明治30~40年代生まれの刀剣小説家

村上元三

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『源義経』を執筆した村上元三(むらかみげんぞう)。時代小説を禁止したGHQの占領政策後期、『佐々木小次郎』を描いた村上は、戦後の歴史小説・時代小説の扉を開きました。

長谷川伸門下初の直木三十五賞受賞作家

村上元三は、『サンデー毎日』の懸賞小説に応募した短編の時代小説が選外佳作となります。片岡千恵蔵の主演で映画化された同作をきっかけに、サンデー毎日の編集長・千葉亀雄の助言で作家を志し、長谷川伸門下に。長谷川の脚本の勉強会・二十六日会に参加し、長谷川門下の新人達や山手樹一郎山岡荘八らと小説の勉強会・十五日会(のち新鷹会)を創設。戯曲と小説の両方を執筆していきます。

そして、直木三十五賞の3度目の候補となった中編『上総風土記』(1940年『オール讀物』初出)で、長谷川門下初の直木賞作家(第12回)となったのです。

剣客を描いた戦後初の新聞連載小説

佐々木小次郎

佐々木小次郎

その後、村上は『佐々木小次郎』(1949~1950年『朝日新聞』連載)を執筆します。同年、新国劇の島田正吾主演で、村上が作・演出を担当した帝国劇場公演の戯曲をもとにしました。

『朝日新聞』の夕刊の復刊にあたり執筆され、戦後初の剣客を主人公とした新聞連載小説となり、連載終了時、映画初出演となった歌舞伎役者・大谷友右衞門(7代目)の主演で映画化もされました。

佐々木小次郎の悲恋の物語

村上は資料のほとんどない佐々木小次郎を、江州観音寺の城主・佐々木右衛門督義弼の忘れ形見としました。江州で佐々木家から剣客・富田勢源に預けられた小次郎は、勢源の故郷・越前で暮らす中で名家の恋人を得たものの、剣客として名を上げてから妻に迎えようと剣の修業にでます。

そして、熊野坐神社の川岸で剣技・つばめ返しを編み出し、やがて岸流(巌流)を創始するに至ります。豊前国で剣術師範として名を成し、何度もすれ違いの起きた恋人をようやく妻に迎えます。けれども、その名声から宮本武蔵に闘いを挑まれ、船島で命を落としました。

小次郎は、かっと両眼を見開き、右肩へ木太刀をふりあげて、まだ立っている。武蔵から頭上に一撃を加えられたれたとき、小次郎は、一瞬に知覚を失った。失った知覚の中での、最後の、そして、空しいつばめ返しであった。

『佐々木小次郎』より

小次郎の愛刀・備前長船長光

村上は、吉川英治が『宮本武蔵』で描いたのと同様に小次郎の愛刀を、鎌倉時代に備前国で興った備前長船派の刀工・長光の物としました。

「備前物か、その刀は」

「長光でございます。岡山にて手に入れました」

そういってから、小次郎の唇に苦笑いが浮んだ。

「人目につくように、という気持ちが、わたくしに、無いでもありませぬ。堺を出てから、わたくしも考え方が変りました。大坂で、丹波様にお小言を頂いたこと、今さら思い当ります」

『佐々木小次郎』より

源義経が見失った天叢雲剣

源義経

源義経

村上は続けて『源義経』(1951~1955年『朝日新聞』断続連載)を執筆します。源九郎義経が、遮那王の幼名で暮らす鞍馬寺の時代から、平宗盛を討ち取るまでを描きました。

『吾妻鏡』で描かれる平家滅亡となる壇ノ浦の戦いでは、皇位継承に必要な三種の神器のうち、天叢雲剣が海に沈みます。村上はこう描きました。

「主上のおん行方は、宝剣は」

いまの九郎は、味方の勝利をよろこぶ気持にはなれずにいる。

「まだか」

江の浦に引き上げた兵船に乗って、九郎は、また海上へ出て行きそうな様子であった。

「主上のおん行方を見失い、神器の一つだに欠けては、何んの面目あって都へ戻れようぞ」

『源義経』より

NHK大河ドラマ化

『源義経』は、尾上菊之助(のちの7代目・尾上菊五郎)の主演でNHK大河ドラマの第4作目となった年、連載が再開されます(1966年『週刊朝日』連載)。壇ノ浦の戦い以後、義経が兄・源頼朝に嫌われ、自刃するまでが描かれました。

村上は、戦後復興期に、佐々木小次郎、源義経という悲劇の剣士を好んで描きました。

著者名:三宅顕人

村上元三

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