忍者は長距離移動や敵陣などへの潜入のため、日々様々な鍛錬に励んでいました。そしてその身体能力を最大限に活かし効率的かつ素早く走る「走法」や、潜入した敵陣で暗闇のなか足音ひとつ立てずに歩く「歩法」など、忍者独自の身体の使い方「体術」が多数編み出されてきたのです。忍者の体術では、そんな忍者の体術をご紹介します。
忍者は、静まり返った闇夜を歩くために足音を消す様々な工夫をこらしたり、長距離移動のため体力の消耗を抑えた走法を考案し、1日に50里(約200km)も走れる忍者もいました。
歩法・走法も独自の進化を遂げています。江戸時代に書かれた忍術の秘伝書「正忍記」(しょうにんき)では、忍者が夜道で使うべき歩法を「足なみ拾ヶ条」として掲載。「ぬき足・すり足・しめ足・飛び足・片足音・大足・小足・きざみ足・はしり足・常の足」の10種類です。ここでは、そのなかの歩法も含めて紹介します。
今日の創作物で泥棒などが忍び込むときの演出に使われる「抜き足差し足忍び足」というフレーズを聞いたことのある人も少なくないでしょう。
抜き足・差し足・忍び足は、3つすべてが一連の流れになっています。抜き足で足を上げ、差し足で周囲を確認し、忍び足で足を着地させる。
忍者の活動する時間は夜が多く暗闇での活動が主となるため、進路に何が落ちているか分からない状態です。
万が一敵陣内で、足元に落ちていた障害物を蹴飛ばすなどして物音を立ててしまうと、敵に見付かり任務が達成できなくなる危険があります。
そのため不用意に一歩を踏み出すのではなく、慎重に一歩一歩、細心の注意を払って進んだのです。
暗闇のなかで脚を上げずに歩くといつ障害物に足を取られることになるか分かりません。そのため確実に脚を上げて、障害物を回避する抜き足が生まれました。
万が一撒き菱などが撒かれていても、視覚で発見できなくとも触覚で見付けられるようにする、暗闇を歩く忍者らしい歩法です。
音が出ないように足の小指側から地面に接地して、足を下ろしていきます。下ろす際にも、落とし穴などにかからないよう、体重は後ろ足に残したまま。下ろす足の裏が接地しきったあとに徐々に前に移動させます。
「犬走・狐走」(いぬばしり・きつねばしり)はどちらも、忍者が立って移動できないような狭いところで使われる歩法です。
屋敷の床下や天井裏など高さが制限された空間で、四つん這いの体勢になって這って進むのが犬走。さらにその体勢から、つま先立ちになって進むのが狐走です。狐走は天井裏のような足音を立てると見付かってしまう場所で、より慎重を期すべき際に使用していました。
犬走と比べて接地面が小さいため、足音を抑えられたとされています。
深草兎歩
「深草兎歩」(しんそうとほ)は、敵陣などに忍び込む際に足音を消し、敵に発見されづらくするための歩法です。かがんだ体勢で手のひらを地面に付け、両手の上に足を乗せて手ごと動いて一歩一歩進んでいきます。
歩行速度はかなり遅くなりますが、絶対に敵に見付かってはいけない状況では、速度よりも隠密性が重要視されていたために生まれた歩法です。
忍者の履く足袋(たび)は足裏に綿が詰められており、足袋自体にも足音を抑える工夫が施されていましたが、この歩法はさらに念を入れたものでした。加えて、深草兎歩で歩くと、床がきしんで音が鳴る仕掛けである「鶯張り」(うぐいすばり)の廊下でも音がしなかったと言われています。
「忍歩」(しのびあるき)は、「右手と右足」、「左手と左足」と左右を揃えて前に出す歩法です。
手を振らずに小股でなめらかに進みます。通常の「右手と左足」、「左手と右足」を交互に前に出す腰をねじる歩き方と違い、腰の動きが小さいために疲労が蓄積しづらく、長距離の移動に適していると言われています。
