荒川弘【鋼の錬金術師】の主人公のエドワード・エルリックは、「手合わせ錬成」と呼ばれる素早い錬成の技量をする。戦いでは手合わせ錬成を行い、床や壁から槍などの刀剣を錬成。ときに自身の義肢(機械鎧)の右腕を刀剣に錬成する。(■手合わせ錬成で刀剣を錬成より)
ゲームは漫画と同様に、日本が世界に誇る文化のひとつです。ゲームソフト制作会社も漫画雑誌を発行しており、2000年代以降のゲーム系漫画雑誌において刀剣が登場する作品を中心に紹介します。剣と魔法の世界観が重要な要素です。
ゲームソフト開発会社エニックス(現スクウェア・エニックス)は、ファミリーコンピュータ(通称ファミコン)のソフトでロールプレイングゲーム【ドラゴンクエストIII そして伝説へ…】(1988年)の大ヒットによる利益から出版事業を手がけます。
キャッチコピー「日本一元気な少年マンガ誌!」を掲げた〔月刊少年ガンガン〕(1991年~)の創刊です。創刊号の目玉は、藤原カムイ(ふじわらかむい)作画による漫画【ドラゴンクエスト ロトの紋章】(原作・設定は川又千秋)でした。
同じく創刊号には、柴田亜美(しばたあみ)【南国少年パプワくん】と増田晴彦(ますだはるひこ)【輝竜戦鬼ナーガス】(きりゅうせんきなーがす)が掲載されます。前者では忍者が、後者では刀剣が登場しています。
以後も、ファンタジー系作品が刀剣が登場する作品となっています。
渡辺道明(わたなべみちあき)の冒険ファンタジー【ハーメルンのバイオリン弾き】、衛藤ヒロユキ(えとうひろゆき)のギャグ・ファンタジー【魔法陣グルグル】、大清水さち(おおしみずさち)【TWIN SIGNAL】などです。
このうち、ドラゴンクエスト ロトの紋章、ハーメルンのバイオリン弾き、魔法陣グルグルはアニメ映画化され、3作同時に公開されました(1996年)。ハーメルンのバイオリン弾き、魔法陣グルグルはテレビアニメ化されています。
月刊少年ガンガンは創刊から4年後に隔週発売となり、ゲームを題材にした漫画も増加します(【スターオーシャン】など)。またこの時期、いがらしみきお【忍ペンまん丸】は第43回小学館漫画賞・児童向け部門を獲得しています。
1990年代後半に再び月刊となった頃、少年漫画系とファンタジー&少女漫画系が共存するようになります。
少年漫画作品では、有楽彰展(うらくあきのぶ)による剣術を得意とする男子高校生が主人公のバトル漫画【東京アンダーグラウンド】、増田晴彦による日本神話を題材にした【スサノオ】などで刀剣が登場します。
ファンタジー&少女漫画系作品では、木下さくら(きのしたさくら)が北欧神話のロキから着想を得た少年探偵ファンタジー【魔探偵ロキ】、黒乃奈々絵(くろのななえ)が実在の新撰組隊士・市村鉄之助(新撰組副長・土方歳三の小姓)を題材にした【新撰組異聞PEACE MAKER】などに刀剣が登場します。
月刊少年ガンガン創刊の翌年、エニックスは新たな漫画雑誌も創刊します。
中高生男女向けの〔ファンタスティックコミック〕(1992年)の系譜〔月刊ガンガンファンタジー〕(1993年)~〔月刊Gファンタジー〕(1994年~)です。
1990年代、同誌では、堤抄子(つつみしょうこ)による剣と魔法の物語【聖戦記エルナサーガ】、夜麻みゆき(やまみゆき)による竜退治の物語【レヴァリアース】、峰倉かずや(みねくらかずや)による西遊記を題材にした【最遊記】などのファンタジー系作品に刀剣が登場します。
2010年代に入ると、真柴真(ましばしん)による平安時代へのタイムスリップもの【詠う!平安京】を掲載。
2020年代には、NEOEが描く2人の男子高校生が宇宙人と対決する【東京エイリアンズ】、いちるの望(いちるののぞみ)による年上の女子高校生を護る年下の少年忍者のラブコメディ【恋々忍びより】などに刀剣が登場します。
そして季刊の少女漫画雑誌〔GファンタジーStencil〕(1999年)~「オトコノコにも読んでほしい。新少女マンガ宣言!!」を掲げた〔月刊ステンシル〕(1999年、2001~2003年)を創刊します。
同誌で刀剣が登場する作品には、七海慎吾(ななみしんご)による荒廃した近未来の日本を舞台にした【KAMUI】、天乃咲哉(あまのさくや)による戦国時代の少年が現代の少女に転生した物語【現神姫】(あらがみひめ)などがあります。
そして2000年代、少年漫画志向を選択した月刊少年ガンガンの現在最大のヒット作となる、荒川弘(あらかわひろむ)によるダーク・ファンタジー【鋼の錬金術師】(2001~2010年〔月刊少年ガンガン〕連載)が登場します。連載開始2年後にテレビアニメ化、その2年後にはアニメ映画化にもなりました。
