日本刀コラム

かっこいい名前の日本刀ランキング

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かつて、有名な武将や大名、武士といった歴史上の実力者達は、名刀と呼ばれる日本刀を所持していました。日本刀の名前には、伝承から付けられたり、作った刀工の名前から取られていたりと、その由来は様々です。日本刀のなかには「かっこいい名前」が付いたものが数多くあります。
今回は、「かっこいい名前の日本刀」に焦点を当てて、ランキング形式でご紹介します。ただ単に、「かっこいい名前」というだけではなく、その日本刀の名前の由来や伝承を知ることで、さらに、日本刀への興味が深まるきっかけになること間違いなしです。

今回候補となった日本刀全50振

「かっこいい名前の日本刀ランキング」を発表する前に、今回「かっこいい名前の日本刀」としてノミネートされた50振を、一挙にご紹介します。

  • 厚藤四郎(あつとうしろう)
  • 一期一振(いちごひとふり)
  • 有楽来国光(うらくらいくにみつ)
  • 鬼丸国綱(おにまるくにつな)
  • 九鬼正宗(くきまさむね)
  • 江雪左文字(こうせつさもんじ)
  • 小竜景光(こりゅうかげみつ)
  • 五虎退(ごこたい)
  • 小夜左文字(さよさもんじ)
  • 獅子王(ししおう)
  • 数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)
  • 蝉丸(せみまる)
  • 大般若長光(だいはんにゃながみつ)
  • 天光丸(てんこうまる)
  • 童子切安綱(どうじきりやすつな)
  • 蜻蛉切(とんぼきり)
  • 波游ぎ兼光(なみおよぎかねみつ)
  • 祢々切丸(ねねきりまる)
  • 八文字長義(はちもんじちょうぎ)
  • 日向正宗(ひゅうがまさむね)
  • 布都御魂(ふつのみたま)
  • 骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)
  • 乱藤四郎(みだれとうしろう)
  • 吉岡一文字(よしおかいちもんじ)
  • 雷切(らいきり)
  • 石切丸(いしきりまる)
  • 和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)
  • 鬼切(おにきり)
  • 岡田切吉房(おかだきりよしふさ)
  • 歌仙兼定(かせんかねさだ)
  • 草薙剣(くさなぎのつるぎ)
  • 篭手切正宗(こてぎりまさむね)
  • 小烏丸(こがらすまる)
  • 五月雨江(さみだれごう)
  • 燭台切光忠(しょくだいきりみつただ)
  • 七星剣(しちせいけん)
  • 水龍剣(すいりゅうけん)
  • ソハヤノツルギ(そはやのつるぎ)
  • 鶴丸国永(つるまるくになが)
  • 同田貫正国(どうだぬきまさくに)
  • 鳴狐(なきぎつね)
  • 人間無骨(にんげんむこつ)
  • 蜂須賀虎徹(はちすがこてつ)
  • 姫鶴一文字(ひめつるいちもんじ)
  • 不動行光(ふどうゆきみつ)
  • へし切長谷部(へしきりはせべ)
  • 三日月宗近(みかづきむねちか)
  • 薬研藤四郎(やげんとうしろう)
  • 義元左文字(よしもとさもんじ)
  • 流星刀(りゅうせいとう)

かっこいい名前の日本刀ランキングトップ10

ここからは、かっこいい名前の日本刀のトップ10をご紹介します。数ある日本刀の名前から選ばれたかっこいい名前と、その名前の由来、来歴などにも注目です。

日本刀の名前からは想像もできない逸話や、その日本刀をかっこいい名前たらしめる理由を知ることで、日本刀の新しい魅力に気付くことができるでしょう。

第1位 鬼丸国綱(おにまるくにつな)

鬼丸国綱」は、「天下五剣」(てんかごけん)のひとつにも数えられる稀代の霊刀です。鎌倉時代の刀鍛冶「粟田口国綱」(あわたぐちくにつな)によって作られた太刀で、「國綱」の銘が入っています。「鬼丸」という号は「太平記」に記されている、「北条時頼」(ほうじょうときより)の逸話に由来しているのです。

