皇室・公家と刀剣は深く密接していることはご存知ですか。愛刀家としても知られていた「明治天皇」のエピソードや、皇室・公家に関連する刀剣の歴史などをご紹介します。

明治天皇の愛刀紹介

日本屈指の日本刀収集家でもあった明治天皇が愛した刀から選りすぐりの名刀をご紹介します。

「明治天皇」は、愛刀家としても知られていました。そのコレクションは、古刀、新刀を含めて約300振りにも及び、いずれも「業物」(わざもの:名工が制作した切れ味の鋭い刀)揃い。そこで、日本屈指の刀剣収集家でもあった明治天皇が愛した日本刀から、選りすぐりの名刀を2回に分けてご紹介します。 ここでご紹介するのは、「岡田切」(おかだぎり)、「平野藤四郎」(ひらのとうしろう)、「一期一振」(いちごひとふり)、「小竜景光」(こりゅうかげみつ)、「鶴丸国永」(つるまるくになが)、「獅子王」(ししおう)、「太刀:無銘 伝則宗」(たち:むめい でんのりむね)の7振りです。
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日本屈指の愛刀家「明治天皇」のコレクションは多岐に亘り、時代を問いません。今回は平氏重宝の太刀「小烏丸」(こがらすまる)、日本一有名な刀工「正宗」作の短刀「宗瑞正宗」(そうずいまさむね)に刀「会津正宗」(あいずまさむね)、「徳用守家」(とくようもりいえ)、太刀「鶯丸」(うぐいすまる)、太刀「銘 宗近」(めいむねちか)、さらには「明治天皇」が常用刀として用いていた新刀の祖「堀川国広」(ほりかわくにひろ)の作品、菊紋入りの太刀(和泉守国貞:いずみのかみくにさだ=井上真改作:いのうえしんかいさく)、国宝「太刀」(綾小路定利作:あやのこうじさだとしさく)の8振りをご紹介します。
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明治天皇と刀剣にまつわる歴史

明治天皇と刀剣にまつわる歴史についてご紹介します。

日本を近代国家へと導いた「明治天皇」。その偉大な功績に比べ、その人物像は一般には浸透しているとは言えません。心の支えとなっていた皇后、身の回りの世話をしていた女官、皇位継承者の誕生を期待されていた側室など、天皇は日々多くの人たちとかかわりを持ち、その人たちに支えられて生活していました。また、7歳から「四書五経」(ししょごきょう:儒教の基本書とされる9種の書物)を中心に勉学を始めていた明治天皇にとっての息抜きは、チャンバラ遊び。幼い頃から日本刀に興味を持つなど、好奇心旺盛な明治天皇は、多くの趣味を楽しんでいたのです。激動の時代に、最前線で国家を牽引した明治天皇の素顔と日常を覗いてみましょう。
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明治維新によって、日本は近代国家への道を歩み始めましたが、急激な改革は、維新後に士族となった旧武士にとって、受け入れることは難しい物でした。その象徴が1876年(明治9年)に公布された「廃刀令」。「武士の魂」とも言える日本刀を取り上げられた士族は、新政府に対して幾度となく反乱を起こします。その最大級の物が1877年(明治10年)に起こった「西南戦争」(せいなんせんそう)です。陸軍の後方支援部隊だった「抜刀隊」の活躍により新政府軍が勝利。また抜刀隊の活躍が、士族の反乱を終結させると共に、剣術の有用性を再認識させ、今に続く警察官訓練のひとつとなる道を開いたのでした。
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明治維新後、新政府は、近代的な軍隊を確立させるために、軍人や警官が使用する刀に西洋の刀剣・サーベルを採用しましたが、西洋剣術に馴染みのない日本人は、西洋の刀剣の扱いに苦戦していました。そんな折、1877年(明治10年)の「西南戦争」において、「抜刀隊」(ばっとうたい)が活躍したことを機に、日本刀や日本剣術が再評価されるようになります。そこで一般化していったのが、日本刀の刀身を用いた日本式の軍刀でした。日本独自の武器であると言えるこの刀は、1945年(昭和20年)に日本軍が解体されるまで、軍隊と共にその歴史を歩むこととなったのです。
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「明治天皇」は、1882年(明治15年)に下賜した「軍人勅諭」(ぐんじんちょくゆ)や、数多くの「御製」(ぎょせい:天皇や皇族が書いたり作ったりした文章、詩歌、絵画)を通じて、武士道の大切さを臣民(しんみん:明治憲法下における国民)に伝えようと努めました。陸軍大将「乃木希典」(のぎまれすけ)は、明治天皇が重んじた武士道精神を承継。1905年(明治38年)の「日露戦争」では、敗軍の将となったロシア軍の司令官「ステッセル将軍」の名誉を重んじ、健闘を称えたと言われています。どのような状況にあっても、相手への敬意を忘れない乃木将軍の姿勢を通して、日本の武士道は世界で賞賛されました。このような武士道精神を養い、後世に引き継ぐべく武道場「済寧館」(さいねいかん)や「至誠館」(しせいかん)が建設されたのです。
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明治の代表的な刀工

明治時代に活躍した代表的な刀工をご紹介します。

日本刀と言えば、とかく刀身に目が行きがちですが、「拵」(こしらえ:日本刀の外装の総称)にも技巧が尽くされています。例えば、日本刀の「柄」(つか)と刀身の間に挟まれている金具である「鍔」(つば)は、柄を握る手を保護するための物ですが、時代を経るにしたがって様々な意匠が凝らされました。鍔は、日本の金属工芸の原点とも言えるのです。今回は、「明治天皇」が「水龍剣」(すいりゅうけん)と命名した日本刀の拵を制作した彫金家「加納夏雄」(かのうなつお)、幕末から明治期にかけて刀装金工界を牽引した「後藤一乗」(ごとういちじょう)と、明治期に加納夏雄と共に活躍した「香川勝廣」(かがわかつひろ)をご紹介します。
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明治時代は、「日本刀」にとって受難の時代でもありました。きっかけは、1876年(明治9年)に発せられた「廃刀令」。これにより、日本刀需要はほぼ消滅し、「日本刀文化」は風前の灯に。そんな時代においても、刀工達は伝統文化を承継・発展させていったのです。今回は、明治時代に名工として名を馳せた「宮本包則」(みやもとかねのり)、「堀井胤吉」(ほりいたねよし)、「月山貞一」(がっさんさだかず)、「海野勝珉」(うんのしょうみん)を通じて、明治時代の日本刀を取り巻く事情を探ります。
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宮内庁施設情報

施設名 宮内庁
住所 〒100-0001
東京都千代田区千代田1番1号
公式URL http://www.kunaicho.go.jp/
宮内庁

「宮内庁」
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一口に日本刀と言っても、実は歴史が長い日本刀。あなたが知らない新事実もまだまだたくさんあるかもしれません。日本刀・甲冑に関する様々な記事があるので、ぜひご覧下さい。また、刀剣ワールドでは、他にも様々な日本刀に関する様々なコンテンツをご用意しております。刀剣ワールドをご覧頂き、日本刀についての新しい知識を学んで下さい!

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