戦後生まれの刀剣小説家

高橋克彦

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『火怨 北の燿星アテルイ』など故郷を舞台にした小説群を書く高橋克彦(たかはしかつひこ)。それらは陸奥3部作・蝦夷4部作と称されます。海音寺潮五郎、早乙女貢、戸部新十郎、藤沢周平、津本陽などと同様に故郷にこだわり続けた作家の系譜です。それら小説群で刀剣描写は、蝦夷の視点から書かれます。

江戸川乱歩賞受賞から歴史・時代小説へ

高橋克彦は盛岡藩の御殿医の家系に生まれました。岩手県盛岡市で育ち、若き頃は浮世絵研究者の道を志します。専業作家となってから盛岡市を拠点に活動します。

『写楽殺人事件』で第29回江戸川乱歩賞を受賞(1983年)。地元新聞で連載した岩手県でのUFO騒動をきっかけとするSF伝奇小説『総門谷』で第7回吉川英治文学新人賞を受賞(1985年)。第40回日本推理作家協会賞・長編部門を受賞した『北斎殺人事件』を経て(1987年)、岩手県の地図をきっかけに記憶を巡る現代人を主人公にした短編「緋い記憶」を含む表題作を冠した短編集で第106回直木三十五賞を受賞しました(1991年)。

火城 幕末廻天の鬼才・佐野常民

火城
幕末廻天の鬼才・佐野常民

この間、自身初の歴史小説となった『火城(かじょう)』(1990~1992年『歴史街道』連載:文庫化の際『火城 幕末廻天の鬼才・佐野常民』改題)を執筆します。日本赤十字社の生みの親であり、日本初とされる蒸気船・蒸気機関車の模型を造った佐賀藩藩士・佐野常民の半生を記しました。

同作については、司馬遼太郎が肥前佐賀藩の脱藩浪人・江藤新平を主人公にした『歳月』からの影響、佐野常民が竜(龍)池会(のち日本美術協会)の創設にかかわっていたことや、佐野常民が佐賀藩に招いた発明家でからくり儀右衛門の異名を持つ田中久重に関心があったことなどが執筆のきっかけだったことを明かしています。

また並行して、江戸時代前期、江戸幕府第3代将軍・徳川家光の時代を舞台にした時代小説『舫鬼九郎(もやいおにくろう)』(1991~1992年『週刊小説』連載)も執筆します。若き美剣士・舫鬼九郎を主人公に、幡随院長兵衛、天竺徳兵衛、柳生十兵衛、南光坊天海、高尾太夫(初代)などが登場。山田風太郎を彷彿とさせる同作は人気を博し、シリーズ化されました。

NHK大河ドラマ原作『炎立つ』で奥州藤原氏を書く

炎立つ

炎立つ

直木三十五賞を受賞した年、高橋克彦は『炎立つ(ほむらたつ)』を執筆します。陸奥国(現在の福島県宮城県・岩手県・青森県)と出羽国(現在の山形県秋田県)を支配した大豪族・奥州藤原氏を書いたこの長編歴史小説は、同名の第32作目NHK大河ドラマ『炎立つ』(1993年)の原作として書き下ろされました(1992~1994年、NHK出版)。

3部構成となったこの大河ドラマでは、第1部の主人公・藤原経清(ふじわらのつねきよ:平将門を討ちとった藤原秀郷の子孫)役を渡辺謙、第2部の主人公・藤原清衡(ふじわらのきよひら:藤原経清の子・奥州藤原氏初代当主)役を村上弘明、第3部の主人公・藤原泰衡(ふじわらのやすひら:奥州藤原氏4代目)役を再び渡辺謙が演じ、奥州藤原氏が源頼朝によって滅ぼされるまでが書かれました。

蝦夷の若きリーダー・アテルイを書く

以後、高橋克彦は故郷を舞台にした歴史・時代小説に継続して取り組んでいきます。

奈良時代を生きた道嶋嶋足(みちしまのしまたり)と大和朝廷との対立を記した『風の陣』(1994~1995年『小説歴史街道』連載)を掲載誌の創刊年に発表します。道嶋嶋足は、陸奥国出身の豪族・武人から中央官僚になった異例の人物です。

火怨 北の燿星アテルイ

火怨 北の燿星アテルイ

そして、東北地方の新聞連載『火怨 北の燿星アテルイ』(1997~1999年『河北新報』他連載)を書きます。平安時代初期を生きた蝦夷(えみし:大和朝廷を中心にして見た関東・東北・北方を生きた人々の総称)の若き指導者・阿弖流為(アテルイ)の生涯と坂上田村麻呂(征夷大将軍)との友情を書きました。

