【あらすじ】『闇の者』を倒したタケルは、再び修練の日々に入っていた。ある日、新撰組では池田屋事件につながる攘夷派の情報を入手し、池田屋襲撃を決定する。近藤勇の命令の下、新撰組の実働部隊が池田屋に向かっていると、羅刹魔将が現れた。羅刹魔将は近藤勇達を傲慢にも見逃すが、それはひそかに新撰組の後ろを付いてきていたタケルと対峙するためでもあった。ついに、タケルと羅刹魔将の対決が始まった。
「刀剣三十六遣使」で描かれる出来事について紹介
「分かってるだろうなタケル。ここで羅刹魔将を倒すんだ!」
鞘の中から千歳丸の声が聞こえてきた。無論、タケルもそのつもりだ。頷いて神刀を抜くとそのまま思い切り振り上げる。
「ああ、もちろんだ。ここで今度こそ奴を倒す!」
「そのためには」
「先制だ!」
あらん限りの気合いを込めて千歳丸を振り下ろす。刹那、虚空を斬った切先から羅刹魔将に向けて凄まじいばかりの衝撃波がほとばしった。
「むぅ!?」
羅刹魔将は腕を交差させて防ごうとする。命中した衝撃の余波で、あたりにはもうもうと土埃が立ちこめた。
「真空斬り、これならきっと」
先日の薪割りで試した技だ。これだけで倒せるとは思えないが、少しでもダメージを与えられればそれだけ戦いを有利にできる。
「まさか、いきなりこんなものが来るとは思わなかっただろう」
千歳丸も得意げな声を上げる。手応え充分な一撃ではあった。だが、何かがおかしい。タケルはすぐに身構える。
「くっくっく……、楽しませてくれる。そうでなくては」
「そんな、無傷なんて!」
タケルは思わず目を見張った。羅刹魔将はまったくの無傷のようだ。交差させた腕もかすり傷ひとつなく、ダメージを与えられた様子は微塵もない。
「馬鹿な、まともに喰らったはずだ!」
「くっくっく……、主らの無力に礼を言う。わははははは!」
羅刹魔将は高らかに笑うと、ぐっと全身に力を込めた。周囲に漂うおぞましいまでの妖気が、羅刹魔将の周囲でとぐろを巻く。瞬間、カッと全身が閃光を放つと、鎧が四方に飛び散り、羅刹魔将の正体が露わになった。
「なんだ、こいつ……」
タケルは絶句するしかなかった。羅刹魔将の全身が二回りも大きくなり、腕も複数に増えている。なによりも鎧のかわりに全身が剣のような甲羅に覆われ、さらにびっしりと棘に覆われている。
「へっ……、ご機嫌だな!どうするよタケル、奴さん何がうれしいのか分からないが、姿が変わっちまったぜ」
「どうするって言っても……」
衝撃波で形勢を有利に持ち込むはずが、相手の尋常ならざる力によって無効化されてしまった。次善の策を持たないタケルに打てる手は、あとは接近戦に持ち込むしかない。覚悟を決めて千歳丸を握る手に力を込める。
「そうか、やっぱりそうだよな!最後は派手に剣戟といこうじゃないか!俺は良いぜ、この身が砕けても奴の息の根さえ止められたら!」
千歳丸にも覚悟のほどが伝わったようだ。弱気になりかけた相棒を奮い立たせるように、わざと陽気に言ってくれる。
「ありがとう、じゃあいくよっ!」
千歳丸を一旦鞘に収め、渾身の居合いを放つべく、蹴り出すつま先に力を込める。音速の弾と化したタケルと神刀が、濃密な邪気を切り裂いて、諸悪の根源に肉薄した。
「くっくっく、愚かな……」
羅刹魔将に動じた様子はなかった。むしろ突進する敵に嘲笑うような目を向けると、おもむろにいくつかの腕を差し出した。
「ぐあっ!」
突然、何か分厚い壁にぶち当たったような衝撃が走った。タケルはその場にもんどり打って倒れ込む。
「タケル殿!?」
遠くから近藤勇や土方歳三の声が聞こえる。慌てて立ち上がろうとするも、全身に力が入らない。何とか立て膝をつくものの、それ以上動けそうになかった。
「千歳丸…、どうにかしないとまともに動くこともできないぞ」
まさかこれほど力の差があるとは思わなかった。手も足も出ないとはこのことだ。これまでの修行の成果と、『闇の者』との力の差を勘違いしていたのかもしれない。羅刹魔将はまさに異次元の強さだ。
「その程度か、小僧。それでは神刀も宝の持ち腐れであろう」
羅刹魔将の嘲笑が耳に届く。タケルは自分の無力さを痛感した。悔しいがどうすることもできそうにない。歪む視界の向こうから、新撰組の隊士達が刀を手に駆けてくる。どうやらタケルに加勢するつもりのようだ。
「来ちゃダメです!早くこの場から離れて下さい!」
残った力を振り絞り、新撰組に向かって叫んだ。
「そうはいかぬ。俺は思い違いをしていた。一時とはいえタケル殿は我らの仲間だ。仲間を見捨てる薄情者は新撰組にいない!」
