歌舞伎の名場面・見どころ
於染久松色読販
歌舞伎の名場面・見どころ
於染久松色読販

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歌舞伎演目の中から、若い2人の恋に名刀の紛失騒動を絡ませた「於染久松色読販」(おそめひさまつうきなのよみうり)の物語の概要と、人間ドラマに華を添える「ひとり七役」の早替りについてご紹介します。

恋と日本刀を巡るドラマに華を添えるのは、ひとり7役の早替り

作者 四世・鶴屋南北(つるやなんぼく)
初演 1813年(文化10年)3月

「於染久松色読販」は、質店「油屋」の娘・お染と丁稚の久松(ひさまつ)の道ならぬ恋を主軸に、名刀「牛王吉光」(ごおうよしみつ)とその折紙(おりがみ:鑑定書)の紛失騒動が絡み、人間の欲望が渦巻く世界が展開される世話物です。

主役のお染を演じる女形が、お染を含む7つの役を早替りするのが売りの演目で、通称「お染の七役」(おそめのななやく)と呼ばれています。

お染久松心中事件をもとに

於染久松色読販は、実際にあった「お染久松心中事件」をもとにしています。

1710年(宝永7年)1月6日に、大阪板屋橋(いたやばし)にあった豪商油屋で、主人の娘・お染と丁稚の久松が日本刀(刀剣)で心中。この将来のある若者同士の心中事件は、早速その月のうちに歌舞伎化され、演目「心中鬼門角」(しんじゅうきもんかど)として上演、さらに歌祭文(うたざいもん)に歌われて評判となりました。

歌祭文とは、江戸の中期ごろ、事件やその時々の風俗をつづった文句を、「門付け芸人」(かどつけげいにん:人家や商店の門口に立ち、芸能を演じ報酬を得る者)が三味線などの伴奏で歌って歩いた俗謡の一種のこと。その後も、浄瑠璃や歌舞伎で脚色を加え多くの演目が作られました。

現在では、「新版歌祭文」(しんぱんうたざえもん:初演1780年)の「野崎村の場」を単独上演する通称「野崎村」(のざきむら)と、この於染久松色読販(お染の七役)が度々上演されています。

善人、悪人、様々な身分・職業の男女が入り乱れ

お染

お染

では、「ひとり七役」が売りの於染久松色読販の主要な登場人物を紹介しましょう。【 】で括った役をひとりの女形が演じています。

浅草瓦町にある質店・油屋は、主人亡きあと、後家の【貞昌】(ていしょう)が切り盛りしており、義理の息子・多三郎(たさぶろう)と娘【お染】の3人家族。道楽息子の多三郎は、柳橋の芸者【小糸】(こいと)と良い仲で身請けを考えています。娘のお染は丁稚の【久松】(ひさまつ)と相思相愛の仲ですが、貞昌はお金のためにお染と山家屋の清兵衛との縁談を進めています。

一方の久松には、事情があり【お光】という許嫁がいます。実は久松は元武士で、主家・千葉家の宝刀牛王吉光と折紙を紛失した責任で父が切腹、お家断絶になっていました。久松は千葉家の奥女中をしている姉【竹川】(たけかわ)とともに、日本刀(刀剣)を探し出して汚名を晴らし、お家再興をと考えているのです。

そんな事情をかかえた久松の親代わりをしているのが百姓の久作(久松の乳母の息子)で、お光は久作の娘。また竹川には、かつて彼女に仕え、今も頼りにしている【土手のお六】(どてのおろく)がいます。お六は、鬼門の喜兵衛(きもんのきへえ)という悪党と夫婦になり、今はその日暮らしをする悪女ですが根は忠義者。竹川から頼まれた日本刀(刀剣)を買い戻すためのお金の工面をしようと奔走します。

これらの登場人物に、名刀牛王吉光紛失を企てた張本人、千葉家の侍・弥忠太と油屋の番頭・善六(お染を我が物にし油屋乗っ取りを画策)が絡み、物語は展開していきます。

ここで、この演目を観たことがない人は、疑問がふつふつ湧いてきているかもしれませんね。「こんなに絡み合った間柄なら、同じ場面で出てくる人物が複数あるはず。それをひとりでどう演じる?」と。そう、ひとりの女形が演じる2役、さらには3役が同じ場面に登場します。主役であり恋仲のお染と久松などは、まさに度々。しかも久松は男です。さて、どう演出されているのでしょう?

ひとりの女形が年齢もキャラも、性別も違う7役を早替りで演じ分ける

於染久松色読販、通称お染の七役の最大の見どころは、ひとりの女形が【お染】(おそめ=お嬢様)、【久松】(ひさまつ=丁稚、実は元武士)、【お光】(おみつ=田舎娘)、【竹川】(たけかわ=奥女中)【小糸】(こいと=芸者)、【貞昌】(ていしょう=大店の女将)、【土手のお六】(どてのおろく=悪婆)の7つの役を早替りで演じ分けるところです。

お染かと思えば久松、久松かと思えば小糸と、まさに目まぐるしく変わる舞台。年齢もキャラクターも全く違う役を一瞬で演じ分ける面白さを存分に楽しめる演目です。

7人はどう登場する? 三角関係のお染・久松・お光

お染と久松の早変わり

お染と久松の早変わり

7役の早替りの様子を、序幕の「柳島妙見の場」で見てみましょう。

浅草瓦町の質屋油屋の【お染】は、親が決めた縁談があるものの、丁稚の【久松】と恋仲。今日はその【久松】を伴い妙見神社に参拝。しかしはぐれてしまい、互いを探し合う2人。

