【新選組オブ・ザ・デッド】、【サムライせんせい】で2作の時代劇映画を監督している渡辺一志(わたなべかずし)。フランスで最初に認められたその作風は、ナンセンスと緊迫の共存が特徴です。その時代劇映画では共に坂本龍馬(坂本竜馬)が登場し、不思議な時間感覚が表現されます。
Blu-ray【19】より
渡辺一志は大学在学中、神森崇との共同監督作【19】(1996年・8mm・50分)で制作・脚本・編集・主演も手がけます。同作は、ぴあフィルムフェスティバルの自主映画部門PFFアワードで、準グランプリを受賞しました。
友人の体験をもとにした同作は、主人公の男子大学生が、目的もなく自堕落に旅をしながら生きるチンピラ男性3人組に誘拐され、不思議な時間を過ごす物語です。
主人公は残虐さと優しさとが入り混じったときのなかで、新たに誘拐された男性をふとしたことで射殺。その死体を隠した4人の時間には、さらに緊迫が加わります。
19は、サラエヴォ映画祭で新人監督・特別賞を受賞します。同映画祭の審査員だったフランスの人気ファッションデザイナー、アニエス・ベーの支援により、ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター(通称ポンピドゥー・センター)で公開され、欧州各所でも上映されました。
監督業と並行し、渡辺一志は俳優の活動も行います。この時期、三池崇史、中田秀夫の監督作品に出演しています。19は発表から5年後、映画配給会社の助力を得て、35mm・85分版としてリメイクされ、劇場公開されました(2001年〔ギャガ〕配給)。このリメイク版では、声優で舞台俳優の野沢那智(吹き替え担当:アラン・ドロン、アル・パチーノなど)から、映画で顔出しの初出演も取り付けています。
渡辺一志は映画監督として以後、SFコメディ映画【スペースポリス】(2004年〔日本出版販売〕配給)、痛快青春映画【キャプテントキオ】(2007年〔プログレッシブ ピクチャーズ〕〔ディーライツ〕配給)を発表します。
前者は人食いエイリアンとその退治に宇宙から高円寺へやってきたスペースポリスを題材にした物語、後者は大地震後に無法地帯化した近未来の東京で映画監督とギタリストをそれぞれ目指す2人の若者の物語であり、引き続き不思議な時間を描きます。
その間も、林海象(はやしかいぞう)監督の探偵映画への出演や、その探偵ドラマのネットシネマ版の演出と出演、奥秀太郎(Production I.Gのアニメ映画【BLOOD THE LAST VAMPIRE】に連なるCLAMPとの共同アニメ作品【BLOOD-C】の舞台版演出と実写映画化の監督をのちに担当)によるシリアスな映画に俳優として出演しています。
Blu-ray
【新選組オブ・ザ・デッド】
時代劇を題材にした映画作品を発表するのは、そののちのことでした。監督・原案・脚本・出演作【新選組オブ・ザ・デッド】(2015年〔クロックワークス〕配給)です。ナレーターは、時代劇俳優でもある目黒祐樹(めぐろゆうき)が務めます。
主人公は、新選組の架空の隊士・屑山下衆太郎(くずやまげすたろう:バナナマン日村勇紀)です。彼はゾンビ(生ける屍)に噛まれたことで、ゾンビ化していきます。
その背景には、ゾンビを武器にと考えていた在留外国人武器商人カウフマン商会の存在がありました。京の町を荒らすゾンビを捕獲した新選組に、カウフマン商会は刺客・唐人エックス(尚玄)を送り込んだことで、両者の対立劇が展開されます。
ゾンビ時代劇が謳われた同作の撮影は、江戸ワンダーランド 日光江戸村(栃木県日光市)で行われています。公開当時、企画演劇集団ボクラ団義の制作協力による舞台化、叶精作(かのうせいさく)によって連載劇画化もなされ、同作はメディアミックス展開されました。
新選組オブ・ザ・デッドには、複数の要素が盛り込まれています。
ひとつ目は、新選組隊士で監察方の親分・山崎烝(やまざきすすむ:川岡大次郎)に憧れ、男装して新選組の隊士となった町娘・火藤純(山本千尋)との恋愛劇です。
ふたつ目は、坂本龍馬(渡辺一志)と緑色の肌となったゾンビジョージ(チャド・マレーン)との友情劇です。国籍や見た目、そして人間とゾンビを超えた友情が描かれます(けれども、唐人エックスによってその友情は壊される)。
ゾンビジョージをかくまう新選組の部屋に坂本龍馬、来る。
坂本龍馬
「オーシャン・パシフィック・ピース」ゾンビジョージ
「オーシャン・パシフィック・ピース」坂本龍馬
「オーシャン・パシフィック・ピース」ゾンビジョージ
「グッド」坂本龍馬
「いやワシものぅ、いつかは自分の船が持ちたいんじゃ。あぁ船長は何と言うがかのう。あぁ、面舵いっぱい」ゾンビジョージ
