安彦良和が【古事記】と【日本書紀】を踏まえたうえで独自に描いたキャラクター、ヤマトタケル。クマソタケル退治によって小碓皇子(おうすのみこ)が名乗った名前です。天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)の不思議な力で運命を切り開きます。(■安彦良和の刀剣キャラ④ 天叢雲剣を手離したヤマトタケルより)
アニメ【機動戦士ガンダム】のキャラクターデザイン及び作画監督で知られる安彦良和(やすひこよしかず)。日本神話をもとにした漫画【ナムジ】、【神武】、【ヤマトタケル】では天叢雲剣を描きます。ナムジは「剣と魔法」を描いた少女漫画が多数発表され始めた時期に連載が始まり、少女漫画と少年漫画との接点のひとつになります。
安彦良和は、手塚治虫や横山光輝を愛読する少年時代を過ごします。学生運動での挫折を経て、手塚治虫が創設した虫プロダクションの求人に応募し、アニメーターになりました。
虫プロ倒産後はフリーとなり、虫プロの流れをくむアニメ制作会社が手がけるテレビアニメで、絵コンテやキャラクターデザイン、作画監督を担当しました(【ゼロテスター】、【宇宙戦艦ヤマト】、【勇者ライディーン】、【超電磁ロボ コン・バトラーV】、【無敵超人ザンボット3】、【機動戦士ガンダム】など)。
【勇者ライディーン】では、メカニックデザインの村上克司(むらかみかつし)と共に主人公が乗る鎧武者のロボットを生み出しました。
安彦良和は機動戦士ガンダムの作画監督を担当する中で、漫画【アリオン】(1979~1984年〔アニメージュ増刊 リュウ〕他連載)を発表します。【宇宙戦艦ヤマト】の大人気によって創刊されたアニメ総合雑誌の増刊号から連載されました。
漫画を描くにあたり、SF作家・高千穂遥(代表作:【クラッシャージョウ】シリーズ、【ダーティペア】シリーズなど)に一から描き方を教わっています。
アリオンは、ギリシア神話の神々を人間化した物語です。主人公の少年アリオンを通して父親の代から続く王座争いが描かれます。アリオンは謎めいた黒の獅子王に手渡された剣や不思議な力を持つ少女から手渡された炎の剣を手に戦い、霊力も描きます。
手塚治虫門下でトキワ荘唯一の女性漫画家・水野英子(みずのえいこ)などの先駆はあるものの、アリオンは山岸凉子(やまぎしりょうこ)【妖精王】や和田慎二(わだしんじ)【ピグマリオ】などギリシア神話や北欧神話など西洋神話をベースにした少女漫画群の登場直後に描かれ、以後日本の漫画に増えていく 「剣と魔法」を描いた日本最初期の漫画のひとつともされます。
漫画連載を続けながら安彦良和は、アニメ映画の監督も手がけます(【クラッシャージョウ】、【巨神ゴーグ】など)。アリオンも自身の監督でアニメ映画化し(衣装デザインなどキャラクターデザイン協力に山岸涼子)、漫画家と映画監督を兼業しました。
安彦良和は後発のアニメ映画人気作の登場(【超時空要塞マクロス】、【風の谷のナウシカ】など)や自身のアニメ映画監督業の挫折感などから、漫画家を専業にします。
日本神話を独自の物語として描き下ろした【ナムジ 大國主 古事記巻之一】(1989~1991年、徳間書店発行)が専業初の漫画となります。同作は、第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞しました。
ナムジは、スサノオの子孫・大国主の別称です。
スサノオ率いる王国・於投馬(いづも)に幼き頃流れ着いたナムジは、スサノオの娘婿となります。その後ナムジは、スサノオとの子をもうけることになる日霊女(ヒミコ)率いる邪馬台(やまと)攻めを行います。しかし捕虜となり、邪馬台でスサノオと同じように妻を娶り、やがて故郷・於投馬と戦うことになります。
安彦良和は原田常治(はらだつねじ)【古代日本正史 記紀以前の資料による】を種本に、国造りの野望と挫折を描きました。
【ナムジ】でスサノオは、娘を身ごもらせたナムジに、オロチを斬った宝剣を手にその決意を迫ります。ヤマタノオロチ退治でよく知られる天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)です。
そして、ナムジを娘の夫として迎える条件を、スサノオの母・イザナミの霊を慰める儀式「鬼魅払い(おにはらい)」からの帰還としました。安彦良和の剣と魔法の場面のひとつです。
【ナムジ】第二部 第一章
「黄泉」
【ナムジ】第二部 第一章
「黄泉」
安彦良和はナムジ以降、日本神話に基づいた漫画を続けて描いていきます。
ナムジの続編の書き下ろし【神武 古事記巻之二】(1992~1995年、徳間書店発行)、さらにその続編とした【蚤の王】(2001年〔モーニング 新マグナム増刊〕連載)です。両作では、ナムジの息子ツノミ(賀茂建角身命:かもたけつのみのみこと)や神武天皇の東征、出雲系の野見宿禰(のみのすくね)を描きました。