「久松さ~ん」とお染が探していたかと思いきや、一瞬で「お嬢様~」と探す久松に変わります。そのあとにやってきたのは、お染と久松の噂を聞き付け、心配になってお百度(ひゃくど)を踏みに来た、久松の許嫁で田舎娘の【お光】(久松からの早替り)。

実は久松は元武士で、お家再興に必要な名刀牛王吉光を探すために油屋に奉公している身。お光はそんな久松の後見人の「久作」(久松と乳母が同じ)の娘です。

女→男→女の早替りも見どころですが、恋敵のお染とお光を役者がどう演じ分けるかにも注目です。

7人はどう登場する? 奥女中・芸者・大店の女将・悪女と次々登場

さらにこのお光と入れ違い(早替り)に、鳥居をくぐって登場するのが千葉家の奥女中の【竹川】(実は久松の姉)。名刀牛王吉光は千葉家の重宝で、竹川・久松姉弟の父はその日本刀(刀剣)を紛失した責任を取り切腹、お家断絶となっていたのです。竹川は、名刀探しを第一に質屋に奉公したはずの弟が、お染との噂があるのを案じての参拝でした。

竹川が去ったあと、今度は芸者の【小糸】(竹川からの早替り)が、千葉家の侍「鈴木弥忠太」に連れられてやってきます。小糸は、お染の兄・多三郎の思い人。その多三郎に小糸の身請けをそそのかす人物がいます。油屋の番頭「善六」です。油屋の質草となっていた名刀牛王吉光の折紙を、小糸の身請けのために多三郎の命で持ち出し金に換えたあと、牛王吉光の折紙紛失を多三郎のせいにし、あわよくば店もお染も我が物にしようという魂胆です。

しかし、手に入れた折紙を隠した先は、百姓・久作(久松の親代わり)の野菜売りのための藁包みの中。そこから喧嘩騒動が勃発し、それを収めたのは、お染の縁談相手の山家屋清兵衛。そこへ通りかかったのが、お染の母【貞昌】(小糸から早替り)で、清兵衛に婚儀が遅れていることを詫びます。

そして、貞昌が帰りがけにすれ違った籠の中から降りてきたのは、【土手のお六】(貞昌から早替り)。今は鬼門の喜兵衛(きもんのきへえ)という悪党の妻でいわゆる悪女ですが、もとは竹川に仕えていた身で、きっぷが良く根は忠義者。竹川から呼び出され料理屋へと向かうところ…、という展開です。

お嬢様から、最後は歌舞伎の世界で悪婆(あくば)と呼ばれる悪事を働く中年女の役まで、バラエティ豊かなひとり七役を存分に楽しめる序幕柳島妙見の場です。

お六の活躍も見どころ

竹川がお六に頼んだのは、油屋の質草となっていることが分かった名刀牛王吉光と、折紙を受け出すための100両の工面。実は名刀紛失を企てたのは、千葉家の侍・弥忠太と油屋の番頭・善六で、彼らの手先となって名刀を盗んだ張本人こそ、お六の夫の喜兵衛でした。

しかしそうとは知らぬお六。あることからゆすりのアイデアを得た喜兵衛が油屋から金をだまし取ろうと画策しており、お六は100両を工面するために、それに加担します。

結果的には嘘がばれ、ゆすりは失敗に終わるのですが、お染と同じ役者が演じているとは思えぬ、お六の粋な啖呵(たんか)は見ごたえたっぷり。

名刀 牛王吉光は?

お染と久松の恋、そして名刀牛王吉光と折紙はどうなったのでしょう? 

お染との不義の罪で土蔵に入れられていた久松は、お染から「一緒になれないなら死ぬ」との覚悟を聞き、同様の覚悟を決めていました。一方、ゆすりに失敗した喜兵衛、何と名刀牛王吉光を盗みに油屋に忍び込みます。そこをお染に見られ、彼女を拉致。壁の崩れ目から蔵を抜け出した久松は、お染を助けようとする中で喜兵衛を日本刀(刀剣)で斬り、名刀牛王吉光を手に入れます。

久松がお染と駆け落ちしたことを知り、気が狂いさまよい歩くお光。道ならぬ恋に悩む2人は覚悟の心中を決意しますが、そこへ割って入ったのがお六です。名刀も取り戻し、お家再興を願い出るべきだとの必死の説得に、お染と久松は心中を止めるのです。

早替りの見どころポイント

どの早替りも見ごたえがありますが、特に次の2つは大いに注目です。

ひとつめは、母・貞昌がお染と久松の恋に異見を唱える場面。通常3人の役者が必要なところですが、ひとりの役者が屏風1枚を使い替わって見せるのです。ふたつめは、大詰めの心中の場。舞台上で、すれ違いざまにお染から久松へと、女形から立役へ一瞬にして替わる早替りはまさに圧巻です。

また、これら早替りの演出は、演じる役者の工夫によっても違いがあり、単に衣裳が変わる早替りショーではなく、ひとつひとつのキャラクターを掘り下げて演じ分けている役者の姿にもぜひ、注目しましょう。

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