明治30~40年代生まれの刀剣小説家

山手樹一郎

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『桃太郎侍』『遠山の金さん』を執筆した山手樹一郎(やまてきいちろう)。共にテレビ時代劇としてもよく知られる小説です。小説版『桃太郎侍』では刀剣・日本刀の存在が物語で重要な役割を果たします。

小野派一刀流の剣客・桃太郎侍

桃太郎侍

桃太郎侍

山手樹一郎は博文社の編集者の傍ら、同人雑誌『大衆文学』も創刊し、『サンデー毎日』大衆文芸賞への応募をきっかけに小説も執筆します。40歳の年、出版社を退社。作家を専業とし、土師清二(はじせいじ)の紹介で長谷川伸門下となりました。自身初の新聞連載小説『桃太郎侍』(1939~1940年『岡山合同新聞』連載)で、その名が広く知られていきます。

主人公は、江戸時代を生きる、姓は鬼退治・名は桃太郎と名乗る浪人です。小野派一刀流の腕前で、暴漢に襲われていたひとりの娘を偶然救ったことから、あるお家騒動のために一肌脱ぐことになります。

それは、桃太郎侍と瓜二つの讃州丸亀藩・若木家の若殿と入れ替わることでした。アンソニー・ホープの小説『ゼンダ城の虜』の影響が指摘されています。

己惚れる訳ではないが桃太郎侍、たとえ一流の剣士を揃えて来ても、滅多に負けようとは思わぬ。腕が互角なら、機智で勝つ。万一こっちより勝っていれば、度胸と気迫で、圧倒するのだ。生死を超越してしまえば、天下に恐れるものはなにもない。その恐れず、まどわざるの剣を無想剣という。一刀流の極意だ。

『桃太郎侍』より

桃太郎侍の護り刀・貞宗の脇差

桃太郎侍は最期を予感した闘いの前、桃太郎の心意気に惚れる義賊の伊之助に遺言とともに刀剣を託します。それは、双子だったゆえに、丸亀藩の家老・右田外記の手で密かに江戸に出され、乳母の千代に育てられた桃太郎と藩のつながりを示す貞宗の脇差でした。

負ければ、――無論命はない。その時の用意に右田外記に宛てた手紙を書いて、証拠の貞宗の脇差と一緒に伊之助にあずけた。手紙にはおのれの出生を明かにしてある。貞宗の脇差は、外記が自分を千代に託した折、せめてもの護り刀として、右田家重代の家宝の一つを添えてくれたのだという。

『桃太郎侍』より

船宿の用心棒・遠山の金さん

遠山の金さん

遠山の金さん

山手は続いて岡本綺堂が創始した「捕物帳」を執筆します。『遠山の金さん』(1948~1951年『小説の泉』他断続連載)、『江戸ざくら金四郎』(1955~1956年『小説倶楽部』連載)です。講談や歌舞伎で江戸の庶民の娯楽を守ろうとした町奉行として描かれる遠山金四郎景元をモデルに、その若き頃を描きました。

江戸時代後期、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の時代。旗本・遠山景晋の次男・景元は、父が江戸から長崎奉行として勤務中、体の弱い兄の家督を気遣って家出します。遊び人の金さんとなり、雨宿りで出会った船宿の娘の口利きで、宿の用心棒として居候になります。

娘と出会い、家には戻らないことを決意した金さんは、背中に桜吹雪の入れ墨を入れ始め、彫り上がると夫婦になる約束をしました。

『遠山の金さん』、『江戸ざくら金四郎』の連載時期、『桃太郎侍』が長谷川一夫や市川雷蔵(8代目)などの主演で映画化され、山手の名はさらに広まっていきます。

家光から拝領した家宝・備前長船兼光

舟宿の用心棒・金さんは、岡っ引きにも頼られ、町の事件を解決していきます。

村正や備前長船兼光など、刀剣・日本刀にからむ事件もあります。

番町に屋敷のある五百石取りの旗本市岡外記は、代々の家風として元旦には三代将軍から拝領した備前兼光の殿中差しをさして登城する吉例になっていた。

(中略)

その家宝の兼光が、来春は当主が家督をついで初の年賀登城という暮れに迫って、市岡家の手元を放れたまま取りもどせそうもない。この春、百両の質種として、飯田町中坂下の金貸し兵庫屋半兵衛の手にわたっているのだ。

「除夜の鐘」『遠山の金さん』より

山手は刀剣・日本刀を描くうえで、護り刀や拝領など、時代の風俗を描こうとしました。

著者名:三宅顕人

山手樹一郎

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