戦後昭和生まれの刀剣・歴史映画監督

三上康雄
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【蠢動 -しゅんどう-】と【武蔵 -むさし-】の時代劇映画を監督した三上康雄(みかみやすお)。大学生時代から自主制作映画の世界で時代劇に取り組んでいた経験を有します。この2作も学生時代に制作したものをリメイクした作品であり、群像劇を通じて侍の精神を持ってしても個人ではどうにもならない現実が描かれます。

国家権力を題材にしたアクション映画が実質監督第1作

三上康雄は関西を拠点に、大学生時代から時代劇を題材にした自主制作映画を制作していました。

本格的な監督第1作は、刑事を主人公とするアクション映画【荒野の狼】(1976年・8mm・30分)です。同作では、主人公の刑事が抱える葛藤、自分は国家権力の犬ではないかが主題のひとつです。

続いて時代劇【乱流の果て】(1977年・8mm・40分)を発表します。自身が剣道をしており、憧れの存在だったと言う宮本武蔵を主人公に、吉岡清十郎との対決を、唯我独尊を信念とする宮本武蔵VS足利将軍家に剣術師範として仕えた名門・吉岡家として描きました。ナレーターとして俳優の田村高廣(たむらたかひろ)を迎えています。

続く【二天一流】(1978年・8mm・40分)は、乱流の果てに続く宮本武蔵ものの第2部にあたり、佐々木小次郎との戦いが描かれます。同作でも田村高廣がナレーションを務めます。

そして、学生時代最後の監督作となる、現代を舞台にした荒唐無稽なアクション映画【闘争の宴】(1979年・8mm・60分)を発表しました。留学先のサンフランシスコでも、撮影を行っています。

プロの時代劇俳優を起用した自主制作映画を発表

大学卒業後は家業の資材メーカーで働きながら、時代劇映画【蠢動】(1982年・16mm・45分)を監督・共同脚本します。主題は「封建制度のなかの義」で、蠢動(しゅんどう)とは虫のうごめくことを意味します。

時代は徳川吉宗江戸幕府第8代将軍)治世下の享保17年、享保の大飢饉によって苦労する因幡藩(鳥取藩)が舞台です。

改易を目論む江戸幕府は、その苦境につけ込むことを考えています。幕府の使者・西崎(汐路章)がやってくる前夜、すでに幕府から遣わされていた松宮十三(松田政男)が暗殺されます。

その犯人に、松宮十三の弟子となっていた因幡藩藩士の香川廣樹(三上康雄)が仕立て上げられます。そこには、城代家老(玉生司郎)、討伐隊隊長・原田(西田良)、それぞれの思惑がありました。物語の山場は、雪に覆われた鳥取砂丘で撮影された殺陣の場面です。

同作では、汐路章(しおじあきら)、玉生司郎(たまきしろう)、西田良、香川廣樹の姉・香川由紀役を古川京子が演じるなどプロの俳優、そしてプロの技術スタッフが起用されました。

自主制作時代劇映画を商業用映画にリメイク

Blu-ray【蠢動 -しゅんどう-】より

Blu-ray【蠢動 -しゅんどう-】

三上康雄は54歳の年、家業の代表取締役に就任。同社の株式をすべて売却し、劇場映画事務所を設立します。

そして翌年、かつて発表していた自作を100分にリメイクした【蠢動 -しゅんどう-】(2013年〔太秦〕配給)を公開しました。同作でも著名なプロの俳優や技術スタッフを起用しています。撮影場所には、伊賀上野城や武家屋敷入交家住宅(共に三重県伊賀市)、名張藤堂家邸(三重県名張市)などが使用されました。

リメイク版の蠢動 -しゅんどう-は、徳川吉宗(江戸幕府第8代将軍)治世下の享保20年、因幡藩(鳥取藩)が舞台。主人公を因幡藩剣術師範の原田大八郎(平岳大)としたのが特徴です。
彼の妻は、城代家老の荒木源義(若林豪)の娘であり、家老には公私共に頭があがりません。

そんな原田大八郎は、型通りの道場剣法ではない、戦場における勝ちを重んじる剣術にこだわる若き藩士・香川廣樹(脇崎智史)に目をかけていました。他藩での剣術修業の推挙状をと考えており、公儀から遣わされていた新陰流の剣術指南役・松宮十三(目黒祐樹)に頭を下げます。けれども、型を重んじる松宮十三は、香川廣樹を決して認めませんでした。

