歌舞伎の名場面・見どころ
毛抜(雷神不動北山桜)
歌舞伎の名場面・見どころ
毛抜(雷神不動北山桜)

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歌舞伎演目の中から、「日本刀を持った見得(みえ)」が見どころの通称「毛抜」(けぬき)―本外題「雷神不動北山桜」(なるかみふどうきたやまざくら)の物語の概要と、見どころについてご紹介します。

名探偵の推理が冴えるお家騒動物語

作者 安田蛙文(やすだあぶん)、中田万助(なかたまんすけ)
初演 1742年(寛保2年)1月

毛抜は本外題(正式な題)を雷神不動北山桜と言い、全5幕の3幕目が独立した物で、「歌舞伎十八番」(かぶきじゅうはちばん)のひとつ。物語の重要な小道具である毛抜が、通称名となっています。

主人公・粂寺弾正(くめでらだんじょう)が名推理を働かせ、公家の姫を奇病にかけた陰謀を暴くという、非常にスリリングな物語です。

歌舞伎十八番とは?

得意なことをよく十八番(おはこ)と呼びますが、その語源は歌舞伎十八番から来ています。歌舞伎十八番とは、江戸時代後期に活躍した七代目市川團十郎(いちかわだんじゅうろう:1791~1859年)が、初代から四代目までの團十郎がそれぞれ初めて演じ、かつ得意にした演目17と自身の「勧進帳」を加えた計18の演目を、1832年に團十郎家のお家芸として制定した物です。

代々の団十郎は荒事(あらごと)芸を最も得意としたことにより、歌舞伎十八番はほとんどが荒事です。また、もともと荒事芸は演目における一場面の見せ場。

しかしこれが観客に強烈なインパクトを与え人気を博したため、最初に作られた作品全体ではなく、その場面だけでひとつの演目として成立するようになり、歌舞伎十八番はもともとの作品(本外題)の一部を独立させた演目がほとんどです。毛抜もそのひとつで、本外題である雷神不動北山桜からは、「鳴神」(なるかみ)、「不動」(ふどう)の場面も歌舞伎十八番として選ばれています。

荒事とは

荒事は「荒武者事」(あらむしゃごと)の略で、江戸時代の元禄期に初代市川團十郎によって創作された、荒々しく豪快な歌舞伎の演技のことです。誇張された扮装、派手な隈取(くまどり=歌舞伎独特の化粧法)、大きく目を見開くポーズが特徴です。荒武者事ゆえ、刀剣類が登場する場面も数多く、最大の見せ場として「日本刀を持った見得」が行なわれることが度々あります。

この荒事の力強さや大らかさは、武士の気風が色濃くあった江戸のまちの風俗に合い、荒事は江戸を中心に発展しました。

一方、江戸の荒事に対比して、上方で「和事」という演技スタイルが誕生しました。女性的でやわらかい芸風が特徴で、同じく元禄期に初代坂田藤十郎によって完成したと言われています。

小野小町の子孫「小野家」が舞台

さて、毛抜の時代設定は平安時代。舞台は平安時代前期の女流歌人で六歌仙の1人としてよく知られる、「小野小町」(おののこまち)の子孫の小野家です。

もちろんこれはフィクションですが、小野小町にまつわる物が登場し、「こういうこともあるかもしれない」とすんなり入れる上手い設定が施されています。

この名家小野家で、家宝の短冊「ことわりやの短冊」が盗まれた上に、小野家のお姫様も原因不明の病気に。しかし、この出来事の陰にはある悪だくみがあり、それを姫の婚約者の家来・粂寺弾正がシャーロックホームズさながらの見事な推理によって暴き、難事件を解決する物語です。謎解きのきっかけとなったのが、毛抜。

そう、髭を抜いたりする道具です。毛抜が勝手に動くミステリーからあることに気付いた弾正は、槍で天井を突きます。弾正は、なぜ槍で天井を突いたのでしょうか?

