歌舞伎の名場面・見どころ
籠釣瓶花街酔醒
歌舞伎の名場面・見どころ
籠釣瓶花街酔醒

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歌舞伎演目の中から、名刀が物語のクライマックスを彩る「籠釣瓶花街酔醒」(かごつるべさとのえいざめ)の物語の概要と、名刀「籠釣瓶」(かごつるべ)の登場シーンの見どころをご紹介します。

吉原トップ花魁殺人事件!なぜ温厚なあの人が?

作者 三世・河竹新七(かわたけしんしち)
初演 1888年(明治21年)5月

「籠釣瓶花街酔醒」(かごつるべさとのえいざめ)は、通称「籠釣瓶」(かごつるべ)とも呼ばれ、現在も度々上演される歌舞伎の人気演目のひとつです。

江戸一番の格式と華やかさを誇る遊郭・吉原で、師走の夜に突如起こったセンセーショナルな殺人事件。実直で人柄も気前も良い上客であった野州(やしゅう:栃木県)の豪商・佐野次郎左衛門(さのじろうざえもん)が、吉原随一の人気を誇る美人花魁(おいらん)・八ツ橋(やつはし)を一刀のもとに斬り殺してしまいます。

その日本刀(刀剣)とは、伊勢の名工村正(むらまさ)作の名刀「籠釣瓶」。「籠釣瓶は、よく切れるなぁ」と感嘆の言葉を漏らす次郎左衛門の姿にゾクッとするクライマックス――。

なぜ、温厚な人柄で知られる次郎左衛門がそんな凶行に及んだのか?籠釣瓶花街酔醒は、そこに至るまでを全八幕(段)二十場でワイドショー的に追っていく、「世話物」の代表的な作品です。

「吉原百人斬り」を劇化

歌舞伎には、実際の事件を劇化した作品が多くあり、籠釣瓶花街酔醒もそのひとつ。江戸時代、享保年間に起こった野州の農民・佐野次郎左衛門が、江戸吉原の遊女をはじめ多くの人を殺傷した吉原百人斬りと呼ばれる事件がもととなっています。

悲劇の発端は花魁道中での見染め

八ツ橋

八ツ橋

序幕を飾るのは「吉原夜桜見染の場」。吉原のテーマソングで幕が開き、まばゆいばかりの華やかさを見事に再現した吉原仲之町が現れます。

そこへ、商用で初めて江戸に来たついでに、かねてより話に聞いた吉原中之町の夜桜の賑わいを田舎への土産話に一目見ようとやってきたのは、野州の絹商人・佐野次郎左衛門と下男の治六(じろく)。

お上りさんさながらの振る舞いに悪い客引きに付きまとわれるなどする中、運よく全盛の美人花魁・八ツ橋の花魁道中(おいらんどうちゅう)に出くわします。

八ツ橋のあまりに美しい姿態と自分に向けられた艶然(えんぜん)たる微笑みに、魂が抜けそうなほどに一目ぼれしてしまう次郎左衛門。

そして「宿へ帰るのがいやになった。」とつぶやいた彼は、その日以来、江戸に来るたびに八ツ橋のもとへと通うのです。

「佐野の大尽」と呼ばれ身請け話も進む

八ツ橋の馴染み客となった次郎左衛門は、金払いが良く、田舎者と思えぬスマートな遊びぶりに加えて温厚で実直な人柄から佐野の大尽(だいじん)と呼ばれ、吉原界隈でも評判の良い上客として知られるようになります。

そんな次郎左衛門のことを好ましく思う花魁や芸者も多い中、八ツ橋一筋の次郎左衛門。一方の八ツ橋も手厚くもてなし、周囲から見ると何とも羨ましいふたり。そして半年ほど経つと、八ツ橋を抱える遊女屋との間で身請け話が進むまでになっていました。

