戦後昭和生まれの刀剣・歴史映画監督(時代劇映画監督)

篠原哲雄

文字サイズ

【山桜】、【花戦さ】など自然にちなんだ時代劇映画を監督する篠原哲雄(しのはらてつお)。藤沢周平の時代小説映像化ブームのなかで時代劇映画を手がけることになりました。その自然にちなんだ題材は、自然の力によって武士の力に立ち向かおうとする意志が描かれます。

少女を描く

篠原哲雄は映画の仕事に就くことを夢見、大学3年生の時、夜間のシナリオ講座に通います。そこで出会った仲間との縁で助監督としてプロの現場に入りました(吉田憲二、板谷紀之、根岸吉太郎、金子修介、森田芳光、中原俊、渡邊孝好ら)。

助監督の経験を積むなかで自主映画を制作します。その最初の作品、少女との出会いで疾走することになる青年を主人公とした短編【RUNNING HIGH】(8mm)が第12回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)のコンペティション部門・PFFアワード1989で特別賞を受賞しました(1989年)。

その後、村上春樹の短編から着想を得た、2人の男が草刈りをする短編【草の上の仕事】(16mm)を監督します。プロの現場仲間の協力を得、主人公を太田光(爆笑問題)が演じた同作は、神戸国際インディペンデント映画祭でグランプリを受賞しました(1993年)。

DVD【月とキャベツ】より

DVD【月とキャベツ】より

そして、自主制作【月とキャベツ】(1996年〔エースピクチャーズ/シネセゾン〕配給)を監督します。音楽家・山崎まさよしを主演に据え、映像セミナーの受講生のシナリオを原案とし、真柴あずさ(演劇集団キャラメルボックス)を脚本に迎えました。

隠遁してキャベツ栽培の生活を送っていた音楽家とファンだと語る謎の少女との邂逅を描いた同作は、その主題歌のヒットと共に話題作となりました。

以後、本格的に映画監督として活動していくことになります。

その多くが小説を原作とし(宮崎和雄、村山由佳、赤川次郎、柳美里、恩田陸、村上龍、松久淳と田中渉、小池真理子、浅田次郎、十和など)、少女を主人公とした物語を多く映像化しています。

藤沢周平の短編時代小説【山桜】

短編小説【山桜】所収【時雨みち】より

短編小説【山桜】所収
【時雨みち】より

そして、藤沢周平の短編時代小説【山桜】の映画化にあたり監督を務めます。

当時は山田洋次が【たそがれ清兵衛】、【隠し剣 鬼の爪】、【武士の一分】と藤沢周平原作作品を続けて映画化していた時期でした(2002~2006年)。

山桜は、再婚先で不遇な状況にあった海坂藩の下級武士の娘・磯村野江(いそむらのえ)が主人公です。

再婚以前には夫に先立たれ、再婚間際には弟が通う剣術道場の顔も知らない・手塚弥一郎(てづかやいちろう)からの縁談を断った過去がありました。

再婚のあやまちに苦悶していたある日、偶然目にした山桜の枝を採ろうと苦労していたところをひとりの侍が助けてくれます。それがそのとき初めて顔を合わすことになった手塚弥一郎でした。

そんな手塚弥一郎が腐敗する藩を見かねて身を捨てる行動に出たとき、大きな勇気をもらった磯村野江は自身も一歩を踏み出します。

そのとき磯村野江の心の支えが山桜でした。

映画版【山桜】

DVD【山桜】より

DVD【山桜】より

篠原哲雄は原作と同名の【山桜】(2008年〔東京テアトル〕配給)の表題作で監督します。

脚本を飯田健三郎と長谷川康夫が手がけます。

撮影場所には藤沢周平の故郷・山形県鶴岡市などが選ばれ、文庫版で20ページの原作を、篠原哲雄は誠実に描きました。

家紋・刀に立ち向かう意志

手塚弥一郎(東山紀之)は年貢に悩む農民の現状に心を痛めます。そして、私腹を肥やす重臣・諏訪平右衛門(村井国夫)を斬るに至ります。

手塚弥一郎の捨て身の行動を知った磯村野江(田中麗奈)は再婚先で、義母の磯村富代(永島暎子)と夫・磯村庄左衛門(千葉哲也)に自分の意志を示します。

磯村庄左衛門の邸宅。帰宅した夫・磯村庄左衛門の口から、手塚弥一郎の起こした騒動を聞く。磯村野江、夫の羽織を落としたことで言い争いとなる。

磯村庄左衛門
「貴様自分がこの家に嫁に来てやったとそう思っているのではなかろうな? いいか、俺がもらってやったのだ、お前のような出戻りをな」

磯村野江
「(夫を強いまなざしで見る)」

磯村庄左衛門
「その目をやめろと言っておるのだ」

その母・磯村富代、大声を聞き付けてやってくる。

磯村富代
「何事ですか!」

磯村庄左衛門
「この女、磯村の家紋を打ち捨てよった。いつも見下すような目でわしを見よって。ずっとこの家を蔑んでおったのであろう、違うか? 母上、この女嫁いできたときからわしのことを」