北条時頼は毎晩のように、小鬼が夢枕に現れると言う悪夢に悩まされていました。ある晩、「粟田口国綱の化身」と名乗る老人が夢枕に現れ、「太刀の錆を取り、部屋に立てかけなさい」と助言。その助言の通りにして就寝すると、国綱の太刀が倒れ、傍らに置かれていた鬼を象った火鉢を切り落としたのです。

その火鉢は鬼の首を切り落とした様な形で割られていたと言います。以来、北条時頼は悪夢を見ることはなくなり、この太刀には邪気を打ち祓う霊刀として鬼丸と名付け、北条家の家宝として大切にしました。

持ち主を守ったとされるまさに霊刀と呼ぶにふさわしい伝承と、鬼丸の号が与える強烈な印象は、「かっこいい」の代表格。数ある日本刀の中でも、突出したかっこいい名前である鬼丸国綱を、堂々の第1位に選出しました。

鬼丸国綱
鬼丸国綱
國綱
鑑定区分
御物
刃長
78.2
所蔵・伝来
北条時頼 →
新田義貞 →
斯波高経 →
足利家 →
織田信長 →
豊臣秀吉 →
徳川家康 →
皇室
鬼丸国綱
様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

第2位 三日月宗近(みかづきむねちか)

三日月宗近」は、天下五剣のひとつにして最も美しく、「名物中の名物」と賞賛されています。刀身の刃の部分に見える「打除け」(うちのけ:刃文の一種)が、うっすらとした美しい三日月に見えることが三日月宗近の由来です。

この美しくかっこいい太刀を打ったのが、平安時代の山城国(現在の京都府)の刀工「宗近」(むねちか)。刀身に(しのぎ)と反りがある日本刀としては最古に近いものであり、(なかご:柄に収める部位)から反りが強く、先に行くほど反りがなくなる特徴が、優美さを際立たせています。様々な伝承がある三日月宗近ですが、史料として登場するのが、「豊臣秀吉」(とよとみひでよし)の正室「高台院」(こうだいいん)所有となったところから。

そのあと、徳川家の重宝として太平洋戦争後まで、個人蒐集家の手を経て、東京国立博物館に寄贈されたのです。「名物」と呼ばれ、三日月の号にぴったりの優美さとかっこよさを備えた三日月宗近を第2位に選出しました。

三日月宗近
三日月宗近
三条
鑑定区分
国宝
刃長
80
所蔵・伝来
足利家 →
徳川秀忠 →
東京国立博物館
三日月宗近
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第3位 波游ぎ兼光(なみおよぎかねみつ)

「波游ぎ兼光」は、2代長船兼光により打たれた日本刀です。「波游ぎ」と言う名前は、船渡し場で客同士のトラブルがあり、片方の客がこの波游ぎ兼光で斬り付けると、斬られた者は、斬られたことに気づかず、対岸に泳ぎ、渡り切ったところで、体が真っ二つになったという凄まじい切れ味であることを象徴する逸話から由来しています。

1597年(慶長2年)、朝鮮出兵の際に、豊臣秀吉から「小早川秀秋」(こばやかわひであき)に手渡され、小早川秀秋の亡きあとは、「松平忠輝」(まつだいらただてる)の所有物になったのです。

さらにそのあと、「立花宗茂」(たちばなむねしげ)に渡ると、立花家の重宝として大切にされました。波游ぎというユニークでかっこいい名前と、斬られたことにも気付かないほどの切れ味を持つと言う逸話のかっこよさも加えて、第3位に選出しました。

波游ぎ兼光

波游ぎ兼光

時代 鑑定区分 所蔵・伝来
金像嵌銘羽柴岡山中納言秀詮所所持之波游ぎ末代の剣兼光也
(波游ぎ兼光)
戦国時代 重要文化財 上杉家→
羽柴秀次→
豊臣秀吉→
小早川秀秋→
松平忠輝→
立花宗茂→
個人蔵

第4位 人間無骨(にんげんむこつ)