しかし、ここから歌舞伎に付きものの「実は…」の下りが始まり、最後には衝撃の「吉原トップ花魁殺人事件」が起こってしまうのです。

籠釣瓶花街酔醒における「実は…」

歌舞伎の作劇法は、時代物、世話物に限らず、世に知られた伝説や実話をベースにする一方で、それを「自由にアレンジする」ことが非常に大きな特徴。歌舞伎の脚本家(狂言作者)達は、「実は…」の下りが大好きです。

鮓屋の店員が実は平家の名の知れた武将だったり、敵が実は生き別れた兄弟だったり。歌舞伎の中でも屈指の立廻りが見られる演目として知られる「蘭平物狂」(らんぺいものぐるい)に至っては、実は…の連続攻撃を仕掛けられているかと思うほど、「えっ?そうなの?!」「まさか?!」という展開に観客は驚くばかり。

籠釣瓶花街酔醒も、いくつかの実は…が物語を彩る重要な役割を果たしています。それらが複雑に絡み合い、結果的に殺人事件へと発展してしまうのです。

突然の愛想尽かしの謎 名刀籠釣瓶の謎

師走の夜間、江戸・吉原で突如起こった吉原トップ花魁殺人事件。そこで使われた日本刀(刀剣)は、「水も溜まらぬ切れ味」と評判の名刀籠釣瓶。被害者は、当時の吉原随一の花魁・八ツ橋。犯人は、まもなく八ツ橋を身請けかと見られていた野州佐野の豪商・佐野次郎左衛門(さのじろうざえもん)。

この惨劇の発端となった八ツ橋の突然の愛想尽かしの謎など、事件の背景の押さえておきたいポイントをご紹介します。

満座を一瞬で凍り付かせた八ツ橋の愛想尽かし

籠釣瓶花街酔醒は、「伊勢音頭恋寝刃」(いせおんどこいのねたば)や「八幡祭小望月賑」(はちまんまつりよみやのにぎわい)などと並ぶ「縁切り物」の代表作です。歌舞伎の縁切り物には「出会い」(見染め)→「愛想尽かし」→「仕返し」(殺し)という一種の定型があり、中でも愛想尽かしが大きなポイント。

そうせざるを得ない事情があり、女性から心にもない冷たい態度を取るのが愛想尽かしで、そうとは知らぬ男の方は冷たい態度を真に受けて逆上し、惨劇へと走るというパターン。

籠釣瓶花街酔醒の八ツ橋も、関係者の間で身請け話が進み、次郎左衛門本人がいざ八ツ橋にその話をしようと意気込みやってきた満座(大勢がいる席)で、彼に愛想尽かしの言葉を言い放つのです。「あなたと口を利くたびに病が出る」「身請けは嫌だ」「今後一切私のところに来てくれるな」と。そのあまりの冷たい言いように、満座は唖然となり一瞬で凍り付きます。

男達に翻弄される八ツ橋の悲哀

八ツ橋が愛想尽かしを言い放ったのには、大きな理由がありました。

実は、八ツ橋は武家の出で、そのときからの恋人・繁山栄之丞(しげやまえいのじょう)がいたのです。栄之丞は浪人で、八ツ橋の仕送りで遊んで暮らす一般的には情けない男ですが、八ツ橋にとっては遊女になる前から情を交わし合った大切な人。しかし、ただ「恋人がいた」という設定だけなら、八ツ橋が次郎左衛門の身請けを断るのは同じでも、もう少し穏やかな着地点があったはず。

そこに事件のキーパーソンが登場します。昔、八ツ橋の父の中間(ちゅうげん:主人の身のまわりの雑務などをする人)を務めていた釣鐘権八(つりがねごんぱち)です。両親亡きあと、彼女の唯一の身寄りとして親代わりもしていますが、実はそれを恩に着せ、八ツ橋の関係者にも借金を重ねる遊び人。身請けによって金づるがなくなる危機感から、栄之丞に「八ツ橋が身請けを決めた」と嘘を吹き込みます。怒った栄之丞は八ツ橋に、「次郎左衛門に愛想尽かしをしなければ、こちらが縁を切る」と迫っていたのです。