磯村野江
「(夫を強いまなざしで見ている)」

磯村庄左衛門
「その目をやめろといっておるのだ。やめんかその目を。やめろー」

と、磯村庄左衛門、を抜く。刃先を磯村野江に向ける。

磯村富代
「みっともないお真似はおやめなさい庄左衛門」

磯村庄左衛門、刀を手に去る。
磯村富代、家紋入りの羽織を畳み始める。義母の姿を見た磯村野江、代わりに畳もうとするも手をはたかれる。

磯村富代
「わかっておいでだろうね自分のしたことがどういうことか。磯村の家紋を汚した以上お前の居場所はここにはありませんよ」

磯村富代、畳み終えると去る。

映画【山桜】より

藤沢周平の短編時代小説&映画【小川の辺】

DVD【小川の辺】より

DVD【小川の辺】より

篠原哲雄はその後、数作のシリーズ物への参加を経て、【小川の辺】(2011年〔東映〕配給)で再び藤沢周平作品に挑みます。

藩命によって妹の嫁ぎ先の夫を斬らなければならない海坂藩の武士が主人公です。撮影場所には山形県庄内地方が選ばれています。

主人公の戌井朔之助(東山紀之)は、脱藩した佐久間森衛(片岡愛之助)を討つ藩命を受けます。佐久間森衛は友人であり、その妻は自身の妹・田鶴(菊地凛子)という親しい間柄でした。

戌井朔之助は直心流の剣客であるものの佐久間森衛も一刀流の剣客です。さらに田鶴も直心流の使い手で、戌井朔之助は両者のの腕前から苦労を強いられることは必定でした。

そこで戌井朔之助は奉公人・新蔵(勝地涼)を同行させます。新蔵には田鶴が結婚する以前にある過去がありました。

原作と同じその表題は、佐久間森衛と田鶴の夫婦が逃げていた小川の辺の小屋を指します。

時代小説【花戦さ】

小説【花戦さ】より

小説【花戦さ】より

篠原哲雄はその後、北海道淡路島など地方を舞台にした数作の現代劇を経て、鬼塚忠の時代小説【花いくさ】の映画化にあたり監督を務めます。

同小説は映画化の時期、文庫化され、【花戦さ】と改題されました。

主人公は、室町時代に実在した初代・池坊専好(いけのぼうせんこう)です。千利休との交流、豊臣秀吉前田利家の邸宅に招いた際のいけばななど史実とされる題材を軸に、豊臣秀吉の命によって切腹させられた千利休の敵討ちの物語として創作されます。

映画版【花戦さ】

DVD【花戦さ】より

DVD【花戦さ】より

篠原哲雄監督作【花戦さ】(2017年〔東映〕配給)は、脚本を森下佳子(代表作:【JIN-仁-】、NHK大河ドラマ【おんな城主 直虎】など)が手がけました。

同作は、第41回日本アカデミー賞・優秀監督賞、優秀脚本賞などを受賞しています(2018年)。

撮影場所は、大覚寺仁和寺南禅寺祇王寺など京都市を中心に使用しています。

池坊専好(野村萬斎)は天下布武へ邁進する織田信長(中井貴一)からのいけばなの依頼が偶然回ってきたことで、その名が高まります。本能寺の変のあと豊臣秀吉(4代目・市川猿之助)の時代となると、豊臣秀吉に仕える茶人・千利休(佐藤浩市)と親友となります。

けれども、天下人となった豊臣秀吉にはおごりが生じます。対立した千利休に切腹を命じました。憤った池坊専好は独自の弔い合戦を実施します。前田利家(佐々木蔵之介)の仲介によって、豊臣秀吉に迫りました。

映画化にあたり原作小説にはない、絵師の娘・れん(森川葵)が創作されます。池坊専好の心の隙間を埋める役どころとして活躍します。

抜いた刀を鞘に収めさせる戦

池坊専好(野村萬斎)は、千利休(佐藤浩市)の弔い合戦を豊臣秀吉(4代目・市川猿之助)に仕かけます。そのいけばなによる戦の準備には次のようなナレーションが重なります。

