【陰陽師】の監督以降、【壬生義士伝】【天地明察】など時代劇映画を多数手がけるようになった滝田洋二郎(たきたようじろう)。時代劇映画への関与はテレビ局主導の映画製作がちょうど華やかになっていく時期でした。そんな滝田洋二郎は時代劇映画ではベストセラーに寄る大作を委ねられ、原作を脚色するうえで主に斬り合いや切腹を美徳とする武士の姿が強調されます。
DVD【コミック雑誌なんか
いらない!】より
滝田洋二郎は成人映画で監督デビューします(1981年)。その後、内田裕也主演・脚本による【コミック雑誌なんかいらない!】(1986年〔ニュー・センチュリー・プロデューサーズ〕配給)で一般映画の監督デビューをしました。
以後、主にフジテレビジョン製作による話題の小説の映画化(原田美枝子、谷俊彦、大沢在昌、東野圭吾)と、一色伸幸の脚本によるオリジナルのコメディ系映画を発表していきます(【病院へ行こう】、【僕らはみんな生きている】、【熱帯楽園倶楽部】)。
東野圭吾の小説では第52回日本推理作家協会賞・長編部門を受賞した【秘密】を、TBS製作によって東野圭吾初となる映画化を担当しました(1999年〔東宝〕配給)。
一色伸幸は、ホイチョイ・プロダクション原作の映画【私をスキーに連れてって】(監督・馬場康夫)で人気となった脚本家です。同作のヒットは、フジテレビジョン製作による継続的な映画参入のきっかけを生みました。滝田洋二郎とのコンビでは他に、矢沢永吉の映画初主演が大きな話題となった【お受験】(1999年〔松竹〕配給)も実現させています。
滝田洋二郎の名前が広く知られていく時期は、現在主流のテレビ局他多数の出資者から資金調達を図る製作委員会方式の直前にあたります。
DVD【陰陽師】
滝田洋二郎は【陰陽師】(2001年〔東宝〕配給)で時代劇映画を初めて監督します。
原作は夢枕獏です(1988年刊~)。同小説は岡野玲子によって漫画化され(1993~2005年)、漫画版は第5回手塚治虫文化賞・マンガ大賞の受賞(2001年)に至るなど当時大いに評判になっていました。映画化は、舞台化、NHKドラマ化に続きました。製作にはTBSも名を連ねます。
平安時代初期を生きた陰陽師(天文・占い・呪術の体系者)・安倍晴明を主人公としたこの物語では、主演を映画初主演となった狂言師・野村萬斎が務めました。脚本は原作者の夢枕獏の他、福田靖と江良至が名を連ねます。
同作は好評から【陰陽師Ⅱ】(2003年〔東宝〕配給)も制作され、監督を引き続き滝田洋二郎が手がけました。
小説【壬生義士伝】
滝田洋二郎は、評判を得た陰陽師の次作も時代劇映画を手がけます。【壬生義士伝】(2003年〔松竹〕配給)です。
製作にはテレビ東京も名を連ねます。映画化の前年、【壬生義士伝 新選組でいちばん強かった男】(2002年〔テレビ東京〕)として10時間のテレビドラマとして制作されていました(主演・渡辺謙)。テレビ版は第32回ギャラクシー賞・選奨(2001年度)、第10回橋田賞(2001年度)、第19回ATP賞・特別賞(2002年)をそれぞれ受賞し、高い評価を得ていました。
原作は浅田次郎の同名の時代小説です(2000年刊)。盛岡藩を脱藩し新選組隊士となった実在の人物・吉村貫一郎(よしむらかんいちろう)を主人公に大いに創作されました。
同作は、第13回柴田錬三郎賞を受けています(2000年)。
Blu-ray【壬生義士伝】
映画版の壬生義士伝では新選組の場面として、萬福寺(宇治市)や妙心寺(京都市)を新選組の屯所として使用した他、毘沙門堂・随心院・相国寺(すべて京都市)、光明寺(長岡京市)、鴻池新田会所(東大阪市)などで撮影されました。
小説では大正時代初期を生きる北海道出身の記者による取材形式という物語を、映画版では変更されます。明治30年代が舞台となり、町医者のところへ老人が孫を診てもらいに偶然訪れた際の回想形式が採られました。町医者は吉村貫一郎の幼馴染・大野次郎右衛門の子で、老人は晩年の斎藤一(新選組・三番隊組長)でした。