きっぱりと愛想尽かしを言い終えたあと、「わたしゃつくづく嫌になりんした」と言い、座敷を出て行く八ツ橋。その姿は深く沈んでいます。目元が少し涙ぐんでいるようにも…。「次郎左衛門さんに辛い思いをさせて本当に申し訳ない」という思いとともに、周囲の思惑に翻弄される自分の身の上がつくづく嫌になったのかもしれません。そんなことも思わせる愛想尽かしの場面(縁切りの場)です。

「そりゃあ、あんまり袖なかろぉうぜ~」の名ゼリフ

一方の次郎左衛門。「そりゃあ、あんまり袖なかろぉうぜ~」で始まる名ゼリフが物語るように、「口を利くのも嫌でたまらないのなら、なぜそう最初に言ってくれなかったのか。良い気になっていた自分が情けない」と嘆き悲しみます。

しかも、吉原一の花魁を身請けする誇らしい自分を見てもらおうと、田舎の友人達を招いていたのですからたまりません。まさに面目丸つぶれ。また、お決まりと言ってしまえばそれまでですが、栄之丞がイケメンであるのに対し、次郎左衛門は父が人を殺めた因果からか、疱瘡によるあばた顔。それもあってか、田舎の友人達から「おおかたこんなことだろうと思っていた」と嘲笑を買う始末。

打ちひしがれる次郎左衛門ですが、精いっぱいの男気を見せます。申し訳なさでうろたえる吉原の面々を逆になだめ、「ひとまず国へ」と帰って行くのです。

しかし、悲劇はその4ヵ月後に起こります。

妖しく光る名刀籠釣瓶 斬られたあとの八ツ橋のポーズに注目!

佐野次郎左衛門

佐野次郎左衛門

吉原を再び訪れた次郎左衛門。「もう何とも思っていない」と言う彼に、安堵の表情を浮かべる吉原の関係者達。「謝りたい」と常々言っていた八ツ橋を呼びます。和やかな歓談ののち、八ツ橋と2人きりになった次郎左衛門。

わだかまりはすっかり解けたかに見えたそのとき、「この世の別れだ、飲んでくれ」と杯を出し、その言葉に驚き逃げようとする八ツ橋の裾を足で押さえ、名刀籠釣瓶で一太刀のもと八ツ橋を斬り殺すのです。「籠釣瓶は、よく切れるなぁ」と不気味に微笑む次郎左衛門。

実は、4ヵ月かけ身辺整理を終えた上での覚悟の凶行でした。ここに言いようのない切なさとゾクッとする怖さを感じずにはいられません。斬られたあとの八ツ橋の歌舞伎ならではの華麗なポーズにもぜひ注目を。

さて、絶頂から突き落とされた男のプライドを操ったのは、いわく付きの名刀籠釣瓶だったのかもしれません。抜かずに秘蔵していればその身に祟りはなし、しかし一度抜くと血を見ぬうちは納まらぬという妖刀。これは、伊勢の名工・村正(むらまさ)作の物。籠釣瓶とは、もともとは出火に備えて竹と紙でつくられた手桶型の非常用品です。乾くと箍(たが)がゆるんで外れる通常の桶と違い、水を溜めておく必要がなかったことから、「水も溜まらぬ切れ味」という意味で日本刀(刀剣)の名にもなりました。

ではなぜ、田舎商人がこんな名刀を持っているのか、こちらも疑問が膨らむところ。それはほとんど上演されない物語の前半に描かれています。流浪の旅の途中だった都築武助という武士が、ならず者に囲まれた次郎左衛門を助け、その縁で次郎左衛門の家に滞在するうちに病により亡くなります。武助から形見として次郎右衛門に贈られたのが、都築家の家宝籠釣瓶だったのです。

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