歌舞伎の名場面・見どころ
蘭平物狂(倭仮名在原系図)
歌舞伎の名場面・見どころ
蘭平物狂(倭仮名在原系図)

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立廻りが見どころのひとつになっている歌舞伎演目の中から、「蘭平物狂」(らんぺいものぐるい)―本外題「倭仮名在原系図」(やまとがなありわらけいず)の題材となった出来事と物語の概要、さらに立廻りの見どころについてご紹介します。

スパイ映画さながらのどんでん返しと大掛かりな立廻りが魅力

作者 浅田一鳥(あさだいっちょう)・浪岡鯨児(なみおかげいじ)・並木素柳(なみきそりゅう)らの合作
初演 1753年(宝暦3年)正月

蘭平物狂は、本外題(正式な題)を倭仮名在原系図と言い、全5段ありますが、4段目の「行平館」と「奥庭」の二場だけが今に伝わっており、現在それらの通称である蘭平物狂をタイトルとして上演されることが多い演目です。

この演目の最大の魅力は、登場人物の素性や思惑が「実はこうだった」と次々明らかになるも、実はそれさえも偽りで、どんでん返しのあとにまたどんでん返しが待っているところ。

また、終盤には息をのむばかりの大掛かりな立廻りが展開され、ある意味「歌舞伎版スパイ映画」とも言える魅力あふれる演目です。

在原行平の恋と皇位継承争いが物語の背景

本外題の倭仮名在原系図から分かるように、「在原」(ありわら)という人物が登場します。在原とくれば、平安時代の歌人で小野小町と並称される六歌仙の一人・在原業平(ありわらのなりひら)を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、この在原は業平の兄、在原行平(ありわらのゆきひら)のことです。

同じく貴族で歌人ですが、浮名を流していた業平とは異なり、中央の要職や地方の国守(こくしゅ)などを歴任し、子弟教育のために奨学院(しょうがくいん=平安時代の大学寮)を創立するなど、有能な官僚だったと言われています。

しかし、この倭仮名在原系図では、歌舞伎独特の大胆な脚色が当然のごとく行なわれており、行平が須磨に流されていたときの松風・村雨(むらさめ)姉妹との恋物語に、惟喬(これたか)・惟仁(これひと)両親王の皇位継承争いをからめて脚色。4段目の蘭平物狂は、その後日談です。

物語の概要

蘭平物狂

蘭平物狂

では、現在の上演で観ることができる蘭平物狂の大まかな流れをご紹介します。

左遷先の須磨から都に呼び戻された在原行平。
しかし、残してきた恋人・松風のことが忘れられず、恋煩いの日々を送ります。そんな夫を案じた奥方が、行平の下郎・蘭平(らんぺい)に松風に似た女を連れてくるように命じます。蘭平が探し連れてきたのは、与茂作(よもさく)の女房・おりく。まさに思い人そっくりで行平は大喜び。

そんな中、曲者が逃げたと言う知らせが。行平が追手に差し向けたのは、まだ子どもながらも武術に秀でた蘭平の息子・繁蔵(しげぞう)。蘭平は息子の身が心配で、行平が何を命じても上の空。それに業を煮やした行平が日本刀を突き付けると、とたんに蘭平の挙動がおかしくなります。

実は蘭平は、刃物を見ると急に精神が異常になる奇病持ちで、優秀ながら下郎に甘んじているのはそのため。狂乱して舞う蘭平の「物狂いの踊り」が前半の大きな見せ場です。

一方、蘭平の息子・繁蔵は見事に曲者の首を取り、武士に取り立てられることになります。ここから物語は急展開。突如、おりくの夫・与茂作が行平に切りかかります。実は与茂作は行平に滅ぼされた伴実澄(ばんのさねずみ)の遺子・義澄(よしずみ)で、夫婦で行平暗殺の機会を狙っていたのです。この仇討ちはあえなく失敗に終わりますが、蘭平は与茂作の持つ名剣「天国」(てるくに)を見て、生き別れの弟だと気付きます。またまた「実は…」の始まりです。

実は蘭平は義澄の兄・伴義雄(ばんのよしお)で、親の恨みを晴らすため、奇病を装って行平に近づいていたのです。そして、兄弟で父の仇の行平を討とうと誓うのですが、ところがところが…。さらに最後に、最も強烈な大どんでん返しが待っているという筋書き。ここからは、演目の最大の見せ場である大立廻りとなります。

