歌舞伎の名場面・見どころ

八幡祭小望月賑

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歌舞伎演目の中から、純朴な商人の恋に妖刀「村正」(むらまさ)が絡む「八幡祭小望月賑」(はちまんまつりよみやのにぎわい)の物語の概要、さらに立廻りの見どころをご紹介します。

恋し振られて妖刀に惑わされ、男が斬ったのは実の妹だったという悲劇

作者 河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)
初演 1860年(万延1年)8月

「八幡祭小望月賑」は通称「縮屋新助」(ちぢみやしんすけ)、または「美代吉殺し」(みよきちごろし)と呼ばれます。

純朴ですが野暮な越後の縮(ちぢみ:縮織物)売り商人・「新助」(しんすけ)が、深川の美しい売れっ子芸者「美代吉」(みよきち)に恋するも、愛想尽かし(あいそづかし:縁切り)され、日本刀での殺しへと展開する「世話物」の傑作です。

見初め、逢引き、別れ、死というメロドラマの形式が存分につまった演目ですが、最後に恋焦がれた女性は、実の妹だったという真実が待っています。一途な気持ちを踏みにじられた主人公の心を狂わせたのは、自身の恋がうまくいかない女の八つ当たりか、運命のサガか、それとも妖刀「村正」か。

永代橋落下事件と深川芸者刺殺事件を題材に

富岡八幡宮

富岡八幡宮

八幡祭小望月賑は、江戸で起きた2つの実話を題材に作品化されています。

ひとつは1807年(文化4年)、深川にある富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)での八幡祭の際、あまりの人出の多さに永代橋が落ち、多くの死者が出た事件。

もうひとつは、1818年(文化元年)に本郷の呉服屋が深川芸者を日本刀で刺殺した事件です。

美代吉の2度の危機を救った新助

美代吉と新助

美代吉と新助

越後から縮を売りに来た商人・新助は、木更津の親分・赤間源左衛門(あかまげんざえもん)に因縁を付けられていたところを、深川仲町の羽織芸者・美代吉に助けられます。

その美代吉は、浪人・穂積新三郎(ほづみしんざぶろう)を愛しており、二の腕に「新」の文字を彫っています。

その日は深川八幡の祭礼。美代吉にご執心の親分・赤間源左衛門は酒に酔い、美代吉を責めます。「新の字は誰か?」と。そのとき、「それは自分の名前だ」と言って美代吉の危機を救ったのは、縮屋の新助でした。

その翌日、大勢の人が祭礼に一気に押しかけ、あまりの人出に永代橋が崩落、多くの死傷者が出ます。美代吉もそのひとりで、川へ落ちた美代吉を救ったのは、今度も新助。美代吉に恋をした新助は、船中で思いを打ち明けます。美代吉は、命を助けられた義理もあり、愛する新三郎の帰参(きさん:もとの主君のもとへの復帰)が叶えば、新助の妻になることを承知するのです。

新三郎から愛想尽かしされた美代吉は、腹いせに新助に愛想尽かし

それほどまでに新三郎を愛しく思う美代吉ですが、新三郎にある事情ができたことから、彼から縁切りをされてしまいます。新三郎から縁切りをされた美代吉は絶望し、酒に酔い、誰も手を付けられない始末。

そこへ訪ねてきた新助は、美代吉から厳しく愛想尽かし(縁切り)を言われます。満座(まんざ:大勢がいる場)の中で大恥をかかされたばかりか、その言葉は、美代吉の言葉を信じて新三郎のために必要な金を無理に算段して調達した彼の心に深く突き刺さり…。

一度は宿に帰った新助ですが、ふつふつと込み上げる恨み。妖刀村正を手に再び美代吉のところへ向かい、その刀で多くの人を殺傷したあと、洲崎(すさき)の土手で彼女を斬り殺してしまうのです。しかし、殺したあとで分かった真実が、新助をさらに苦しめます。何と美代吉は、幼い頃に分かれた新助の実の妹だったのです。

美代吉殺しの場面は、あれほどにまじめで純朴な新助が、縮屋の仲間達をも日本刀で手にかけてしまうという、正気を忘れ、殺人鬼と化してしまった姿に胸が締め付けられます。その凄まじさは、立廻りとしての見どころの場面となります。