「人間無骨」は、室町時代に美濃国関(現在の岐阜県関市)で活躍した刀工である2代目「和泉守兼定」(いずみのかみかねさだ)により作られた十文字槍です。

表に「人間」、裏に「無骨」と文字が刻まれており、人間無骨という号は、骨がないのも同然のようによく切れたことに由来します。この人間無骨は、「織田信長」(おだのぶなが)の家臣で、「鬼武蔵」と呼ばれた猛将「森長可」(もりながよし)が愛用していたことで知られています。

森長可は、1574年(天正2年)「伊勢長島の戦い」において、この人間無骨を用い、弱冠17歳の若さにもかかわらず、27もの首級を挙げ、織田信長の称賛を受けたと言われているのです。人間無骨は、明治維新後も、森長可の子孫である森家に代々伝来し、現在は個人蔵。

また、人間無骨の写しは、古くから作られており、「赤穂大石神社」(あこうおおいしじんじゃ)に所蔵されています。その名の通り、恐ろしい切れ味の人間無骨は、猛将・森長可の槍にふさわしいかっこよさを持つことから、第4位に選出。

人間無骨

人間無骨

時代 鑑定区分 所蔵・伝来
和泉守兼定
(号:人間無骨)
室町時代 重要文化財 森長可→
個人蔵

第5位 骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)

骨を喰らう。この「骨喰藤四郎」の、まるで妖刀のような恐ろしい名前の由来は、戯れとして斬る真似をしただけでも、骨まで砕いてしまうほどのすさまじい切れ味から付けられています。

作刀したのは、鎌倉時代中期に活躍した山城国(現在の京都府)の粟田口吉光(あわたぐちよしみつ)、通称「藤四郎」。鎌倉時代を通じて、大友家から「足利尊氏」(あしかがたかうじ)に献上されますが、1565年(永禄8年)「永禄の変」(えいろくのへん)の混乱に乗じて、「松永久秀」(まつながひさひで)に奪われてしまいます。

骨喰藤四郎を松永久秀が所持していると知った、時の大友家当主「大友宗麟」(おおともそうりん)は、金3,000両と多くの財宝を使って取り戻し、のちに豊臣秀吉に献上。1615年(慶長20年)「大阪夏の陣」で、大坂城と共に消失したと思われましたが、そのあと、傷ひとつない状態で見つかり、徳川家康に贈られました。

しかし、1657年(明暦3年)に起こった「明暦の大火」で江戸城と一緒に焼け、焼身となるが、その後修復。江戸時代を通じて、徳川将軍家の重宝として伝わります。明治維新後は、豊臣秀吉を祀る「豊国神社」(京都府京都市)に奉納されました。

2度の大火を経験してきたことで、骨を喰らうほどの切れ味を持つ「骨喰」という恐ろしい名前。さらに箔を付けているような、強烈なかっこよさを感じると言う理由で、第5位に選出しました。

骨喰藤四郎
骨喰藤四郎
無銘
鑑定区分
重要文化財
刃長
58.8
所蔵・伝来
源頼朝 →
足利尊氏 →
豊臣秀吉 →
徳川家康→
豊国神社
骨喰藤四郎
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第6位 大般若長光(だいはんにゃながみつ)

大般若長光」は、備前長船の刀工「長光」(ながみつ)の代表作。

室町時代において、名刀と言われる刀でも50~100貫(1貫は1,000文)程度とされていましたが、刀剣鑑定家の本阿弥家が、この大般若長光に、破格の600貫(現在で約3,000万円相当)で見立てたと言われています。

そして、600貫という高額の価値が付いた希少さを、600巻からなる「大般若波羅蜜多経」(だいはんにゃはらみったきょう)の経典にかけて、この大般若長光というかっこいい名前が付けられました。天下に名高き名刀大般若長光は、もとは足利家の重宝でしたが、名刀の宿命か、その後、織田信長や徳川家康と天下人を渡り流れ、明治維新後は、愛刀家で知られる政治家「伊東巳代治」(いとうみよじ)伯爵が所有。

