「地鉄」(じがね)の美しさに気付くことは、日本刀を鑑賞する上で、とても重要なポイントです。地鉄とは、「折り返し鍛錬」によって生じた、「鍛え肌」(きたえはだ)・「地肌」(じはだ)の模様のこと。「姿」(すがた)や「刃文」(はもん)とともに、その刀が作られた時代や流派を見分ける決め手となり、刀工の個性を楽しむことができる見どころです。日本刀の地鉄の見方について、詳しくご紹介しましょう。
日本刀の見どころ「地鉄」
地中
折り返し鍛錬や焼き入れにより、地鉄部分に現れた模様のことを「地中」(じちゅう)と言います。地中こそが地鉄の鑑賞ポイントと言っても過言ではないのです。
焼き入れをする際、刀身と「刃部」を分ける目的から、刀身全体に「焼刃土」(やきばつち)を厚く塗り、刃部には薄く塗って変化を持たせる、「土置き」を行ないます。
この焼刃土の厚さや量、素材にひそむ微妙な組成(そせい)の偏りにより、地鉄に模様が現れると考えられており、地鉄に刃文のような地中が入ることで、深みのある美しさを作り出すことができるのです。
しかし、地鉄に自然な形で見栄えのする変化を付けることは、大変難しい技術と言えます。絶妙な美しさを醸し出している地中の種類は6種類。ひとつずつ解説しましょう。
焼き入れの際、物理的変化によって地中に現れる筋状の働き。刃中に現れる金筋、稲妻と同じ。
地景
目に見える鉄粒子のこと。刃文に現れる物を「刃沸」(はにえ)、地鉄に現れる物を地沸と呼びますが、同質の物。
地沸
映り
地斑
刃縁から沸や匂が地中に流れ込むように連なり、激しく流動的な模様になった物。
湯走り
沸こぼれ
砂鉄を集めて作られる玉鋼から折り返し鍛錬された地鉄は、決して均質な物にはなりません。ひとつとして同じ物はなく、また時代や地域によっても異なってきます。
そのため、地鉄を見極めることは、その日本刀が作られた時代や地域、刀工の個性を見分ける、大切な手掛かりとなるのです。
地鉄の種類は、見た目が材木の切り口に似ていることから付けられた「板目肌」(いためはだ)、「柾目肌」(まさめはだ)、「杢目肌」(もくめはだ)、そして「綾杉肌」(あやすぎはだ)、「無地肌」(むじはだ)など、大きく5つ。さらに細かく分けると、その数は約20種類以上と言われています。
一様な肌目となることはほとんどなく、板目に柾目が交じるなど、複合で現れることが多く、以下は代表的な7種類です。
地鉄の種類
日本刀の材料は、玉鋼と呼ばれる物で、部分によって炭素の量が違います。
炭素量の少ない部分はやわらかく、多い部分は硬め。硬さに応じて選別するところから日本刀作りはスタートするのですが、素材を分けるのにも理由があります。
心鉄・皮鉄
やわらかい素材は、のちに日本刀の芯になる部分。「心鉄」(しんがね)に用いられます。やわらかいことで衝撃を吸収する役割を果たし、折れにくくなるのです。
一方、硬い素材は、「皮鉄」(かわがね)と呼ばれます。日本刀は心鉄を皮鉄で外側から包んで鍛造。異なる硬さの2つを組み合わせるこの「造込み」という技法によって、「折れず・曲がらず・よく切れる」日本刀が実現しました。
日本刀はただの武器ではなく、「柔軟」で「強靱」という2つの面を持ち合わせた不思議な武器なのです。
なお、心鉄と皮鉄の組み合わせを基本として、ここに棟側や刃側にも炭素量の異なる素材を足す方法などがあり、それらも含めてすべて造込みと呼ばれています。
異なる成分を絶妙なバランスで合わせる真の技が求められる仕事です。
折り返し鍛錬
日本刀の強靱さは、単に硬い鉄でできていることだけでは語れません。
「折り返し鍛錬」(鉄を熱して打ち延ばし、折り返して2枚に重ね、さらに打ち延ばす)を何度も繰り返すことによって、幾重にも層になり、それが日本刀の強さを生み出します。
例えば、皮鉄に15回ほど折り返し鍛錬を施すと、約33,000枚の層となりますが、回数が多ければ強くなるというわけではありません。この数字は、「刀鍛冶」という職人ならではの経験と勘によって導き出されるのです。
また、日本刀に木目模様ができるのも、この折り返し鍛錬によるもの。折り返し方や回数によって現れる模様も変化します。
刀匠は出来上がりを想定しながら作業を進めますが、日本刀として仕上がった際に最も適した炭素量になるよう、経験から得た感覚で回数を決めるため、折り返し鍛錬の回数は一定ではありません。
「刀鍛冶になるには」など、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。
世界中に様々な種類の日本刀がありますが、複数の素材を組み合わせたり、鉄を何度も折り畳んで鍛えたりする鍛造法は、世界の中でも日本刀だけ。
したがって、刀身に肌目があるのも、働きがあるのも日本刀ならではの特徴と言われています。
鉄は、少しの条件の違いで変化する難しい素材。そのため、刀匠達は、鉄の性質や状況に応じて、鉄の状態を感じ取る鋭い感性が求められるのです。
1振りの日本刀を作るにも、気の遠くなるような手間がかかっていることが分かります。
日本刀は地鉄で決まるとも言います。板目肌・柾目肌・杢目肌・綾杉肌・無地肌・梨子地肌・平地板目で鎬地柾目肌といった代表的な7種類の文様は、大別される物の、ひとつとして同じ物はありません。
複数の素材を用いることにより生み出される強さや美しさは、1振1振に宿っています。戦いの道具として生まれた日本刀。本来の役目はもとより、その美しい造形美は多くの人を魅了しているのです。刀工達の思いが込められた日本刀は、単なる美術品というカテゴリで括ることのできる物ではありません。刀工達が込めた魂に思いを馳せてみるのも良いでしょう。