同映画は、第27回日本アカデミー賞・最優秀作品賞を受賞しています(2004年)。
映画版では主人公の田舎侍・吉村貫一郎(中井貴一)の生き様を、彼を毛嫌いする斎藤一(佐藤浩市)の目を通して語られます。
原作同様の文言で、両者の考え方の違いがはっきりと分かる斬り合いの場面があります。
斎藤一
「このあたりでよかろう」
吉村貫一郎
「このあたりとは?」
いきなり抜刀する斎藤一。傘でよける吉村貫一郎。傘の半分が切られる。さらに斬りつける斎藤一。向かってくる刀を抜いた刀で受け止める吉村貫一郎。
吉村貫一郎
「冗談もほどほどになされよ。わけをお聞かせ願いたい」
斎藤一
「わけなどないわ」
斬り合い。
吉村貫一郎
「ゆえなく人を斬るおつもりか」
斎藤一
「貴公が気に食わぬ」
吉村貫一郎
「乱暴な」
斎藤一、再び斬る。それを刀で受けとめる吉村貫一郎。
吉村貫一郎
「そうはいかねぇ。死ぬわけにはいかねぇぞぉ」
下駄を脱ぎ、正眼に構える吉村貫一郎。斬り合う気をなくす斎藤一。
斎藤一
「冗談だ。貴公の腕前を試したまでよ」
刀を鞘に納める斎藤一。
吉村貫一郎
「腕試しはこれきりにしていただきたい」
斎藤一
「死にたくないか、あきれた侍だ」
吉村貫一郎
「誰しも本心は同じでしょ。斎藤先生は違うのですか?」
斎藤一
「俺はいつ死んでもかまわん。斬ってくれる奴がいないから生きてるだけだ」
吉村貫一郎
「私は違います。死にたくないから人を斬ります」
映画【壬生義士伝】
DVD【阿修羅城の瞳】
滝田洋二郎の時代劇映画はさらに続きます。
劇団☆新感線の舞台【阿修羅城の瞳 BLOOD GETS IN YOUR EYES】(1987年初演)です。松竹歌舞伎(2000年)化もなされた同作の映画化を滝田洋二郎は受け持ちました(2005年〔松竹〕配給)。
劇団☆新感線は演出家の名前を採り、いのうえ歌舞伎と称して時代劇に新たな息吹をもたらした大阪発の小劇団です。【PSY U CHIC 西遊記 ~仮名絵本西遊記より~】(1999年)以降、大手プロダクションと提携を始め、阿修羅城の瞳はその第2弾でした。
同作は、江戸時代後期、文化・文政の頃、鬼がはびこる江戸が舞台です。13代目・安倍晴明(竹田団吾:平田満-近藤芳正)は鬼退治組織・鬼御門を率い、鬼の退治、鬼の救世主・阿修羅の壊滅を目指します。
主人公は鬼御門を抜けた病葉出門(わくらばいずも/古田新太:7代目・市川染五郎-7代目・市川染五郎:7代目・市川染五郎)です。鬼御門の副隊長・安倍邪空(猪上秀徳:古田新太-伊原剛志:渡部篤郎)に追われる女盗賊・闇のつばき(白石恭子:富田靖子-天海祐希:宮沢りえ)に恋するも、その恋路の先には阿修羅にまつわる秘密が待っていました。
滝田洋二郎による映画版では、舞台版で2度主演していた歌舞伎俳優の7代目・市川染五郎(現10代目・松本幸四郎)が映画初主演しました。脚本は戸田山雅司(元・第三舞台)と川口晴が手がけています。
その後、滝田洋二郎は【おくりびと】(2008年〔松竹〕配給)の監督として海外に大きくその名が知られることになります。
俳優・本木雅弘による納棺師を取り上げた企画を、プロデューサー中沢敏明(藤沢周平原作映画【蝉しぐれ】など)の差配で放送作家の小山薫堂(【料理の鉄人】など)が脚本を担当します。小山薫堂は初の映画脚本を手がけることになります。滝田洋二郎はそこに監督して迎えられました。
同作は、第32回日本アカデミー賞で作品賞・監督賞の他、国外でも第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞するなど、多数の賞を受けました(2009年)。
DVD【天地明察】
映画版の天地明察(2012年〔角川映画/松竹〕配給)では、三井寺の呼称でも知られる長等山園城寺(大津市)、日吉大社(大津市)などで撮影されています。主演には2度目の時代劇映画主演となった岡田准一(V6)が配されました(1度目は是枝裕和監督・脚本作【花よりもなほ】)。
