大正・昭和生まれの刀剣・歴史小説家
隆慶一郎
大正・昭和生まれの刀剣・歴史小説家
隆慶一郎

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『吉原御免状』で歴史小説・時代小説に新風を送り込んだ隆慶一郎(りゅうけいいちろう)。テレビ時代劇の脚本家だった時代には描けなかった、映像では表現しにくい独自の物語設定にこだわりました。

映画・テレビ時代劇から時代小説へ

吉原御免状

吉原御免状

隆慶一郎は、東京大学文学部仏文科卒業後、学生時代に師事していた文芸評論家・小林秀雄がかかわる創元社で働きました。

退職後、大学教員としてフランス語を教えたのち、脚本家となります。シナリオ作家協会賞を受賞した映画『にあんちゃん』、司馬遼太郎原作の映画『忍者秘帖 梟の城』『城取り』の脚本などを担当します。テレビ時代劇では、佐々木味津三原作『右門捕物帖』や池波正太郎原作『鬼平犯科帳』などの脚本を手がけました

師・小林秀雄が亡くなった翌年、隆61歳の年、『吉原御免状』(1984~1985年『週刊新潮』連載)を発表します。映画やテレビの虚構とは別の物を目指したと言います。第95回直木三十五賞の候補になりました。

武蔵の弟子VS裏柳生

『吉原御免状』の主人公は、宮本武蔵に育てられた肥後国の浪人剣士・松永誠一郎です。武蔵が亡くなり、遺言によって吉原を訪れた誠一郎は、吉原が持つ幕府存立にかかわる「神君ご免状」を狙う裏柳生との争いに巻き込まれていきます。

表柳生を率いる柳生宗冬は、裏柳生の独立を目論んだ剣客の実弟・義仙の剣を封じる剣技を、誠一郎に伝授します。

「なぜ私にその逆風の太刀を……」

「これだけではない。柳生家秘太刀の悉くを、そなたに伝える。わしはそのために来た」

驚くべき発言である。

「毎朝、同じ時刻。この芒原で……」

『吉原御免状』より

伝奇時代小説を発展

宗冬は無言で懐紙をくわえ、大刀の鞘を払った。垂直に立ててじっと見入る。正しく「鬼切の太刀」だった。その昔、源満仲が戸隠山中で鬼を斬ったと伝えられる名刀で、宗冬は若い時、父但馬守宗矩、兄十兵衛三厳と共に、江戸城中の御刀蔵で、この刀を見ている。匂うような沸えの見事さに、「ああ、欲しい!」と強烈に思った。その時の熱っぽい思いが、まざまざと蘇って来る。ぱちり。鞘におさめると、誠一郎の方に、同じく柄を先にして押しやった。

『吉原御免状』より

妖棋伝

妖棋伝

『吉原御免状』は、誠一郎の出生にかかわる愛刀・鬼切の太刀も重要な意味を持つ伝奇時代小説です。

隆は、白井喬二国枝史郎角田喜久雄五味康祐らを愛読していたと語ります。神君ご免状や裏柳生の設定には、豊臣秀次と徳川家康が記した跡継ぎ問題にかかわる密書を登場させた角田喜久雄の『妖棋伝』や、柳生一族が天皇の跡継ぎ問題にかかわる隠密として働く五味康祐の『柳生武芸帳』の影響が見られます。

そうした成果のうえに隆は、徳川家康、南光坊天海、吉原遊郭の惣名主・庄司甚右衛門、八百比丘尼などの出自にかかわる様々な伝奇的要素を盛り込み、江戸幕府以前、天皇を中心とした中世の世界観を描きました。

刀工・源清麿の弟子の物語

鬼麿斬人剣

鬼麿斬人剣

続いて隆は、刀工を主人公とした『鬼麿斬人剣』(1986~1987 年『週刊新潮』連載)を執筆します。戦前に吉川英治も取り上げた実在の刀工・源清麿(山浦環)が題材です。

江戸時代後期に活動した清麿は、四谷に住む名工の意から「四谷正宗」と称されるほどの腕を持っていました。その後、江戸を突如去り、萩で活動し、再び江戸に戻るも謎の自殺をするなどミステリアスなエピソードの多い人物です。

