関市における刃物と観光

刃物のまち関市の町並み散策と歴史巡り

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古くは関所や日本刀の産地として栄えた岐阜県関市周辺。今でも関市内には、趣のある建物や寺社が数多く点在します。近年は、日本刀や刃物にかかわる施設も増えてきて、観光地として発展してきました。まだまだ知らない人も多い、岐阜県関市の町並みや観光スポットをご紹介します。

まずは刃物会館駅で下車、てくてく歩いて散策

岐阜県関市において日本刀や刃物の名所を散策するなら、必ず訪れたいのが関鍛冶伝承館(せきかじでんしょうかん)と岐阜県刃物会館(ぎふけんはものかいかん)ではないでしょうか。この2つの施設の周辺には、歴史的な名所も多く存在しています。長良川鉄道刃物会館前駅で下車して、徒歩で巡ることもできます。

関鍛冶伝承館

関鍛冶伝承館

関鍛冶伝承館

関鍛冶伝承館は、関鍛冶や日本刀作りの歴史に関する資料が展示されている施設。貴重な日本刀が並べられた日本刀展示室には、「関の孫六」として有名な孫六兼元(まごろくかねもと)や和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)の日本刀が展示されています。

また、特に人気なのが敷地内にある日本刀鍛錬場で毎月1回行なわれている、「古式日本刀鍛錬」。日本刀の強度を高めるために、刀工が大槌と小槌を何度も打ち続ける鍛錬の様子を見学することができます。

鍛錬の小気味良い音、鉄の匂い、飛び散る火花、刀工の表情などを間近で見ることができるとあって、関鍛冶伝承館を訪れる外国人からもたいへん高い人気を誇ります。

濃州関所茶屋

濃洲関所茶屋

濃洲関所茶屋

少し疲れたら、関鍛冶伝承館のすぐ隣にある施設、濃州関所茶屋(のうしゅうせきしょちゃや)が便利。

関市の名前の由来となったと考えられている「関所」をイメージした建物です。入口は高さ4メートルの冠木門(かぶきもん)。

なかには新鮮な野菜や農産物などの朝市販売所、郷土の特産・名産品が揃う物産ショップも充実。レストランではご当地グルメも楽しめます。

春日神社

関鍛冶伝承館から少し北へ行くと春日神社(かすがじんじゃ)があります。

こちらは関における作刀技術の礎を築いた金重(かねしげ/きんじゅう)と兼永(かねなが)が、奈良の春日大明神を勧請し、関鍛冶の守護神とした神社。国の重要文化財に指定された能装束などが保存されています。刀剣ファンなら一度は訪れたい神社です。

岐阜県刃物会館

岐阜県刃物会館

岐阜県刃物会館

関鍛冶伝承館から徒歩3分の位置にある、関市きっての刃物即売所「岐阜県刃物会館」。ハサミや包丁などズラリと並ぶバラエティ豊かな刃物を卸価格で購入できます。

包丁研ぎ体験ができる他、普段使っている刃物の修理や研ぎ直しをしてもらうこともできます。

フェザーミュージアム

フェザーミュージアム

フェザーミュージアム

戦が減り、日本刀が不要になると関の職人達はカミソリなど、家庭用製品に力を入れるようになりました。

そうした歴史のなかで生まれた、関のカミソリと精密刃物を展示する刃物の総合博物館が「フェザーミュージアム」です。石器時代から未来に至るまで、刃物の歴史を楽しんだり、体験しながら学べるようになっています。

関駅近くには、五郎丸ポーズの仏像や弥勒寺跡など

長良川鉄道関駅から少し歩くと、「関善光寺」(せきぜんこうじ)に到着します。また、関駅の徒歩圏内には大雲寺(だいうんじ)もあります。

関善光寺

善光寺 大日如来

善光寺 大日如来

関善光寺は、1798年(寛政10年)に信州善光寺大勧進等順和尚(しんしゅうぜんこうじだいかんじんとうじゅんおしょう)が建立。信州善光寺堂の4分の1スケールで作られています。

日本唯一の卍字戒壇(まんじかいだん)を巡ることができるのが魅力のひとつ。

敷地内にある仏像は、宝冠大日如来(ほうかんだいにちにょらい)の姿が全日本ラグビーで活躍した五郎丸選手が見せる両手の人差し指を顔の前で合わせるポーズに似ていると話題になりました。

大嶋雲八ゆかりの大雲寺

大嶋雲八(おおしまうんぱち)は幻の日本刀を探す関市のアプリ(後述)で主人公となっている人物。戦国時代に織田信長豊臣秀吉徳川家康三英傑に仕えた弓の名手です。数々の戦で武功を挙げた大嶋雲八は、「関ヶ原の戦い」に93歳の高齢で参加し、その後、関藩の藩主となりました。

その大嶋雲八の「大」と「雲」を取って名付けられたのが関市にある大雲寺(だいうんじ)。関市内には2つの大雲寺があり、そのうち関市伊勢町にある大雲寺は大嶋雲八が建てた寺で、彼の菩提寺です。普段は静かな寺院ですが、毎年大嶋雲八の命日である8月23日には雲八供養祭が行なわれ、平時には観られない寺宝などが公開されます。

