関市における刃物と観光

関市で生まれたフェザー安全剃刀株式会社

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1932年(昭和7年)7月1日に創業した「フェザー安全剃刀株式会社」(フェザーあんぜんかみそりかぶしきがいしゃ)は、世界中に多くのファンを持つ精密刃物メーカーです。
「フェザー」のブランド名で親しまれ、私達の生活に身近な安全剃刀の製造、理美容業務用の剃刀、さらには医療用メスの製造も手掛けています。
岐阜県関市で創業したフェザー安全剃刀株式会社の刃物製品には、関市で培われた日本刀や刃物制作の技術が活かされています。

日本企業として初の安全剃刀を製造

現在、フェザー安全剃刀株式会社の本社は、大阪市西淀川区にありますが、1941年(昭和16年)3月に移転するまでは、岐阜県関市にありました。

創業時は「関安全剃刃製造合資会社」(せきあんぜんかみそりせいぞうごうしがいしゃ)という社名で、日本の企業として初めて国産剃刀替え刃を製造した会社でもあります。

会社名のフェザーは、頬を羽根でなでるような優しい剃り心地の剃刀を目指していることから、英語で羽根を意味する「Feather」(フェザー)にちなんで名づけられました。赤地に白い羽根が描かれているフェザー安全剃刀株式会社のロゴも、この会社名にちなんでいます。

なお、同じく剃刀の製造・販売を行なう貝印株式会社もルーツは同じ関安全剃刃製造合資会社。今も刃物業界をリードし、ライバル企業として高めあうフェザー安全剃刀株式会社と貝印株式会社は、共に関市で生まれた刃物メーカーなのです。

美濃伝からはじまり、関市に根付いた刃物作りの技術

岐阜県関市における刃物作りの歴史は古く、鎌倉時代にまでさかのぼります。

まだ日本刀が戦の武器として使用されていた時代、強固で鋭い切れ味を持つ日本刀が関市で作られていました。

関市周辺の地域は当時「美濃」と呼ばれ、日本刀作りに必要な土や水、炭といった資源が豊富だったため各地から刀工が移住。やがて日本刀の五つの伝法「五箇伝」のひとつである「美濃伝」が生まれました。

戦のない平和な世の中へと時代が進むにつれ日本刀は、武器としての役割を終えましたが、「美濃伝」に端を発する刃物作りの技術は脈々と受け継がれ、関市は「刃物のまち」として知られるようになるのです。

五箇伝の名工
日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。

遠藤斉治郎が関安全剃刃製造合資会社を設立

フェザー安全剃刀株式会社及び、貝印株式会社のルーツとなる関安全剃刃製造合資会社は、遠藤斉治郎(えんどうさいじろう)氏によって設立されました。

遠藤斉治郎氏は、もともと刀工として活動していましたが、1908年(明治41年)に当時日本ではまだ珍しかったポケットナイフの製造をスタート。その後1932年(昭和7年)に関安全剃刃製造合資会社を設立し、国産剃刀の生産を開始します。

1953年(昭和28年)に社名を現在のフェザー安全剃刀株式会社に変更し、数々の画期的な刃物製品を世に送り出していきます。

関安全剃刃製造合資会社設立に影響を与えたドイツ人

関安全剃刃製造合資会社設立の背景には2人の外国人の存在がありました。

フィチタ・ウォルフ氏とヘルマン・クオータ氏は、第一次世界大戦中に当時の中華民国から捕虜として日本に連れてこられたドイツ人。当時のドイツは安全剃刀の一大生産国で、日本もその多くをドイツからの輸入に頼っていました。

安全剃刀の製造知識を有していた2人は、兵庫県で安全剃刀専門工場を作り国産剃刀製造を始めますが、当時は安価で大量生産可能な輸入品のニーズが高く、2人の事業は短期間で幕を下ろします。