隆は主人公として、清麿の弟子で、山窩に育てられた捨て子・鬼麿を創作します。鬼麿は、師の遺言を受け、師が手を染めてしまった数打ち(量産)の日本刀(刀剣)を折る旅に出ます。道中、清麿に恨みを持つ伊賀同心に襲われるも、剣客でもある鬼麿は物ともせず、天皇に守られた武士不介入の京都の地・かやの里で、師匠が萩で活動に取り組んだ謎を探り当てます。

すべてはこのハガネにあった。このハガネを配合することによって、刃味も耐久度も旧に倍するような業物を作ることが出来るという可能性が、清麿に一切を棄てさせたのである。刀鍛冶の魂が、すべてに、この素晴らしい女人にも、自分の生命の危険にも優先したのである。

『鬼麿斬人剣』より

時代小説から少年漫画へ

一夢庵風流記

一夢庵風流記

隆はその後、戦国武将・前田慶次郎利益をかぶき者として描き、関白・秀吉にも信念を押し通す主人公として登場させた『一夢庵風流記』(1988~1989年『週刊読売』連載)で第2回柴田錬三郎賞を受賞します。同作は『花の慶次―雲のかなたに―』(1990~1993年『週刊少年ジャンプ』連載)として漫画化され、小中高生にも知られていきます。

映画やテレビの時代劇を経て隆が伝奇時代小説で描いた刀剣世界には、封建社会への抵抗が潜んでいます。

著者名:三宅顕人

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池波正太郎

池波正太郎
『鬼平犯科帳』『剣客商売』で知られる池波正太郎(いけなみしょうたろう)。もともと戯曲に力を入れていた池波の躍進はテレビ時代劇の発展と歩みを共にしています。池波は、出版したその代表作で在銘の日本刀(刀剣)を数多く登場させています。

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五味康祐

五味康祐
『柳生武芸帳』で知られる五味康祐(ごみやすすけ)。柳生家を中心に多彩な剣客像を生みだしました。柳生十兵衛三厳を公儀隠密(忍者)として描くなど、五味の多彩な着想はその後多くの後発作品に取り入れられています。

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早乙女貢

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長編『会津士魂』で知られる早乙女貢(さおとめみつぐ)。曾祖父が会津藩士だった早乙女は、会津藩士で京都見廻組の剣客・佐々木只三郎を見いだすなど、生涯に亘って故郷の再興を描き続けました。

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司馬遼太郎

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『竜馬がゆく』『燃えよ剣』などで知られる司馬遼太郎(しばりょうたろう)。司馬が独創的に描き出版された刀剣・歴史小説は、坂本竜馬像や新選組像はテレビ時代劇化を通して、教科書的な存在となっていきます。

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柴田錬三郎

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『眠狂四郎無頼控』でその名を知られる柴田錬三郎(しばたれんざぶろう)。剣豪作家を名乗った柴田は、戦前に育まれた歴史小説・時代小説の魅力を戦後に蘇らせた功労者です。

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津本陽

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短編「明治撃剣会」で当時珍しかった明治時代初頭を物語の舞台とし、時代小説に新風を送り込んだ津本陽(つもとよう)。剣道と抜刀道の有段を活かし、出版した刀剣・歴史小説で日本刀(刀剣)の立ち合いの描写にも新風を送り込みました。

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戸部新十郎

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『前田利家』を描いた戸部新十郎(とべしんじゅうろう)。生涯に亘って加賀前田家を描き続けた戸部は、前田家の日本刀(刀剣)の世界を教えてくれます。

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藤沢周平

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『蝉しぐれ』で知られる藤沢周平(ふじさわしゅうへい)。故郷・東北を舞台に繰り広げられる藤沢の時代小説では、日本刀(刀剣)は女性にかかわる物として描かれ、初期の作品から重要な要素となっています。

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山田風太郎

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忍法帖シリーズを生みだした山田風太郎(やまだふうたろう)。多種多様な忍法を描き続ける中で山田は、日本刀(刀剣)は柳生十兵衛を通して描きました。

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