「歌舞伎」(かぶき)とは、江戸時代の庶民文化をもとに成立した、約400年もの歴史がある日本固有の演劇のこと。歌舞伎で日本刀を扱うシーンを見たいなら、日本刀で斬り合う「立廻り」(たちまわり)の場面がある「時代物」(じだいもの)や「所作事」(しょさごと)の演目がおすすめです。演目による分類や歌舞伎舞踊についてなど、詳しくご紹介します。
立廻り
映画やテレビでいう「時代劇」や「現代劇」と同じように、歌舞伎も演目(作品内容)によって、次の3つにジャンルを分けることができます。それは「時代物」(江戸時代以前の武士や公家の生活を描いた作品)、「世話物」(せわもの:江戸時代の町人の生活を描いた作品)、「所作事」(歌舞伎舞踊)。
日本刀が数多く登場する演目は、主に時代物で、日本刀で斬り合う動きを「立廻り」と言います。独特の演じ方があり、ひとつの見どころになっているのです。
日本刀で斬り合うなどの演技の型を総称して「たて」と呼びます。現在では、一般的に「殺陣」(たて)という漢字が当てられるのに対し、歌舞伎では、この立廻りに由来することから「立」(たて)と書きます。素早い動きやパンパンパンといった激しい日本刀の打ち合いが特徴的な時代劇の殺陣とは違い、「スローペースで様式的に展開される」のが、歌舞伎の立の大きな特徴です。
歌舞伎の立廻りは1対1の設定もありますが、多くの場合は日本刀などの武器を手にした主役ひとりに対しての「搦み」(からみ)、あるいは「取巻」(とりまき)と呼ばれる大勢の軍兵(ぐんぴょう)や捕り手(とりて:罪人を捕まえる役人)役の脇役達が挑みかかる物となります。いわゆる「大立廻り」(おおたちまわり)と呼ばれる、激しく派手なアクションシーンが大々的に展開される訳です。
立廻りの要所で行なわれるのが「見得」(みえ)です。見得とは、感情の高まりなどを表現するときに、演技の途中で一瞬ポーズを作り静止すること。その人物やその場面の見どころをクローズアップする効果があります。
例えば演目「暫」(しばらく)の主人公「鎌倉権五郎」(かまくらごんごろう)は、悪人に今にも斬られようかという善人達を救いに「しばらく、しば~らくぅー!」と声を掛け、花道から登場するスーパーヒーローです。
歌舞伎では、敵役(かたきやく)や老役(ふけやく)を除いた善人の男の役を「立役」(たちやく)と言いますが、その立役も役柄の性格で「荒事」・「和事」・「実事」の3つに大きく分けることができます。鎌倉権五郎は荒事(あらごと:荒武者事の略で荒々しく豪快な演技)の代表的な役どころ。顔には「隈取」(くまどり)という、勇気・正義・強さを表す化粧が施され、衣裳・鬘(かつら)・小道具すべてにおいても、力強さを表現するために誇張されています。
この鎌倉権五郎が巨大な太刀を振るい、悪人の公家の家来を片っ端から斬って圧倒的な強さを見せつける場面で、豪快な見得を切るのです。使用する太刀も、実際よりはるかに大きい3mほどもある物。この太刀と共に切る見得は、まさに見ごたえたっぷりです。
歌舞伎の立廻り手法のひとつ「天地」
大勢の人物が日本刀などで斬り合う場面は、実際には生々しい物ですが、歌舞伎ではこれを音楽に合わせて様式的に演出し展開させることで、素晴らしい「様式美」を創り上げています。
それでは、歌舞伎の立廻りの代表的な基本型には、どういった物があるのでしょうか。
「山形」:日本刀を振りおろして斬り結ぶ型。
「柳」:打ってかかるのを斜めにかわす型。
「天地」:日本刀の斬り合いで上下に払う型。
「千鳥」:主役が、かかってくる大勢の軍兵や捕り手を左右へ交互に払い入れる型。
