崗田屋愉一のキャラクターのひとり、口入屋の兇次。仕事斡旋業を生業に多くの仲間と共に江戸の裏側を生きます。時に懐にしまった短刀を使い、侍にも立ち向かいます。(■崗田屋愉一の刀剣キャラ② 侍にも楯突く町人・口入屋の兇次より)
【ひらひら国芳一門浮世譚】など江戸時代を舞台にした作風で知られる崗田屋愉一(おかだやゆいち)。崗田屋愉一は同人活動時代から歴史・時代小説に基づく刀剣漫画を描いています。BL(ボーイズラブ)に集中的に取り組んだのちには、歴史・時代小説の古典の漫画化も託されています。
崗田屋愉一は、岡田屋鉄蔵(おかだやてつぞう)名義で同人活動から始めます。
幕末を生きた隻腕の幕臣の剣客・伊庭八郎を描いた【隻腕刀 其の一 鬼か人か】(2003年)、その続編【水煙 隻腕刀 其の弐】と【集腕刀外伝 江戸侍】、伊庭八郎の弟子を描いた【荒井鎌吉 集腕刀外伝】を発表しました(2004年)。
隻腕刀 其の一 鬼か人かでは原作として池波正太郎【幕末遊撃隊】と中村彰彦【遊撃隊始末】を記しています。
伊庭八郎その人は池波正太郎や中村彰彦以前、新選組小説の発端となる子母澤寛が昭和初頭に記した短編とそれに基づく映画化でその存在が広く知られることになりました。
幼少の頃から時代劇や歌舞伎に親しんだと言う崗田屋愉一は伊庭八郎を知ってから江戸時代に傾倒していったと言います。そして作画への影響は、漫画の神様として小島剛夕と平田弘史の2人の劇画漫画家の名前を挙げています。
崗田屋愉一はその後も、司馬遼太郎【人斬り以蔵】を原作とし、土佐藩の郷士・岡田以蔵を描いた【無宿鉄蔵 狂気ノ唄 準備号】(2006年)と同シリーズ【狂気ノ唄 元治元年】(2007年)を発表しています。
また、歴史・時代小説だけでなく、同時に尾田栄一郎【ワンピース】に基づく同人漫画も多数描いています(2004~2007年)。
そして、岡田屋鉄蔵名義作【タンゴの男】(2007年、宙出版)で商業出版デビューしました。以後、【千夜一夜―しとねのひめごと】(2009年、リブレ出版)、同人【GOGOBOYの憂鬱】(2010年)、【デルペノイド】(2011年、リブレ出版)、同人【Send In The Clowns】(2011年)、【ライアテア】(2012年、白泉社)など商業出版と同人活動を並行した活動を行います。
崗田屋愉一は商業出版デビュー後、雑誌の編集部から時代劇漫画の依頼を受けます。
それは、岡田屋鉄蔵名義作【千】(2010~2012年〔小説花丸〕〔花丸漫画〕連載)となりました。
同作は、「このBLがやばい 2011」にてコミック部門8位。ミニドラマCDも制作され、その名が広く知られていきます。2巻となった単行本では【千 長夜の契】【千 螺旋の錠】と題されました。
主人公は、魂を食らい来世を捨てさせる替わりに何でも願いを叶えられる不思議な力を持つ座頭・千載(せんさい)と、大剣豪の牢人(*江戸時代中期以前に主家を去り扶持を失った武士の表記)・草薙主悦(くさなぎちから)のコンビです。
座頭と剣豪の浪人のコンビと言えば、かつて岡本喜八【座頭市と用心棒】(1970年)の映画も制作されています。座頭は勝新太郎主演の映画【座頭市】シリーズ(原作・子母澤寛)から、剣豪の浪人は黒澤明の三船敏郎主演の映画【用心棒】からです。
草薙主悦は千載と出会った当初、「戦乱の世ならともかく」、「今時俺みてえなのは用心棒くらいしか使い道がねえんだろう」と語ります。
けれども千載とひとつの問題を解決したとき、「お前が何なのか俺も知りたくてな」と草薙主悦は仕官の道を目指すことをやめ、千載との2人旅の人生を選びます。
