小島剛夕が生み出したキャラクターのひとりムサシ。抜け忍の師匠のもとを離れた抜け忍の抜け忍です。師から学んだ伊吹剣流の売り込みを目標のひとつに独自の剣技を披露し続けます。(■小島剛夕の刀剣キャラ⑥ 抜け忍の抜け忍の剣客・ムサシより)
白土三平【カムイ伝】、小池一夫原作【子連れ狼】の作画でも知られる小島剛夕(こじまごうせき)。抜け忍を描いた自作【土忍記】とその連作【孤剣の狼】を、青年漫画雑誌の創刊ラッシュの中で描きます。その後、柴田錬三郎の時代小説の漫画化や原作付きで数多くの作画を手がけていく小島剛夕は、青年漫画の興隆と共に時代劇漫画を大きく発展させます。
小島剛夕は、青年劇画雑誌の誕生時期、その第1号ともされる雑誌の創刊の翌年から【土忍記(どにんき)】(1967~1969年〔コミックmagazine〕連載)を描きます。
主人公は、柳生忍群を抜けた3人の「抜け忍」、多羅尾平八・草薙小平次、卯月六平太です。
小島剛夕は、柳生忍群を、柳生十兵衞三厳(やぎゅうじゅうべえみつよし)を総帥とし、服部半蔵を頭領とする伊賀と甲賀の忍者の公儀隠密の集団で、剣の柳生家に対して「陰ノ流れ」と呼ばれていると設定しました。また、土忍という言葉も考え出したと述べています。
同作は連載終了の翌年、【土忍記 風の天狗】のタイトルで映画化もなされました。
多羅尾平八は、甲賀の多羅尾の育ちの抜け忍です。とある外様大名を取りつぶす理由を見つける隠密活動の中、妻と子を柳生の者に殺されたことで柳生忍群を抜けました。以来、剣よりも鍬を選び、農民として過ごせる安住の地を探しています。
しかし組織の掟によって柳生の者から命を狙われ続け、落ち着くことはできません。そんな多羅尾平八は、秘太刀・竜尾の剣、柳生秘抄などの剣技を用います。竜尾の剣は背後に刀身を隠し、敵に刀の動きを悟られない剣技です。
「剣と鍬」
【土忍記】
「剣と鍬」
【土忍記】
草薙小平次は、江州伊吹出身の百姓育ちの抜け忍です。戦に巻き込まれたことで両親を亡くした草薙小平次は、村人を巻き込んだ戦術を許せず、柳生忍群を抜けました。百姓として暮らす中で、伊吹剣流陰流シ、伊吹剣流裏風車、柳生流流れ風心などを使わざるを得ない状況が度々やってきます。
伊吹剣流は、100年も前に途絶えた神秘的な流派として語られていると小島剛夕は設定しました。その流派の技のひとつ・伊吹剣流陰流シは、灯りをともした暗闇の中でできる影の残像効果を利用し、影を斬りに行った敵をその一瞬の隙で斬る剣技です。
「秘剣陰流し」【土忍記】
「秘剣陰流し」【土忍記】
卯月六平太は、伊賀の百姓育ちで、幼い頃から侍として隠密活動を行っていた抜け忍です。頭領から婚約を許されたものの、抜け忍を期限までに始末できず、婚約者を殺されたことで抜け忍となりました。
そんな卯月六平太は、気の弱い侍を演じて生きる中でトラブルに巻き込まれ、伊吹剣流わくら葉、飛刀草薙などの剣技を用います。伊吹剣流わくら葉は向かってきた敵を片手逆立ちでかわし、刀を投げて倒す剣技です。
「秘剣の果て」
【土忍記】
「秘剣の果て」
【土忍記】
小島剛夕はそうしたロマンスの裏側に主眼を置きます。
明智光秀と明姫の子は双子でした。この物語の実質の主人公の千太郎です。
産まれてすぐに甲賀の抜け忍の集まる飛騨のかげろう一族にさらわれた千太郎は、伊賀・甲賀など全国すべての忍びを束ねる忍室和尚(にんしつおしょう)の考えに従って行きます。