同映画では、江戸幕府第4代将軍・徳川家綱(染谷将太)の前での安井算哲(岡田准一)と本因坊道策(横山裕)との碁対決、和算家・関孝和(4代目・市川猿之助)と算額絵馬を通した交流、将軍後見職の会津藩初代藩主・保科正之(9代目・松本幸四郎-現2代目・松本白鸚)からの幕命、北極出地(*暦の基準となる北極星の観測)、碁の指導を行っていた水戸藩第2代藩主・徳川光圀(中井貴一)との交流などが取り上げられました。
原作では、幕府と朝廷の融和の視点として暦事業が扱われます。
寺社奉行から刀を下賜され、囲碁侍と称されることになる安井算哲(渋川春海)は、帯刀をわずらわしく感じ、武士として扱われることに戸惑い続ける主人公像です。
その帯刀を裏で差配していたのが保科正之でした。軍政から民政へ、天候に左右される民を救いたい想い、国への憂いからでした。
また、原作では朱子学を重んじる徳川光圀は、尊王を重んじる存在として描かれています。
こうした原作と映画版の違いは、徳川光圀と安井算哲(渋川春海)との会話から見受けられます。徳川光圀(中井貴一)は唐(中国)料理をふるまうなかで、安井算哲(渋川春海)(岡田准一)に問いかけます。
安井算哲
「戦がないのはありがたきこと。されど、太平の陽だまりに遊び、刀を用いぬ真剣勝負まで禁じられているかのような」
徳川光圀
「まさに天下太平とは、戦う気概を忘れさせ、ぬくぬくとした暮らしに埋もれ、羽ばたく意欲を奪うものでもある。すなわち、新しい息吹を消すことだ。このままではこの大和は滅んでしまうのぉ」
安井算哲
「まことに同感でございます」
映画【天地明察】
物語の山場は、安井算哲(渋川春海)にとって2度目となる自身の暦の正しさを証明です。映画版では、(原作では関孝和の命名による)大和暦と命名した徳川光圀との約束をふまえ、失敗したならば切腹を決意するなど、武士と同様の心意気が強調して描かれました。
「あとひとつやで」
鐘が突かれる。
明るい空のまま。日食は起こらない。茫然とする安井算哲。
「なんで」「どうないするつもりや」「きいひんな」「おい、こないやないか」「なんやきいひんやん。そこで腹を召され」「そやそや腹切れ」「いさぎよう腹切れ」「負けたんや」「そこまで言ったら腹切れ」「そうや腹切れ」などの怒号。
安井算哲、膝を付き、羽織を脱ぐ。大小を腰から外し、脇差を手で握る。
手から血があふれる。
映画【天地明察】
映画版の天地明察は、加藤正人(映画【クライマーズ・ハイ】で第32回日本アカデミー賞・優秀脚本賞受賞)が脚本を手がけています。
DVD【雷桜】
時代劇映画ではすでに【雷桜】(2010年〔東宝〕配給)を担当していました。
徳川家斉(江戸幕府第11代将軍)の十七男と山奥で暮らす生まれ育ちに謎を持つ村娘との悲恋の物語です。
雷桜は、<サムライ・シネマキャンペーン>として配給されました。配給会社が連携し、時代劇映画を盛り上げる取り組みです。
池宮彰一郎原作【十三人の刺客】(〔東宝〕配給)、吉村昭原作【桜田門外ノ変】(〔東映〕配給)、池宮彰一郎原作【最後の忠臣蔵】(〔ワーナー・ブラザース〕配給)、宇江佐真理原作【雷桜】(〔東宝〕配給)、磯田道史原作【武士の家計簿】(〔アスミック・エース/松竹〕配給)が順に公開されました(2010年)。
その後も滝田洋二郎は話題の小説の映画化を行っています。
テレビ番組【料理の鉄人】の演出を手がけていた田中経一の小説を原作とし、元・放送作家で作詞家の秋元康が企画した【ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~~】(2017年〔東宝〕配給)です。
吉永小百合の北の3部作では、行定勲、阪本順治の監督作に続いた【北の桜守】(2018年〔東映〕配給)で3部作の最後を飾りました。
成人映画からテレビ局が主導する映画の時代を駆け抜けていくことになった滝田洋二郎。ベストセラー小説を原作とする大作を委ねられ、その時代劇映画では原作を脚色するうえで、斬り合いや切腹を美徳とする武士の姿が強調されます。