【神武】では、不思議な力を持つヒミコが亡き夫・スサノオが残した刀剣を愛おしむ姿を描いています。
この間も日本史を軸にした漫画を多数発表し、独自の日本観・アジア観を描きます(【虹色のトロツキー】、【安東】、【王道の狗】、【麗島夢譚】、【天の血脈】など)。第4回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門優秀賞受賞作【天の血脈】(2012~2016年〔月刊アフタヌーン〕連載)では、原七支刀を通して朝鮮半島と日本とのつながりを独自に描いています。
神武では、女性による剣にまつわる場面がいくつも登場します。
前作の主人公ナムジは、於投馬のスサノオの末娘・スセリを最初の妻に、そのあとにスサノオと邪馬台の日霊女(ヒミコ)との間に生まれた3人娘の長女タギリを新しい妻としました。
そののちに沖ノ島で暮らすことになったナムジと新妻タギリとの間の子が、本作の主人公のツノミです。
神武ではナムジ没後、於投馬のスセリのもとを異母妹のタギリが訪れます。
「戦さをするような気持ちでここへ来ました! スセリ様に勝った自分がとどめをさすような気持ちで!!」、「それでももしまだ戦わなければならず 子供達が危険なめに遭うようならあなたに対して 自分で剣をとっても立ち向かうつもりでした!!」
タギリは亡くなった夫の以前の妻に対し、子を持つ母として自らが戦う覚悟で宣言しました。
「第一部 第三章 言霊」【神武 古事記巻之二】
神武では、邪馬台の日霊女(ヒミコ)も前作に続けて登場します。
スサノオの三男オオドシは、父を色仕かけで落とした日霊女(ヒミコ)に恨みを持っていました。
オオドシは亡くなる直前、日霊女(ヒミコ)の目の前に蛇の亡霊となって現れます。そして、「己の天与の在様を捨て 王として現世の力を求めた時」、「汚れた現身の男同様となった」と不思議な力をだんだんと失っていった日霊女(ヒミコ)を責め立てます。
日霊女(ヒミコ)はその怨霊を払おうと「言うなあ!」、「このものの化があ!!」と狂ったように刃物を振り回しました。
「第三部 第三章 伊須気依姫」【神武 古事記巻之二】
「ガンダム」シリーズ専門漫画雑誌の創刊にあたり安彦良和は、【機動戦士ガンダム THE ORIGIN】(2001~2011年〔ガンダムエース〕連載)を発表します。
【THE ORIGIN】を描くにあたり、テレビアニメ「機動戦士ガンダム」のメカニックデザインを手がけた大河原邦男(おおがわらくにお:その他代表作「タイムボカン」シリーズなど)と話し合いがもたれ、有人機動兵器(モビルスーツ)の新たなデザインもなされています。
大河原邦男は主人公の少年が操るモビルスーツ・ガンダムについて、侍をモチーフに描いたと明かしています。また光線の剣(ビームサーベル)を用いるガンダム登場の数年前には映画【スター・ウォーズ】でライトセーバーが登場しており、大河原邦男はその影響も語っています。よく知られるようにスター・ウォーズは黒澤明映画の影響下にあります。
第43回星雲賞・コミック部門を受賞したTHE ORIGINは、WEBコミック創刊にあたってフルカラー化されます(2014年〔ComicWalker〕掲載)。それまでにオールカラーで描いた自作漫画(【ジャンヌ】、【イエス】、【マラヤ】)に続きました。
「サムライ」が掲げられた新漫画雑誌の創刊にあたり安彦良和は、【ヤマトタケル】(2012~2013年〔サムライエース〕連載、2014~2018年〔ComicWalker〕連載)を発表します。
【古事記】、【日本書記】をもとに、纒向(まきむく)に朝廷を置くヤマトの王の皇子・小碓皇子(おうすのみこ)が、父に疎んじられるも懸命に生きる姿を描きました。「ヤマトタケル」とはクマソタケル退治によって小碓皇子が名乗った名前です。
同作では、父から東征を命じられたヤマトタケルが伊勢で叔母の倭姫命(やまとひめのみこと)より天叢雲剣を伝授される場面も描かれます。
スサノオ由来の天叢雲剣の鞘鳴りによってヤマトタケルは野火の難から救われます(草薙剣の由来)。けれども東征を終えた帰路、尾張で妻のひとりとなった宮津姫(みやずひめ)に天叢雲剣を預けて去ったことで命を落とすことになります。
【ヤマトタケル】十九話
【ヤマトタケル】二十八話
安彦良和は、「必らずや あなたの力にもなり このクニを護ってもくれよう!」と宮津姫のためにヤマトタケルが自らの意志で天叢雲剣を置いていったとし、剣が持っていた不思議な力と悲劇性を表現しました。
安彦良和は、日本神話をもとにしたナムジ、神武、ヤマトタケルを通じて天叢雲剣を描き続けました。西洋神話をもとにしたアリオン発表時期以来、日本の漫画で剣と魔法が描かれ始めた初期から続く大きな流れです。それはまた、少女漫画から少年漫画への流れでもあります。