「第一話」【千 長夜の契】
「第一話」【千 長夜の契】
以後、崗田屋愉一は江戸時代を主題にしていきます。
江戸時代末期の浮世絵師・歌川国芳没後150年の年、歌川国芳一門となる武家出身の架空の田坂伝八郎を主人公にした岡田屋鉄蔵名義作【ひらひら 国芳一門浮世譚】(2011年〔ぽこぽこ〕連載)を発表します。
掲載媒体は、崗田屋愉一と古屋兎丸(代表作【帝一の國】など)と押切蓮介(代表作【ハイスコアガール】など)の3名を軸に開始されたweb連載空間で、創刊メンバーでした。
同作は、連載終了の翌年、文化庁メディア芸術祭推薦作品に選出されました(2012年)。
他にこの時期、千野隆司の江戸時代を舞台にした伝奇小説【戸隠秘宝の砦】シリーズや、永井紗耶子の幕末から明治の時代の商人を描いた【旅立ち寿ぎ申し候】などの装画・表紙絵も手がけています(2012年)。
同人活動も並行して行います。伊庭八郎とかかわる花魁を描いた同人【傷 くるわばなし】を発表。同人のアンソロジー【大江戸春画枕絵考察 歌川国芳 吾妻婦理】も主導しました(2012年)。
ひらひら国芳一門浮世譚に続いてwebコミックでは、江戸時代を舞台にした【極楽長屋】(2012~2013年〔EDEN〕連載)を発表しています。
盗賊だった親が捕まり住み慣れた家を追い出された大工の青年を主人公に、引越し先の長屋での群像劇を描きました。
そして青年漫画雑誌にて、【口入屋兇次(くちいれやきょうじ)】(2013~2014年〔グランドジャンプPREMIUM〕隔月連載、2014~2016年〔グランドジャンプ〕月1連載)を描きます。
江戸時代の仕事斡旋業者・口入屋とその仲間達の活躍を描く群像劇です。
遊郭育ちの女たらし、町医者、僧侶、読売屋(瓦版の販売者)らが協力者です。池波正太郎【仕掛人・藤枝梅安】原作に始まるテレビ時代劇「必殺」シリーズの系譜です。
主人公は、口入屋の兇次です。時に懐にしまっている短刀を使い、「偶々武家に生まれたってだけで」、「手前を上等な人間と勘違いするな」と侍にも立ち向かいます。
兇次は職業を理不尽に奪われた過去を持っていました。
第六幕「夜鷹の秘め事(ソノ六)」【口入屋兇次】
口入屋兇次と並行して、【MUJIN 無尽】(2014年~〔ヤングキングアワーズ〕連載中)も発表します。同人活動時代から描き続けた伊庭八郎秀穎(いばはちろうひでさと)の生涯を描きます。
また、千シリーズの単行本未収録分の同人【千 常世の理】(2015年)も発表し、この時期、自身のテーマと言える作品が続きました。
MUJIN 無尽では、伊庭八郎秀穎の父・伊庭軍兵衛秀業(いばぐんべいひでなり)も大きく取り上げられます。
江戸時代後期、千葉周作成政を創始とする北辰一刀流の玄武館、斎藤弥九郎善道を創始とする神道無念流の錬兵館、桃井八郎左衛門直由(初代・桃井春蔵)を創始とする鏡新明智流の士学館が名を馳せます。
そこに伊庭是水軒秀明(いばぜすいけんひであき)を創始とする心形刀流(しんぎょうとうりゅう)の錬武館が仲間入りします。8代当主・伊庭軍兵衛秀業が老中・水野忠邦に取り立てられたことで錬武館の名が広く知られることになりました。
心形刀流剣術の亀山演武場(三重県亀山市)に取材協力を得たMUJIN 無尽では、伊庭軍兵衛秀業の指導を通して実践的な描写がなされました。
丸太による素振りの稽古、真剣を人に向けたときの重みを体感させる稽古などが精細に描かれました。
「第三話」【MUJIN 無尽】
