サウジアラビア国民はそれぞれの部族の伝統も信仰と同様に重んじる上、地理的条件、気候も地域ごとに異なるため、多彩な文化、民俗芸能が育まれました。民俗舞踊も地域ごとに異なり、ヒジャーズ地方に伝わる、笛とタブルという太鼓の演奏に合わせて踊られる「笛の舞い」や、北部に伝わる手拍子とともに踊る「ダッハ」、「アルダ・ダンス」と呼ばれる剣の舞などがあります。
サウジアラビアの国旗
イスラム教最大の聖地であるメッカと、第2の聖地、メディナは中東の大国・サウジアラビア王国(以降、サウジアラビア)にあります。国王は、メッカとメディナにあるモスクの守護者であり、国民もまた敬虔なイスラム教徒です。
サウジアラビアの国土であるアラビア半島は、古くからアラブ人の居住区域であり、かつては部族ごとに集落を形成していました。現在は、こうした多様な部族出身のアラブ人が絶対君主の下で国家を構成しています。
サウジアラビアの国民は、イスラムの教えと部族の伝統を重視しており、その文化には刀剣が深く根付き、国旗や国章にも刀剣が描かれており、繁栄を象徴する緑色の国旗には、中央にアラビア語で「アッラーの他に神はなく、ムハンマドはアッラーの使徒なり」と白く記され、その言葉の下には同様に1本の剣が白く染め抜かれています。そして国章にも2本の交差した剣が椰子の木の下に描かれており、剣にはそれぞれ「力」と「忍耐」の意味が込められているのです。
さらに、代々の国王が継承している国宝「ラハイヤン」も剣です。ラハイヤンは、18世紀半ばにアラビア半島に建国された ワッハーブ王国から、現在のサウジアラビア王国に至るまで、歴代の王に継承されてきた実在の剣。国旗に描かれている剣が、ラハイヤンです。ラハイヤンは、中東地域で使用されてきたシャムシールという曲刀より刃幅が細く、湾曲していない片刃の長剣です。
サウジアラビアの男性達は、現在でも冠婚葬祭や祝祭など正装すべき際には帯刀し、民俗舞踊では剣を手に踊ります。正装の際に帯刀されるのはほとんどが模造刀ですが、なかには真剣を帯刀している人もいます。
政教一致のイスラム教国家のサウジアラビアは、憲法をイスラム教の経典であるコーランと預言者ムハンマドの言行録「スンナ」と定めており、統治は君主によって行なわれています。そのため、現在でも司法においてはイスラム法に基づいた裁量が行なわれており、極刑には剣による斬首が採用されているのです。
サウジアラビアは、世界第2位の原油埋蔵量を有するため、原油の輸出が主要産業となっており、世界銀行によって高所得国として定義されている豊かな国です。
一方で、2大聖地の存在により世界各地から多くのイスラム教徒・ムスリムが巡礼に訪れる、中東の観光大国としての側面も有しています。しかし、イスラム教徒以外の個人には観光ビザが発行されていないため、入国するにはビザが発行される団体旅行に参加する、もしくは業務渡航しかできないのです。
イスラム文化以外の伝統文化や人々の日常生活などが紹介されることも少なく、イスラム教の大国はいまだ神秘に包まれています。
アルダ・ダンス
イスラム教の政教一致国家であるため、サウジアラビアの文化、習慣はすべてイスラムの教えに即しています。
例えば、男女は公共の場で同席することは無く、女性はアバーヤという黒い布の民族衣装を着用し、目と手足の先以外をすべて隠します。飲酒は禁じられており、礼拝の時間には飲食店も閉店。集会は禁止されており、コンサートなどが催されることも少なく、娯楽には様々な制限が設けられています。
しかしながら、国民はそれぞれの部族の伝統も信仰と同様に重んじる上、地理的条件、気候も地域ごとに異なるため、多彩な文化、民俗芸能が育まれました。こうした伝統文化や民俗芸能は、結婚式などの祝いの席で楽しまれています。
ユネスコが民俗文化財、民俗舞踊・音楽などの保護と継承を目指して登録する、無形文化遺産には、サウジアラビアの舞踊、アラルダハ・アルナジディヤバとアル・ミズマルが選ばれています。
そして、サウジアラビアでは年に1度、国家警備隊が主催する「ジャナドリヤ祭」を開催。ジャナドリヤ祭は毎年2月、2週間にわたって催され、サウジアラビアの伝統や文化を国家の遺産として捉え、継承していくことを目的とした祭典であり、期間中は外国からの観光ツアー客も訪れます。この祭典では海外からゲスト国を迎え、ゲストの国の文化や伝統芸能もまた、国民に披露されるのが特徴です。
祭はオープニング・セレモニーから始まり、アラブ諸国の伝統的な祭事であるラクダ・レースや競馬、音楽や舞踊などの民俗芸能などのステージ、舞台劇、ブック・フェアなど多彩なプログラムが組まれます。
他にも、伝統工芸品の制作披露や即売、民族衣装の披露も行なわれ、国中が祭り気分で盛り上がる重要な祭典です。
この祭典では、各地方の民俗舞踊も紹介されます。多くの伝統芸能団が祭典に参加し、民俗舞踊や民謡をステージで披露するのです。サウジアラビアの民俗舞踊は地域ごとに異なり、ヒジャーズ地方に伝わる、笛とタブルという太鼓の演奏に合わせて踊られる笛の舞いや、北部に伝わる手拍子とともに踊るダッハ、アルダ・ダンスと呼ばれる剣の舞などがあります。
普段は宗教警察によって厳しい取り締まりが行なわれているサウジアラビアも、ジャナドリヤ祭の間は規制が緩められ、人々は文化や芸能を楽しみます。
アルダ・ダンス
数ある民俗舞踊の中でも、最も人気が高いのは中部のナジト地方に伝わる「サウジの舞」、アルダ・ダンスです。
ジャナドリヤ祭でも舞われるこの民俗舞踊には、国王をはじめ、王族の人々も参加し、大いに盛り上がります。
舞い手は皆、正装である民族衣装をまとい、手には剣を持ち、高くかざしながら整列。中央の舞い手が、木製の枠に動物の革を張った太鼓・タブルの奏でるリズムに合わせて詩歌を詠唱し、舞い手達はステップを踏むのです。
ときには、列が2列になり、舞い手が向かい合って剣の他に杖なども加わり、振り上げながらステップを踏みます。この舞は、戦意を鼓舞するための舞踊であり、詩歌もまた戦意を掻き立てる内容です。
「アルダ」とは、アラビア語で「見せる」、「行進する」といった意味であり、部族の戦闘力を誇示し、戦意高揚を図ったことが始まりだとされています。
アルダ・ダンスの振付けは地方ごとに異なりますが、サウジアラビアの多くの地域で踊られているものです。アルダ・ダンスを踊る際の正装でもある、サウジアラビアの男性の民族衣装は、カンドゥーラという白い生地、足まで届く長いドレス状の衣服。頭部にはグドラという大きいスカーフを被り、イガールという黒くて堅いロープのようなバンドで固定します。
祭典などでは、カンドゥーラの上にさらにアバーヤという外套を着用します。ダンスの際には、色とりどりのグドラやアバーヤを着用した男性が踊ります。
アルダ・ダンスを踊る際には、民族衣装や剣に加えて、ライフル銃や弾丸のストラップをたすき掛けにして加える人もいて、まさに猛々しい雰囲気の中、力強くステップが踏まれるのです。