日本刀コラム

紋章における剣の意味
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一族の印として世襲される日本の「家紋」。西洋において同じ性質を持つのが「紋章」です。日本の家紋に比べ、西洋の紋章には剣や楯/盾(たて)のモチーフが多く用いられていることから、刀剣をはじめ、日本の歴史や家紋のファンなら西洋の紋章にも興味がわくのではないでしょうか。西洋における紋章の意味や種類について、剣をモチーフとした紋章を中心にご紹介します。また、日本の家紋との共通点や違いも見ていきましょう。

武具のモチーフが施される紋章の意味と目的

西洋における「紋章」の起源は、貴族が戦場で敵味方を区別する目的で楯/盾(たて)の表面に描いた図案という説が有力です。英語で紋章は「コート・オブ・アームズ」と呼ばれ、「衣に描いた武具」の意味。なお、1代限りの個人で用いるシンボルは「エンブレム」として紋章とは区別されており、一族で同じ系統の図柄を決めて継承しているシンボルのみが紋章と定義されるのです。

同じような図案を一族で引き継ぐのは日本の「家紋」と同じですが、実は大きく異なる性質も持ち合わせている西洋の紋章。日本と西洋を比較しながら、その性質について述べていきます。

日本の紋章「家紋」

家紋の歴史

家紋が施された網代車(あじろぐるま)

家紋が施された網代車(あじろぐるま)

日本の紋章である家紋の始まりは平安時代。公家が好みの図案を定め、持ち物を区別するために所有物に描いたのが起源とされています。

人目を引く車/牛車(ぎっしゃ/ぎゅうしゃ)の「網代車」(あじろぐるま)などに紋が付けられ披露されました。

源平合戦」が激しさを増した平安時代後期には武家にも家紋が伝わり、武家においては戦場で陣地を特定したり、敵味方の軍勢を認識したりする目印として用いられたのです。鎌倉時代中期には、ほとんどの武士が家紋を使うようになり、武家社会に家紋の文化が定着したと言われています。

江戸時代になると、家紋の目的は単なる識別にとどまらず、一門の格式や威厳を表すシンボルとなっていきました。さらに装飾的な価値も加わるようになり、着物や調度類に家紋をあしらったり、裕福な町人が歌舞伎役者や芸妓の紋を真似たりするなど、華やかな江戸文化を象徴する存在となったのです。

なお、全盛期には3,000種類近くもあったとされる家紋ですが、明治時代以降は使用される数が次第に減少。しかし、シンボルとしての日本の家紋は、近代以降も各家庭に伝統として残っています。また、集団の意味や結束を示す標章として企業や団体に受け継がれ、現代に至っているのです。

家紋の特徴

剣三つ葵

剣三つ葵

日本の紋章である家紋は、動植物をモチーフにしたデザインの多さが特徴。自然美を愛する日本文化の性質がよく表れた図案と言えます。

なかでも多く用いられている植物は、桐(きり)、藤、菊、蔦など。動物では、鷹や鷲の羽、雀や蝶などがモチーフとなっています。その他、扇や牛車の車輪など、身近な調度類が図案に盛り込まれることもありました。

公家、武家を問わず動植物のモチーフはよく用いられていますが、武家の家紋には幾何学的・象徴的な図案が多く、武田家の「四割菱」(よつわりびし)などはその代表的例です。

刀剣を使用した家紋としては、「宇喜多秀家」(うきたひでいえ)が用いた「剣片喰」(けんかたばみ)がよく知られています。生命力が強いことから「子孫繁栄」の意味を持つ「片喰」の葉に、武家をイメージした「」を組み合わせた家紋です。

また、徳川家で有名な「葵紋」(あおいもん)のひとつ「剣三つ葵」(けんみつあおい)や、「雲紋」(うんもん)の一種である「雲に剣」(くもにけん)など、自然物に刀剣などの武具を添える場合が多く見られます。

武将(大名)の家紋一覧武将(大名)の家紋一覧
有名武将や偉人の他、「主な江戸100藩(家紋イラスト)」に掲載している、各藩(最終藩主)が使用していた家紋を一覧で掲載しております。

西洋の紋章

紋章の歴史

紋章に似た図柄は、古代エジプトの「ツタンカーメン王」の墓にある壁画や、古代ギリシャの壺の絵などに見られるように、古くから用いられていました。それらが一個人のシンボルであったのか、また継承された紋章であったのか、正確なことは分かっていませんが、西洋における紋章のルーツだとされています。

紋章が制度として広く用いられるようになったのは、11世紀末頃に始まった「十字軍」の遠征が契機だという説が有力です。大規模な集団である騎士団にとって、移動や戦闘の際、他集団との識別は必要不可欠でした。そのため、騎士団ごとに色や形の異なる十字を楯やマントに描いたのです。

