【銭ゲバ】、【アシュラ】など少年漫画で残酷描写の中に無情を描いた作風で知られるジョージ秋山。少年漫画を離れると青年漫画雑誌で連載44年に及んだ【浮浪雲】など、池波正太郎人気以降、時代劇漫画を数多く描いていきます。青年向けでは逆に残酷描写は抑えられるも無情さは変わらず描かれます。それは青年向けの時代劇漫画【女形気三郎】でも変わりません。
ジョージ秋山は、貸本漫画屋に勤務しながら漫画家を目指し、前谷惟光(代表作【ロボット三等兵】シリーズなど)、森田拳次(代表作【丸出だめ夫】、【ロボタン】など)のギャグ漫画家のもとで修業を積みました。
商業漫画雑誌デビューの翌年、ギャグ漫画【パットマンX】(1967-1968年〔週刊少年マガジン〕連載)を発表します。街の問題を知った少年が刀を背負い覆面を付けたパットマンXに変身し、発明品をもってして問題をほのぼのと解決していきます。同作で秋山は第9回講談社児童まんが賞を受賞し、最初の代表作になりました。
その後もギャグ漫画を発表する中で(【デロリンマン】など)、少年漫画雑誌と台頭してきた青年劇画・漫画雑誌とのせめぎ合いがピークを迎えようとしていた時期、生きる苦悩を残酷描写で描いた作品を少年漫画雑誌で発表し、回収処分・引退宣言へ至るほど注目を集めました(【銭ゲバ】、【アシュラ】、【ばらの坂道】など)。
引退宣言からの復帰後、秋山は青年漫画雑誌にも進み、時代劇を手がけていきます。「独眼目明し捕物帖」を掲げた【天牛】(1973-1975年〔ビッグコミック〕連載)や、【浮浪雲】(1973-2017年〔ビッグコミックオリジナル〕連載)を発表します。浮浪雲はそれまでの秋山の漫画とは変わり、幕末を生きるもと武士の日常をのほほんとしたトーンで描きます。連載5年目には、第24回小学館漫画賞・青年一般部門を受賞し、テレビドラマ化もされました。
幕末を生きる武士の家系の雲(くも)は、今は品川宿の問屋場の頭を務めています。問屋とは、旅行者の旅籠屋や駕籠の手配や、幕府の書類なども運ぶ飛脚の管理などを行なう、東海道五十三次に整えられた施設です。運搬に携わる無宿の人々は無法者も多く、雲助と呼ばれました。
自由気ままに生きる雲は、髷を結わず伸ばしたい放題の髪を正面で鶏冠のようにくくり、女物の着物を身に付け、「ありんす」という廓言葉を使います。職場では三味線をつまびき、外に出れば気軽に女性に声をかける自由人です。けれども、町に問題が起これば、肩に乗せた駕籠かき棒に仕込んだ刀とその剣の腕前で、無償で問題を解決します。
大きく振れば鞘が抜ける特製の駕籠かき棒には、左右に刀が仕込まれています。
第一章「宿場女郎」
【浮浪雲】より
第一章「宿場女郎」
【浮浪雲】より
第一章「宿場女郎」
【浮浪雲】より
第一章「宿場女郎」
【浮浪雲】より
雲には、妻・かめとのあいだに生まれた長男・新之助がいます。道場に通い剣の腕を磨き、勉学にも励み外国語も学んでいます。雲とは正反対の生真面目な性格の新之助は、「父上を見ているとわたくしがしっかりとしなければ」と語り、雲がピンチのときには、「こんなだらしのない父上だが、わたくしにとってはたったひとりの父上です。」、「新之助!命にかえてもお守り致す。」と正義感の強い少年剣士です。
第五章「街道工事不正事件」
【浮浪雲】より
雲と新之助の関係は、池波正太郎【剣客商売】で描かれる若い妻を迎えて自由気ままに暮らす老剣客と生真面目な剣客の父子をうかがわせます。
捕物も多数描かれた浮浪雲は45 年に亘って連載され、岡本綺堂【半七捕物帳】、野村胡堂【銭形平次捕物控】、池波正太郎【鬼平犯科帳】などのように掲載雑誌の看板連載となる捕物帳物にもなりました。
秋山はその後も時代劇を描きます。少年漫画雑誌では「投げゴマ捕物」を掲げた【ぼんくら同心】、月刊少年漫画雑誌の創刊号から描いた【戦えナム】や、【青の洞門】、【花の咲太郎】など。青年漫画雑誌では【岡っ引ひぐらし】、【暮れ六つ同心】など、主に捕物帳物を発表しました。
その後は成人漫画を軸として、青年漫画雑誌の創刊号から描いた【超人晴子】など映画化される人気作を多数描きました(【ピンクのカーテン】、【恋子の毎日】、【うれしはずかし物語】、【ラブリン・モンロー】など)。
成人漫画が中心となってからも、二宮金次郎を描いた【博愛の人】や、【女形気三郎(おんながたきさぶろう)】(1993-2002年〔ビッグコミックオリジナル増刊〕連載)などの時代劇漫画を描きます。【女形気三郎】は連載8年目に映画化されました。
女形気三郎の主人公・気三郎は、長屋に独り暮らし、女性の髪結いを生業としています。
「恋の裁き人」
【女形気三郎】より
「恋の裁き人」
【女形気三郎】より
けれども、法に訴えられない女性の事件を知れば自宅の地下で女形気三郎に変身。誰に頼まれた訳でもなく、長崎の師匠に学んだ技で、長ドスや和傘、かんざしなどで女性を泣かせた男達を退治します。「女を泣かし たぶらかし 女を危(あや)めても お裁きなしとは さても女の一大事。」、「恋の裁き人・女形気三郎 裁かせていただきます」が決めセリフです。
「蒼い夜、白い米、怒りの柔肌」
【女形気三郎】より
「蒼い夜、白い米、怒りの柔肌」
【女形気三郎】より
「蒼い夜、白い米、怒りの柔肌」
【女形気三郎】より
「蒼い夜、白い米、怒りの柔肌」
【女形気三郎】より
姿を変えて人を斬る有様を描いた女形気三郎には、大佛次郎【鞍馬天狗】や三上於菟吉【雪之丞変化】、池波正太郎【殺しの掟】、【仕掛人・藤枝梅安】をきっかけとするテレビシリーズ【必殺仕掛人】など、裏の顔を持つ変身時代劇物が先行しています。
一見派手に見えやすい刀剣漫画において秋山は、もと武士で今は商売人となっている雲や、長屋暮らしの気三郎を主人公にしました。彼らは、名誉や金銭などの見返りを全く求めません。
秋山はその後発表した、【葉隠】(江戸時代中期の武士の心得を記した書物)を漫画化した【武士道というは死ぬことと見つけたり】(2004年、幻冬舎刊行)では、武士道を「諸行無常」と強調しています。そんな秋山の刀剣漫画には、ヒロイズムを拒否するまなざしがあります。