忍室和尚(薩摩藩島津氏菩提寺・福昌寺第15代座主)はフランシスコ・ザビエル(来日したイエズス会宣教師)との対話で、その名を史実に残します。小島剛夕は、その人物を大胆に脚色しました。
忍室和尚は、織田信長、彼に仕える明智光秀の武士、そして仏教集団とキリシタンを一気に滅ぼす野望を持っていました。千太郎はそんな師の教えに基づき、自分の父親と知らずに明智光秀の命を狙い続けます。
「第二部 第四話」【戦国風忍伝】
千太郎には別の元・忍びも支援します。忍室和尚がかつて所属していた伊吹十忍の生き残り、青ヶ谷風心です。
現在はフランシスコ・ザビエルの弟子となり、ロレンソと名乗っています。キリスト教の布教を生きがいにしています。
実在したロレンソ了斎がモデルです。琵琶法師として生きる中でフランシスコ・ザビエルの洗礼を受けてキリスト教の宣教師となった人物です。のちに戦国時代の貴重な資料【日本史】を記すルイス・フロイス(来日したイエズス会宣教師)とも行動を共にしています。
史実をもとに小島剛夕が大胆に創作した青ヶ谷風心(ロレンソ)は、フランシスコ・ザビエルを助けるべく仏教を信じる武家の命を狙います。そこでは巧妙な忍びの術が使われます。
「第一部 第一話」【戦国風忍伝】
そんな青ヶ谷風心(ロレンソ)はやがて千太郎と共闘していくことになります。
千太郎が織田信長暗殺犯として命を狙われる中、高山右近が亡くなると、双子であるその遺体を使って千太郎の命を救います。同じキリシタンである高山右近よりも千太郎を選びました。
「千太郎……そんな方は知りませんな 高山右近さまに生き映しだが……」と青ヶ谷風心(ロレンソ)は語ります。小島剛夕は千太郎や青ヶ谷風心(=ロレンソ)など、戦国武将よりも歴史の裏側を生きる抜け忍に感情移入しています。
「第二部 第十三話」【戦国風忍伝】
続いて【孤剣の狼】(1968年、1970年〔週刊漫画アクション〕連載)を描きます。
主人公は抜け忍で、愛馬のクロとさすらう素浪人・ムサシ(無三四)です。師匠から習った伊吹剣流を売り込むことをひとつの目標に、至るところで剣技を披露します。
「鎌鬼」
【孤剣の狼】
ムサシの師匠は、土忍記の草薙小平次です。土忍記と孤剣の狼は連作となっています。
老いた草薙小平次は、柳生忍群を統率する柳生十兵衛を倒すことを夢見て伊吹剣流の再興を考えます。けれどもムサシは、師・草薙小平次の要請を拒否したことで、伊賀の抜け忍だった妻・おぼろを殺され、赤子を人質に取られます。
ムサシは「生命は預ける坊主を大切にあつかえ!」と告げ、抜け忍からさらに抜け忍となり、あてどなく妻の影を求めて放浪の旅に出ていきます。
「血の山」
【土忍記】
小島剛夕はその後、【剣豪秘話】(1968年〔漫画ゴラク〕連載)、【剣鬼がゆく】(1969~1970年〔漫画ゴラク〕連載)など、剣豪を描いていきます。「剣豪」ブームをけん引した柴田錬三郎の【赤い影法師】(1968年〔週刊少年キング〕連載)の漫画化も行いました。そして漫画原作者・小池一夫との出会いによって【子連れ狼】(1970~1976年〔週刊漫画アクション〕連載)を発表し、代表作となりました。
以後、笹沢佐保(ささざわさほ)、滝沢解(たきざわかい)、梶原一騎(かじわらいっき)などの原作者を起用していきます。黒澤明映画の漫画化(【蜘蛛巣城】【椿三十郎】)も行っています。
小島剛夕の刀剣世界は、青年劇画雑誌の興隆期と共に拡がり、戦後の刀剣漫画を大きく発展させました。