木刀で受け止めるも、また猫のようにかわす。
佐々木玲圓
「それまで」
二人、礼あって。
小林琴平
「いつの日か磐音の本物の反撃を見てみたいものじゃ。反撃さえしてくれれば一撃の元に叩き伏せてやる」
佐々木玲圓
「よう言うたもんじゃなぁ。居眠り磐音の居眠り剣法とは」
映画【居眠り磐音】
坂崎磐音(松坂桃李)は友とのつらい過去を忘れるように脱藩して江戸に出て浪人となります。
その際、幸吉ら子供達の世話でうなぎ屋の料理人として働くことになります。それは、おこん(木村文乃)との出会いの場となりました。
おこん
「あら、新しい職人さん」
うなぎを包丁で巧みにさばく坂崎磐音。
幸吉
「浪人さん」
坂崎磐音
「あぁ幸吉殿」
幸吉
「中々板についてるじゃねぇか」
坂崎磐音
「(笑)さよか。痛み入る(と頭を下げる)」
幸吉
「俺もここに案内した甲斐があったというもんだぜ」
坂崎磐音
「まったく幸吉殿のおかけじゃ。礼を言う(と再び頭を下げる)」
幸吉
「なぁに困った時はお互い様よ」
坂崎磐音
「重ね重ね痛みいる」
おこん
「(笑顔)」
映画【居眠り磐音】
大手配給会社出身の本木克英は、現在映画の観客は女性客が7割と語ります。時代劇映画はこれまで男性の観客が中心となっており、そこで女性の観客向けに思案したと言います。そんな本木克英の刀剣描写では喜劇、恋愛の要素が強調されています。