上田倫子の近作の主人公、剣道部に所属する女子高校生・戸澤さくら。真田十勇士の伝説が残る長野県上田市に暮らす酒蔵の娘でもあります。ある日、実家の蔵で太刀を手にしたことで真田幸村が生きる戦国時代にタイムスリップしてしまいます。(■上田倫子の刀剣キャラ⑦ 光る刀で戦国時代にタイムスリップ・戸澤さくらより)
【リョウ】で知られる上田倫子(うえだりんこ)。同作では女子高校生が源義経の生きる平安時代にタイムスリップします。その後描いた【さくら十勇士】では女子高校生が真田幸村の生きる戦国時代にタイムスリップします。2作のあいだで上田倫子が描く女性主人公は、守られたい存在から守る存在へと変化していきます。
上田倫子は、読み切り【花の日にあいたい】(1986年〔週刊マーガレット〕掲載)で高校1年生のときにデビューしました。
多数の現代劇を描いたのち(【同じ夢をかぞえて】、【プリズムが恋人】、【キッスは瞳にして】、【新学園天国】など)、女子高校生が武蔵坊弁慶の生きる平安時代へタイムスリップする時代劇【リョウ】(1995~1999年〔マーガレット〕連載)を発表しました。
同作について、桂枝雀(2代目)による弁慶が右肩のこぶとなって突如現れる演目「こぶ弁慶」を聞いたことで着想したこと、読者層の少女達が大人になってからも楽しむことができる内容を目指したと明かしています。
少女漫画において、現代から過去へのタイムスリップ物としては、16歳のアメリカ人少女が現代と古代のエジプトとを往復する細川智栄子あんど芙~みん【王家の紋章】を金字塔に、女子高校生が戦国時代の織田信長の結婚相手になる田村由美の読み切り【神話になった午後】。中学3年生の少女が古代中国が模された世界へタイムスリップする渡瀬悠宇【ふしぎ遊戯】などが続きます。
リョウの連載ほぼ直前には篠原千絵が王家の紋章へのオマージュ作【天は赤い河のほとり】を発表しています。高橋留美子が女子高校生が戦国時代へタイムスリップする物語【犬夜叉】を発表したのはリョウ発表直後でした。
少年・青年漫画においてはリョウ発表時期には、三浦建太郎作画【王狼】【王狼伝】(武論尊原作)、本宮ひろ志【夢幻の如く】、山原義人【龍狼伝】など現代から過去の中国大陸へタイムスリップする漫画が先行しています。
こうした少女・少年・青年漫画には、戦国時代へタイムスリップするSF小説の祖とされる半村良の【戦国自衛隊】が先行しています。
リョウの主人公は、女子高校生の遠山りょうです。
遠山りょうは修学旅行先の京都の五条大橋で武蔵坊弁慶に襲われます。武蔵坊弁慶はその後、元・警視総監の遠山りょうの祖父が営む剣道場にまで現れます。
そのとき剣道経験のないはずの遠山りょうは剣技で武蔵坊弁慶を打ち倒します。
実は遠山りょうは、青木ケ原の樹海で保護された平安時代の装いをした牛若丸と名乗る女の子でした。交通事故で7歳のときに亡くなった遠山家の女の子の身代わりとして記憶を与えられ、育てられていました。
武蔵坊弁慶との手合わせのときには、牛若丸(源義経)の記憶が蘇っていたのです。
【リョウ】
リョウで描かれる武蔵坊弁慶は、我が世の春を謳歌する平家の横暴を憎み源氏の再興を願っています。平家追討の誓いを立て五条大橋で千本の刀剣を集める中で、千本目の相手となったのが牛若丸でした。
争いの中で牛若丸は、2度と現世に戻ることができないと京の人々のあいだで恐れられていた鞍馬山の神かくしの谷に逃げ込みます。武蔵坊弁慶はそのあとを追い、青木ケ原の樹海の地割れから現代へとやってきました。
武蔵坊弁慶は現代の世界で祇園の芸妓の世話になるなどして暮らす中で、3年目に五条大橋で千本目の相手とそっくりの、遠山りょうを見つけました。
武蔵坊弁慶は遠山りょうと過ごす中で牛若丸が清和源氏の御曹司と知り、家来を望みます。
「家来たる者一時もご主人様のお側を離れる訳にはいきませぬ」と宣言し、愛刀の薙刀で遠山りょう=源義経を守っていくことになります。
【リョウ】
遠山りょうと武蔵坊弁慶の距離が近付いていく中で、遠山りょうとの生活を壊されたくない遠山家は武蔵坊弁慶を逮捕するなど追い込みます。
その結果、遠山りょうは武蔵坊弁慶と青木ケ原の樹海の地割れから平安の時代へと逃げ出しました。
平安時代を生きる遠山りょうに、男の子として育てられていた牛若丸=源義経の記憶が蘇ります。
源義経は遠山りょうを押しやり、男として生きるために「お前がいると」、「再びりょうが目を覚ますかもしれぬ」と武蔵坊弁慶を斬ります。
【リョウ】