「とんぼ」:大勢の軍兵や捕り手達が主役に払われ宙返りする型。
歌舞伎の立廻りは、演目ごとで立師(たてし)達による様々な工夫が見られますが、基本はこれらを組み合わせて展開します。ゆっくりとスローペースで展開されますから、鑑賞時に「これがこの型か」と見て楽しむのも歌舞伎の醍醐味のひとつです。
日本刀が数多く登場する演目は、主に時代物とご紹介しましたが、実はもうひとつ、所作事(歌舞伎舞踊)においても登場します。
所作事(歌舞伎舞踊)とは、演目の中に含まれる劇中舞踊やそれが独立した物、また歌舞伎演目のうち、音楽的・舞踊的要素が強い物を呼びます。これらの作品にも立廻りが組み込まれている場合があり、このような立廻りを「所作ダテ」(しょさだて)と言うのです。通常の立廻り以上に音楽に合わせた動きで表現されているのが特徴です。
歌舞伎の立廻りは、時代劇の殺陣とは異なり、スローペースで様式的に展開されます。所作ダテはこれをさらに際立たせた物で、華やかな音楽に合わせてゆったりと踊るように行なわれるのが特徴です。主に、歌舞伎舞踊で見ることができます。
歌舞伎舞踊は、歌舞伎の中で演劇と踊りを美しく様式化した物で、演目の中に組み込まれる劇中舞踊、あるいは舞踊的要素が特に強い作品の総称です。人形のような身振りで踊る「人形振り」、舞台の上で瞬間的に衣装を変える「引き抜き」や「ぶっかえり」など、華やかでショー的要素が強い技法や表現で構成されることが多く、その技法や表現のひとつとして、所作ダテがあります。
「所作」とは、一般的には振る舞いや身のこなしのことですが、歌舞伎では舞踊的演技のことを所作事(しょさごと)と呼んでおり、言わば所作ダテは舞踊の中に立廻りが組み込まれた物のことなのです。
紅葉狩
所作ダテは、音楽に合わせて規則正しいリズムで演じられます。日本刀での斬り合いにしても、一見のんびりとした華麗な動作で行なわれるため、実際の戦いの意味合いから考えると、とても戦っているようには見えない物も多々あります。しかし、演者の表現力と観客の想像力のコラボレーションが起こると、これほどダイナミックでわくわくする物はありません。ポイントは、演目を観る前に物語全体のストーリーを知っておくこと。
代表的な歌舞伎舞踊のひとつ、「平維茂」(たいらのこれもち)による信州の戸隠山(とがくしやま)の鬼女退治を描いた「紅葉狩」(もみじがり)をご紹介します。
戸隠山へ紅葉狩りに訪れた維茂は、「更科姫」(さらしなひめ)という姫に出会い、勧められるままに酒を飲みます。しかし、実は更科姫は鬼女で、正体を現して酔いつぶれた維茂に襲い掛かり、それを維茂が平家に伝わる名刀「小烏丸」(こがらすまる)で防戦し難を逃れるというストーリー。鬼女と維茂の大立廻りがゆったりと演じられていく訳ですが、迫力が増していく伴奏のもとに「これは実は激しい戦いの場面だ」と意識を切り替えて、登場人物の心情や設定された世界観に想像力を働かせると、あえて大らかでのびやかな動きを見せる演者の所作ダテが、戦いの激しさや豪快さを表現するスケールの大きな動きとして伝わってきます。
歌舞伎舞踊の所作ダテは、美しい様式美を連続して楽しめる物としてもおススメです。1対1で日本刀を交える様子をゆっくり堪能できる物もあれば、獲り手や軍兵に扮した搦みと呼ばれる大勢の演者が様々な陣形を見せたり、主役に投げ飛ばされたり、ひっくり返って宙返り(とんぼをきる)をするなど、スケールの大きな立廻りの見せ場が連続して展開されることもあります。こういった所作ダテは、舞台のリズムに身を委ね、眺めるだけでも十分に面白さを感じられます。