歌舞伎の名場面・見どころ
仮名手本忠臣蔵
歌舞伎の名場面・見どころ
仮名手本忠臣蔵

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日本刀での斬り合いや格闘場面の立廻りが見どころのひとつになっている歌舞伎演目の中から、「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら)の題材となった出来事と物語の概要、さらに立廻りの見どころをご紹介します。

元禄時代に起きた「赤穂事件」を題材にした時代物

作者 竹田出雲(たけだいずも)・並木千柳(なみきせんりゅう)・三好松洛(みよししょうらく)による合作
初演 1748年(寛延元年)8月

仮名手本忠臣蔵は、人形浄瑠璃の作品を歌舞伎化した「義太夫狂言」(ぎだゆうきょうげん)と呼ばれる物で、「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅてならいかがみ)、「義経千本桜」(よしつねせんぼんざくら)と並び、歌舞伎三大名作のひとつに数えられています(他の2作品も同じ義太夫狂言)。

中でもこの仮名手本忠臣蔵は、歌舞伎の全作品中、上演回数トップを誇る大人気作です。題材は、江戸時代の元禄年間に起きた赤穂事件(あこうじけん)。

当時のセンセーショナルな一大事件を大胆に劇化するために、時代設定を南北朝時代に、人物設定を「太平記」(南北朝時代の軍記物)の登場人物に置き換えて物語化されており、「時代物」のジャンルに入ります。

物語全体は全11段構成で、ほぼその全段が現在に伝わる貴重な演目ですが、全編上演すると12時間にも及ぶため、それぞれの段が単独上演されることも多い作品です。

赤穂事件とは

そもそもの赤穂(あこう)事件は、1701年(元禄14年)3月14日、播磨国(兵庫県)の赤穂藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、格式高い家柄の吉良上野介(きらこうづけのすけ)を江戸城松の廊下で斬り付けるという前代未聞の事件を起こしたことを発端とした物。

上野介は傷を負ったものの命には別状なし。すぐに下ったお裁きは内匠頭の切腹で、彼はその日のうちに自害します。そして、地元の赤穂藩の家臣たちは寝耳に水どころか、訳が分からないままに御家断絶という憂き目に遭うのです。

そこから1年9ヵ月の歳月を経た1702年(元禄15年)12月14日夜半。職を失いバラバラになった家臣のうち46人と赤穂藩の家老であった大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の47人が、「殿の無念を晴らすため」に江戸本所松坂町の吉良邸に乱入して上野介の首を討ち取り、仇討ちを果たすというもの。この一連の流れを赤穂事件、あるいは元禄赤穂事件と呼びます。

しかし、現在知られている事件の経緯は、ほとんどが後世に赤穂藩士を称えた内容の物語で、なぜ内匠頭が刃傷沙汰(にんじょうざた)を起こしてしまったのかをはじめ、史実として確かなことはほとんど分かっていません。

吉良上野介は領地(三河国幡豆郡)で領民に慕われた慈悲深い名君として知られています。ただ、当時の時代背景として喧嘩両成敗の認識が広まっていた中、「吉良はおとがめなし」という幕府の判断には庶民の間で反感の空気が流れていたようで、赤穂浪士による吉良邸討ち入りのニュースがそういった思いに拍車をかけ、忠臣蔵の物語が生まれ大人気を博したと考えられています。

仮名手本の名の由来

現在、赤穂事件が「忠臣蔵」と呼ばれることがあるのは、仮名手本忠臣蔵から来ていると言われています。忠臣蔵の名の由来は諸説ありますが、「忠臣の内蔵助」の略というのが一般的です。

では、仮名手本はどういった意味を持つのでしょう?これは、赤穂四十七士(しじゅうしちし)を「いろは仮名の47文字」になぞらえた物。さらに興味深いのは、仮名手本忠臣蔵は赤穂浪士の討入から奇しくも47年後に書かれていることです。

物語の概要

判官が師直へ日本刀を向ける場面

判官が師直へ日本刀を向ける場面

仮名手本忠臣蔵では、題材となった赤穂事件を太平記の「世界」を借りて描いています。

吉良上野介は高師直(こうのもろのう)、浅野内匠頭は塩冶判官(えんやはんがん)となり、大石内蔵助は大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)という役名で登場します。

この歌舞伎の世界とは、誰もがよく知っている歴史上の出来事や伝説、あるいは文芸作品などのエピソードを基本パーツとして使い、「時代、登場人物、主な場面をこのように設定する」という物語の大枠のこと。狂言作者(脚本家)はこの世界のもとに、新しい解釈をしたり、変化を与えたりといった「趣向」を加え、物語を作り上げました。

