「刀 無銘 伝包永」は、江戸幕府5代将軍「徳川綱吉」から、大老格の「柳沢吉保」(やなぎさわよしやす)に贈られ、以来「柳沢家」に伝わった1振です。
本刀は大磨上げ(おおすりあげ)無銘ですが、1706年(宝永3年)に、刀剣鑑定・研磨等を家業とする本阿弥家13代当主「本阿弥光忠」(ほんあみこうちゅう)によって、「初代 包永」の作と極められました。江戸幕府の公式史書である「徳川実紀」(とくがわじっき)には、同じ年の12月7日に「包永の御刀」(本刀のこと)が柳沢吉保へ下賜されたことが記されています。柳沢吉保は徳川綱吉に重用され、1688~1704年(元禄年間)頃に江戸幕府の政治を主導した人物です。
本刀の作者である初代・包永は、大和国(現在の奈良県)の刀工一派「手掻派」(てがいは)の祖とされる名工で、鎌倉時代中期に活躍しました。
本刀には包永の特色がよく現れており、刃文は直刃調小乱で、金筋(きんすじ)、砂流し(すながし)がかかり、鋒/切先(きっさき)は大和鍛冶に多く見られる「掃掛け帽子」(はきかけぼうし:ほうきで掃いたような刃文)。地刃ともに優れた出来映えを示しています。