千利休を切腹。町衆を虐げる豊臣秀吉に向け、前田利家邸にて花を生ける準備を続ける池坊専好の門下達。観音経が響くなか、ナレーションが重なる。

池坊専好
「花のなかには仏がいてはる。宿る命の美しさを、生きとし生けるものの、切なる営みを伝える力がある」

観音経、続く。

池坊専好
「それは抜いた刀を、に収めさせる力と、違うやろか。いやしくも、池坊を名乗るならば、花を持って世を、正そうぞ」

映画【花戦さ】より

桜、小川、花など自然にゆかりある時代劇の監督作が続く篠原哲雄。そこでは自然の力で刀剣・日本刀に立ち向かおうとする時代小説が託されています。

著者名:三宅顕人

篠原哲雄

篠原哲雄をSNSでシェアする

「戦後昭和生まれの刀剣・歴史映画監督(時代劇映画監督)」の記事を読む


原田眞人

原田眞人
【関ヶ原】など司馬遼太郎作品の映画化に近年取り組む原田眞人(はらだまさと)。学生時代に山手樹一郎や五味康祐、司馬遼太郎の時代小説に大いに親しみ、映画監督デビュー直後には司馬遼太郎に映画化の打診をし、断られたエピソードもあります。司馬遼太郎作品への想いは特に強く、映画監督デビューから40年以上の時を経て司馬遼太郎作品の映画化を実現させました。

原田眞人

滝田洋二郎

滝田洋二郎
【陰陽師】の監督以降、【壬生義士伝】【天地明察】など時代劇映画を多数手がけるようになった滝田洋二郎(たきたようじろう)。時代劇映画への関与はテレビ局主導の映画製作がちょうど華やかになっていく時期でした。そんな滝田洋二郎は時代劇映画ではベストセラーに寄る大作を委ねられ、原作を脚色するうえで主に斬り合いや切腹を美徳とする武士の姿が強調されます。

滝田洋二郎

森田芳光

森田芳光
【椿三十郎】のリメイクで初めて時代劇映画に挑んだ森田芳光(もりたよしみつ)。自主制作映画・映画祭の興隆期に監督デビュー後、人気映画監督として長らく活動を続けるなかで晩年の取り組みが時代劇映画でした。晩年であっても、黒澤明リバイバルや時代劇映画ブームのなかで監督作を手がけ、常に日本映画の先導的な役割を果たし続けました。その森田芳光の時代劇映画では、刀を抜かない心得が描かれます。

森田芳光

石井岳龍

石井岳龍
【五条霊戦記 GOJOE】で初の時代劇映画に挑んだ石井岳龍(いしいがくりゅう)。パンク・ロックに大いに影響を受けた前衛的と評される監督作品を発表し続けています。その破壊的な世界観から静けさに耳を傾けることを主題とした音楽ジャンルのひとつ、アンビエント(環境的)になぞらえた内的世界へと関心を移すなかで発表したのが自身初の時代劇映画でした。その後2作目の時代劇映画は、パンク・ロッカーが書いた小説の映画化でした。石井岳龍監督作品では時代劇であっても常に音楽的アプローチが試みられています。

石井岳龍

中野裕之

中野裕之
SF時代劇映画【SF サムライ・フィクション】で劇場用映画監督デビューした中野裕之(なかのひろゆき)。映像監督としてミュージックビデオの黎明期から活躍し、映画監督として手がける長編映画の多くが時代劇です。ピースを自身の主題と語るその映像作品のなかでも時代劇映画では剣の腕前と平和の世が常に対立化され、観客に問いが投げかけられます。

中野裕之

田中光敏

田中光敏
【火天の城】で自身初の時代劇映画を手がけた田中光敏(たなかみつとし)。続く【利休にたずねよ】でも時代劇映画を手がけました。それらは共に山本兼一の時代小説が原作です。武士よりも技術者・職人に関心を寄せ続けた山本兼一の想いを反映し、田中光敏も技術者・職人の矜持を武士以上に色濃く描きました。

田中光敏

犬童一心

犬童一心
【のぼうの城】で自身初の時代劇映画を監督した犬童一心(いぬどういっしん)。続けて【引っ越し大名!】も手がけました。それらは現在人気の時代小説家・和田竜と土橋章宏作品が原作です。両映画では槍術・剣術と知略との組み合わせが重要な要素となっています。

犬童一心

三池崇史

三池崇史
約50年前の名作時代劇映画【十三人の刺客】と【切腹】のリメイクを託された三池崇史(みいけたかし)。両作では江戸時代に形成された「忠孝一致」を重んじる武士道の否定が描かれます。その後も同じく「忠孝一致」の否定を主題とする人気漫画【無限の住人】の映画化も託されます。三池崇史はそれらの時代劇を手がけるにあたり、万民、家族愛などを強調し、さらに現代の感覚で武士道を描きます。

三池崇史

本木克英

本木克英
【超高速!参勤交代】シリーズで近年の時代劇映画ブームを後押した本木克英(もときかつひで)。大手の映画・配給会社出身という恵まれた経歴によって巨匠達の技芸を受け継いでいます。また配給会社出身の経験からその監督作では女性の観客を大きく意識した時代劇映画が目指されています。

本木克英