歌舞伎の立廻り
歌舞伎の名題下・時代物・ニューウェイブ
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歌舞伎の名題下・時代物・ニューウェイブ

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歌舞伎において、日本刀での斬り合いなどの立廻りで主役を引き立てる重要な役回りを演じる「名題下」(なだいした)と呼ばれる役者と、時代物、歌舞伎のニューウェイブについて、ご紹介します。

専門職としての名題下

歌舞伎役者の格付けは時代によって変化してきていますが、現在は、「名題」と「名題下」に大別されています。簡単に言えば、名題下は名題に昇格していない役者の総称。

しかし、あえて名題に昇格しない人もいます。これは、名題か名題下かというのは単なる身分の上下ではなく、専門とする役割が違うという面があるためです。

名題とは?

名題下

名題下

まず役割を紹介する前に、歌舞伎役者の格付けを表すのに、なぜ名題と言う言葉が使われているのかを、ご紹介します。

江戸時代に歌舞伎が生まれた当時、歌舞伎演目の正式な題名を、江戸では名題、上方では「外題」(げだい)と言いました。

今もその名残はありますが、現在は東西問わず外題と言う言葉が使われるようになっています。これは、名題が演目タイトルという意味から、別の意味へと発展したためです。

かつて芝居小屋の正面には、その日の演目を紹介した「名題看板」が掲げられていました。今で言う公演ポスターです。その名題看板には、演目の代表的な場面を描いた眼目(がんもく)の脇に、出演する主な役者の芸名と定紋(じょうもん=家紋)が掲載。

このことから、名題看板に載るような役者のことを「名題役者」、あるいは「看板役者」と呼ぶようになりました。つまり、名題は演目タイトルの意味だけでなく、看板役者という意味合いも持つようになったのです。

そこで、いつのころからか紛らわしさをなくすために、演目タイトルは外題と統一され、役者の格付けとして名題と名題下が使われるようになりました。名題下には、さらにいくつかの階級があったようですが、現在はその区別はありません。

また、名題は現在、日本俳優協会の名題資格審査(名題試験)に合格し、「名題適任証」を取得した上で、先輩方や贔屓筋(ひいきすじ)、さらには興行主などといった関係方面の賛同を得て、名題昇進披露を行なう必要があります。

名題下の役割

歌舞伎の立廻りは、主役を格好良く見せることを最大の目的として行なわれます。主役が日本刀(刀剣)で斬り付け、相手を倒す場面をドラマティックに演出するのです。つまり、主役を張る名題を引き立たせる役割を担う名題下の役者たちの活躍に、立廻りの命運がかかっているとも言えます。

歌舞伎の立廻りはその緻密な技術と演出の華麗さと美しさ、型の多様さなどで他の芸能では見られない魅力を持っていますが、それを支えている名題下役者にもぜひ熱き視線を。

戦後、名立師として活躍した坂東八重之助(ばんどう やえのすけ 1909~1987年)は、立廻りの神様と言われた歌舞伎役者ですが、生涯名題下の身分にとどまりました。名題下の中には、幹部役者も一目置く優れた立廻りの名人たちがいるのです。

立廻り場面が数多く登場する時代物

歌舞伎の演目は切り口によって分類の仕方は様々ですが、作品内容による分類として大きく、「時代物」と「世話物」(せわもの)に分かれます。時代物は、江戸時代よりも前の時代の歴史的事件を題材にした作品。

また、江戸時代(歌舞伎が生まれた当時の現代)の武家社会で起こった事件などは、そのまま芝居にすることができなかったため、時代設定を古い時代に変えて作品化しており、これも時代物に入ります。

一方の世話物は、江戸時代当時の現代劇と言えるもので、江戸時代の町人の生活をもとにした作品です。立廻りを楽しむには、やはり時代物がオススメでしょう。

時代物の荒唐無稽な面白さ

時代物の演目

時代物の演目

歌舞伎の時代物の演目は、歴史上の事件をもとにして、それにかかわった人物の名前が使用されているものがほとんどです。

しかし、あくまで題材として使われているだけで、大幅にアレンジが加えられています。

実はこれが歌舞伎の時代物の面白さのひとつ。ノンフィクションかフィクションかで言えば、明らかにフィクションの部類に入るでしょう。

例えば「仮名手本忠臣蔵」(かなてほんちゅうしんぐら)。この演目のベースは1702年(元禄15年)、将軍徳川綱吉(とくがわつなよし)の時代に起きた赤穂浪士の討入事件。そう、あの「忠臣蔵」です。

しかし、歌舞伎の仮名手本忠臣蔵に登場するのは、何と実際の事件より300年以上も前の南北朝~室町時代の人物たち。徳川綱吉は足利尊氏(あしかがたかうじ)に、江戸城内で斬り付けた側の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)は塩冶判官(えんやはんがん)、日本刀(刀剣)で斬り付けられたのは吉良上野介(きらこうずけのすけ)ではなく高師直(こうのもろなお)。

いずれも日本史の教科書にも登場する南北朝~室町時代の武将たちが、「赤穂浪士の討入事件みたいな物語」の登場人物になっています。もうこの事実を知っただけで、「どういうこと?!」と心が動き出しませんか?

