大正・昭和生まれの刀剣・歴史小説家
早乙女貢
大正・昭和生まれの刀剣・歴史小説家
早乙女貢

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長編『会津士魂』で知られる早乙女貢(さおとめみつぐ)。曾祖父が会津藩士だった早乙女は、会津藩士で京都見廻組の剣客・佐々木只三郎を見いだすなど、生涯に亘って故郷の再興を描き続けました。

歴史の裏側を描く

明智光秀

明智光秀

早乙女貢は、歴史の敗者を描き続けた山本周五郎に師事しながら、講談社の雑誌『講談倶楽部』を中心とする、新人育成を目的とした「泉の会」に参加し、伊藤桂一や尾崎秀樹らが名を連ねた同人雑誌『小説会議』の創刊に携わります。

多彩な作品を執筆し、戦国武将を描いた長編では明智光秀=南光坊天海説を採った『明智光秀』、忍者物の長編では北条家に仕えた乱破(忍者)を描いた『風魔忍法帖 風魔小太郎』(連載時『風魔忍法帖』)などを発表します。

そして、直木三十五賞3度目の候補作『僑人の檻』(1968年『小説会議』掲載「野鶏路」をもとに書きおろし)で第60回直木賞を受賞。明治初頭の史実、横浜港に寄港したペルー船の奴隷問題(マリア・ルス号事件)を描きました。

会津藩の剣客・佐々木只三郎

竜馬を斬った男

竜馬を斬った男

明治100年を迎えた1968年、司馬遼太郎の長編小説『竜馬がゆく』がNHK大河ドラマ化されます。幕末への関心が高まる中で、会津藩藩士・佐々木只三郎の生涯を描いた短編史伝「陰の剣士佐々木只三郎」(1963 年『歴史読本』初出)をすでに発表していた早乙女は、短編集『竜馬を斬った男』(1970 年 東京文芸社)を出版します。

只三郎は、会津五流のひとつである神道精武流の使い手で、江戸で講武所の剣術師範も務めたとされる剣客です。新選組へ発展する浪士組を発案した庄内藩藩士・清河八郎を斬り、会津藩第9 代藩主・松平容保の配下で京都の反幕府派を取り締まる京都見廻組として坂本龍馬と中岡慎太郎を斬ったひとりとされています(近江屋事件)。

短編は単行本化から17年後、萩原健一主演で映画化され、早乙女本人も浪士役で出演したと言うエピソードもあります。

佐々木只三郎の愛刀を粟田口国綱に

短編「竜馬を斬った男」で早乙女は、只三郎の愛刀を粟田口国綱(山城国の刀工)の鍛えた日本刀(刀剣)として描きました。

会釈しただけで行こうとした清河も、只三郎に礼を尽くされて、そっけなくも出来ぬ。

「これは佐々木先生……」

と、檜編の陣笠の紐をはずし左手でとった。右手は鉄扇を握っていたのである。

軽く一揖(いちゆう)したとたん、只三郎の手の塗笠が飛んだ。

「覚悟!」

手錬の抜き討ち。粟田口国綱が、右肩から左胸乳の下まで一瞬に斬りさげていた。

「竜馬を斬った男」より

明治維新の賊軍となった会津藩の物語

会津士魂

会津士魂

曾祖父が会津藩士だった早乙女は、『会津士魂』(1971~1988年『歴史読本』連載)を執筆します。

架空の会津藩士・鮎川兵馬を主人公とし、藩主・松平容保が京都守護職に任命されてから、朝敵となり、鶴ヶ城(若松城)の開城(会津戦争)までを描きました。

17年に亘った作品は連載終了時、第23回吉川英治文学賞を受賞しました。

武を重んじる会津藩の精神

『会津士魂』には多くの会津藩士が登場します。

容保の京都守護職就任に反対した家老・西郷頼母、容保が日本刀(刀剣)・正宗を授けた指揮官・佐川官兵衛、槍で新政府軍に立ち向かった伊東道右衛門、少年組織・白虎隊や、薙刀で新政府軍に立ち向かった会津藩士の娘・中野竹子などの人生も記します。

彼・彼女らの行動には、武を重んじる合津藩の精神が流れていると早乙女は描きました。

容保は盃を与えていった。

「その志は壮なるも、たとえ万一のことがあろうとも、自重せよ。総督の身を忘れるでない」

容保が佐川官兵衛に期待するところは大きかった。それだけにかれを犬死にさせたくはなかったのだ。

容保は正宗の名刀を与えて励ましている。

『会津士魂』より

武士は、あくまでも武士である。士とは、政治(まつりごと)をなす者ではない。武を以って立つ者にほかならない。主の上に主があることを知れば、おのれの主を倒し、その上なる主に仕えんとする不羈(ふき)を企む者が出てくる。

そうした功利性が一切無いところに、頑ななほどの人間の至誠の美しさがあった。

『会津士魂』より

早乙女はその他に、松永久秀、水野勝成、北条早雲といった武将や、沖田総司、原田左之助と言った幕末の志士など、資料の少ない面々を取り上げた長編を残しました。その刀剣世界には歴史の裏側を描こうとする視線があります。

著者名:三宅顕人

早乙女貢

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