同作は第34回吉川英治文学賞を受賞。単行本化の2年後にミュージカル化、その12年後にテレビドラマ化されました。

蝦夷と出雲の民をつなげる

阿弖流為(アテルイ)と坂上田村麻呂との攻防は、平安時代に書かれた『続日本紀』にわずかに記されます。その小説化は、澤田ふじ子が『陸奥甲冑記』で先行して挑んでいます。澤田ふじ子は同作と、吉岡流宗家と宮本武蔵とを書いた短編「寂野」とで第3回吉川英治文学新人賞を受賞しています。

高橋克彦は、そんな阿弖流為(アテルイ)を出雲の民とつながる存在として伝奇的に書きました。真贋が論争となった和田喜八郎 『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』の記述を取り入れました。

阿弖流為(アテルイ)は仲間の母礼(モレ)と共に、丹内山神社(岩手県花巻市東和町)を訪れます。東和の指導者として高橋克彦が創作した物部二風から蝦夷のルーツを聞きます。

「ハバキリの剣」
阿弖流為と母礼は顔を見合わせた。
「鉄で作った刀のことじゃ。それまで朝廷の祖先らは鉄の刀を拵える技を持たなかった。出雲の民を滅ぼして、ようやく手に入れた」
「すると……アラハバキとは?」
「鉄の山を支配する神じゃよ。この神の鎮座ましますところ、必ず鉄がある。アラハバキの神は鉄床を磐座となされる。我ら物部はその磐座を目印にして鉄を掘り出し、刀や道具を代々生み出して参った。アラハバキの神こそ物部を繁栄に導く守り神」
「…………」
「そればかりではない。アラハバキは少彦名神とも申して、出雲を支配していた大国主命のお手助けまでなされた。それで蝦夷も大国主命とともにアラハバキを大事にしておる」
なるほど、と二人は頷いた。物部は鉄の在処を知らせてくれる神として、蝦夷は祖先の地である出雲の神として敬っていたのである。

 『火怨 北の燿星アテルイ』より

陸奥3部作

天を衝く 秀吉に喧嘩を売った男

天を衝く 秀吉に
喧嘩を売った男 九戸政実

高橋克彦は並行して『天を衝く 秀吉に喧嘩を売った男 九戸政実』(1998~2001年『小説現代』連載)を発表します。陸奥国の武家・南部氏に通じる武将・九戸政実(くのへまさざね)の生涯を書きました。『炎立つ』『火怨』『天を衝く』で陸奥3部作とされます。

南部氏第24代当主・南部晴政(三戸城主)から第25代当主・南部晴継への継承、南部晴政が実子誕生以前に養嫡子として迎えた田子(石川)信直(第26代当主・南部信直)の反乱、南部信直が北信愛や八戸政栄を味方とし加賀の前田利家を通じて豊臣秀吉配下となるまで(小田原征伐から奥羽再仕置)、などの時代背景をもとに書かれます。

九戸政実と伊達政宗をつなげる

九戸政実は、弟・南部実親(なんぶさねちか:南部氏第24代当主の次女の婿)、七戸家国(しちのへいえくに)、四戸氏の庶流・櫛引清長(くしびききよなが)、久慈直治(くじなおはる)らを従えます。

高橋克彦は史実では九戸党と南部家とも対立関係にあった大浦(津軽)為信(のち弘前藩初代藩主)を、九戸政実の一時的な味方として創作しました。九戸政実らは豊臣秀吉と南部信直(南部氏第26代当主)に立ち向かいます。

また独自の九戸政実像を書くうえで、豊臣秀吉に反発する伊達政宗(南奥州の当時の支配者。のち仙台藩初代藩主)との密談の場面を創作し、武士道を語りました。

「武士の意地を捨てよと?」
「武士でない者に武者の道を問うたとて……」
「…………」
「山で出会った熊に名乗りを挙げるようなもの。名乗っている間に熊は襲って参ろう」
「しかし、政実どのは南部の恭順に異を唱え続けであるとか」
「南部の信直どのは阿呆の一人であっても武士にござるからな。信直どのに対して武者の意地を示しておる。秀吉どのとは無縁」
「なるほど」