近藤勇が虎徹で羅刹魔将に斬りかかる。土方歳三や沖田総司もそれぞれの獲物で首を狙った。
「たとえ力及ばずとも、せめて一矢!」
「タケル殿が立ち上がるまで、時間を稼ぐ!」
「面白い、気まぐれで見逃してやろうと思ったが、刃向かうなら容赦はせぬ」
羅刹魔将は節くれ立った腕で新撰組の攻撃を受け止めると、彼らを身体ごと衝撃波で吹き飛ばした。
「単独攻撃では敵わない。全員で奴を包囲するんだ!」
土方歳三の合図で隊士が羅刹魔将を取り囲む。『闇の者』を相手にしたときと同様、相手の防御を削り取る作戦だ。だが対角線の攻撃も羅刹魔将には通じない。斬りかかる隊士を受け止めると、あらぬ方向に投げ飛ばす。一息に殺さないのは、おそらく遊んでいるからだろう。全力で挑んでくる相手のプライドを砕き、雑巾のようにもて遊んでから全滅させるつもりなのだ。
「止めてくれ、あなた方では無理だ……」
倒れては挑む新撰組の姿を目の当たりにし、タケルは再び無力感に苛まれた。隊士達の覚悟を無駄にはできない。それでも、神刀が届かない相手にどうやって太刀打ちすれば良いのか。
――相も変わらず楽しい目に遭っておるな!心が躍るであろう?
そのとき、タケルの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「清盛さん?」
――小僧、わしもいるぞ!わっはっはっは!
「信長さん!」
――以前は世話になった。代わりに今度は我らがお前達を支えるぞ!
後醍醐天皇の声だ。かつて共に戦った偉人達が時空を超えてタケルのために集まったのだ。見れば足利義満や上杉謙信、明智光秀の姿もある。
気付けばタケルの周囲にかたまった濃厚な邪気が薄れていた。さらに心にのしかかった重圧までが消え失せ、身体に力が漲るようだ。
「馬鹿な……」
羅刹魔将が信じられないとばかりに声を上げる。確実なはずの勝利が手からすり抜けた心持ちだろう。さらに邪気を呼び寄せようとするが、わずかな量しか集まらない。
――驚いたか!これが歴史に選ばれた英雄、偉人が持つ覇気というものよ!
勝ち誇った声で織田信長が言った。
――我らがこの時代に呼ばれたのはそういうことだ。
――これだけの大物が揃えば、何物が相手でも不足はなかろう。タケルよ、怖れず立ち向かうのだ。
明智光秀の誇らしい声が耳に届く。
――この世を『闇の者』ごときに踏み入れさせるな!
「う、動け……る?」
偉人達の加護を受けたらか、先ほどまで微塵も動かなかった手足が自由に動く。
「……千歳丸!」
「行くぞ、タケル!今度こそ奴を倒すんだ!」
千歳丸をつかんで突進する。途中8人の分身体を作り出し、それぞれ違った角度から真空斬りを放った。
「ちょこざいな!」
羅刹魔将は妖刀を手に衝撃波を弾く。だが威力を完全に防ぐには至らず、巨体が大きく揺らぎだした。その隙を突いて、タケルは千歳丸を振りかぶり、大上段で斬り下ろす。
「むうっ!」
神刀を羅刹魔将が受け止める。だが先ほどとは異なり、見えない壁が使えないようだ。タケルは腰だめに千歳丸を放つと、受け止めようとした腕を何本か斬り飛ばした。
「うごおおおおおお……! バカな……。力の差は歴然だったはず……」
「タケル。力の差は歴然だってよ。」
「そうだよ!いろんな時代の人達の想いがこんなにたくさん集まっているんだ!」
「だから俺達は……!絶対に負けない!!」
タケルが千歳丸を振るうたび、刀身に眩い光が宿っていく。光はやがて刀身を超えて長く伸び、真っ白な光の刃となって羅刹魔将に襲いかかった。
「そ、そのような力……。我は認めぬぞ……! 主らのような…、人間どもに……! ぐ…ぐわあああああっ……!」
「認めようと認めなかろうと、お前はここで滅びるんだ!」
神刀から伸びる光の刃が遂に羅刹魔将をとらえた。防御した腕ごと胸を貫き、背後から大量の邪気が吹き出した。
「ううう……! 我が肉体が…、ここで…、終わるだと……!?」
羅刹魔将が呻くように口にする。
「そうさ、終わるんだよ!」
「ここで滅びろっ!羅刹魔将!」
鎺(はばき)から伸びる光の奔流がさらに威力を増し、羅刹魔将の体全体を包み込んだ。巨大な光の帯が吹き出した邪気を光の粒子に変えていく。
「黄泉の王よ!我に!」
最後の力を振り絞り、羅刹魔将が腕を広げて天を仰ぐ。
「我に、もう一度……」
悲痛な声が周囲に響くが、天は何も答えなかった。動きを止めた羅刹魔将の体が、ポロポロと崩れていく。分解され砂のようになったその体は、激しく流れる光の中に溶けるように消えていった。