連載開始3年後に第49回小学館漫画賞・少年向け部門を獲得(2004年)。連載終了後には、15回手塚治虫文化賞・新生賞と第42回星雲賞・コミック部門を共に獲得しました(2011年)。
鋼の錬金術師は、架空の中世を舞台にした2人の兄弟の物語です。
兄のエドワード・エルリックは亡くなった母親を禁断の人体錬成によって甦らそうと試みるも失敗し、その等価交換によって左足と、弟アルフォンス・エルリックを失います。そこでエドワード・エルリックは、自身の右腕との等価交換によって弟の魂だけを取り戻し、鎧に刻みました(弟はそのため鎧姿)。
こうした背景を持つ2人の兄弟は、もとの身体を取り戻すべく、伝説の賢者の石を探す旅をアメストリス国中で行います。
エドワード・エルリックは錬金術の技量から12歳で史上最年少の国家錬金術師に勧誘されました。その国家錬金術師達の前に、七つの大罪に由来する7人のホムンクルス(人造人間)が現れ、戦いが繰り広げられます。なお、エドワード・エルリックは失った右腕を義肢(機械鎧)としたことから、鋼の錬金術師と呼ばれます。
鋼の錬金術師の主人公のエドワード・エルリックは、「手合わせ錬成」と呼ばれる素早い錬成の技量を有します。通常、国家錬金術師達は錬成を使用する際には錬成陣(物語独自の魔法陣の呼称)を必要とする物語設定です。
エドワード・エルリックは戦いではこの手合わせ錬成を行い、床や壁から槍などの刀剣を錬成します。時に自身の義肢(機械鎧)の右腕を刀剣に錬成します。
荒川弘【鋼の錬金術師】「第1話 二人の錬金術師」より
荒川弘による鋼の錬金術師の重要な役どころが、軍部の最高権力者で、アメストリス軍大総統キング・ブラッドレイです。特殊な技を使う錬金術師達が活躍する作品のなかで、サーベルを武器とする剣客です。
ホムンクルス(人造人間)の1人、グリード(強欲)との対決では、キング・ブラッドレイは腰に携えた四本のサーベルをその素早い剣術で、すべてを突き刺して倒しました。
荒川弘
【鋼の錬金術師】
「第30話 鎧の中 真理の奥」より
荒川弘
【鋼の錬金術師】
「第30話 鎧の中 真理の奥」より
鋼の錬金術師の物語では、大総統キング・ブラッドレイがかつて滅ぼした少数民族イシュヴァール人の生き残り、そしてアメストリスの隣国であるシン国の面々が入り乱れます。
シン国の皇子リン・ヤオは、ヤオ族復興のために不老不死の賢者の石を求め、アメストリスに潜入します。リン・ヤオは柳葉刀を使用するだけでなく、護衛としてフーとその孫娘ランファンの2人の刀剣使いを従えます。
リン・ヤオ初登場の場面では、フーとランファンがその剣の技量でエルリック兄弟を翻弄しました。
荒川弘【鋼の錬金術師】「第32話 東方の使者」より
錬金術が題材の鋼の錬金術師ですが、他にも刀剣を武器とする多くの人物が登場します(スライサー兄弟、バリー・ザ・チョッパーなど)。
2000年代以降も月刊少年ガンガンでは、刀剣が登場する作品が数多く連載されています。
土塚理弘(とつかまさひろ)【マテリアル・パズル】、介錯(かいしゃく)【円盤皇女ワるきゅーレ】、下村トモヒロ(しもむらともひろ)【女王騎士物語】、大久保篤(おおくぼあつし)【ソウルイーター】、赤人義一(あかひとよしいち)【屍姫】、彩崎廉(さいざきれん)作画【絶園のテンペスト】(原作は城平京、構成は左有秀)などです。ダーク・ファンタジー(重苦しい雰囲気や残酷な描写を含む内容)系の要素の増加がこの時期の傾向です。
2010年代以降は、朝倉亮介(あさくらりょうすけ)による9人姉妹とのルームシェアラヴアクション【戦×恋】(ヴァルラヴ)、河添太一(かわぞえたいち)による狩猟エロコメディ【不徳のギルド】など、また新たな刀剣が登場する漫画が続いています。
月刊少年ガンガン編集部は他に、新人漫画家の読み切り掲載を軸とする月刊を基本とする〔フレッシュガンガン〕(1992~1996年)~月2回〔ガンガンWING〕(1996~2001年)~〔月刊ガンガンWING〕(2001年)も刊行していました。
同誌からは、戸土野正内郎(とどのせいうちろう)【悪魔狩り】、七海慎吾【戦國ストレイズ】などに刀剣が登場しています。前者は巨大な剣を手に闇の眷属を狩る青年が主人公です。後者は織田信長が生きる戦国時代にタイムスリップした剣道部の女子高校が主人公でした。
さらにメディアミックスに主眼が置かれた〔ガンガンパワード〕(2001~2009年)も創刊します。ゲームとのメディアミックス作となるヨシノサツキ【聖剣伝説 PRINCESSofMANA】などを掲載しています。