『天を衝く 秀吉に喧嘩を売った男 九戸政実』より

九戸政実はこうした調略を続けるも、豊臣秀吉の甥・豊臣秀次を総大将とする、蒲生氏郷浅野長政井伊直政を従えた豊臣秀吉軍と相対することになります(九戸政実の乱)。

故郷・岩手に向き合い続ける

風の陣

風の陣

陸奥3部作『炎立つ』『火怨』『天を衝く』発表後、『風の陣』(2001~2006年『Voice』連載、2009~2010年『文蔵』連載)がシリーズ化されます。併せて蝦夷4部作ともされます。

高橋克彦は直木賞受賞の3年後、岩手ゆかりの作家・鈴木彦次郎(舟橋聖一、村山知義らと劇団・心座の創設に携わる)が戦後に始めた盛岡文士劇を33年ぶりに復活させました(1995年~)。

歌舞伎の演目『白波五人男』を皮切りに、長谷川伸原作『一本刀土俵入』、行友李風原作『極付 国定忠治』、野村胡堂原作『銭形平次 消えた三万両』、佐々木味津三原作『旗本退屈男』、大佛次郎原作『鞍馬天狗』、林不忘原作『丹下左膳』、山本周五郎原作『赤ひげ』などをこれまで上演しています。他に、みちのく国際ミステリー映画祭も開催しました(1997~2006年)。

故郷・岩手に向き合い続ける高橋克彦。そこでは史実に縛られない伝奇性が大いに取り入れられ、常に蝦夷の視点から独自の刀剣世界が生み出されています。

著者名:三宅顕人

高橋克彦

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山本兼一

山本兼一
『いっしん虎徹』『おれは清麿』で実在した刀工も取り上げた山本兼一(やまもとけんいち)。42歳の年に作家デビュー後、病で早世するまでの15年間の作家生活のなかで20作以上の単行本を遺しました。その作品の多くでは技術者・職人への注目がなされ、道具に注目し続ける先輩作家・東郷隆も想起させます。そんな山本兼一は体験取材を重んじ、刀工小説では刀匠・河内國平への綿密な取材に基づいたうえで独自の美学が導き出されています。

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宮部みゆき

宮部みゆき
時代小説短編集『本所深川ふしぎ草紙』『かまいたち』を皮切りにミステリー作家と同時に時代小説家としても活躍を続ける宮部みゆき(みやべみゆき)。捕物帳物の創始者・岡本綺堂や南町奉行・根岸肥前守鎮衛が書き留めた江戸時代の巷の奇談に大いに影響を受けました。地元・深川を拠点に生み出されるその時代小説では、恐ろしく妖しくも、どこか人情味あふれる日本刀が描かれます。

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真保裕一

真保裕一
『覇王の番人』『天魔ゆく空』で時代小説に挑んだミステリー作家・真保裕一(しんぽゆういち)。ミステリー小説と時代小説との両ジャンルの交点は、海外のミステリー小説の時代小説化のはじまりである捕物帳物の創始者・岡本綺堂に辿ることができます。明智光秀と細川政元を題材とした真保裕一の時代小説では、細川家を中心とした独自の戦国時代史観が見出せます。それは織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と語られる戦国三英傑と称される歴史の流れとは別の見方です。

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佐藤賢一

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乙川優三郎

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中・短編集『生きる』で直木三十五賞を受賞した乙川優三郎(おとかわゆうざぶろう)。その静謐な文体から藤沢周平の継承者としても語られます。時代小説で初の山本周五郎賞を受賞、中山義秀文学賞も受賞した乙川優三郎の刀剣世界には、武家が抱える不自由さを女性を重んじることで解き放とうとする刀剣観が見出せます。

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宇月原晴明

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『聚楽 太閤の錬金窟』を含む戦国3部作を発表した宇月原晴明(うつきばらはるあき)。戦国3部作は山田風太郎、司馬遼太郎のオマージュであることを公言しています。歴史・時代小説と同時にフランスの異端文学にも傾倒する宇月原晴明の刀剣世界では、善と悪の二元論を錬金術や両性具有者によって乗り越えようとする幻想的な試みがなされています。

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垣根涼介

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『光秀の定理』で自身初の時代小説を発表した垣根涼介(かきねりょうすけ)。歴史・時代小説への目覚めは司馬遼太郎でした。大手求人広告会社、旅行代理店での勤務経験を持ち、時代小説のなかでも人が働く、人が動く心理に注目します。そこでは定理や原理を掘り下げるなかで、無頼(アウトサイダー)や落ちこぼれの存在の重要性が見出されます。

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木下昌輝

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北方謙三

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