もうひとつの大雲寺は関市迫間(はさま)にあり、こちらは雲八の息子が建てたなどと伝えられてます。毎年7月18日には雷除けの「十六善神祭」が行なわれ、参拝客で賑わいます。

戦国三英傑
戦国武将の中でも「戦国三英傑」と呼ばれる織田信長、豊臣秀吉、徳川家康についてご紹介します。

関市円空館

関駅からタクシーで10分ほどの場所にある「関市円空館」(せきしえんくうかん)も人気の観光スポットです。

こちらは1632年(寛永9年)に岐阜県で生まれた僧「円空」の仏像を納める施設。円空は日本各地を遊行しながら、人々の幸せを願って多数の円空仏を彫り続けました。晩年は関市にある池尻弥勒寺(いけじりみろくじ)に自坊を構え、64歳で生涯を終えたと伝わります。

同館では関市に多く残る円空仏のうち、約30体を展示。円空入定塚(えんくうにゅうじょうづか)や円空の墓も近くに現存します。

また、国指定史跡の弥勒寺跡をはじめ、弥勒寺東遺跡、弥勒寺西遺跡など、かつて栄えた武儀郡(むぎぐん)の役所も周囲に点在し、あたり一帯が観光地。円空館駐車場から円空館までは、山道を350メートルほど歩きます。その道中には円空の墓や弥勒寺跡があるので、散策しながら楽しむことができるスポットです。

梅山駅では、うだつの上がる街並みを目指して

関駅から長良川鉄道で5駅の梅山駅から、「うだつの上がる街並み」と呼ばれる風情あるエリアを訪れることができます。

うだつの上がる街並み

「うだつ」とは伝統的な日本家屋で屋根の両端に作られている防火壁のこと。本来は火事の際、被害の拡大を抑えるために作られた物ですが、江戸時代には豪商達がその富を誇示するかのように立派なうだつを設えました。

梅山駅近くには、こうしたうだつを飾った豪商達の家屋が複数現存。安永年間(1772〜1781年)に建てられた小坂家住宅が国の重要文化財に指定されている他、松久家住宅、加藤家住宅など見どころのある建物が連なっています。刀剣産業で繁栄したかつての関の風景を垣間見ることができます。

車なら、織田信長ゆかりの武芸八幡宮もおすすめ

下馬標

下馬標

岐阜県関市において、織田信長にまつわるエピソードを持つのが武芸八幡宮(むげはちまんぐう)です。同宮は717年(養老元年)に泰澄大師(たいちょうたいし)が、大碓命(おおうすのみこと)を祀ったのが始まり。そののち、祭神は応神天皇(おうじんてんのう)となりました。

敷地内には織田信長が建立したと伝わる下馬標(げばひょう)や、岐阜県指定天然記念物武芸八幡宮大杉など見どころが点在しています。駅から離れた場所にあるので、車で訪れるのがおすすめです。

織田信長と武芸八幡宮

織田信長は1567年(永禄10年)に稲葉山城(いなばやまじょう)を攻略。その後、稲葉山城を岐阜城に改めました。

そののち織田信長は、経済の繁栄を図って関所を撤廃、楽市楽座(らくいちらくざ)を行なうなど次々と政策を実施しました。

武芸八幡宮は岐阜城から見て鬼門の位置にあることから、他の寺社に先駆けて織田信長から安堵状(あんどじょう:所領の権利者を示す文書)が届きます。1576年(天正4年)、長男の織田信忠(おだのぶただ)に岐阜城が譲られると織田信忠も安堵状を与えました。

さらに、「本能寺の変」で織田信長・織田信忠が自害し、岐阜城の実権が織田信孝(おだのぶたか)に譲られると、織田信孝も安堵状を送付。そのため武芸八幡宮には織田信長と織田信忠、織田信孝3名からの安堵状が今も残ります。

現地へ行けない人は、関市の観光アプリで町巡りも

岐阜県関市は、2016年(平成28年)に謎解き観光アプリ「KUMOAGEHA 幻の名刀 雲揚羽 を探せ!伝説の武将 大嶋雲八物語」を配信しました。このアプリの主人公が、前述の大嶋雲八(おおしまうんぱち)です。

幻の刀剣を探す観光アプリ「KUMOAGEHA」

関市が配信した「KUMOAGEHA 幻の名刀 雲揚羽 を探せ!伝説の武将 大嶋雲八物語」は、実際に関市へ足を運ぶのが難しい人にもおすすめのアプリです。

このアプリは、地方自治体として初めて360度見回せるVR(ヴァーチャルリアリティー)を搭載。「観光モード」と「謎解きモード」があり、観光モードでは絵画のように美しいと話題の「モネの池」や、関善光寺など関市の名所をVR画像で見ることができます。「謎解きモード」では、幻の日本刀「雲揚羽(くもあげは)」を探すため、関市内を巡りながら謎を解いていきます。