そんな香川廣樹はある過去が。彼の父は藩が行っていた隠し田と隠し蔵を自身の独断とし、武家諸法度による藩の取り潰しを、自らの命を差し出すことで救っていました。

原田大八郎はある日、荒木源義から藩の財政状況を松宮十三が密かに探っていることを告げられ、彼を斬る密命を託されます。

因幡藩は江戸幕府から要求される多摩川治水助成金の献上金で頭を悩ませており、献上金を差し出せば、享保の大飢饉から立ち直り、倹約に努めて捻出した余剰金を失うことになるためでした。

そして、公儀の使者として西崎隆峰(栗塚旭)が因幡藩にやってくることが分かると原田大八郎は闇夜で密命を決行します。

その同じ日の昼、数日前に城代家老付用人の舟瀬太悟(中原丈雄)によって突然、推挙状がもたらされていた香川廣樹は旅立っていました。その修業期間は、姉・香川由紀(さとう珠緒)と香川廣樹の親友との祝言日までです。

原田大八郎は密命を果たすも束の間、荒木源義から目をかけていた香川廣樹を松宮十三殺害の実行犯として斬ることを命じられます。

果たして、原田大八郎はどのような決断を行うのか?

封建制度のなかの義

蠢動 -しゅんどう-の宣伝コメントのひとつは、高橋克彦が担当しており、「私にとってはおよそ五十年前の小林正樹の「切腹」以来の大傑作。」と記しています。

封建制度のなかの義の主題は、滝口康彦の時代小説を、小林正樹監督・橋本忍脚本【切腹】(1962年)や、同じく滝口康彦原作で小林正樹監督・橋本忍脚本【上意討ち 拝領妻始末】(1967年)の系譜です。三上康雄も切腹からの影響を認めています。

そんな蠢動 -しゅんどう-では、原田大八郎(平岳大)の義は次のように描かれました。

因幡藩城代家老の荒木源義の部屋。密命を果たした原田大八郎、その報告に来る。

原田大八郎
「首尾よくことは進みましてございます」

荒木源義
「そうか」

原田大八郎
「は」

荒木源義
「松宮殺害の下手人は香川、香川とすることにする」

原田大八郎、戸惑いの表情。

荒木源義
「このことはそちに邪念が入ってはならぬと思い、伏せておいた」

原田大八郎
「しかし、香川は」

荒木源義
「分かっておる」

荒木源義
「しかし他に誰が。松宮は新陰流の使い手。無頼ごとに斬られるわけがない、さすれば松宮殺害の訳を私恨のものとするには、香川しかおらんではないか」

原田大八郎
「しかし」

荒木源義
「これはわしが決めたこと。藩を守るためには致し方ないことだ」

原田大八郎
「ならばわたくしが」

荒木源義
「ならぬ、絶対にならぬ。そなたの藩での立場をよく考えてみよ。そなたが科を背負えば、公儀の追求は藩にまで及ぶことは必定。藩はどうなる。そなたの気持ちはよく分かる。しかしここは耐えよ。藩のため、いや、民のためにだ。原田、追手を組み香川を福恩寺にて討て」
まだ受け入れることのできない原田大八郎の表情。
場面変わって、自分の幼子を見つめる原田大八郎。

映画【蠢動 -しゅんどう-】

再び宮本武蔵を描く

Blu-ray【武蔵 -むさし-[特別版]】

Blu-ray【武蔵 -むさし-[特別版]】

6年後、2作目の劇場用映画【武蔵 -むさし-】(2019年〔アークエンタテインメント〕配給)を公開します。学生時代に取り組んだ宮本武蔵が題材です。

撮影は、弘道館茨城県水戸市)、東滑川海浜緑地(茨城県日立市)などでオールロケがなされ、「史実に基づくオリジナルストーリー」にこだわったその内容は次のようなものでした。

まず、新免無二斎(須藤正裕)に育てられた新免武蔵(細田善彦)は、父・吉岡七左衛門(清水綋治)、長男・吉岡清十郎(原田龍二)、二男・吉岡伝七郎(武智健二)の吉岡一門と勝負。鎖鎌の宍戸(児玉純一)、槍の道栄(宗円章浩)との勝負が順に描かれます。

勝負にのみ生きる新免武蔵の心の支えは、姉の吟(遠藤久美子)と、禅僧・太木慧道(若林豪)でした。

新免武蔵の最大の敵となるのが、佐々木小次郎(松平健)です。彼の心の支えは妻のユキ(水野真紀)です。修験者としての佐々木小次郎、キリシタンとしてのユキの描写もなされます。

佐々木小次郎は、細川忠興(三上康雄)の重臣・沢村大学(目黒祐樹)によって豊前細川家の剣術指南に選ばれたとされます。その理由は、沢村大学が世話になった松井康之(映画内では未登場)の息子・長岡興長(半田健人)を豊前細川家の筆頭家老へ押し上げるため、その予防線として土豪(小豪族)による乱を抑えることができる剣客が必要だったためでした。