世界と趣向

時代設定を古い時代に変えて作品化した時代物は、江戸時代の「狂言作者」(歌舞伎の脚本家)が、「世界」と「趣向」という作劇法を用いて物語を創り上げたものです。世界とは、物語全体の大枠を決める設定のこと。

主に次のような3つの世界があります。事件の背景となる時代を設定する①「時間設定」、事件が起こる場所や登場人物の行動範囲の②「空間設定」、そして登場人物の名前や属性、相互の人間関係の③「登場人物設定」。歴史上の出来事や伝説、あるいは文芸作品などのエピソードなどを基本パーツとして、それらをもとに組み立てたられた物語の大枠が世界です。

そして、この世界をもとに、どのような独自性を出すかが狂言作者の腕の見せどころで、これが趣向になります。

仮名手本忠臣蔵も事実からすると荒唐無稽な話ですが、さらに歌舞伎の「四谷怪談」は、その仮名手本忠臣蔵の「忠臣蔵の世界」をもとに作られています。主君の塩冶判官の敵である高師直を塩冶家の浪人が討つという物語の大枠が世界となっており、民谷伊右衛門(たみやいえもん)や妻お岩の父四谷左門(よつやさもん)は塩冶家の浪人という設定です。

ここに、当時うわさとして広まっていた、お岩の怨霊が現れる話や、戸板の裏表に男女の遺体が打ち付けられ、流された話などが趣向として組み込まれたのです。

世界の業務カタログがあった?!

実は、世界を使いやすくするために、それをリスト化した業界内の業務用カタログと言える物がありました。1818~1830年ごろ成立したとされる「世界網目」と言う資料です。

具体的には、例えば時代物の世界には、日本武尊、浦島、在原業平、菅原道真、源氏物語、平治物語、平家物語、義経紀、太平記など様々な物語があり、これらひとつの世界における登場人物やそのもとになっている書物、そしてその世界を使ってどのような作品が作られてきたかなどが、すぐさま分かるようになっています。

名刀がどのような世界と趣向で登場するかに注目

歌舞伎の演目には、歴史上の名刀や、武蔵坊弁慶の太刀といった実在した人物が手にしていた日本刀(刀剣)を、その世界の基本パーツとして設定されている場合もあり、それらがどのような趣向で使われ、どのように姿を変えているかにも注目すると、面白いのではないでしょうか。

時代の空気に合わせ様々に変化し、観客の心を掴む伝統芸能・歌舞伎

江戸時代に生まれた歌舞伎が、伝統芸能の中で今もなお大きな人気を博しているのは、伝統に甘んじることなく、明治、大正、昭和、平成という時代の空気に合わせて、様々に変化してきたからです。

どんなものも歌舞伎にしてしまう懐の深さが、歌舞伎の大きな魅力。歌舞伎の立廻りにもニューウェイブが起こっています。

スーパー歌舞伎

1986年に三代目市川猿之助(いちかわえんのすけ)が新橋演舞場で初披露したのが、エンターテインメント性を前面に打ち出した「スーパー歌舞伎」の「ヤマトタケル」です。歌舞伎のニューウェイブの先駆的存在と言えます。

もともと復活通し狂言、古典の新演出、新作の創出を演劇活動の柱に置き、宙乗りや派手な立廻りなどエンターテインメント性の強い演技を得意としていた三代目猿之助は、「古きものをいかに新しく見せ、観客を喜ばせることができるか」という視点から、スピード感とスペクタル性を重視したスーパー歌舞伎を生み出しました。

刀剣(日本刀)類が登場する場面も、よりドラマティックな演出が施されています。

ヤマトタケルの立廻りの面白さ

スーパー歌舞伎第一作のヤマトタケルは、三代目猿之助が哲学者の梅原猛の原作をもとに、日本神話の日本武尊(やまとたける)伝説を舞台化したものです。新たな歌舞伎のジャンルを生み出したとして、記録的な大ヒットとなりました。

樽を投げ合って宮殿の壁などを壊す迫力十分の大立廻りなど、立廻りの見どころは多々ありますが、中でも父である帝に冷遇され蝦夷征伐(えみしせいばつ)に向かったヤマトタケルが、辺り一面の火の海の中「草薙の剣」を手に立廻る場面は、従来の歌舞伎の立廻りにはないスピード感にあふれ圧巻です。

それは単に近代劇のリアリズムを取り入れたものではなく、歌舞伎本来の魅力であるスケール感もしっかり演出された上でのスピード感で、観客は歌舞伎の立廻りの面白さを存分に楽しむことができます。

人気漫画「ONE PIECE」も歌舞伎に

歌舞伎版「ワンピース」

歌舞伎版「ワンピース」

四代目市川猿之助によってスーパー歌舞伎が上演されました。2015年には、「スーパー歌舞伎Ⅱ」の第2弾として、人気漫画のONE PIECEの世界を歌舞伎で再現した「ワンピース」を上演。

四代目猿之助が主人公のルフィーに扮し、兄のエースを救うために仲間とともに立ち向かう立ち廻りの場面は、歌舞伎の伝統の立廻りの妙技を繰り出しつつ、新しい世界観が楽しめるものとなっています。

歌舞伎の名題下・時代物・ニューウェイブ

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