どんでん返しの連続とスリル満点の立廻りが魅力の演目

親の仇を討つために、敵を欺(あざむ)いていた蘭平(らんぺい)。しかし、一番欺かれていたのは、実はその蘭平だった―。そんな大どんでん返しの筋書きを、アクロバティックかつダイナミックな立廻りが引き立てる蘭平物狂。

この立廻りは、二代目尾上松緑(おのえしょうろく=1913年-1989年)と名立師・坂東八重之助(ばんどうやえのすけ=1909年-1987年)によって創作された物。まさに必見の名場面です。

華麗な大道具を背景に、出演者一同で繰り広げる大立廻り

花四天との大立廻り

花四天との大立廻り

日本刀を見ると狂ったようになるという奇病の持ち主・蘭平は、実は現在の主人・在原行平(ゆきひら)に滅ぼされた伴野実澄(ばんのさねずみ)の遺子・義雄(よしお)で、奇病は行平を欺くためのもの。

そんな中、同じく行平を親の敵として身を変えて新たに潜入してきた与茂作(よもさく)が、実は生き別れの弟・義澄(よしずみ)だったと知る蘭平。

そして「いざ、兄弟で親の仇を討たん」と、奥庭の井戸館での大立廻りへと展開していきます。舞台いっぱいに青竹の梯子(はしご)を持った「花四天」(はなよてん)と呼ばれる捕り手(行平の家来)達が現れ、蘭平をからめ捕ろうとします。

ここから蘭平と捕り手達との大格闘へと突入し、彼らが次々と「とんぼ」(宙返り)を切るアクロバティックな動きの連続は、思わず客席から大きな歓声が幾度も上がる楽しさ満載のシーン。刺股(さすまた)、突棒(つくぼう)、袖搦(そでがらみ)と言う道具を持った捕り手も登場。クライマックスは花道(はなみち)に立てられた大きな梯子の上でのシーンです。

新年の出初め式(でぞめしき)の梯子乗りさながらに、頂上に上がった捕り手の一人が逆さになって開脚するかと思うと、蘭平もはしごに上り日本刀を持って見得(みえ)を切る中、何とそのまま梯子が倒れていきます。蘭平を乗せたまま舞台に運ばれた梯子は、捕り手達によってぐるっと回され、蘭平はその上で1回転。蘭平に斬られた捕り手達が、屋根から石灯籠へ、そこから地面へととんぼを繰り返す二丁返りも印象的。まさに歌舞伎ならではのスペクタクルな舞台に息をのむばかりです。

華麗な大道具を背景に、出演者一同で繰り広げる大立廻り

「あれ、待てよ」と思った方も多いかもしれませんね。「兄弟での仇討ちのはずが、義澄こと与茂作は?」と。そう、ここに大どんでん返しが。蘭平こと義雄が、弟・義澄だと思い込んだ与茂作は、実は蘭平の正体を暴くよう密命を帯びていた大江音人(おおえのおとんど)だったのです。蘭平が大勢の捕り手を相手にしている中、行平は妻と与茂作夫婦を連れて現れ、すべてはお宝詮議のための偽りだったと明かします。

結局、一番騙されていたのは蘭平だった訳ですが、そこへ行平の命を受け、捕り手として向かってきたのは息子の繁蔵。親子の愛と主への忠義、そしてその主は実は親の仇という複雑な関係性が交錯する中、激しく戦う蘭平と繁蔵。結果、どう転がるのか―。

この先は、実際の観劇でのお楽しみとしましょう。

四天にも注目

名前の付く役柄ではないものの、蘭平物狂の立廻りで重要な役どころと言える花四天達。「よてん」と読む「四天」は、歌舞伎の衣装用語です。広袖で裾の左右が切れ込んでいる着物で、基本は裾を短くして着ます。

四天には、「伊達四天」(だてよてん)、「花四天」、「黒四天」「忍び四天」、「鱗四天」(うろこよてん)など様々な種類がありますが、動きの激しい武勇を表す役で用いられます。その中で花四天は牡丹や菊の花模様がある物で、赤い鉢巻きと襷(たすき)をし、手に花の枝か花槍を持っているのが基本スタイル。華やかな所作事や時代物に出る軍兵や捕り手が着ることが多く、そこから転じて軍兵や捕り手などの役柄そのものを花四天と呼ぶようになっています。

数々の技と衣装が相乗効果を発揮し、より華やかさのある立廻りになっているところにもぜひ注目して楽しみましょう。

蘭平物狂(倭仮名在原系図)

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