刃物の町として知られる岐阜県関市。その歴史は、鎌倉時代にはじまった日本刀の鍛造にあります。室町時代には孫六兼元、兼定という刀匠を輩出しており、多いときには300人を超える刀匠がいたと伝えられています。その後、明治時代以降に家庭用刃物の生産に転向し、現代でも包丁やハサミといった家庭用刃物の需要に応えています。そして関市の家庭用刃物は、日本だけでなく、世界中に供給されています。そんな日本刀を起源に発展した関市の刃物産業界。歴史を受け継ぎつつ、現代につむがれた関市の刃物産業の企業は様々で、企業形態も多種多様です。
岐阜県関市には、刃物産業にかかわる会社が約400社あります([平成29年度関市の工業]より)。そのうち刃物メーカーは約100社、小規模刃物製造事業所は約40社、工程間におけるプレス業、研削業、研磨業、熱処理業、仕組み業、羽布業、羽付業、メッキ業、腐食業といった工程加工業者は約210事業所、金型業、リベット業、プラスチック業、木柄業、紙器業などの部品製造業者は約50事業所。各事業所は、全国区の知名度を誇るメーカーから、日本より海外でその名が知れ渡っているメーカーなど多岐に亘ります。
ハサミ・カミソリ
例えば、1908年(明治41年)創業、製造から販売までを手がける貝印。1932年(昭和7年)に初の国産カミソリを製造した貝印は、今や使い捨てカミソリの国内シェア5割を占める関市を代表するメーカーです。
ポケットナイフにはじまり、ヒゲ剃り用のカミソリ、家庭用包丁、爪切り、ハサミ、カッターナイフ、メスなどの医療用品にいたるまで、現在10,000点以上の商品を扱っています。
同社は、日本、アメリカ、中国、ベトナムに生産工場があり、世界79ヵ国で販売。アメリカ工場では斧や軍隊用ナイフを製造しており、ニューヨークでは同社の包丁が飛ぶように売れているそうです。アメリカで「ナイフ オブ ザ イヤー」を6年連続受賞、アメリカでのシェアはNo.1という快挙も成し遂げています。
様々な商品を製造していますが、カミソリに関しては、最初から最後まで一貫して国内で製造を行なっているそうです。
1983年(昭和58年)にアメリカのオレゴン州ポートランドで創業された「LEATHERMAN」 は、その製品が世界100ヵ国以上に輸出されている世界的な刃物メーカーですが、実は初期のナイフブレードは関市で製造されていたそうです。
職人気質だった創始者が日本の高い製造技術に惚れ込み、関市の老舗刃物メーカーの「三星刃物株式会社」と協力し、ブランドの礎を築いたと言われています。関市でナイフブレードを、新潟県でプライヤーを製造、さらに広島県でヤスリの目立て、長野県での特殊な熱処理を経て、関市で最終工程を行ない、日本製としてポートランドに出荷していたのです。
1986年(昭和61年)に「レザーマンツールジャパン株式会社」が設立され、2015年(平成27年)には日本特有のニーズに応えるオリジナル製品が開発されました。
関市と同じく刃物の町として知られてきた、ドイツ中西部のゾーリンゲン。その町にある「ツヴィリング社」は、世界最高峰の包丁を世に送り出しています。
しかし、その包丁の生産の中心となっているのが、関市にあるツヴィリング関工場だということは、意外に知られていません。同社は、日本の刃物産業の技術に惚れ込み、その技術を取り入れた生産ラインで包丁作りを行なっているのです。
関伝統の分業体制ではなく、一貫生産を導入し、日本の職人の技術とドイツ本社からの機械を融合させた生産体制を敷いています。
700年以上におよぶ日本刀の鍛造の歴史と文化を確実に継承し、高い技術で刃物を製造しているメーカーもあります。
1919年(大正8年)創業の機械刃物製造業メーカー、エドランド工業がそのひとつです。創業者は、鎌倉時代から続く日本刀の刀匠兼景の18代目。紡績機・ミシン用刃物部品、食品用刃物、プラスチック用刃物、精密機械刃物、特殊機械刃物、自動車・農業用・建設用精密鍛造品、家庭用厨房品など1点から見積りと制作を行なってくれます。
