おうみのかみすけなお
「近江守助直」は、1639年(寛永16年)に近江国(現在の滋賀県)に生まれ、大坂に出て「2代 助広」(にだい すけひろ)に作刀技術を学んだ名工です。1675年(延宝3年)頃に助広の娘婿となって「津田」姓となり、その後、故郷に戻って鍛刀に励みました。
1682年(天和2年)、助広が没すると再び大坂へ来住。津田一門の後継者となります。助広の特長である「互の目乱」(ぐのめみだれ)や「濤瀾乱」(とうらんみだれ)といった刃文を施す技法を受け継ぎ、一門の繁栄を支えました。
近江守助直の作風は、おおむね助広に似ていますが、身幅がやや狭く、先反り気味。また、濤瀾乱において助広が得意とした「玉焼」(たまやき)が、ほぼ見られないなどの違いがあります。
没年は不詳ですが、1693年(元禄6年)以降の作例が見当たらず、これより遠くない時期に没したと推定されているのです。