歌舞伎演目の中から、主人公が奪われた宝剣を探す旅に出る「小栗判官」(おぐりはんがん)の題材となった物語の概要、さらに立廻りの見どころをご紹介します。
作者 | 近松徳三(ちかまつとくぞう)・奈河篤助(ながわとくすけ) ※姫競双葉絵草紙より |
---|---|
初演 | 1800年(寛政12年)9月 |
※他に「小栗物」(おぐりもの)として、文耕堂・竹田出雲合作の物などもあります。
時は室町時代、足利将軍家の治世。天下取りを狙う謎の盗賊・風間八郎(かざまはちろう)が、足利家から重宝「勝鬨の轡」(かちどきのくつわ)と「水清丸の剣」(すいせいまるのつるぎ)を強奪します。
実は風間は、足利家に滅ぼされた新田家の血を引き、復讐と天下取りを狙う人物。その風間に父を殺され、勝鬨の轡と水清丸の剣を奪い返すべく旅に出る小栗判官。そのあとを追う判官の恋人・照手姫(てるてひめ)。2人はすれ違いを繰り返し、数々の苦難を乗り越えて…。
小栗判官
小栗判官は、善悪個性豊かな人物が登場するのも面白さのひとつで、個々の魅力もしっかり堪能できる演目です。室町幕府の転覆を目論む神出鬼没の盗賊・風間八郎は妖術使いでもあり、スケールの大きな大悪党の魅力たっぷり。
勝鬨の轡と水清丸の剣を何としても探さねばと奔走する小栗判官は、暴れ馬を鮮やかに乗りこなす馬術の名手で、暴れ馬「鬼鹿毛」(おにかげ)で曲乗りをする場面はこの演目の大きな見どころのひとつ。馬がまた素晴らしく、競馬馬のサラブレッドを見るかのような姿に惚れ惚れします。
さらに、風間の野望を阻止しようと奔走するもうひとりの人物、足利家の執権・細川政元(ほそかわまさもと)。彼と風間との虚々実々の駆け引きの場面にも、歌舞伎ならではの面白さが施されています。
小栗判官には、足利家の勝鬨の轡と水清丸の剣探しが物語の骨格にありますが、宝剣水清丸の剣とは別に、見どころを彩る刀剣が登場します。
ひとつは二幕目で、判官を追い流浪の旅に出た照手姫の絶体絶命のピンチを救う、小栗家の旧臣・浪七(なみしち)が見せる大立廻りのシーン。もうひとつは三幕目、判官に恋焦がれた長者の娘・お駒が母の手によって殺されてしまう場面。
最初は少しコミカルな恋物語の場面かと思いきや、とんでもない悲劇が起こってしまうのです。
時は室町。謎の盗賊・風間八郎によって奪われた足利家の重宝勝鬨の轡と水清丸の剣の行方を追う、足利執権・細川正元(ほそかわまさもと)と小栗判官。判官の恋人・照手姫も判官のあとを追い、旅に出ます。小栗判官は、この4人を軸に物語が展開する演目。
宝剣水清丸の剣の探索がひとつのテーマであるゆえに、刀剣が登場する場面は多々ありますが、ぜひ味わってほしいのが、趣を異にする2つの立廻りシーンです。
宝剣・水清丸の剣が登場する場面でぜひ押さえておきたいのが、一幕目の江ノ島の沖の場面。海中に隠されていた宝剣水清丸の剣を小栗判官が発見しますが、それを風間八郎が妖術を使い、再度奪い返します。
2018年1月に国立劇場で上演された小栗判官の通し上演では、風間が宝剣水清丸の剣を横取りし花道から引っ込む際に、後見4人が浪布(なみぬの:波の絵を描いた布。水面であることを表す)で海の波を表現する大掛かりな演出が行なわれています。
二幕目。判官のあとを追った照手姫は、小栗家の旧家臣で今は琵琶湖で猟師をしている浪七(なみしち)と小藤(こふじ)夫婦にかくまわれていました。そこへ小藤の兄で獄道者の胴八が来て、金目当てに照手姫をさらってしまいます。
彼女が湖水で危うい状態になっているところへ助けに来たのが、忠義に厚い浪七夫婦。2人は照手姫を助けるために亡くなってしまうのですが、この場面での浪七の壮絶な大立廻りが見ごたえたっぷりです。岩山から背中を向けたまま網の中に落ちるという、非常にスリリングな場面もあります。
お槙がお駒を切る場面
三幕目。一転して華やかな世話物の雰囲気で始まります。
足利家の重宝勝鬨の轡と水清丸の剣を探索する旅に出た小栗判官は、その旅の途中で偶然助けた美濃国青墓(あおばか)の長者「萬屋」(よろずや)の屋敷にいます。萬屋の娘・お駒(こま)に見初められた判官は、探し求めている勝鬨の轡が萬屋にあると聞き、婿になることを承諾。
その祝言の日、すれ違い続けていた判官と照手姫が偶然の再会を果たします。実は、照手姫が人買いに売られそうになったところを、萬屋の後家・お槙(まき)に助けられ、萬屋で下女として働いていたのです。
判官は照手姫と再会したことでお駒との祝言を断るのですが、それで収まらないのが、判官に恋焦がれるお駒。嫉妬のあまり照手姫に刃を向け、それを制した母のお槙に殺されてしまうのです。何ともやるせない悲劇が起こってしまうのですが、お槙が泣く泣くお駒を刀で切る場面で見せる両者の歌舞伎ならではの動きに、ぜひ注目してみましょう。