【ゴルゴ13】で知られるさいとう・たかを。黒澤明の時代劇映画に夢中になる映画青年を経て漫画家に。手塚治虫に対抗して「劇画」という言葉を広めたさいとうは、【無用ノ介】で劇画の手法を少年漫画にもたらしました。続いて描いた週刊誌における日本初の劇画連載となった【影狩り】でさらに劇画を広めました。
さいとう・たかをは、挿絵師に憧れ、日本画も勉強し、映画マニアでもありました。手塚治虫【新宝島】を読んで「紙で映画みたいな物を作ることができる」と感銘を受け、漫画家を志します。
大阪で貸本漫画を描き、【修羅の舞】、【剣狂】、【死太刀双之進】、【流太郎行くところ】、【黒い魔剣】などの刀剣漫画を発表しました。
自主漫画雑誌も制作し、探偵が主人公の貸本漫画【台風五郎】が人気となるも、貸本漫画が衰退していく中で上京。
さいとう・プロダクション設立後には、青年剣士・風吹波之進が幕末の実在の剣客・男谷精一郎の門下生として生きる【武芸紀行】や、時代劇短編誌【大和小伝】などを発表しました。
さいとうは自身初の週刊少年漫画雑誌の長編連載として【無用ノ介】(1967-1970年〔週刊少年マガジン〕連載)を発表します。短編【刃之介(やいばのすけ)】(1967年〔週刊少年マガジン〕連載)をもとに長編化しました。
主人公は、「用なしいぬ」と呼ばれる賞金稼ぎの浪人・志賀無用ノ介(しがむようのすけ)です。幼き頃、酔った父から左目を斬りつけられたために隻眼です。隻眼の剣客像は林不忘【丹下左膳】からの系譜です。
母親は家出、賞金稼ぎの父親は目の前で斬られて亡くなり、孤児として育った無用ノ介は、けんかの日々の中で身に付けた野良犬剣法で賞金首を斬っていきます。
「虎穴にはいった無用ノ介」
【無用ノ介】より
「虎穴にはいった無用ノ介」
【無用ノ介】より
無用ノ介を描くにあたりさいとうは、黒澤明「用心棒」に大きな影響を受けたと述べている通り、用心棒さながらの場面で始まりました。
日本には実在しなかった賞金稼ぎを行なう浪人を描いた用心棒は、ダシール・ハメットの探偵小説【血の収穫】を下敷きに、西部劇の演出が施されました。
虎穴にはいった無用ノ介
【無用ノ介】より
虎穴にはいった無用ノ介
【無用ノ介】より
無用ノ介は連載3年目の年、制作局初のカラーによるテレビ時代劇となり、さいとうの名が広く知られていくことになります。連載終了の年には、掲載誌の人気企画「大図解」(企画編集・大伴昌司)で「劇画入門」の題材にもなりました。
さいとうは、辰巳ヨシヒロらと「劇画」を掲げました。それまでの中心だった笑いや風刺を描いた1コマや4コマの漫画に対してドラマ性を意識しました。手塚治虫が掲げた「ストーリー漫画」という言葉への対抗でもありました。
イアン・フレミング【007】シリーズ映画の漫画化(1964年〔ボーイズライフ〕連載)をきっかけにさいとうは大手商業漫画雑誌へ移行し始め、青年漫画雑誌創刊の必要性も説き回ります。
そんな中で手塚治虫と桑田次郎(代表作【8マン】など)の人気漫画家が抜けることになった週刊少年漫画雑誌で劇画が取り入れられる方針が取られます。さいとうは劇画と謳えることを条件に連載を承諾。ボクシング漫画を経て、刃之介、無用ノ介が掲載されました。週刊連載にあたって漫画原作者を募集し、小池一夫(のち【子連れ狼】を発表)がさいとう・プロに所属することになります。
さいとうの代表作となる暗殺を手がけるスナイパーが主人公の【ゴルゴ13】(1968年-〔ビッグコミック〕連載中)の発表とほぼ同時期、創刊されたばかりの週刊誌に【影狩り】(1969-1970年〔週刊ポスト〕連載)を発表します。週刊誌に初めて掲載された劇画として当時話題にもなり、連載終了の2年後には映画化されました。
影狩りは、地方の大名に金で雇われる3人の剣客浪人「影狩り」の物語です。江戸幕府の締め付け政策によってそれぞれの主家が取りつぶしにあった3人は、幕府への恨みから、苦しむ地方大名のために働きます。幕府が放つお庭番(忍者)、里に入り込んだ入忍「草」、将軍家剣術指南役とは別に刺客集団の裏の顔を持つ柳生一門らと相対していきます。影狩りでは、気ままな無用ノ介に対し、幕府体制への批判が盛り込まれました。
影狩りのリーダー格・室戸十兵衛(むろとじゅうべい)は、かつて越後一条の森家の幼君の側役で、神道無念流(しんどうむねんりゅう)の使い手から剣術指南も行なっていました。けれども、幼君が「影」の暗躍で幕府から切腹を命じられます。十兵衛は幼君の介錯を行ない、藩も取りつぶされました。
「棕櫚緒忍衆」
【影狩り】より
「伊笛藩の大砲」
【影狩り】より
十兵衛は、幼君へのトラウマから女性に向き合えず、またその知性から他の影狩り2名から信頼されるリーダーの役割を担い、アレクサンドル・デュマ【三銃士】のアトス的なキャラクター付けがなされています。忍者のような働きもする十兵衛は、神道無念流の剣の腕前で影狩りの危機を何度も乗り越えます。
影狩りのサブリーダー格・月光こと日下弦之介(くさかげんのすけ)は、かつて今津藩の藩士だったものの、藩の汚職騒動に巻き込まれ、妻子を放火で失います。そのとき右顔に火傷跡を負い、トレードマークになります。汚職騒動は影によって幕府に伝わり、お家は取りつぶしになりました。
「鐘の音」
【影狩り】より
「伊笛藩の大砲」
【影狩り】より
月光は、病の妻がいる身で女性問題を抱え、財政が厳しかった藩の事情から戯作の清書の仕事を請け負うなど、アレクサンドル・デュマ「三銃士」のアラミス的なキャラクター付けもなされています。伯耆流抜刀術(ほうきりゅうばっとうじゅつ)の達人でもある月光は、十兵衛に劣らない剣の腕を誇ります。
影狩りの3人目・日光こと乾武之進(いぬいたけのしん)は、三河の藩で主君の食事を担当するお膳番の家系でした。ある日、鬼役(毒味役)が亡くなったことでその替わりに就くも、影によって主君が毒殺され藩は取りつぶされました。
「日光祭太鼓」
【影狩り】より
「伊笛藩の大砲」
【影狩り】より
大柄で女性とお金に弱く、アレクサンドル・デュマ「三銃士」のポルトス的なキャラクター付けがなされます。その大柄の体で力いっぱい敵を斬ります。
代表作を確立したさいとうはその後、自身の出版社を創業します(リイド社)。自社から、【音無し幻十】、【雲盗り暫平】など池波正太郎も描いた同一の題材や、池波正太郎原作【剣客商売】などの刀剣漫画を発売していきます。
他社の黒澤明映画の漫画化企画では、大好きな用心棒はあえて避け、【七人の侍】を描いています。
さいとうの刀剣漫画には、池波正太郎の台頭以前、黒澤明「用心棒」で下敷きにされたダシール・ハメット「血の収穫」やアレクサンドル・デュマ「三銃士」といった西洋文学が大きく影響してします。