同誌の後続誌〔月刊ガンガンJOKER〕(2009年~)では、ゲームクリエイターのタカヒロが原作を手がけ、田代哲也(たしろてつや)作画によるダーク・ファンタジー【アカメが斬る!】などで刀剣が登場しています。
同作は、テレビアニメ化もされました。なお、田代哲也はそののち超絶スプラッターアクション【怪人麗嬢】を同誌で発表しています。
他に、青年漫画雑誌〔ヤングガンガン〕(2004年~)、〔月刊ビッグガンガン〕(2011年~)も創刊します。
土塚理弘作画による女子高校生剣道部漫画【BAMBOO BLADE】(原作は五十嵐あぐり)、大高忍(おおたかしのぶ)による武術を題材にしたラブコメ【すもももももも〜地上最強のヨメ〜】など、刀剣が登場する作品を掲載しています。
アカメが斬る!(2010~2016年〔月刊ガンガンJOKER〕連載)は、原作はゲームクリエイターのタカヒロです。それまでに【姉、ちゃんとしようよっ! 】、【つよきす】、【真剣で私に恋しなさい!!】など、アダルトゲームを発表していました。
アカメが斬る!の主人公は少年剣士タツミです。帝国組織に最愛の人を殺されたことで帝国打倒を目指します。その時、帝国打倒組織で指名手配を受けている闇の殺し屋集団ナイトレイドと行動を共にすることになります。その6人の1人が女性剣客のアカメでした。
アカメの武器は、次のように説明されます。
「アカメの帝具 一撃必殺の「村雨」」、「この妖刀に斬られれば傷口から呪毒が入り即座に死へと至る」、「解毒方法はない」。
タカヒロ原作/田代哲也作画【アカメが斬る!】
「第5話 辻斬りを斬る」より
アカメが斬る!はシリーズ化されました。
以後も、戸流ケイ(とるけい)作画【アカメが斬る!零】(2013~2019年〔月刊ビッグガンガン〕連載)が描かれ、アカメの少女時代が描かれました。
スピンオフ作、strelka(ストレルカ)作画【ヒノワが征く!】(2017~2022年〔月刊ビッグガンガン〕連載)も描かれています。
月刊少年ガンガン編集部内では少年漫画志向の編集者と、ファンタジー&少女漫画志向の編集者との間で方針の違いが生じた結果、少年漫画志向が選択されます。
ファンタジー志向の面々は月刊少年ガンガンを離れ、マッグガーデン社を設立し、ブレイド(刃)を掲げた〔月刊コミックブレイド〕を創刊します(2002年~完全オンライン化にあたり2014年に〔コミックブレイド〕となり翌年レーベル扱いに)。
また、〔月刊コミックブレイド臨時増刊コミックブレイドMASAMUNE〕(2002~2005年)~〔コミックブレイドGUNZ〕(2003~2004年)~〔隔月刊コミックブレイドMASAMUNE〕(2005~2007年)も有しました。
月刊少年ガンガンで活動した多くの作家がこれらの漫画雑誌で連載します(天野こずえ、木下さくら、黒乃奈々絵、桜野みねね、戸土野正内郎など)。
継続されたシリーズのうち、黒乃奈々絵が新選組を題材にした【PEACE MAKER 鐵】はアニメ映画化もされています。
また、戸土野正内郎は【イレブンソウル】で近未来を舞台に日本政府の侍の生き様を描いた青春群像劇を、【どらくま】で江戸時代初期を舞台に真田家の架空の主人公の生き様を描いています。
月刊コミックブレイドでは、ゲームや舞台のメディアミックスも多く掲載します(お伽草子、テイルズ オブ シンフォニア、TAKERU 〜SUSANOH 魔性の剣より〜など)。
同誌発の取り組みとしては、たなかのかによる修業中のくのいちを主人公とするギャグ漫画【伊賀ずきん】、水上悟志(みずかみさとし)による戦国冒険ファンタジー【戦国妖狐】などの作品に刀剣が登場します。
また、女性読者を中心とした〔コミックブレイドZEBEL〕(2004~2007年)~〔月刊コミックアヴァルス〕(2007~2014年)も有しました。
両誌からは、亜樹新(あきあらた)による真田幸村が現代へタイムスリップする【新生 真田十勇士】、唐々煙(からからけむり)による明治時代初期を舞台にした【曇天に笑う】などに刀剣が登場します。
なかでも曇天に笑うシリーズは、テレビアニメ化やアニメ映画化もされた人気シリーズとなりました。
ファミコンソフトの大ヒットから誕生したゲームソフト会社発の漫画雑誌。少年漫画かファンタジー&少女漫画かの揺れ動きも生じたその作品世界では、その端緒となったロールプレイングゲームの重要な要素、剣と魔法の世界観が常に礎となっています。