「終わった?」
羅刹魔将を飲み込んだ光は、余韻を残して消えていった。あとには何も残らない。気付くと、周囲に満ちていた禍々しい邪気も消え失せている。
「どうやら、そのようだな」
「良くやってくれました。タケル、そして千歳丸。羅刹魔将は完全に消滅しました」
どこからともなく、歴史の神の声が聞こえる。気付くとタケルと千歳丸に力を分けた偉人達の姿もなくなっていた。
「やりました……。『闇の者』の気配はもうありません」
呆然と戸塚小春子が呟いている。彼女をはじめとした遣使(けんし)も、歴史の神に課せられた長い責務から解放されたことになるのだ。
「ありがとうございます。近藤さん、土方さん。それに戸塚さんと新撰組の皆さん」
タケルは神刀を鞘に収めると、新撰組と遣使(けんし)に向かって頭を下げた。
「なんだ、もう行くのか……」
「せっかくここにいるのだから、池田屋の襲撃も参加してくれていいんだぞ」
近藤勇と土方歳三が名残惜しそうな顔で言ってくれる。きっと彼らなりのリップサービスなのだろう。本心ではすぐにでもタケルがこの場から去らねばならないと分かっているはずだ。
「僕が言うのもおかしな話ですが、頑張って下さい。応援しています」
そう言ってタケルはもう一度頭を下げる。
「おう! もちろんだとも!」
「タケル殿も元気でな!」
新撰組はタケルに向かって手を振ると、池田屋に向けて出発した。彼らを見送るタケルの耳に歴史の神の声が聞こえてくる。
――タケル、あなたも良くやってくれました。もとの時代に帰りなさい。
その声が薄れていくと同時に、視界が次第にぼやけていく。タケルは使命をやり遂げた達成感と、心地良い疲れと共に時空の波へと身を委ねた。
――現代「名古屋刀剣ワールド」。
時空を超えた旅を終えた数日後、タケルは愛知県名古屋市中区栄にある刀剣ワールドを訪れていた。約500振の刀剣を所蔵・展示し、国宝・重要文化財や重要美術品といった貴重な刀剣が閲覧できる博物館だ。
タケルは施設の中に入ると、真っ直ぐ北館2階にある常設展示室に向かった。ここには、旅の最中に出会った偉人達が実際に使った刀剣や甲冑の実物がそのまま展示されている。
ここに来ればタケルは時空を超える長い旅の思い出と、偉人達の風貌をありありと思い出すことができた。
「タケル!俺を抜け!」
千歳丸は竹刀袋に入れて持参した。歴史の息吹を感じる場所に来るのに、自宅に神刀を置いたまま来るわけにはいかなかったからだ。
「だめだ。頼む!抜いてくれ…、ていうか、この変な袋から出せー!」
千歳丸の声はタケルや偉人のような選ばれた人間にしか聞こえない。これがこの場では幸いした。そうでもなければ絶対に大騒ぎになっていただろう。常識で考えれば、物言う日本刀などこの世にあって良いはずがない。
「だめだって……」
タケルは自分達にしか聞こえない小さな声で千歳丸をたしなめた。
「この時代じゃ、刀を持ち歩くこともいけないんだから」
「ちっ……」
千歳丸の舌打ちが聞こえる。
「あーあ、この現代にも遣使(けんし)がいたらいいんだけどなー」
「ああ…、そうだね」
タケルも本心からそう思う。旅で出会った遣使(けんし)達は皆気持ちが良い人ばかりだった。叶わぬ望みとは知りながら、またいずれ逢いたいと思ってしまう。
「そうだ!あのドラマの続きはいつ見られる?確か毎週やってるんだろ?」
千歳丸がしんみりした雰囲気を台無しにするような声を上げる。イラッとしたタケルは神刀を必要以上に竹刀袋の奥に押し込めた。
「いいから君は黙っててよ」
竹刀袋の紐をきつく縛る。
「まったく、体がないってのはなんて不便なんだ。ていうか袋の中にいたら……。ねむ……く…なっちまう……」
千歳丸の声がか細くなり、やがて静かに消えていった。どうやら本当に眠ったようだ。竹刀袋を通して安らかな寝息が聞こえてくる。
――ご苦労でした。タケル…、よく使命を果たしてくれました。
どこからか歴史の神の声が聞こえてくる。
――あなたと千歳丸、それに偉人達の力によって羅刹魔将は完全に滅びました。彼に歪められた歴史もいずれ矯正されるでしょう。すべては終わったのです。本当にありがとうございました。
歴史の神と別れると、タケルは手にした千歳丸と一緒に、かつて偉人達が愛用した刀剣を観て回った。いまはもう記憶と歴史書でしか出会えない偉人達。だが彼らの生きた証は、刀剣と共に遺っているのだ。
幾多の歴史や伝説が宿った刀剣と共に、これからも日本の歴史は続いていく。