同社の製品は、まるで刀匠が全身全霊をかけて生み出した日本刀のような刃物、と誉高いのです。
関市の刃物産業の多様性を教えてくれるのが、居合刀練習刀、模造刀製造販売を手掛けている大澤商会です。
居合刀(居合練習刀)は、オーダーで1振1振制作しており、フルオーダーメイド、セミオーダーメイド、入門用、女性や子供向けなど幅広く対応して、自分にぴったりな居合刀を作ってくれます。
居合刀
居合道専門店の濃州堂は、関市で育まれた日本刀の技術と製法を活かし、職人の手で 1本1本、質の高い居合刀を作っています。
「折れない」ように中心の鉄にはやわらかい純鉄を使い、「曲がらない」ように外側には硬い鋼で包むという古来の日本刀の鍛造技法にならった模擬刀は、刀身が強くて粘りがあるそうです。
また、独自の特殊硬質合金を使用し、折れにくく安全性の高い製品を作っています。
「岐阜の若者が選ぶ魅力的な会社100選」に選ばれ、若者からも注目を集めている関市の刃物産業メーカーがあります。
そのうちのひとつが、1896年(明治29年)創業の福田刃物工業です。ポケットナイフの製造からはじまり、1921年(大正10年)に国内初の断裁包丁の製造を始め、以降は工業用機械刃物の専業メーカーとして発展。1935年(昭和10年)には陸海軍指定工場となり、刃物工場としては東洋でも有数の規模を誇りました。
現在は工業用機械刃物の製造を中心に、紙やダンボール加工用、ゴム・樹脂加工用、鉄鋼加工用、食品加工用、リサイクル粉砕用など特殊な加工技術を有するカッターやスリッター、ナイフの他、刃物の加工技術を活かし精密部品や治具の加工も製造開発しています。
一昔前は当たり前とされていた、切れ味の悪くなった包丁を砥石で研ぐサービスを今でも大切に受け継いでいるのが清水刃物工業所です。
創業は1952年(昭和27年)。家庭用の包丁や工事現場などで使われる皮スキという金属製のヘラ、ケーキのクリームを伸ばすために使うヘラなども製造しています。
同社の特徴は、柄から刃が簡単に取り外せる包丁を開発したこと。有料ですが研ぎ直しをしてもらうことができ、切れ味が悪くなった刃を同社に郵送するための封筒と替え刃が付いているので、いつでも切れ味の鋭い包丁を使うことができます。インターネットでの販売、海外向けの商品の開発にも力を入れています。
大野ナイフ製作所の包丁
1916年(大正5年)に創業した大野ナイフ製作所は、創業当初は輸出用のポケットナイフの製造を行なっていたそうです。
現在は1本数万円もする海外のセレブに向けた最高級の包丁を製造、販売。当初は月300本だった生産数は、今や数万本にまで成長しました。
90もある工程を見直し、必要不可欠な手作業はそのままに、機械化を進め、クオリティの高い包丁を生み出しているのです。
社員は切削や研磨などすべての工程を経験しており、全社員の技術向上とより質の高い包丁を世に送り出すための努力を重ねています。
ハサミだけを80年以上も作り続けているのが、長谷川刃物株式会社です。
「CANARY」というブランドでは、通常の事務用ハサミから紙をギザギザに切れるハサミや、ゴミの分別の際に重宝する紙パック用のハサミ、醤油やドレッシングなどのガラス瓶に付いた取れにくいプラスチックキャップを簡単に外すことのできる分別ハサミなどの特殊なハサミまで、数多くラインナップ。
さらに、養護施設からの依頼で手の不自由な方でも使えるハサミなど、ユニバーサルデザインに特化した「HARAC」というブランドを展開し、計約140種類のハサミを作っています。
職人とともに、消費者の声に耳を傾け新商品を次々に生み出しており、中小企業だからこそできる丁寧な物作りが確実に受け継がれているメーカーです。