「キャプテン」坂本龍馬
「そうぜよそうぜよ、キャプテンかい。わしはのぅ立派なキャプテンになりたいんじゃ。アイ・アム・キャプテンぜよ」ゾンビジョージ
「(英語でつぶやくように反応する)」坂本龍馬
「そうか、ほれ約束。これはのぅニッポンの大事な約束の儀式じゃ。ほれ、指をかせ」と、小指を出し、ゾンビジョージと小指をつなぐ。
坂本龍馬
「ほぅそうじゃ。一緒に歌おう、指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った。これで約束じゃ」喜ぶゾンビジョージ。
坂本龍馬
「おぅ、笑たのおぅ。ええ笑顔じゃ」映画【新選組オブ・ザ・デッド】
こうした人間とゾンビを超えた心の交流は、ゾンビとなった屑山下衆太郎(バナナマン日村勇紀)と新選組との関係でも描かれ、物語の最後、ゾンビとなった屑山下衆太郎を通して武士道とは何かが描かれます。
Blu-ray【サムライせんせい】
渡辺一志の時代劇映画は続きます。明治維新150周年作品が掲げられた【サムライせんせい】(2018年〔ピーズ・インターナショナル〕配給)です。
黒江S介(くろええすすけ)がソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で連載していた時代劇漫画で、すでに錦戸亮(当時関ジャニ∞)主演でテレビドラマ化(2015年〔テレビ朝日〕系列)されていた作品を映画化しました。
新選組オブ・ザ・デッドと同様に物語の舞台は幕末。公武合体派(*江戸幕府の弱体化を朝廷との連携によって安定させる一派)と尊王攘夷派(*天皇を尊び、外国を排斥しようとする一派)が対立した時代です。
尊王攘夷派の土佐勤王党を率いた土佐藩郷士の武市半平太(号は瑞山)が、150年後の日本にタイムスリップし、学習塾の先生となるSF物語でした。武市半平太を市原隼人が演じます。
同作の誕生は、新選組オブ・ザ・デッドのプロモーションがきっかけでした。渡辺一志は出演したラジオ番組の司会を務めていたお笑い芸人・X-GUNのさがね正裕(映画版サムライせんせいにも出演)を通じて高知県人とのつながりが生まれます。そこで高知県を訪れ、武市半平太のことを知り、それから原作漫画を知ったと言います。撮影はすべて高知県で行われました。
武市半平太(市原隼人)は謀反の企てから投獄。牢屋のなかで眠りにつき、目を覚ますと、そこはおよそ150年後の現代でした。不審者として警官に追われるなか、地元の名士で学習塾経営者・佐伯(橋爪功)に気に入られ、居候することになります。
佐伯から学習塾の先生を任されると、その人柄から子供達に人気の先生に。やがてその出で立ちからSNS上で話題になり、東京から楢崎梅太郎を名乗るジャーナリストが現れます。その正体は、6年前に現代へとやって来ていた親友の坂本竜馬(忍成修吾)でした。
過去話に花が咲く2人。妻・武市冨(奥菜恵)のことを思い出し、150年前に戻りたいと考え始めた武市半平太。そこに、武市半平太の弟子を自負することになる佐伯の孫・寅之助(神田岳)と、学習塾の子供達にピンチが訪れます。映画版では、平和な現代に何が残せるかが問われ、映画オリジナルの結末が描かれます。
さらに映画版では、平和な現代を受け入れた楢崎梅太郎(坂本竜馬)と、時代を変革したいと思い続ける武市半平太との違いが強調されます。
なお、原作漫画と映画版共に、坂本龍馬の表記を司馬遼太郎が【竜馬がゆく】で創作した「竜馬」が採用されています。
居酒屋で飲み終え、武市半平太の石碑を見に行く武市半平太と楢崎梅太郎(坂本竜馬)。
武市半平太
「武市瑞山先生殉節の地」酔いが回ってきた武市半平太。
武市半平太
「攘夷はどうなる、土佐の、日の本の未来は、あっしにはまだなさねばならんことが」楢崎梅太郎(坂本竜馬)
「吠えるな」武市半平太
「日の本が異国に乗っ取られてしまうがぞ」楢崎梅太郎(坂本竜馬)
「のう半平太、今のどこが危機的な状況じゃ、こうやってみな平和に暮らしゅうやろ」武市半平太
「ようおまんはそんな呑気に」と、武市半平太、酔って倒れる。ベンチに座り直す2人。過去の話が深まる。
楢崎梅太郎(坂本竜馬)
「ええが半平太、ここがわしらが命を燃やして駆けずり回った先にある日本そのものぜよ。今更わしらが、なんちゃぁせんががとは恐れ多い話じゃ」その現実をまた受け入れられない武市半平太。
映画【サムライせんせい】
渡辺一志の時代劇映画では、坂本龍馬(坂本竜馬)が重要な役どころを果たしました。新選組オブ・ザ・デッドではゾンビとの友情を結ぶ人物として、サムライせんせいでは現代の感覚に馴染んだ人物として。そこには過去に囚われない渡辺一志の時代劇感覚が見出せます。