SF時代劇映画【SF サムライ・フィクション】で劇場用映画監督デビューした中野裕之(なかのひろゆき)。映像監督としてミュージックビデオの黎明期から活躍し、映画監督として手がける長編映画の多くが時代劇です。ピースを自身の主題と語るその映像作品のなかでも時代劇映画では剣の腕前と平和の世が常に対立化され、観客に問いが投げかけられます。
LD【業界くん物語
~業界人養成ギプス~】より
中野裕之は大阪のテレビ局で、深夜帯の実験的なコント番組のディレクターとして映像作家の活動を始めます。テレビ局員として勤務しながら、出版・レコードとマルチメディアミックスがなされた映像作品【業界くん物語~業界人養成ギプス~】(1986年〔ポニー〕販売)の演出も手がけました。
退職後は東京でミュージックビデオ専門の会社を立ち上げます(1987年)。社名はハリウッド映画【ブレードランナー】に登場する企業、タイレル・コーポレーションから採られました。
映像監督を手がけたディー・ライト「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」のミュージックビデオはMTVビデオ・ミュージック・アワードで6部門にノミネートされました(1990年)。
その後、見る人を気持ちよくピースにすることを主題としたピースデリック社を設立します(1993年)。
こうした背景から生み出される中野裕之の映像作品では、その活動のスタートとなったテレビ局での仕事を共にしたコント師や音楽家達が数多く登場し、作品の大きな特徴となっていきます(中島らも、シティーボーイズ、竹中直人、中村有志、いとうせいこう、立花ハジメなど)。
DVD【SF サムライ・フィクション】
そして、劇場用映画【SF サムライ・フィクション】(1998年〔シネカノン〕配給)を監督します。
中野裕之劇場用初監督作となりました。プロデューサー、脚色、デジタル編集、タイトルバックデザインなど多彩に手がけます。脚本は斉藤ひろし(代表作:【とられてたまるか!?】、【シャ乱Qの演歌の花道】、【秘密】、【黄泉がえり】など)です。
同作は20世紀の現代の世界から300年前(1696年)の武士の世界が回想されるSFです。モノクロで表現されます。撮影場所には日光江戸村(栃木県日光市)などが使用されています。
主人公は長島藩の主席家老・犬飼勘膳(いぬかいかんぜん:内藤武敏)の息子・犬飼平四郎(いぬかいへいしろう:吹越満)です。藩主が将軍家から賜った宝刀の守役として招いた剣客の浪人・風祭蘭之介(かざまつりらんのすけ:布袋寅泰)が宝刀を盗んで逃亡したことから、お家取り潰しを避けるべく宝刀奪取に奮闘します。
宝刀争奪の他にも、忍者の暗躍、女侠客、用心棒、剣客対決など、時代劇映画の人気要素が凝縮されました。
同映画は、第2回韓国プチョン国際ファンタスティック映画祭・グランプリ、第24回おおさか映画祭・新人監督賞、第53回毎日映画コンクール・スタッフ部門・スポニチ新人監督賞、第13回 高崎映画祭・若手監督グランプリなどを受賞しました。
また、出演者だったギタリストの布袋寅泰がその後に発表した楽曲(映画【新・仁義なき戦い。】テーマ曲)がアメリカの映画監督クエンティン・タランティーノの【キル・ビル】の主題歌に起用されます。
【キル・ビル Vol.2】ではSF サムライ・フィクションと同様の赤を背景とした和風の映像演出が取り入れられるなど、クエンティン・タランティーノ映画とゆかりの深い作品となっています。
主人公・犬飼平四郎(吹越満)は、宝刀を盗んで逃げた剣客の浪人・風祭蘭之介(布袋寅泰)を追いかけます。けれども1度目の対決でその力の差を見せ付けられました。
傷付いた犬飼平四郎は、脱藩して山で娘・溝口小春(緒川たまき)と静かに暮らしていた剣客・溝口半兵衛(風間杜夫)に助けられます。
宝刀を盗んだことで強敵と剣を交わせることを望む風祭蘭之介と、一度だけ人を斬ったことを後悔し続ける溝口半兵衛との対決が映画の見せ場です。
風祭蘭之介
「溝口半兵衛。お主や俺ほどの程の腕を持った者がなぜ世に出ることができない。何が太平の世だ。何が徳川だ!」
映画【SF サムライ・フィクション】
溝口半兵衛
「若い頃の私は傲慢でした。剣の腕を誇り、天下に怖いものなしとうぬぼれていた。私はもしかしたら風祭のような男になっていたかも知れない。人は皆等しく善と悪の心を持っている。悪の顔を持った人間の体のなかにも善の血は流れているんです。風祭のような男でさえ変わるかも知れない。その命を絶つことは神仏にのみ許されることなんです。これはちょっとしゃべり過ぎたかな」
映画【SF サムライ・フィクション】