そして売りに出されたこの工場を買い取って設備を関に持ち込み、関安全剃刃製造合資会社が作られたのです。

精密刃物メーカーとしての歩みと生産拠点

現在、フェザー安全剃刀株式会社は本社を大阪府に構えていますが、生産拠点である工場は関市と美濃市にあり、研究所は関市にあります。

生産拠点を関市周辺に置く理由のひとつは、長年培ってきた関市の刃物作りの精神を大切にしたいとの思いからです。

関工場では一般消費者用、さらに理容・美容業務用、産業用刃物製品が生産されており、工場内には自社開発した超精密研削刃付機、熱処理ラインなどを完備。最新設備を備えつつ、刃先の全数検査といった品質管理も徹底しています。

幅広い商品を生産している関工場がある一方で、医療用メディカル製品の生産拠点となっているのが美濃工場です。手術用替刃メス、採血用の採血ブレイドといった医療道具を製造しています。

医療用メディカル製品を供給するため、クリーンルームをはじめ、特殊洗浄処理、完全密封包装が可能な機器などの設備を備え、ガンマ線による減菌処理といった特殊工程を経ることで、フェザー安全剃刀株式会社の製品は厳格な国際品質規格をクリアしています。

技術革新により理美容や医療業界へ

フェザー安全剃刀株式会社の製品は、医療や理美容の現場で使われる産業用刃物製品のシェアの多くを占めており、精密刃物メーカーとしての地位を確立。

安全剃刀の替刃から始まり、1960年代後半に超精密刃付技術(ちょうせいみつはつけぎじゅつ)を駆使し医療分野や理美容分野へ進出していきます。

長年にわたり、現場で働くプロに支持されているフェザー安全剃刀株式会社の刃物製品。特に理美容製品は、プロの手に馴染むフィット感を実現した高級シェービングレザーやヘアカットレザーなど、使い心地の良さはもちろん、デザイン性の高さにも定評があります。

また同社の産業商品部では、理美容業界で働く人のニーズに合わせた刃をオーダーメイドで制作。使う人の癖や職種ごとの要望にも細かく対応しています。

ホテルのアメニティに選ばれるフェザーの剃刀

フェザーかみそり

フェザーかみそり

ホテルに備えられているアメニティは、宿泊者にとってホテルのサービスの質を測る上で重要な要素です。

現在、多くのホテルでフェザー安全剃刀株式会社の剃刀が採用されており、フェザー製品の信頼の高さを証明しています。

高級感漂う一体型ハンドルの物や、持ちやすくスマートな印象を与える物など、異なるタイプの剃刀があり、剃刀を収納するパッケージ袋にホテル名やロゴマークを入れるといったサービスも実施しています。

剃刀替刃の会社からグローバルメーカーへ

剃刀替刃を製造する会社として岐阜県関市で創業したフェザー安全剃刀株式会社は、2019年現在、世界約120の国に製品を輸出し、日本を代表するグローバル企業のひとつにまで成長しました。

海外のファンは、最初から最後まで一貫して日本の工場で製造するというフェザー安全剃刀株式会社の徹底した品質へのこだわりに惚れこんでいるのかもしれません。

品質、環境、透明性に取り組む

フェザー安全剃刀株式会社は、「豊かな社会生活の実現と、世界文化の向上・発展に貢献する。」を基本理念に掲げ、製品の設計、製造及び販売において、高い品質維持に努めています。

国内だけにとどまらず、世界各国に製品を供給するフェザー安全剃刀株式会社では、住み良い地球環境の保全と調和を図るため環境保全活動を推進しています。省エネルギー、省資源、廃棄物の削減、リサイクルに取り組む他、すべての従業員に環境保全活動を周知させる教育を行なっているのです。

また、医療機関等への資金提供について公開するなど、企業の透明性確保に努める姿勢も打ち出しています。

高い品質を保ちながら、次々と革新的な刃物製品を作り出すフェザー安全剃刀株式会社。今後も人々のニーズに応える製品を生み出し続け、世界の刃物作りをリードしていくことでしょう。

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