仮名手本忠臣蔵において、史実と違う別の世界が設定されたのは、江戸時代の武家社会で起こった事件をそのまま劇化することを幕府が禁じていたことが大きな理由です。舞台を当時から見て大昔に置き換えることによって、出来事の話題性はそのままに、趣向を凝らした物語を生みやすくしたとも言えるのではないでしょうか。

日本刀が登場する場面としては、十一段目「討入~泉水の場」(うちいり~せんすいのば)での大立廻りがもちろん見ごたえたっぷりですが、三段目の判官が師直へ日本刀を向けてしまう場面、また六段目の勘平の切腹場面もオススメです。そこでの人間ドラマを引き立たせる重要なアイテムとして、日本刀(刀剣)が登場します。

日本刀が人間ドラマを引き立てる役割を

仮名手本忠臣蔵は、江戸・元禄年間の「赤穂事件」(あこうじけん)を題材に、時代や舞台、人物設定を「太平記」(南北朝時代の軍記物)の「世界」に移して作られた物語です。

その面白さは、仇討ち事件を軸に周辺の人々の人間ドラマを色濃く描いているところにありますが、見どころとなる場面場面で日本刀(刀剣)が登場し、いずれもそこで繰り広げられる人間ドラマを引き立てる重要なアイテムとなっています。物語の発端から見てみましょう。

三段目 足利殿中松の間の場

時は将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)の時代。鎌倉の鶴岡八幡宮(つるおかはちまんぐう)で「兜改め」(かぶとあらため:討ち取った兜の鑑定)があり、検分役(けんぶんやく)に招かれた塩冶判官(えんやはんがん=赤穂事件の浅野内匠頭)の妻・顔世御前(かおよごぜん)を初めて見た執権の高師直(こうのもろなお=赤穂事件の吉良上野介)が、彼女に恋文をわたして口説きました。

それをその場に居合わせた桃井若狭之助(ももいわかさのすけ)が止めると、腹を立てた師直は若狭之助を散々に辱めます。カッとなって日本刀(刀剣)を抜き、師直に斬りかかろうとする若狭之助を止める判官。怒りが収まらない若狭之助は家老の加古川本蔵(かこがわほんぞう)に「師直を斬る」と告げます。

「おや?」と思った方もいるかもしれませんね。そう、赤穂事件の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)を置き換えた人物は「師直を斬る」と憤る若狭之助ではなく、彼を止めた判官の方。この若狭之助の師直への怒りは、仮名手本忠臣蔵の作者たちが趣向をこらした伏線となっているのです。

話を戻しましょう。主君(若狭之助)の暴挙を止めたい家老の本蔵が、師直に賄賂を贈ります。この本蔵の行動が、本人も全く意図しない悲劇を生むことに。賄賂をもらった師直は態度を一変。後日、師直の方から若狭之助に卑屈な程の詫びが入るという展開になり、拍子抜けした若狭之助は討つタイミングを失い立ち去ります。

間の悪いことに、そこへ遅れて登城した判官が顔世からの手紙を師直にわたしたことで、一転して師直の罵倒の矛先は判官へ。手紙の中身は師直の求愛を断る歌。賄賂でこらえた若狭之助へのうっぷんと顔世にふられた腹いせからねちねちと判官をいたぶる師直。老権力者(師直)が若い貴公子(判官)をいたぶるさまは、歌舞伎独特の様式的な演出でありながら、リアルさを存分に感じられるものです。

そして、耐えに耐えていた判官がついにたまりかねて日本刀を抜き、刃傷沙汰を起こしてしまうくだりは、殿中で日本刀を抜けばその身は切腹、家は断絶と分かっている判官の日本刀を抜くまでの心情がひしひしと伝わる、非常に見ごたえたっぷりの場面。しかも、判官が結果的に師直にとどめをさせなかったのは、そこに居合わせた若狭之助の家老・本蔵が判官を抱き止めたため。

このとき、振り返って本蔵の顔を見るのが判官役の役者の大事な心得になっていますが、本蔵の賄賂がなければこういう展開にはならなかっただろうということと、それを知らない判官の心情を思うと胸が打たれます。

討ち入りに参加できなかった人物の悲哀も描く仮名手本忠臣蔵

仮名手本忠臣蔵の物語の軸となるのは、江戸・元禄年間の「赤穂事件」(あこうじけん)を題材にした仇討ち事件。仮名手本忠臣蔵では、仇討ちを誰より強く願いながら、志半ばで命を落とした人物にもスポットが当たります。そしてここでも、日本刀がその人間ドラマを引き立てる重要なアイテムとなっています。

