歌舞伎の名場面・見どころ
石切梶原
歌舞伎の名場面・見どころ
石切梶原

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歌舞伎演目の中から、武士と敵方の父娘が名刀を介して心を通わせる物語「石切梶原」(いしきりかじわら)の物語の概要と、クライマックスの見どころをご紹介します。

石の手水鉢をも真っ二つに切る稀代の名刀。しかし試し斬りではその威力は発揮されず。それはなぜ?

作者 文耕堂(ぶんこうどう)・長谷川千四(はせがわせんし)による合作
初演 1730年(享保15年)8月

「石切梶原」は、本外題を「梶原平三誉石切」(かじわらへいぞうほまれのいしきり)と言い、非常にシンプルな筋立てながら見せ場が多く、また歌舞伎の「時代物」の典型的な役柄を見ることができる演目としても人気が高い作品です。

時代は、源平合戦の真っただ中。源頼朝(みなもとのよりとも)が石橋山の戦いで敗れ、房総半島へ敗走したあとの鎌倉が舞台。ある父娘が、頼朝に勝利した平家方の大名のもとへ家宝の日本刀(刀剣)を買ってほしいとやってきます。

ちょうど居合わせた梶原平三景時(かじわらへいぞうかげとき)は日本刀(刀剣)の目利きとして知られた人物で、一目見て「あっぱれ稀代の名刀」と鑑定。しかし、念のために行なわれた試し斬りでは、なぜか名刀とは言えない結果が出てしまいます。

まずは登場人物に注目!

主人公の梶原平三景時は、歴史では、源義経を讒言(ざんげん)により窮地に追い込んだ人物として取り上げられ、多くの歌舞伎演目でもほとんど悪人として登場しますが、石切梶原では、やわらかみと誠実さを備えた爽やかな分別ある武将として描かれています。歌舞伎の時代物で「生締」(なまじめ)と呼ばれる典型的な善人の役柄です。

一方、父娘が家宝の日本刀(刀剣)を売ろうとする相手で、頼朝に勝利した平家方の大名として登場するのが、大庭三郎景親(おおばのさぶろうかげちか)とその弟の俣野(股野)五郎景久(またののごろうかげひさ)。前者は、「大敵」と呼ばれる風格を備えた適役。後者は、赤っ面の「荒若衆」(あらわかしゅ)という気性の激しい役柄です。

実は歌舞伎は、物語を理解しやすい工夫として、役柄がパターン化されており、扮装や化粧、ポーズなどの見た目で役柄の個性が分かるのです。時代物はこの様式化が世話物以上に進んでおり、特にこの石切梶原は、登場人物もシンプルで分かりやすく、それぞれのキャラをじっくり観察して楽しむのも醍醐味のひとつです。

父娘のピンチを救う梶原平三景時

日本刀の目利きをする梶原平三景時

日本刀の目利きをする梶原平三景時

では、この演目のあらすじを簡単に追ってみましょう。

早春の鎌倉の鶴岡八幡宮へ参拝に来た大庭三郎景親と俣野五郎景久兄弟。そこへ満開の梅を見に梶原平三景時がやってきます。3人はともに平家方の武将で、言わば同僚です。

そんな3人が梅を見ながら酒を酌み交わしているところに、青貝師(あおがいし:青貝細工の職人)の六郎太夫(ろくろだゆう)とその娘・梢(こずえ)が訪ねて来て、大庭に家宝の日本刀(刀剣)を買ってもらいたいと願い出ます。

日本刀(刀剣)の目利きに優れた梶原が名刀であると太鼓判を押したことで安心し、大喜びで買おうする大庭に対し、何かにつけてしゃしゃり出る俣野が口をはさみます。名刀である証として、2人重ねて一刀に斬る「二つ胴」(ふたつどう)を試すべきだと。そこで、死罪が決まった囚人が試し斬りのために連れて来られますが、ひとりしかいません。

すると、何と六郎太夫が「もうひとりは自分がやる」と志願。それを聞き、試し斬りをする役を買って出たのは梶原です。おやおや、善人として登場しているはずの梶原がなぜ?と思う場面ですが、その理由はあとで分かります。

結果的に、その試し斬りで斬れたのは、囚人ひとりのみ。それを見た大庭と俣野は嘲笑いし、そんな鈍刀などいらぬと買わずに帰ります。ここからがクライマックス。六郎太夫父娘と3人になった梶原は、今度は神前の石の手水鉢(ちょうずばち:手や口を洗い清める水の入った鉢)に日本刀(刀剣)を振り下ろし、見事、真っ二つに斬ってみせるのです。鑑定に間違いがなかったことを証明し、この名刀は自分が買い取ると言う梶原。二つ胴の失敗は、六郎太夫父娘の正体を見抜いた梶原がわざと鈍刀に見せかけるための企て。なぜ、彼はそんなことをしたのでしょう?

