【忍者武芸帳 影丸伝】、【カムイ伝】などで知られる白土三平(しらとさんぺい)。それら2作や【カムイ外伝】では忍者を軸に描きます。カムイ伝を描くために自費で青年漫画雑誌を創刊した白土は、当時の学生運動の気運と相まって、それまでの子供向けだった漫画的表現にリアリズムをもたらします。剣技の描写も変化しました。
主人公の影丸(かげまる)は、神出鬼没の不死身とも呼ばれる忍者です。
白土が創造した「陰の流れ」に属します。陰の流れは、陰流の始祖・愛洲移香斎(あいすいこうさい)の系譜で、新陰流―柳生新陰流の剣法の系譜に対し、忍法の系譜と白土は記しました。陰流の系譜の影丸は、そのため剣客でもあります。
白土はそんな影丸の絵柄を、プロレタリア画家の父から学んだロシアの農民反乱の指導者、スチェパン(ステンカ)・ラージンの肖像画から着想したとも言われます。
「地摺り斬月剣」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
影丸は、無風道人(むふうどうじん)から陰の流れを教わりました。無風は、「剣は強ければよい」、「もっとも人殺しの術にすぐれた者がすぐれた剣客」という考えの持ち主です。
その腕前で武士と交渉して首を納めて賞金を稼いでは貧しい民に金を配り歩き、金で世の中を救おうとしています。そのため、織田信長と交渉し、弟子・影丸の命を狙うような人物でもあります。
そんな無風は、物語の後半、陰流の同門で新陰流創始者・上泉信綱(かみいずみのぶつな)と相対し、信綱の「邪法」という言葉に「出世のかざりもんに剣法を下落させた」、「偽善者」の言葉を返して勝利を収め、無敵の強さを誇ります。
「流水(4)」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
「流水(4)」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
無風は忍者武芸帳 影丸伝完結の3年後、その若き頃が描かれた貸本漫画が執筆されるほどの特別なキャラクターです。のちに【無風伝】としてまとめられました。
忍者武芸帳 影丸伝は、結城重太郎(ゆうきじゅうたろう)がもうひとりの主人公です。出羽国の伏影城の城主・結城隼人光春の一子・重太郎は、坂上主膳に父を殺され城を奪われたことから、主膳の命を狙い続けます。それは影丸の想いとも重なり、重太郎は何度もピンチを影丸に助けられます。
そんな重太郎は敵討ちの中で、様々な剣技を学んでいきます。上泉信綱(新陰流創始者)の息子・秀胤(ひでたね)からは、陰の流れの疾風剣(しっぷうけん)を教わります。それは、水平に構えた剣を、受けと攻撃とを疾風のような素早さで一動作を完了する剣で、同時に複数の相手を倒せる剣技です。
「無風道人(2)」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
「無風道人(2)」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
そして無風道人からは、吹毛剣(すいもうけん)を教わります。それは、うさぎを傷付けずに毛1本だけを斬れるような細やかな剣技です。
さらに唐忍法の使い手・宗忍性(そうにんしょう)からは、波の鼓(なみのつづみ)を教わります。打ち寄せる千変万化な波の飛沫をもかわし、戻る波に紛れて攻める訓練で生まれます。実戦では、後方に飛びあがったのちに前進して一気に敵を倒す、体の動きを使った剣技です。
「秘太刀」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
「波の鼓」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
忍者武芸帳 影丸伝には女性の剣客も登場します。伊賀忍者を抜けた女性の抜け忍・蛍火(ほたるび)は、忍剣を用います。
明智光秀のもとで働くことになり、影丸や重太郎と争うこととなった蛍火は、刃を上に向け刀を下方に構え、地面に這わすようにして斬る、地摺り斬月の剣(じずりざんげつのけん)で、重太郎の左腕を斬り落としました。
「地摺り斬月の剣」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
「地摺り斬月の剣」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
「地摺り斬月の剣」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
忍者武芸帳 影丸伝では、影丸と重太郎の他に、実在した林崎甚助(はやしざきじんすけ)の人生も交差します。
抜刀の瞬間に相手を倒す居合術の祖とされる甚助は、浅野重治の一子で、坂上主膳に父を殺されたことで主膳の命を狙いました。
白土はその史実に加えて、甚助は肺を病んだことで一瞬の抜刀に賭ける居合術を生み出したとし、目はくぼみ痩せこけた独自の甚助像を作り出しました。
そして、抜刀時に刀身の見えない早業を描きました。
「疾風剣」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
「疾風剣」
【忍者武芸帳 影丸伝】より
白土は忍者武芸帳 影丸伝で注目されると、継続して描いた貸本漫画(【剣風記】、【赤目】、【真田剣流】、【忍法秘話】など)以外の世界にも活躍の場が広がります。
少年忍者の活躍を描いた【サスケ】(1961-1966年〔少年〕連載)や、【カムイ伝】の第1部(1964-1971年〔月刊漫画ガロ〕連載)を月刊漫画雑誌に描いていきます。
白土はサスケと【シートン動物記】(内山賢治原作)で第4回講談社児童まんが賞も受賞しました。カムイ伝第1部ではカムイ(非人)・正助(百姓)・草加竜之進(武士)の身分の違う者達を通して階級闘争を描くなど、白土の転換期となりました。
白土はカムイ伝発表にあたり、赤目プロダクションを設立し、その掲載誌として自費で漫画雑誌を創刊します。
これが、のちに多くの青年漫画雑誌の創刊を誘発していくことになります。またカムイ伝では、時代劇漫画で定評のあった小島剛夕を作画に迎え、それまでの漫画的な絵と小島の写実的な絵との混合を目指していきます。
白土は創刊が続く週刊少年漫画雑誌にも発表します(【風の石丸】、【狼小僧】など)。赤目プロ設立後は、村山知義【忍びの者】の上忍・中忍・下忍の階級闘争のアイデアに着想を得た【ワタリ】(1965-1966年〔週刊少年マガジン〕連載)や、カムイ外伝の第1部(1965-1967年〔週刊少年サンデー〕連載)などを同時期に描きました。
カムイ外伝は、カムイ伝の主要登場人物・カムイを主人公に描かれます。
「抜け忍」のカムイは追って来る敵に対し、夙流変移抜刀霞斬り(しゅくりゅうへんいばっとうかすみぎり)で立ち向かいます。それは、小刀を敵に見えないよう後ろに差し、左右どちらから抜刀するのかが分からない剣技です。
白土は漫画的と写実的な混合の新たな表現として、夙流変移抜刀霞斬りを図解で描いています。
「飯綱落とし」
【カムイ外伝】より
「飯綱落とし」
【カムイ外伝】より
「飯綱落とし」
【カムイ外伝】より
白土漫画は〔ガロ〕刊直後以後、次々とアニメ化・映画化されていき、学生運動の当時の時代背景も相まって白土は時の人になっていきます。
そのとき白土の刀剣漫画は社会の投影が大きく意識され、漫画的な物から写実的な物へとなっていました。