そののち、王や個々の騎士達もそれぞれ紋章を作るようになり、都市や大学においてもシンボルマークとして広く用いられるようになっていきました。

紋章の特徴

西洋における紋章は、日本の家紋と同じように世襲の性質を持っていますが、一方でまったく異なる特徴があります。それは、「同一の図案はひとりしか用いることができない」という点です。子や兄弟は、基本の紋章に少しずつ変化を加えて個人を識別する印として使用し、一族の長である父が亡くなると、長男が父の紋章を引き継ぎました。

また、西洋の紋章には複数のモチーフが図案化され、ルールに基づいた彩色が施されるのが特徴です。楯の塗り分けや動物の図柄のみのデザインが多かった初期の頃に比べ、王室などでは家系を象徴する花や王冠、武器や標語を盛り込むことが標準化されました。日本の家紋と比べても西洋の紋章は複雑な図案となっており、様々な意味が込められているのです。

紋章のモチーフが持つ意味を読み解く

紋章の構成要素

紋章は、楯を中央に配することを基本とし、周囲に剣や兜飾り、マントなど、多数の構成要素が加わるのが特徴的。ごく初期の頃の紋章では楯のみのシンプルな図案もありますが、王室の紋章などでは、ここでご紹介する要素がほぼすべて盛り込まれています。

紋章を形作るベースとも言える楯は、紋章が使われ始めた当初は実戦用の楯に近い形でした。ルネサンス以降は華やかな装飾が施されるようになり、そののち再びシンプルなスタイルに戻るというように、時代によって変化したのです。

剣のモチーフ

斜め十字の紋章

斜め十字の紋章

剣が紋章の中に描かれる際には、剣先の向きが上(chief:チーフ)、下(base:ベース)、向かって左(dexter:デキスター)、向かって右(sinister:シニスター)のいずれかを指定する必要がありました。

また、剣を斜め十字に組み合わせる形は、「斜め十字」(saltire:サルタイアー)と呼ばれ、「セント・ポール」(聖パウロ)を象徴する特別な図案でもあります。セント・ポール大聖堂を本拠とするロンドン司教区の紋章には、この交差剣が用いられているのです。

西洋の紋章学では、剣の鋒/切先(きっさき)が上を向いて交差している紋章は「いつでも一戦交える」の意味があり、下を向いていれば「戦いは終わった」ことを示唆しています。

剣以外のモチーフ

紋章各部分の名称

紋章各部分の名称

兜(ヘルメット)
紋章が用いられるようになってごく早い時期に、構成要素として加えられたのが(ヘルメット)です。当初は戦闘用の素朴な樽型の「バレル・ヘルメット」が図案化されていましたが、次第にヘルメットの描き分けによって位階が表現されるようになりました。

イングランドではエリザベス朝時代に、ヘルメットの種類を4つに限定。王や皇太子、貴族などが一目で区別できるように色と向きが定められました。支配領地継承や婚姻などにより家系が合体する場合には、ヘルメットの数が増えていきます。ドイツ系の紋章では、ヘルメットが10個以上並ぶケースも珍しくありません。

兜飾り(クレスト)
ひとりしか使用できないことが多い紋章図案の中で、兜飾り(クレスト)は親子・兄弟・従兄弟など一族で使用可能な要素です。実際の兜飾りは、戦場で遠くからでも指揮官を見分けるための指標でした。そののち、貴族の騎乗槍試合において、戦う騎士が何家の者なのか一目で分かるように、一族の目印として兜に付けるようになりました。

そのような経緯から、一族で同一のクレストを使うことができるようになった訳です。剣や羽根、犬や鷲などの動物や角などをモチーフに、多様で目を引く図案が数多く登場しました。

マント
ヘルメットの上部背面に配された布。ヘルメットが受ける熱を遮るために装着した「ヘルメットカバー」が由来だとされています。激戦をくぐり抜けた英雄の証として、ずたずたに裂けた状態が図案化され、リボンのように左右に大きく広がって描かれているのが特徴です。
クラウン・飾り物
王や貴族であることを示す冠(クラウン)。楯の上部に直接描かれたり、ヘルメットの上、あるいは下に配置されたりします。紋章に登場する冠はすべて、実物を忠実に模写した図柄が用いられました。冠に施される飾り物も、王族や貴族の階位によって種類や数が厳密に定められており、冠を見れば王や皇太子、公爵以下の貴族が一目で分かるようになっています。
サポーター
紋章の楯を両側から支える人物や動物。動物の場合はライオンや鷲が代表的なモチーフですが、ユニコーンやドラゴンといった伝説の生き物が、その国や土地、人物に縁のある動物として用いられることもあります。
台座(コンパートメント)
紋章の最下部にあたる部分。楯やサポーターを支えるように、木製や金属製の台や盛り土などが配されます。家系のシンボルとなる花木が添えられたり、細かな細工が施されたりするのも特徴です。
標語(モットー)
一族の家訓や王国の信条となる言葉。巻物や金属プレートのような形状をした「スクロール」と呼ばれる部分に刻まれます。モットーの多くはラテン語で書かれていますが、自国の言語で書かれることもありました。