そして、新免武蔵と佐々木小次郎との巌流島の決闘には、沢村大学の暗躍があったとします。豊前細川家における佐々木一族の重用と武装化を強硬に主張する佐々木小次郎に、新免武蔵をぶつけることを考えたとします。その後押しには、徳川将軍家へ通じる京都所司代板倉勝重(中原丈雄)が語った「秀でる者は世を乱す」の言葉がありました。

三上康雄はプレスリリースで同作は群像劇とし、12名の主要登場人物が主演であり、誰かひとりを単独主演と書かないようわざわざ記しています。

現実主義の知恵者としての新免武蔵

武蔵 -むさし-では、現実主義が目指されます。吉岡伝七郎(武智健二)との戦いでは、相手の心理や現場の状況を巧みに利用した知恵者としての新免武蔵(細田善彦)が描かれます。

三十三間堂。かがり火がたかれるなか、吉岡清十郎の代わりとなる弟・吉岡伝七郎、父・吉岡七左衛門、門弟らと待つ。新免武蔵、登場する。

新免武蔵
「何者。改めて一決と言ったが別人が相手とはこれいかに」

吉岡伝七郎
「兄の仇」

新免武蔵
「立ち合いではなく、遺恨の果し合いか。果し合いならば真剣のはず。それを木剣とはこれまたいかに」

吉岡七左衛門
「伝七郎、動じるな」

新免武蔵
「京流宗家足利将軍指南とは、将軍家指南は塚原卜伝上泉伊勢守。他人のなしたことをかっさらう、その奸物を伝承してきたのが京流か」

吉岡伝七郎
「何を」

吉岡七左衛門
「伝七郎」

新免武蔵
「ならば聞く、その木剣。長さも形も見えておる。己の討ち物を見せてどうする、勝負は着いた」
と、去ろうとする。

吉岡伝七郎
「待て」
新免武蔵、向き合う。

吉岡伝七郎
「貴様」
と、木剣を振り回す。新免武蔵は素手。わざと両手を上げ、腹を打たせ、木剣を奪い取った。木剣を構える新免武蔵に対し、吉岡伝七郎、腰の真剣を抜いてしまう。わざと木剣を斬らせた新免武蔵。残った部分で、自身の側のかがり火を殴打して火を消し、周囲を暗くする。その意図が分からない吉岡伝七郎、暗がりの新免武蔵に切り込む。真剣同士による斬り合い続く。暗闇に目が慣れた新免武蔵、明るい側へと周り、吉岡伝七郎を斬り倒した。

映画【武蔵 -むさし-】

真っ直ぐな知恵者としての佐々木小次郎

佐々木小次郎(松平健)は、真っ直ぐな知恵者として描かれます。けれどもその結果、沢村大学(目黒祐樹)から疎んじられたとされました。

沢村大学、佐々木小次郎、城門前で歩きながら話す。

沢村大学
「家中の者の腕、上達した」

佐々木小次郎
「まだまだ力不足。徳川殿が天下を掌握されたとは言え、豊臣家は存続。西に黒田。東は海峡を挟んで毛利。領内でも、いつ一揆が。備えを拡幅することこそ、この地のため」
*****
沢村大学に詰め寄る佐々木小次郎。

佐々木小次郎
「今の陣では戦えませぬ。我が一族より迎えりをせぬと」

沢村大学
「すでにかなりの数入れたではないか」

佐々木小次郎
「あの者達は戦う者。必要とするのは手立てを練り、差配する者。申し上げますると、今のご家中の方々では」
沢村大学、憮然の表情。
*****

佐々木小次郎
「黒田の六端城のこと存じのはず。六つの出城のうち、この豊前との境に、若松・黒崎・鷹取山・益富・小石原の五つもの城が。今こそ西、黒田への守りを固めませぬと。そのためにも岩石城の再建を」

沢村大学
「黒田のことは分かっておる。それと佐々木一族の城の再建と結び付けるとは」

佐々木小次郎
「その狭量な所論。到底細川家の公人のお言葉とは」

沢村大学
「発してよいこと悪いことの見境を、剣術指南としての筋目を超えておる」

映画【武蔵 -むさし-】

三上康雄は、2作のリメイクについてインタビューで次のように述べました。

「ぼくは“個”というのは全体の流れ、組織とかうねりとか時間とかに左右されるのではないかなと思っているんです。それぞれの思いや考えはいろんな部分で左右されて変わっていく。ただ、それぞれの思いがあるからぶつかり合い、最終的には激突する。そういうような話をぼくは作りたい」

学生時代の作品、荒野の狼以来、封建制度のなかの義を問い続けてきた三上康雄の根幹です。

著者名:三宅顕人

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