そのあと1941年(昭和16年)に、帝都博物館(現在の東京国立博物館)が買い上げました。その際も、60,000円という高額取引がされたのです。この当時の東京都知事の月収が5,400円だったことを考えても、他に類を見ない貴重な名刀だと言えます。大般若長光というかっこいい名前の語感の良さもさることながら、その価値の高さ故に渇望され、多くの人物の手を渡り歩いてきた、まさに「お宝」と呼ぶにふさわしいこの名刀を6位に選出しました。

大般若長光
大般若長光
長光
鑑定区分
国宝
刃長
73.6
所蔵・伝来
足利家 →
織田信長 →
徳川家康 →
伊藤巳代治→
東京国立博物館
大般若長光
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第7位 江雪左文字(こうせつさもんじ)

江雪左文字」を作刀した「左文字」は、筑前国(現在の福岡県北西部)の刀工で、南北朝時代に多くの優れた刀を鍛え上げました。また、左文字は、刀匠「正宗」の高弟である「正宗十哲」(まさむねじってつ)のひとりです。

そしてこの左文字が打った唯一の存銘太刀が江雪左文字。この江雪左文字という美しくかっこいい号は、小田原を治めていた戦国大名「北条氏政」(ほうじょううじまさ)の家臣である「板部岡江雪斎」(いたべおかこうせつさい)の愛刀だったことから付けられました。

板部岡江雪斎は、交渉術と武勇に優れた上に教養もあり、北条氏の外交官的立場としても活躍。北条氏没落後、板部岡江雪斎は、豊臣秀吉の家臣となったのちに、徳川家康に仕えました。江雪左文字は、徳川家康に献上されたのち、紀州徳川家に家宝として伝えられたのです。

1951年(昭和26年)に国宝指定され、現在は広島県福山市ふくやま美術館」に所蔵。名工左文字渾身の太刀であり、仁義の才人板部岡江雪斎の愛刀である江雪左文字は、魅力的でかっこいい名前の語感もあり、第7位に選出となりました。

江雪左文字
江雪左文字
筑州住 左
鑑定区分
国宝
刃長
78.2
所蔵・伝来
板部岡江雪斎 →
徳川家康 →
紀州徳川家
江雪左文字
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第8位 燭台切光忠(しょくだいきりみつただ)

燭台切光忠」を打ったのは、鎌倉時代の刀工で、備前長船派の始祖である「光忠」(みつただ)です。このかっこいい名前であり異色な語感を持つ燭台切光忠は、もともと光忠の華やかな作刀を愛用していた、織田信長が所有していたとされています。のちに、豊臣秀吉に渡り、御座船(ござふね:天皇、公家、大名、将軍など貴人が乗るための豪華な船)を献上した功績により、「伊達政宗」(だてまさむね)に下賜されたのです。

燭台切光忠の名前の由来は、伊達政宗が、この刀を下賜された翌日、豊臣秀吉に拝謁した際、悪戯心を出した豊臣秀吉が家臣に、「光忠を伊達政宗に取られたので、取り返せ」とけしかけたことに始まります。迫りくる家臣から、笑いながら逃げる伊達政宗。いよいよ豊臣秀吉が「もう許す」と言ったことでこの件は収束したのですが、伊達政宗は、どうしても家臣の粗相が許せず、この家臣を燭台ごと斬ったからと言われています。

そのあと、燭台切光忠は、水戸徳川家に譲渡されますが、1923年(大正12年)の関東大震災により焼失したとされたのです。しかし、2015年(平成27年)に「焼身」で現存していることが発表され、現在は徳川ミュージアムに保存されています。燭台をも切り伏せた強烈な逸話が、かっこいい名前の由来となっている燭台切光忠を、第8位に選出しました。

燭台切光忠
燭台切光忠
-
鑑定区分
未鑑定
刃長
67
所蔵・伝来
伊達政宗 →
水戸徳川家

第9位 数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)

数珠丸恒次」を作刀した、備中国(びっちゅうのくに:現在の岡山県西部)の刀工「青江恒次」(あおえつねつぐ)は、1208年(承元2年)に「後鳥羽上皇」(ごとばじょうこう)が設置した「御番鍛冶」(ごばんかじ:作刀技術向上を目的に召集された刀工の精鋭集団)の一翼を担った名工です。数珠丸恒次は、日蓮宗の開祖であり、時の権力にも真っ向から立ち向かった気骨の名僧「日蓮上人」(にちれんしょうにん)が信者より寄贈され愛用していた霊刀として知られており、柄に数珠を巻いていたことからこの名前が付けられました。

