アーカイブ ※この記事は2022年1月15日に発行されたものです。
金小札緋威(きんこざねひおどし)について、板橋区立郷土資料館で開催された企画展の例などを挙げながら紹介した記事です。名古屋刀剣ワールド学芸員の山田怜門の発言も掲載されています。
「誰もが金小札緋威(きんこざねひおどし)というものに一度はいやな思いをするのですよ」と言ったのは東京品川区の某寺の住職、故・鈴木憲雄さん。前号、前々号に出てきた故・名和弓雄さんの親戚に当たり、甲冑のコレクターとしても知られていた。
甲冑を多く扱う業者さんなら、この言葉がどういう甲冑を表しているか浮かびつつあるだろう。㈱紀の国屋の会長、故・千木良明氏は「このようなものが作られた背景に、近づく戦争の足音があり、戦意高揚と、愛国心啓発の狙いがあり、たくさん作られた」と語り、板橋区立郷土資料館で平成二十八年に開かれた「関谷弘道コレクション展」では、ギャラリートークを担当した日本甲冑武具研究保存会評議員の山田怜門氏がまさにその代表選手のような具足を前に、「見向きもされなくなった甲冑部品を集め、塗り直し、威直しを加え、もう一度生命を込めようとした。古いものは大切にしなくてはならない、という思いがある」と語った。つまり作られた時点で、ドナーから集められたフランケンシュタイン状態なのだ。
この企画展では「総選挙」と称して、何領かの具足を対象にアイドル調に人気投票を行った。その結果、この金小札緋威はかなり上位に。整形美系アイドルが天然美系アイドルを打ち負かした瞬間を、ベテラン愛好家たちがショックとともに見届けた企画だった。
金色は人の心をつかみ取るのだろうか。当組合員の川口博氏は、参考になりそうな興味深い現象を目にしている。中国からの観光客の買い物を観察していたところ、金のブランド時計と同型白金バージョンを、迷ったふりをしても心は既に金の方に行っており、もちろん金の時計を買う、との証言だった。問われるセンスよりも金の持つ威厳を優先するのだろうか。
同様、緋威の赤も人を魅了してやまない。
中世の絵巻物だろうと時代小説だろうと、緋威の甲冑は大活躍だ。金小札緋威の甲冑が全てフランケンシュタインかというと、それは大きく違う。半分がフランケンシュタイン、残り半分が華麗な宿命を背負って世に出た素晴らしいものと、金小札を残したまま絲の劣化で他の色に威し直されたものと。俺独自の統計だけどね。
フランケンシュタインの見破り方は絲を拡大してみれば難しいものではない。最小構成まで撚られているものを組合員の皆さんには仕入れてほしい。俺の下手くそな写真を使うのを躊躇していたところに中村隆司氏から、威し絲でなく柄巻の絲ではあるが素晴らしい写真の提供があった。絲の末尾を二種類比べれば一目瞭然だ。
この絲を氏は撚り絲と呼んでいるが、これに近い威し絲を甲冑関係者の一部は唐絲(からいと)と俗称で呼んでいる。赤以外の唐絲もあるのだが、今は在庫や身近な甲冑の錣(しころ)や袖の裾板の一段啄木畦目の下、二段か一段の菱縫の赤を見てほしい。摩滅により解れた一部に細い撚りを見つけたら、その鑑定はビンゴだ。そしてこの赤は紅花を使った染料を用い、時が経つにつれオレンジ色へと、さらには白っぽく変化を遂げる。袖の裏などを返してみれば、光の当たらない部分はトーンの強い赤のままだ。それゆえかどうか、緋威よりも紅絲威と記すケースも現在は多い。
山田氏の言葉の「見向きもされなくなった甲冑」は、ホラー映画のフランケンシュタイン博士の作った怪人のように孤独で切ない。だからと言って手を差し伸べる前に、もう一度ドライに見極めてほしいのだ。
刀剣界新聞提供