DVD【仮面の忍者 赤影
第一部『金目教篇』】
中野裕之は近未来を舞台にした2作目【Stereo Future】(2001年〔東北新社〕配給)を経て、3作目【RED SHADOW 赤影】(2001年〔東映〕配給)の監督を担当します。東映創立50周年記念作品として、横山光輝の忍者漫画【仮面の忍者 赤影】が映画化されました。
同少年漫画は白土三平の忍者漫画【ワタリ】の実写テレビドラマ化の代案として生まれています。【飛騨の赤影】の題名で少年漫画雑誌に連載されたのち、その翌年、東映の制作で実写テレビドラマ化されました(1967~1968年)。
木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)を助ける飛騨の忍者、赤影・白影・青影の奮闘は当時大いに人気を博しました。
DVD【RED SHADOW
赤影】
RED SHADOW 赤影では、脚本を斉藤ひろしと木村雅俊が担当します。
影一族の頭領・白影(竹中直人)の配下として、赤影(安藤政信)・青影(村上淳)・飛鳥(麻生久美子)の3名の忍者の青春物語としました。
戦国大名・東郷秀信(津川雅彦)は仕える影一族を使い、敵対する大名の攻略を企てます。東郷秀信と対立する京極家では城主が謎の死を遂げ、男装をする孫娘の琴姫(奥菜恵)を退けた家老・竹之内基章(陣内孝則)が牛耳ります。竹之内基章は根来衆を率いる根来弦斎(根津甚八)を従え、影一族の強敵として立ちはだかります。
「平和のために人を殺すということが本当に正しいのですか?」と主人公の赤影は悩みます。そのキャラクター設定には中野裕之のメッセージが込められています。
Blu-ray【羅生門】
その後、中野裕之は短編映画を数多く発表したのち、【TAJOMARU】(2009年〔ワーナー・ブラザース〕配給)の監督を急遽託されます。
原作は芥川龍之介の短編小説【藪の中】です。藪の中で見つかったひとりの男の死体。その謎が複数の証言によって解き明かされていく物語です。
黒澤明は同短編小説と同じく芥川龍之介の短編小説【羅生門】の2作を原作とし、【羅生門】のタイトルで映画化しています。
武士とその妻、剣を手にその妻を夫の前で手篭めにした盗人・多襄丸(たじょうまる)の3者を軸に、武士の夫に愛想を尽かした妻が自分を巡って両者に決闘をけしかけるなど、複雑な男女の機微が主題のひとつです。
羅生門は日本映画初のヴェネツィア国際映画祭・金獅子賞を受け、海外でも広く知られます。
Blu-ray【TAJOMARU】
中野裕之4作目の長編映画となったTAJOMARUの脚本は藪の中を原作に、市川森一(代表作:NHK大河ドラマ【黄金の日々】など)と水島力也が担当しました。
撮影場所には、篠田正浩監督の映画【写楽】の際に作られたオープンセットが残るみろくの里(広島県福山市)、岡山県の東城町などが使用されています。
物語は室町時代末期の京に設定されます。
管領(*室町幕府における将軍に次ぐ地位)の畠山家では長男・畠山信綱(池内博之)と二男・畠山直光(小栗旬)が青年となった時期、室町幕府第8代将軍・足利義政(萩原健一)の命によって大納言家の娘・阿古(柴本幸)を娶った方が管領家を継ぐとされます。
幼き頃に畠山家の跡継ぎは長男、二男は阿古の許嫁と約束していた3者に対して、この突然の宣言はその関係にきしみを生じさせることになります。
主人公の畠山直光(小栗旬)は、阿古(柴本幸)を連れて逃げることを決意します。
その途中、森の中で盗人・多襄丸(松方弘樹)に襲われます。気を失っていた畠山直光は目覚めると阿古から手篭めにされたと告げられ、怒りから多襄丸を切り殺しました。
このとき多襄丸は太刀・浪切の剣(なみきりのつるぎ)と共に生きるメッセージを伝え、畠山直光は新・多襄丸を名乗ることになります。
映画【TAJOMARU】
中野裕之はTAJOMARUについて自身の監督作ではあるものの、プロデューサーで脚本も変名・水島力也として手がけた山本又一朗が実質の監督だったと明かしています。
山本又一朗は、さいとう・たかを率いるさいとうプロダクションや小山ゆうらとのプロダクション経営などを経て、テレビ・映画のプロデューサーとなります。脚本家としては自身がプロデューサーも務めた小山ゆうの【あずみ】【あずみ2】の映画化の際にすでにクレジットされていました。
けれども、同映画でも中野裕之の自作同様のメッセージが登場しています。
足利義政(萩原健一)は次のような台詞を畠山直光(小栗旬)に述べます。
映画【TAJOMARU】
中野裕之の時代劇映画では常に平和とは何か、正しいこととは何かが登場人物の台詞として明確に問いかけられています。