この手足の出し方で走る走法は「ナンバ走り」とも呼ばれ、江戸時代には飛脚が用いていたことが有名です。現代でも陸上競技や球技など長い距離を走る競技の選手が、ナンバ走りの動きを練習に取り入れてたびたび話題となっています。
「二重息吹」(ふたえいぶき)とは、持久力を高める目的で使用された呼吸法です。
「吸う、吐く、吐く、吸う、吐く、吸う、吸う、吐く」という拍子で呼吸を繰り返すことで、酸素の摂取量も増え、走行に集中できるとされました。
忍者研究が盛んな三重大学人文学部・人文社会科学研究科の研究でも、実践によって持久力の向上が確認されています。
忍者が走力を鍛える訓練方法も独特です。
長い布を頭や腰に巻き、垂れた布が地面に着かない速度で延々と走り込みます。
その速度が維持できなくなるまで走り続け、布が地面に着く時間でその忍者の体力を測ることができました。体力の限界を把握することで、実際の任務においても走る速度と時間を意識して、しっかりと計算された移動を行なっていたのです。
また同様の目的で、自身の胸に編笠を乗せて走る訓練もありました。編笠が落ちないように、一定以上の速度を保って走る訓練です。
垂れた布が地面に着かない訓練
編笠が落ちないように走る訓練
「古式泳法」(こしきえいほう)は、「日本泳法」(にほんえいほう)とも呼ばれる泳法です。
忍者独自の泳ぎ方ではありませんが、武士が甲冑を着たまま泳いだり、水面から火縄銃を撃つための立ち泳ぎなどが存在します。
さらに忍者として重要な「生き残る」という任務を果たすため、速く泳ぐよりも体力を節約しながら味方の救助を待つことに長けた泳ぎ方でもあります。
どんな状態でも長時間泳ぎ続けて味方の到着を待つのが、忍者としての役目でした。
現代でも、日本水泳連盟に認定された13の流派が現存しています。毎年大会や研究会なども開催され、伝統的な泳法がしっかりと受け継がれているのです。
忍者は緊急時には高い塀や堀、崖などから飛び降りるなど負傷を怖れない行動が必要となってきます。「正忍記」では堀を降りるための技術として、竹や槍を杖にしながら背中を壁にすり付けて滑り降りるのが良いという記載があります。
壁に背中を当てることで摩擦を起こして落下の勢いを削ぐ、比較的斜めになった壁の多い堀を降りる際に使われた方法です。
また垂直に落下する場合でも、人の背丈ほどの長さの木の棒があれば着地の直前にその棒で地面を突くことで着地の衝撃をやわらげ怪我を防止できる、としています。
夜間の行動が多い忍者は、暗いなかでも見えるよう夜目を利かせる訓練として敵陣に忍び込む任務の35日前から暗い部屋にこもり暗闇でも物を見ることができるよう訓練を続けていたと文献に残っています。
さらに、現代の専門家が「実際に利くかは不明」と、効果に疑問を持つものの、クスノキの香り成分「樟脳」(しょうのう)と「龍脳樹」(りゅうのうじゅ)と呼ばれる東南アジアに自生する木の樹液が固まった「龍脳」、落雷で焼けた木の炭を1匁(もんめ:約3.75g)ずつ入れて混ぜ合わせ、その薬を目に塗ることで暗闇でも物が見えるようになる、と夜目を利かせる薬の調合方法が書かれた文献も存在します。
歩法や夜目に関する術など、闇夜に紛れて行動することの多い忍者らしい技術が非常に発展しました。
忍者の活躍した戦国時代・江戸時代の「夜」というものは、灯りも少なく月が沈んでしまうと真っ暗闇だったことが窺えるとともに、人のちょっとした足音で見付かってしまうほど静かな時間であったことも分かります。
夜でも音と光のあふれる現代日本に忍者がいたとしたら、これらの体術の多くは誕生していなかったことでしょう。