関市 観光マップ・レジャーマップ関市 観光マップ・レジャーマップ
岐阜県関市の観光名所と観光施設をご紹介します。

刃物のまち関市の町並み散策と歴史巡り

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包丁の選び方(種類・材質・ブランド)と基礎知識

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包丁は私達にとって、最も身近な刃物のひとつです。「五箇伝」のひとつ「美濃伝」発祥の地であり、刃物のまちとして知られている岐阜県関市でも、数多くの包丁が製造されています。美濃伝の刀鍛冶が鍛えた日本刀は、「折れず、曲がらず、よく切れる」と言われ、戦国武将達に好まれました。日本の家庭用刃物のシェアで50%近くを占める刃物どころ・関市で製造されている包丁は、こうした美濃伝の特徴を承継。家庭用からプロ仕様まで、用途に応じて様々な種類、素材が存在する包丁と、その扱い方についてご紹介します。

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関市で生まれたフェザー安全剃刀株式会社

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1932年(昭和7年)7月1日に創業した「フェザー安全剃刀株式会社」(フェザーあんぜんかみそりかぶしきがいしゃ)は、世界中に多くのファンを持つ精密刃物メーカーです。 「フェザー」のブランド名で親しまれ、私達の生活に身近な安全剃刀の製造、理美容業務用の剃刀、さらには医療用メスの製造も手掛けています。 岐阜県関市で創業したフェザー安全剃刀株式会社の刃物製品には、関市で培われた日本刀や刃物制作の技術が活かされています。

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世界初の刃物博物館 フェザーミュージアム

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「フェザーミュージアム」は、岐阜県関市日ノ出町にある世界で初めての刃物の総合博物館です。「切る」をテーマに掲げた非常にユニークな博物館で、石器時代から現代までの様々な刃物が展示されています。最新の映像技術を使ったシアターや、実際に触れて学ぶ体験コーナーなども充実したフェザーミュージアムの魅力をご紹介します。なお、フェザーミュージアムの入場料は無料となっています。

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美濃伝を生んだ関市ならではの日本刀企画

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古くから日本刀の産地として知られ、現代は良質な刃物が作られる町として全国に知られる岐阜県関市。 関市では、日本刀にまつわる様々な企画を行なっています。ここでは、過去に開催された企画をいくつかピックアップしてご紹介します。

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関市の刃物産業

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日本のほぼ中央に位置する岐阜県関市。2014年(平成26年)の刃物製品の出荷額は369億円、同年の輸出額は106億円(出典:岐阜県輸出関係調査、平成29年度[関市の工業])を誇ります。名実共に、日本の刃物産業を支えているのが関市です。輸出額はピーク時の1985年(昭和60年)より減少していますが、日本を代表する刃物の産地であることに変わりはありません。 鵜飼いと清流で有名な長良川の中流部にあり、人口約8万9,000人(2018年[平成30年]4月1日現在)を数える関市で、なぜ刃物産業が勃興したのでしょうか。刀匠が関市に移り住んだところから始まる関市の刃物産業の歴史。こちらのページでは、関市独特の刃物産業の構造をご紹介しましょう。

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医療の現場で活躍する関市の刃物

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関市の刀剣作りは鎌倉時代に始まったとされ、今日まで日本の刃物文化の発展に貢献してきました。それゆえに関市は「刃物のまち」と名高く、高い品質が要求される医療用刃物を製造するメーカーも複数存在します。長い年月で培われた関市の刃物鍛造技術は、どのように医療用刃物に活かされているのでしょうか。いくつかのメーカーの実績などをもとに考察してみましょう。

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世界に認められた関市の刃物

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関市は「刃物のまち」として多くのファンを持ち、国内では高いブランド力を誇ります。実は、関市の刃物は国内のみならず海外の人々からも支持されています。関市の刃物ならではの品質やデザイン性の高さが、このような人気の背景にあるようです。ここでは刀剣の特徴をふまえつつ、関市の刃物が世界でどのように評価されているのか紹介します。

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関市の家庭用刃物

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九州から刀匠「元重」が移り住み、関市で初めて日本刀が作られたのは鎌倉時代。その後、室町時代には孫六兼元、兼定といった有名な刀匠を輩出しました。明治時代以降は家庭用刃物の生産に転向したものの、関市は今も刃物の町としてその名を知られています。 質の高い家庭用刃物を作る関市は、家庭用刃物の全国シェアの50%近くを占め、全国1位です。日本刀の時代から移り変わっても、包丁、ハサミ、ナイフなどの家庭用刃物の生産にシフトし、刃物産業を支え続ける関市。そんな刃物産業の中で重要な一角を担う関市の家庭用刃物についてご紹介します。

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関市の刃物 包丁の製造工程

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包丁には、昔から日本で使われてきた和包丁と、日本人が本格的に肉食を取り入れるようになり明治以降に西洋から伝わった洋包丁があります。ただし、現在では包丁に使用する材質、製法などが変わってきていることもあり、区別がしづらくなってきているようです。ここでは材質、用途などが異なる和包丁と洋包丁とを比べ、鍛接(たんせつ)、鍛造(たんぞう)といった刀剣の制作技術を活かして作られる和包丁についてご紹介していきます。

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