遠山りょう=源義経と武蔵坊弁慶のあいだにはライバルも登場します。
平清盛の孫で美男子と謳われた平維盛(たいらのこれもり)です。
リョウでは、源義経は女の子として生まれたものの平清盛による平家との政略結婚を避けるため、男の子として鞍馬寺に預けられたとされます。けれども平清盛は源義経が女の子と気づいており、いずれ平維盛の妻にさせるつもりでした。
平維盛はあることをきっかけに遠山りょう=源義経が女性だと見破り、見初めます。遠山りょう=源義経も懸命な平維盛のことを嫌いになれません。けれども源氏征伐を命じられている平維盛は、恋と出世との板ばさみになります。
そして戦の直前にひとり抜け出し(富士川の戦い)、その苦しさから遠山りょう=源義経に「これで私を斬れ」と願い出ました。
【リョウ】
上田倫子はその後、17世紀のスペインと日本を舞台にスペイン人の少女と伊達藩の日本人使節団の侍との恋を描いた【ホーム】(2000年〔マーガレット〕連載)を経て、読み切り【月の吐息 愛の傷】(2001年〔マーガレット〕連載)を発表します。
戦国時代を生きる記憶をなくした少女・かぐや(じつは織田信長の娘・叉羅)と徳川家康の長男・徳川信康に仕え岡崎城の警護にあたる服部半三正就との恋を描きました。
同作は読み切り【月の吐息 夏の夢】(2002年〔マーガレット〕連載)と続き、こちらは本家の服部半蔵が織田信長の娘・叉羅に惹かれるも、叉羅は分家の服部半三と恋しているという内容を描きました。
上田倫子は月の吐息で不憫な役どころとなった服部半蔵のためにすぐさま【月のしっぽ】(2002~2007年〔マーガレット〕連載)を続けて描きます。
くノ一の百地うさぎが忍術が苦手なことから曾祖父・百地丹波に、伊賀一の男前・服部半蔵の嫁になれと命じられるところから始まる物語でした。
けれども服部半蔵は嫁をもらう気はありません。服部半蔵に一目ぼれした百地うさぎは服部半蔵と結ばれるために努力を重ねます。服部半蔵の他、百地うさぎの恋のライバルの上忍の藤林ゆうり、百地うさぎの幼馴染かつ元許嫁で守り役の石川五右衛門や、月の吐息シリーズからの分家の服部半三と織田信長の娘・沙羅のカップルなども登場します。戦国武将では、織田信長、森蘭丸、明智光秀、徳川家康も登場します。
月のしっぽでは、月の吐息シリーズの主人公で織田信長の娘・叉羅も物語に彩りを添えます。その登場は、織田信長の娘ゆえに命を狙ってくる刺客をその刀で打ち倒す場面でした。
その強さに月のしっぽの主人公・百地うさぎも「つ…強い!!」、「この姫さまめちゃくちゃ強い――!!」と驚かされます。
「其之五」【月のしっぽ】
「其之五」【月のしっぽ】
その後、上田倫子は明治時代を描いた【裸足でバラを踏め】を経て、再び時代劇を描きます。【さくら十勇士】(2012~2013年〔マーガレット〕連載)です。
高校2年生の戸澤さくらは、剣道部に所属する少女です。真田十勇士の伝説が残る長野県上田市の酒蔵の娘でもあります。
ある日、蔵で太刀を見つけた戸澤さくらは「剣をとれ」と言う声に導かれ、剣を鞘から抜いたことで謎の光に包まれます。そして太刀とともに戦国時代へとタイムスリップしました。
【さくら十勇士】
真田幸村は戸澤さくらを支える役を佐助に命じます。佐助は真田家家臣一の剣客です。
戸澤さくらは取り上げられていた現代へ戻るきっかけとなる太刀を取り戻すべく、佐助と剣を交えます。
【さくら十勇士】
上田倫子はその後、【蘭と葵】(2016~2019年〔月刊YOU〕連載)で女忍び・服部蘭(はっとりらん)と年下の竹千代(のち徳川家光)との恋を描いています。
同作は月のしっぽの続編にあたります。
主人公の服部蘭は、服部半蔵と百地うさぎの娘です。父が取り仕切る婚礼から逃げ出し、世のために働きたいという願いから、将軍として自信を持てない竹千代を支えていきます。
2人の出会いは、刺客に命を狙われた竹千代をその剣の腕前で服部蘭が助けたことでした。
「第1話」【蘭と葵】
距離の近付いていく2人の間に、服部蘭の許嫁・石川八右衛門、かつての服部蘭の想い人・雲隠林蔵も現れ、徳川家光の命を狙います。また、柳生宗矩の息子・柳生一厳と服部蘭の剣を通じた交流も描かれます。
上田倫子は、リョウでは武蔵坊弁慶に守られる少女からやがて自分の手で運命を切り開く少女を、月のしっぽは服部半蔵の妻を目指す少女を、さくら十勇士では真田幸村のために命をかける少女を、蘭と葵では年下の竹千代のために命をかける少女を、順に描きました。上田倫子の刀剣漫画は、少女像の強さの変遷を教えてくれます。