紋章のデザインルール

紋章には、デザインや色使いなどに厳密かつ詳細なルールが存在します。これは、西洋において紋章が、一族の印であると同時に個人の物であったことが理由。様々な決まりを作ることで、紋章の重複を防いだのです。

ヨーロッパでは、紋章の普及に伴って紋章を統括・管理する役職「紋章官」が登場し、業務を組織的に行う「紋章院」(もんしょういん)が設立されました。紋章の衰退と共に紋章院は閉鎖されていきましたが、イギリスでは紋章の系譜を守り、王室の儀式を司る王直属の機関として紋章院が現存しています。

次にご紹介するのは、紋章に関して最も厳密に守られてきた2つのルールです。

同じ紋章は禁止
「同一国内あるいは領内において、同じ紋章を使用してはならない」という意味。子や兄弟の場合には、父親の紋章に変化を加えて新しい紋章が作られました。

例えば、図形や色を変える、地模様を加えたり線形を変えたりする、「ケイデンシー・マーク」を加える、などです。ケイデンシー・マークとは、16世紀のイングランドで生み出された、長男以下の子を区別する印。長男は「レイブル」(しめ縄を表す櫛の歯のような形)、次男は「クレッセント」(三日月)というように、順番に定められたマークを小さく添えて紋章とします。

この他、紋章の図案を分割したり、組み合わせたりする際の細かなルールも存在。婚姻や領地獲得の場合に紋章を継承・合体する必要があったからです。

色の指定と配色制限
金属色同士、原色同士は重ねて使用できないルール。紋章で使用される色は、金属色(金・銀)、原色(赤・青・黒・緑・紫・橙・深紅)、毛皮模様(白テンの毛皮などに由来する数種の色違い)が指定されており、これ以外の色は使えない決まりがあります。その上で、金属色同士、原色同士の配色制限を厳守。例えば「銀地の上に金色の動物」、「黒地に緑の植物」は認められません。

また、王や貴族の階級を示すための色の使用制限も存在。紋章の構成要素のひとつであるマントの例では、「王と皇太子:金色と毛皮模様」、「貴族:原色と毛皮模様」、「それ以外:毛皮模様は使用不可」といった具合です。

紋章のモチーフの種類と意味

紋章の中心である楯は、「分割図形」、「幾何学的図形」、「具象図形」(ぐしょうずけい)の3種類の図形によって形作られます。

分割図形は、縦・横・斜めに分割して塗り分ける楯の地の部分。幾何学的図形は、楯の地の上に置かれる十字や斜めラインの図形のことで「オーディナリー」と呼ばれます。本家のオリジナル紋章を作成する際のオーディナリーとは別に、分家の紋章などを作成する際に使用する「サブオーディナリー」などを含めると、種類は非常に豊富です。具象図形は「チャージ」と言い、分割図形、幾何学的図形の上に描かれる動植物や武器など様々な図柄のこと。

紋章で最も多く用いられている有名なチャージは次の3つです。

剣を象徴するモチーフ「フラ・ダ・リ」

フラ・ダ・リ

フラ・ダ・リ

モデルとされるユリの花は、聖母マリアの慈愛と純潔のシンボル。キリスト教信仰に深くかかわるモチーフとして紋章に用いられました。また、アヤメ属のアイリスという花を様式化したという説も有力です。

葉の細く長い形状が剣に似ていることから「剣を象徴する花」としてフランス王国が紋章に採用したと言われています。「フラ・ダ・リ」は主にフランスで多く用いられました。

イギリスの紋章に多い「ライオン」

ライオンは百獣の王と呼ばれていることから、強さと権威の象徴として古くから各地の王や貴族に好まれたモチーフです。イングランドで初めて紋章に使ったのは、12世紀にイングランド国王の娘と結婚したフランスの有力貴族「アンジュー伯ジョフロワ4世」。6頭の金のライオンをチャージに採用しました。

さらに、アンジュー伯ジョフロワ4世の長男「ヘンリー2世」がイングランド王として紋章にライオンを用い、息子の「リチャード1世」がライオンを3頭に増やし、現在のイギリス王室の紋章に引き継がれたと言われています。