毛抜が躍る場面で見せる日本刀(刀剣)を持った見得の連続

毛抜

毛抜

ときは平安時代、小野小町の子孫「小野家」に持ち上がる2つの難題。お家の家宝「ことわりの短冊」の紛失と、姫の錦の前(にしきのまえ)が奇病に取り付かれてしまったことです。錦の前は文屋豊秀(ぶんやのとよひで)と婚約中でしたが、その奇病ゆえに結婚を延期せざるを得ない状況に。そこへ颯爽と現れる救世主が、文屋豊秀の家臣である粂寺弾正(くめでらだんじょう)。この物語の主人公です。彼が、「毛抜」がかってに踊るかのように動く様子から、姫の奇病の謎を解きます。

この謎解きもさることながら、毛抜が躍るときに弾正が見せる「日本刀を持った見得」の連続が大きな見どころです。

お家騒動の勃発

朝廷から「雨乞いの儀式を行なうのに、小野家家宝のことわりやの短冊を貸してほしい。」と依頼があります。しかしこの短冊は、天下を狙う叛逆者と通じて小野家の乗っ取りを画策する家老の八剣玄蕃(やつるぎげんば)により盗まれており、その罪は嫡男・春風(はるかぜ)ともう一人の家老・秦民部(はたみんぶ)になすり付けられ、2人が自害するしないでもめています。忠義一途な民部が、同僚の玄蕃から日毎プレッシャーを受ける様子も舞台を面白くしています。

名探偵の登場

そこへ来訪したのが、小野家の錦の前の婚約者・文屋豊秀の家臣の粂寺弾正。縁談が姫の病気を理由になかなか進まないことから様子を見に来たのです。

姫は、長く美しい髪が何かの化身のように逆立つ、原因不明の病気を患っていました。玄蕃が「あのごとくあさましい姫君を嫁に出しては両家のおためにならぬ。」と、頑固に言い張ります。そのとき、弾正があることに気付きます。姫は頭に薄衣(うすぎぬ)をかぶっているときは髪が逆立たないのです。

そこへ、小姓として小野家に仕える民部の弟で美男子の秀太郎(ひでたろう)が煙草盆を持ってやってきます。その秀太郎に言い寄るかのように近づく弾正。さらには美女の腰元がお茶を持ってくると、こちらも口説き始めます。

実はこの弾正、豪快な強さに知性もあわせ持っていますが、色好みな面もある憎めない人物なのです。

小刀も毛抜きも鉄でできている?

2人に振られ退屈した弾正は、毛抜を取り出し髭を抜き始めます。すると摩訶不思議なことが。床の上に置いた毛抜が躍り始めたのです。

弾正が思わず驚き、日本刀(刀剣)を持っていろいろな見得や表情を見せるのが、この場面の大きな見どころです。弾正は、試しに銀のキセルを床に置きますが動きません。次に小柄(こづか:日本刀に付属する小刀)を出すと、これまた動きます。

このことから、「小刀も毛抜きも鉄でできている」と閃いた弾正。そこへ男が押しかけて来て、物語はことわりやの短冊が盗まれた真相がまず暴かれます。それを暴いた弾正は、「元禄見得」を決め、毛抜が動く謎解きを披露し始めるのです。

元禄見得とは、右手を水平に伸ばし、左手はひじを曲げて上にかざし、同時に左足を大きく踏み出して力強さを出す見得です。元禄見得は、演目「暫」(しばらく)の鎌倉権五郎(かまくらごんごろう)のものがよく知られていますが、弾正のものも見ごたえたっぷりです。

毛抜きが躍る真相。それは姫の奇病を解き明かす鍵に

忍を槍で捕まえる場面

忍を槍で捕まえる場面

毛抜が躍る謎は、弾正がおもむろに槍で天井を突いたことから、皆の目にもその真相が分かります。磁石を持った忍びの者が、天井から落ちてきたのです。そう、毛抜も小刀も磁石によって踊っていたのです。忍びの者を槍で捕まえる弾正。

最後に、姫の奇病の真相も明かされます。姫が髪に着けていた鉄製の髪飾りに磁石が反応し、髪が吸い上げられ、逆立っていた訳です。それを企てた張本人の玄蕃は、おのれの悪事がばれては大変と忍びの者を斬り殺してしまいます。

「短冊は出る、姫のご病気は治る、家は丸く収まってあなたは無事。」と皮肉る弾正も見どころです。小野家の主人・春道は、小野家の大事な日本刀(刀剣)を婚約成立の引出物として渡すよう玄蕃に預け、それを渡そうとした玄蕃を「御祝儀に」と一刀のもとに斬ります。黒幕を成敗した弾正は、これで役目が済んだと引出物の日本刀(刀剣)を持ち、花道から意気ようようと帰っていきます。

江戸時代に磁石を使ったミステリー物があったという驚きも、この毛抜を楽しむひとつかもしれません。

毛抜(雷神不動北山桜)

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