妖刀村正を手にした新助は、美代吉だけでなく仲間達をも手にかけてしまう

八幡祭小望月賑のラスト、越後の縮売り商人新助による美代吉殺しの場面で登場するのが、伊勢の名工・村正(むらまさ)作の妖刀村正。

1度は抑えた新助の怒り。しかし、たまたま手にしたこの刀の妖力に操られるがごとく…。

橋の欄干が壊れ、川へ落ちた美代吉を救う新助

2幕目の「花水橋喧嘩の場」と「稲瀬川波徐の場」。木更津の親分・赤間源左衛門(あかまげんざえもん)の子分と鳶(とび)の者(土木・建築工事に従事する人。江戸時代は町火消し人足もかねていた)が花水橋で大喧嘩。ちょうど深川の八幡祭で人出が多く、橋の上は大混乱となります。ついに欄干が壊れ、美代吉と大勢の人が川へと転落するという場面。

花水橋は、「永代橋」(えいたいばし)がモデルです。隅田川にかかる橋で、現在東京都中央区の新川と江東区佐賀を結んでいます。1698年(元禄11年)に日本橋箱崎町と深川佐賀町との間にかけられたのが始まりですが、1807年(文化4年)実際に落橋事件が起こります。

12年ぶりに再開された富岡八幡宮の祭礼時、雨で祭りが延期されたこともあり、待ちに待った人達が押し寄せ、あまりの人出の重みに耐えきれず落橋したのです。死者1000人を超える大惨事でした。新助が川に落ちた美代吉を救った出来事は、これをもとにした物です。

2つの愛想尽かし

愛する穂積新三郎(ほづみしんざぶろう)からの愛想尽かしに、自暴自棄になり酒をあおる深川の売れっ子芸者・美代吉。どうにもその苛立ちを抑えきれず、酔いも手伝い、自分に恋する越後の縮売り商人新助に、今度は自分が愛想尽かしを言い放ちます。

この2つの愛想尽かし。ともに言われた側の心を打ち砕くひどい仕打ちですが、どちらも言った側の心にも深い悲しみがあります。そのあたりにも注目して見てほしい名場面です。

美代吉と新助の根本的な価値観の違いにも注目

新三郎との恋がうまくいかない美代吉は、自棄になって新助に当たり散らし、厳しい愛想尽かしをしてしまいます。

それが結果、新助に妖刀村正を手に取らせ、美代吉殺しへ向かわせる直接の原因ですが、もうひとつ、美代吉と新助には根本で相容れない部分がありました。

美代吉が新三郎と別れて絶望しているところへ、新助はつい「それはもっけの幸いだ」と言ってしまうのです。そういう新助の野暮な無神経さに我慢がならない美代吉。この言葉ひとつに、新助と美代吉の間の大きな溝を作者の河竹黙阿弥は描いています。

名刀村正を手にした途端…

美代吉から愛想尽かしをされ、宿へと戻ってきた新助。表向きは宿屋の主人・六兵衛や下男・作助から「美代吉のことは忘れろ」という意見に素直に頷きます。しかし、内心は…。

そこへたまたまやってきた小道具屋から新助が買ったのは、名刀村正。その刀を手にした途端、狂ったかのように美代吉のもとへと駆け出していきます。その途中、通りかかった縮屋の仲間達をも日本刀で斬っていき、一心不乱に美代吉のもとへ。そして、洲崎の土手で彼女を斬り殺す新助。

ようやく正気に戻った新助に、下男の作助から告げられたのは、美代吉の愛想尽かしの真相と、実は美代吉が妹だったという驚愕の事実。新助が妖刀の魔力に魅入られてしまったゆえの悲劇だったのか?結局、新助もその刀で自害して果てます。

改作では、本水を使った凄まじい立廻りも

美代吉を斬り殺す新助

美代吉を斬り殺す新助

八幡祭小望月賑には、この作品をもとに改作された「名月八幡祭」(めいげつはちまんまつり)作:池田大悟という別演目もあります。

この演目のラスト、殺しの場で展開されるのが、本当の水を使った激しい立廻りです。歌舞伎ではこれを「本水」と呼び、冷房設備のなかった当時の夏芝居を涼しく見せるために使われた演出でもありました。

激しい夕立の中、美代吉の姿を見付けた新助が妖刀村正を手に、ずぶぬれになりながら美代吉に追いすがって斬り殺す、壮絶な場面です。

八幡祭小望月賑

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