ドイツの紋章に多い「鷲」

鷲も強さを示す鳥として好まれたモチーフです。神聖ローマ皇帝が紋章に採用したことからはじまり、ドイツ、オーストリア、帝政ロシアなどで頻繁に用いられました。分断からの統一を意味する双頭の姿や、翼のみのモチーフなど、図柄にバリエーションが多いのも特徴。国家の様々な変遷を経て、現在でもドイツの国章には鷲が継承されています。

剣をモチーフとした紋章の実例

紋章には詳細なルールや種類があり、日本の家紋とは大きく異なる面を持っていることが分かってきました。最後に剣をモチーフにした紋章について、いくつかの実例やエピソードをご紹介します。

「ジャンヌ・ダルク」に贈られたフラ・ダ・リ

ジャンヌ・ダルクの紋章

ジャンヌ・ダルクの紋章

「ジャンヌ・ダルク」は、イングランドとの「百年戦争」でフランス軍に勝利をもたらした女性として有名。

フランスの王「シャルル7世」はその功績を称え、王家のシンボルであったフラ・ダ・リを用いた紋章を、ジャンヌ・ダルクの家族に贈りました。

青地の楯の中央に上向きの剣。その両脇にはフラ・ダ・リが置かれ、剣先にはフランス王冠が描かれています。ジャンヌ・ダルクの働きにより、王位と国が守られたことを表現しているのです。

「ウィリアム・シェイクスピア」の紋章

イングランドの劇作家「ウィリアム・シェイクスピア」の紋章も有名。楯の図形に槍(スピア)が描かれています。ウィリアム・シェイクスピア自身が紋章を考案し、父親が紋章院に申請したと言われ、スクロールに記されたモットーは「Non sanz droict」(権利なからざるべし)。「シェイクスピア」だから「スピア」を選んだと言う説もあり、これらのエピソードからも独特のユーモアや名誉に対する懐疑的精神を読み取ることができます。

「エドワード黒太子」が父から継承した紋章

「エドワード黒太子」(えどわーどこくたいし)は、14世紀のイングランドの王族。父の「エドワード3世」は、フランスと領地を巡って対立した際、領土の所有と王位継承権を主張して自らの紋章にフランス王家の紋章であるフラ・ダ・リを分割配置しました。楯を4分割し、フラ・ダ・リとライオンを2ヵ所ずつ配置した図形です。エドワード黒太子もその紋章を継承し、楯とクレストの部分に長男の印であるレイブルが追加された図案となっています。イングランドはフランスに敗れて大陸進出の野望は絶たれましたが、この紋章はそのあともしばらく使用されました。

シティ・オブ・ロンドンの紋章

シティ・オブ・ロンドンの紋章(London Bridge)

シティ・オブ・ロンドンの紋章
(London Bridge)

ロンドンの紋章に描かれる図形は「セント・ジョージの十字」と「セント・ポールの剣」。剣はセント・ポールこと聖パウロの殉教に使われたとされており、キリスト教への愛と忠誠を象徴しています。

「セント・ジョージ」はドラゴン退治の伝説を持つ聖人。楯を支えるサポーターにライオンが描かれることの多いイギリスですが、この紋章のサポーターはドラゴンであり、クレストにもドラゴンの翼が施されています。

マイセン磁器の商標の由来となった紋章

交差剣が聖パウロを象徴する図案であることは、紋章の構成要素でご紹介しましたが、この交差剣を紋章に用いていた王もいました。17世紀末から18世紀にかけてポーランド王やザクセン選帝侯として在位した「フリードリヒ・アウグスト王」です。紋章には、騎乗した兵士が剣を高く掲げる横向きの図案と共に、交差する剣が描かれています。

フリードリヒ・アウグスト王は、マイセン磁器の商業化と発展を推進した人物です。マイセンの商標として有名な交差剣のマークは、このフリードリヒ・アウグスト王によって指定されたと伝えられています。

まとめ

西洋において、紋章は一族を証明する証であると同時に、個人にとって唯一無二のシンボルでした。一族で同様の図柄を継承していく性質を持つ標章は、世界的に見ても日本の家紋と西洋の紋章のみ。様々な種類や厳密で詳細なルールがあり、ヨーロッパでは紋章の分類や系譜を探る紋章学の研究分野もあるほどです。

現代のヨーロッパにおいても、都市や大学の標章、サッカーチームや車のエンブレムなどに、古の王や国家の紋章を由来とするモチーフがたくさん残されています。興味を持って探してみると、きっと新たな発見があるでしょう。

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