「第四話」【MUJIN 無尽】
そして、技の千葉・力の斎藤・位の桃井のキャッチコピーに対するように、何よりも心を重んじる心形刀流の稽古の心得が次のように記されました。
「その重さに打ち勝つのは」、「技と信念だ」、「技はわしが持つ全てを教えよう」、「だが信念はお前次第だ八郎」、「常に己に問うのだ その心の有り方を」、「何が義で何が不義か見定める心眼を培え」、「その切っ先に義が宿ると確信したなら」、「習得した技が正しく定まるようになり」、「重さは既に消えていよう」
「第四話」【MUJIN 無尽】より
心形刀流は世襲ではなく代々門弟の実力者が養子となり家督を継ぎました。9代当主は8代の養子となり8代の存命中に後継者として指名されていた伊庭軍兵衛秀俊です。MUJIN 無尽では9代の実子の長男・伊庭義蔵と8代派との10代継承問題が描かれます。
8代当主の実子の長男・伊庭八郎秀穎は幼少の頃は学問の道に関心を寄せ、剣の道には遅くになってから入りました。MUJIN 無尽では8代当主の実父をコロリで亡くしたあと、主人公の伊庭八郎秀穎の剣の腕前が飛躍的に上がったとされます。
その理由として継承問題を忘れるべく剣の稽古に夢中になれたためとされます。けれども、継承問題に心を痛める優しい伊庭八郎秀穎像として描かれました(なお、10代当主には伊庭八郎秀穎没後に実弟・伊庭想太郎が選任される)。
「…暫くひたすら剣に打ち込めたのは…ありがたかったです」、「我武者羅に剣を振って」、「へとへとになる迄 汗をかいて」、「己の剣先にのみ全ての神経を集中させる」、「感覚が研ぎすまされるのを感じられる頃には雑念が消え」、「驚くほど気が晴れた」、「でもやはり義蔵の事だけは気掛かりでスッキリしません」
「第十話」【MUJIN 無尽】より
2016年、画業10年目にあたり崗田屋愉一(おかだやゆいち)にペンネームを改めます。
同年【口入屋兇次】が日本漫画家協会大賞の最終選考にノミネートされました。
若き歌川国芳を描いた【大江戸国芳よしづくし】(2016年〔週刊漫画ゴラク〕不定期連載)も発表し、同作は2度目の文化庁メディア芸術祭推薦作品に選出されました(2018年)。
この間、島田荘司の新聞連載小説【盲剣楼奇譚】の挿絵も手がけました(2017~2018年)。
崗田屋愉一と改めて以降、歴史・時代小説の古典に本格的に携わります。
柴田錬三郎生誕100周年の年、柴田錬三郎原作【からふね-眠狂四郎異聞-】(2017~2018年〔グランドジャンプPREMIUM〕連載)を描きました。
すでに柴田錬三郎の【眠狂四郎異端状】(2013年)と映画で主演を演じた市川雷蔵(8代目)の映画デビュー60周年の年の【新篇 眠狂四郎 京洛勝負帖】(2014年)のそれぞれの文庫表紙を手がけており、改名以降も【眠狂四郎孤剣五十三次】(2017年)、【眠狂四郎独歩行】(2018年)、【眠狂四郎殺法帖】(2019年)と文庫の装画は続いています。
現在は池波正太郎【雲霧仁左衛門】の初の漫画化を手がけています(2018年~〔コミック乱〕連載中)。また、江戸の極楽長屋に暮らす浪人の食を描く【堤鯛之進 包丁録】(2018年~〔たそがれ食堂〕不定期連載中)も描いています。
柴田錬三郎
【眠狂四郎孤剣五十三次】<上>
(装画・崗田屋愉一)文庫
原作・池波正太郎/崗田屋愉一
【雲霧仁左衛門】1巻
活動の初期から、池波正太郎、司馬遼太郎に基づいていた崗田屋愉一。その刀剣漫画は、BLに集中的に取り組んだのち、歴史・時代小説の古典の漫画化も託されるまでになっています。