また、この石切梶原の演目は、最後に日本刀(刀剣)で手水鉢を一刀両断する大きな見どころにおいて、演じる役者による2つの異なる型があります。そのそれぞれの面白さとは、どのような物でしょうか?

本阿弥まさりの目利き者が父娘のピンチを救う

平家の大名・大庭三郎景親に家宝の日本刀(刀剣)を売りに来た青貝師の六郎太夫とその娘・梢。日本刀(刀剣)の鑑定をしたのは、同じく平家方の武将で、大庭から「本阿弥(ほんあみ)まさりの目利き者」と言われる梶原平三景時。

本阿弥とは室町初期に始まる刀剣鑑定の家柄で、その言葉から、大庭がいかに梶原を信頼していたかが分かります。しかし、その梶原が「名刀で間違いなし」と言い切った日本刀(刀剣)は、2人重ねて一刀に斬る二つ胴の試し斬りでは、その威力を発揮しませんでした。

実はその失敗は、父娘の正体を見抜いた梶原が2人のピンチを救うためのお芝居だったのです。

名刀の鑑定シーンに注目!

まず、梶原が名刀を鑑定するシーンに注目してみましょう。

義太夫節(三味線音楽における語り物の総称である浄瑠璃の一流派)が「抜き放せば、雲なき夜半の月の影、みなぎる滝を照らせるかと、怪しむばかりの剣(つるぎ)の焼刃(やいば)~」と流れる中、梶原は手と口を手水で清め、懐紙(かいし)を咥えてそっと日本刀(刀剣)を抜きます。

さらに続く義太夫節に合わせ、刀身の鍔元(つばもと:日本刀の柄と刀身との間に挟んで、柄を握る手を防護する部位)から切っ先までをじっくり検分。そして、「見事!」と叫ぶとともに、咥えた懐紙を落とす梶原。彼の熟達した日本刀(刀剣)の扱い方が、石切梶原の最初の見どころです。

二つ胴の失敗は、日本刀の名手ゆえにできた技

名刀を手に2人重ねて一刀に斬る二つ胴は、ある意味斬り手が名手であれば簡単で、むしろ思った場所で留めることのほうが難しいこと。梶原は、上の囚人だけを斬り、下の六郎太夫を傷付けずにその縄だけを切るということをやってのけます。腕に自信があったからこそ、試し斬りを買って出たのです。

六郎太夫の秘密を見抜いた梶原

では、なぜ梶原は六郎太夫を助けたのでしょうか? 六郎太夫自身は青貝師の老爺ですが、実は106歳まで生きたとされる源氏の武将・三浦大助(みうらのおおすけ)の子。そして六郎太夫の娘・梢の夫もまた源氏の武将である真田文蔵(さなだぶんぞう)でした。娘婿の真田が、石橋山の戦いで大庭達に敗れた源頼朝の再旗揚げを叶えるために軍資金を集めているのを知り、家宝の日本刀(刀剣)を売る決意をしたのです。しかも、頼朝を破った大庭に売るという思い切った決断を。ここがある意味、荒唐無稽な歌舞伎のストーリーの面白さです。

そして、六郎太夫父娘が源氏方であることを見抜いた梶原は、平家方の武将でありながら、父娘のピンチを救う行動に出ます。そこには、心の内に秘めた思いがありました。実は梶原は、戦いに敗れ洞窟に潜んでいた源頼朝を発見し、その際頼朝の人徳に惹かれて見逃して以来、源氏に心を寄せるようになっていました。そしてもうひとつ、自ら犠牲になっても源氏再興を手助けしたいという六郎太夫の真摯な思いが、梶原の武士としての心の琴線を揺り動かしたのです。

演じる俳優によって異なる石切の場

手水鉢を一刀両断に切る場面

手水鉢を一刀両断に切る場面

石切梶原の演出には、演じる役者の違いによるいくつかのバリエーションがあり、特に違いを面白く味わえるのがクライマックスの石切の場です。

神前の手水鉢を一刀両断に切り、まさしく名刀であることを証明する場面。大きくは、「吉右衛門」(きちえもん)型と「羽左衛門」(うざえもん)型があります。吉右衛門型は、名刀で手水鉢を切る際、観客に背を向ける形で演じられます。

一方、羽左衛門型はその逆で、客席に対して正面を向き、手前にある手水鉢に名刀を振りかざし真っ二つに切ったのちに、切った手水鉢をポンと飛び越して手前に出てきます。梶原が「剣(つるぎ)も剣(つるぎ)」と言うと、六郎太夫が「切り手も切り手」と謡うように返すところも見どころのひとつです。

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