日蓮上人が山中で賊に襲われた際、振り下ろされた刀を柄で回避して難を逃れた際に、柄に巻かれた数珠が2つに切れたことから、数珠丸恒次は仏法の力を宿した刀と呼ばれたという伝承があります。

日蓮上人没後は、身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ)に保管されましたが、享保年間にいつの間にか行方不明に。その後およそ200年後の1920年(大正9年)に、競売にかけられた物が発見されますが、久遠寺は贋物であるとして受け取りを拒否。

そして兵庫県尼崎市の本興寺に寄贈され今に至ります。現存する数珠丸恒次は、真贋(しんがん:本物か贋物か)に関する論争もあるなど、多くの謎に包まれているのです。日蓮上人を窮地から救い、現在も謎多き霊刀である数珠丸恒次は、その名前からも心を惹き付けて離さない魅力的なかっこよさを感じることから、第9位に選出しました。

数珠丸恒次
数珠丸恒次
恒次
鑑定区分
重要文化財
刃長
82.1
所蔵・伝来
日蓮
数珠丸恒次
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第10位 へし切長谷部(へしきりはせべ)

南北朝時代における山城国(現在の京都府)の刀工「長谷部国重」(はせべくにしげ)作の「へし切長谷部」。長谷部国重は、正宗十哲に数えられる名工。このへし切長谷部は、一般的に難しいとされる「皆焼」(ひたつら:網目のような模様が、刃部分だけでなく刀身全体に華やかに広がり、一面に大きな沸の固まりや湯走りがある)の技法が豪華なのが特徴です。

もともと大太刀(おおたち)だったのが、磨り上げられて打刀になり、銘がなくなったため、鑑定した「本阿弥光徳」(ほんあみこうとく)により「金象嵌銘」が入れられました。不思議な語感のへし切長谷部ですが、名前の由来においては、織田信長が、粗相をして逃げた茶坊主を、隠れた御前棚ごと圧し斬ったとする、強烈な逸話から取られました。

へし切長谷部はそのあと、豊臣秀吉の軍師として高名な「黒田官兵衛」に下賜され、江戸時代を通じて黒田家に伝来。1953年(昭和28年)に国宝指定され、のちに黒田家から福岡県に寄贈。現在は、福岡市博物館に所蔵されています。

黒田官兵衛の刀として知られ、独特な魅力を持つかっこいい名前と、力強い切れ味や刀身の華やかさに圧倒されるへし切長谷部を第10位に選出しました。

へし切長谷部
へし切長谷部
長谷部国重本阿
(花押)
黒田筑前守
鑑定区分
国宝
刃長
64.8
所蔵・伝来
織田信長
黒田官兵衛
福岡市博物館
へし切長谷部
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かっこいい名前の日本刀ランキングを振り返る

かっこいい名前の日本刀ランキングトップ10は、このような結果になりました。

かっこいい名前の日本刀ランキング トップ10
1位 鬼丸国綱(おにまるくにつな)
2位 三日月宗近(みかづきむねちか)
3位 波游ぎ兼光(なみおよぎかねみつ)
4位 人間無骨(にんげんむこつ)
5位 骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)
6位 大般若長光(だいはんにゃながみつ)
7位 江雪左文字(こうせつさもんじ)
8位 燭台切光忠(しょくだいきりみつただ)
9位 数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)
10位 へし切長谷部(へしきりはせべ)

日本刀には数多くの種類があり、その名前にも、1振1振に様々な由来があります。

かっこいい名前という入り口から、名前の由来となった刀工、来歴や逸話を知ることは、日本刀に秘められた、本当の「かっこよさ」を見付けることに繋がるのです。みなさんもかっこいい名前の日本刀を、ぜひ、見付けてみてはいかがでしょうか。

かっこいい名前の日本刀ランキング

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