五段目 山崎街道二ツ玉の場

城中で高官の高師直(こうのもろなお=赤穂事件の吉良上野介)に刀傷を負わせた塩冶判官(えんやはんがん=赤穂事件の浅野内匠頭)は、幕府からの裁きを受け入れ即日切腹。判官は、家老・大星由良之助(おおぼしゆらのすけ=赤穂事件の大石内蔵助)に無念の思いと形見の腹切り刀を託します。御家は断絶し、散り散りになった塩冶家の家臣たち(このあたりは四段目で描かれる)。

そのうちの一人、早野勘平(はやのかんぺい)は、実は刀傷事件のさなかに恋人おかる(顔世御前の腰元)と城外で密会していたというストーリーで、主君の大事に居合わせなかった自らの失態を悔やみ、おかるの実家に落ち延び猟師をやりながら、何が何でも判官の仇討ちをと心に決めている人物です。

おかるもまた、勘平の仇討ちへの参加を支えるため密かに身を売り軍資金を稼ごうと決めます。その娘の思いを知り、京の祇園町で娘の身売り話を決めてくるのは、おかるの父・与市兵衛(よいちべえ)。何とも言えない切ない空気が流れる中、畳み掛けるように悲劇が起こります。

与市兵衛は、家へと帰る途中で悪の色男・斧定九郎(おのさだくろう)によって惨殺され、身売りの前金50両を財布ごと奪われてしまうのです。ここから物語はさらに急展開。立ち去ろうとする定九郎に今度は鉄砲の玉が飛んできて、彼は息絶えます。何と勘平がイノシシと間違えて撃ったのです。暗がりの中、勘平は自分が誰を撃ってしまったのかも分からないままあわてて介抱しようと定九郎の懐に手を入れると、そこにあったのは50両の入った財布。悪いと知りつつも、軍資金のために持ち帰ってしまう勘平……。

六段目 与市兵衛内勘平腹切の場

勘平の語りの場面

勘平の語りの場面

そして次の六段目が、日本刀(刀剣)が物語の重要なアイテムとなる大きな見どころのひとつになります。金の工面ができ、これで仇討ちの仲間入りができると意気揚々と家に戻った勘平を待っていたのは、おかるの身売り話。

その話を義母(おかるの母)から知らされる中で、「自分が撃ち殺したのは与市兵衛だった?」と勘違いしてしまう勘平。彼が自分で自分を追い込んでいくさま、そしてその彼の様子から、勘平を与市兵衛殺しの犯人だと思い込む義母といった筋書きの巧みさは見事な物です。

さらに、共に仇討ちをしようと話した元同僚の千崎弥五郎(せんざきやごろう)とその上役が訪ねてきて、「不忠を働いたものを討ち入りの仲間にすることはできない」と50両を突き返すという、誤解のさらなる畳み掛け。追い詰められた勘平は、勘違いに気付かぬまま、進退きわまり腹を切ってしまうのです。

ここからの勘平の語りが、また見ごたえたっぷり。腹に日本刀を突き差したまま、苦しい息で昨夜のあらましを語ります。その話を聞いた弥五郎が与市兵衛の亡骸を調べ、刀傷と鉄砲傷の違いから真相にたどりつくのですが、ときすでに遅し。

弥五郎たちが見守る中、身の潔白が証明された勘平は晴れて仇討ちの連判状に加えられることになり、腹を切った血で血判を押し、息絶えます。勘平が腹切りの途中で、「色にふけったばっかりに…」と言いながら頬を自ら叩き、べったりと血の手形が付いてしまう演出にも、ぜひ注目して頂きたいひとつです。これは実は原作にはなく、三代目尾上菊五郎(おのえきくごろう)の創作だと言われています(勘平役は、代々の菊五郎の当たり芸)。

十一段目 討入~泉水の場

高師直邸に討ち入り

高師直邸に討ち入り

12月14日、雪が舞う夜。大星由良之助ら47人は、「天」「川」を合言葉に、ついに高師直邸に討ち入ります。

現在は、この段だけが明治期にできた新しい実録風の台本で上演されています。広間や奥庭で繰り広げられる大立廻りは、やはり見ごたえたっぷり。

また、「下座音楽」(げざおんがく)と言われる音による自然描写にも、ぜひ注目を。

雪が降る音、その雪が枝からどさりと落ちる様子、さらには無音の気配までも大太鼓で表現されています。現実には雪が降るときに音はしませんが、象徴的に表現する歌舞伎ならではの「らしさ」の演出です。この場面は情報抜きに観劇しても十分に楽しめます。

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