甲冑(鎧兜)を知る

本物の甲冑と値段

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戦国武将達が身に着けた甲冑、これらはいったいどのくらいの値段だったのでしょう。鎧兜は武士が戦に出るときに命を預ける防具であり、頑丈でないといけませんから、決して安い物ではありません。また、戦国武将に仕える足軽達も戦に出るためには鎧兜が必要となりますが、身分の低い彼らはどうやって高価である甲冑を用意していたのでしょうか。ここでは、戦国武将や足軽達が使用した甲冑の値段と共に、現代の甲冑の値段と、販売している店についてご紹介します。

戦国時代における甲冑の値段

誰もが知っている著名な戦国武将が使用していた甲冑の値段は、現代の物価に換算した場合いったいどのくらいの値段になると予想しますか?スーツ1着でしょうか、それとも自動車1台分でしょうか。実は、甲冑一式の値段は家1軒分だと言われています。それも一般的な家庭の一戸建てではなく、庭付きの豪邸。もちろん、それがすべてではなく使用する人物や素材、デザインなどで値段は上下しました。

甲冑の値段

江戸時代に活躍した甲冑師一派「明珍派」(みょうちんは)に残る注文書の記録によれば、侍大将(総大将となる戦国武将の次席)の甲冑一式は約50両、戦国武将だと約100両とあります。現在の価値で言えば1両が40,000~100,000円となるので、侍大将と戦国武将のどちらもこれは相当な額です。さらに権力のある戦国武将が仕立てる場合だと、そこから数千両が上乗せされます。まさに豪邸の値段です。このことから、甲冑は当時から高級品だったことが分かります。

鎧兜が高価な防具だったことには、1領の甲冑をローンのように購入して、祖父の代から孫へ3代に亘って返済するといった話が残るほどです。現在でもマイホームを購入する際にローンを組みますが、それでも1代限りで返済可能な額を設定します。

しかし、この時代はよほど身分の高い武将でもない限り、購入した本人の代で返済を完了することができないのが、鎧兜を買う上での大前提だったようです。自分の甲冑を用意できない足軽などの下級武士の場合、戦死者から奪った、もしくは廃棄や売却された物を安く購入したとも言われています。

御貸具足

御貸具足

その他に、自分の甲冑を揃えることができない足軽の場合は「御貸具足」(おかしぐそく)を身に着けました。

御貸具足は、足軽を動員した戦国武将が貸し出した甲冑です。装備の均一化により防御能力が向上しますが、戦国武将達のようにこだわりぬいて制作された鎧兜とは違い、大量生産のためあまり質がよくなかったと言います。

なお、足軽達は御貸具足を借りて使用したことから、逆に「御借具足」(おかりぐそく)と呼んでいました。

身分による甲冑の違い

甲冑は、時代や身分、戦闘形式で幾度も変化を繰り返してきました。また、戦国武将などの上級武士と、足軽である下級武士が身に着ける甲冑にも違いがあります。ここではそうした違いについても見ていきましょう。

大鎧
大鎧

大鎧

大鎧」(おおよろい)は平安時代に出現した上級武士が着用した物です。

当時、主流だった戦闘形式は、至近距離において1対1でを放ち合う「騎射戦」(きしゃせん)が中心でした。

そこで、乗馬姿勢のまま矢を放つことができるのと同時に、敵の矢による攻撃を防ぐことができる鎧兜が必要とされたのです。

こうして馬上でバランスを取るため下方に重量がかかり、攻撃を受け流すことができるよう頑丈な大鎧が考案されました。

胴丸
胴丸

胴丸

胴丸」(どうまる)は、中下級の武士が着用した甲冑です。

騎射戦が主流だった平安時代頃に考案されましたが、馬ではなく徒歩で移動することを想定した作りになっています。

重厚な大鎧と比べ、胴丸は軽量かつ簡略化させることで下級武士達の軽快な動きを可能にしました。

腹当
腹当

腹当

腹当」(はらあて)は、主に最下層の兵士が身に着けた甲冑です。

胸部、腹部と両脇を防御するだけの最も簡易的な甲冑でした。

上級武士が軽武装として衣服の下に着ることもあったとされ、鎌倉時代には存在していたと言われています。

腹巻
腹巻

腹巻

腹巻」(はらまき)は、下級武士が着用していた簡略的な甲冑でした。

戦の主戦が騎馬から徒歩戦に移行しつつあった南北朝時代以降、軽量さを重視するようになったため上級武士達も使用するようになります。

下級武士が使用した胴丸や腹巻に、籠手(こて)・臑当(すねあて)を付けた重装備が用いられるようになりました。

当世具足
当世具足

当世具足

当世具足」(とうせいぐそく)は、現代風に言うと「流行のすべてが備わった甲冑」という意味になります。

安土桃山時代に現れ、兜・袖・草摺(くさずり)・籠手・臑当など必要な防具すべてを一体化し重装備化しました。

長篠の戦い」で「織田信長」が、当時、最強と言われていた武田軍の騎馬隊を鉄砲隊で敗走させたことが、鎧兜の改良を促進させたと言われています。

こうして新たに導入された鉄砲を用いた戦闘に対応するべく、強度を持ちつつ、軽快な動きができる当世具足が求められるようになったのです。

現代で販売している甲冑の値段

現代で甲冑と言えば、歴史を扱うドラマや映画に登場する武将の姿を想像する方が多いのではないでしょうか。戦のない現代では甲冑を着用する機会はありません。しかし、骨董品としての価値が高いため、甲冑を販売する店舗は多数存在。インターネット上では、新品から中古品まで現代に制作された甲冑が販売されています。ここでは特に、現代における「本物の伝統的甲冑」「プラスチックの甲冑」「レンタルの甲冑」の値段ついてご紹介しましょう。

本物の伝統的甲冑

現在も、昔ながらの伝統的な工法を守りながら鎧兜を作り続けている工房があります。鎧兜はひとりの職人だけで仕上げるわけではなく、数人の職人が分業で作る物で、作成期間は数日から数年かかるような物もありました。現代の技術なら、兜やに使う鉄板も、細かい装飾品も機械で作ることが可能ですが、決して大量生産品のようには作りません。当時の作成方法で甲冑を作ろうとすると、非常に手間と時間がかかるのです。

そんな本物の甲冑は、リアルな質感が必要となるドラマや映画の撮影用や、企業や個人のインテリアとして活用。もちろん作られる理由には、伝統的な作り方を守り次代に引き継ぐと言った意味を持ちます。

販売価格は、等身大の甲冑一式で数十万円から数百万円です。フルオーダーや兜のみ、陣羽織のみといった単品での購入も可能。熟練の甲冑職人の手によって丹念に仕上げられるのが、現在の甲冑です。

プラスチックの甲冑

プラスチックで作られた甲冑は、軽くて丈夫なことからお祭りやハロウィンなどのコスプレイベントで、コスチュームとして活用されます。本物に忠実な甲冑になると、どうしてもコストがかかってしまいますが、プラスチックなら兜や胴、籠手・臑当など必要な一式を安価に揃えることが可能なのです。

また重さについても、鉄製であれば15kg~20kgですが、プラスチック製なら約6kg。武者行列などのお祭りなどで長時間、甲冑を身に着ける場合でも疲れにくい素材です。価格も50,000~60,000円からスタート。

そして各種サイズの品揃えも豊富であることが多く、年齢や身長、性別に関係なく甲冑を楽しむことが可能。子供用の甲冑を販売している店舗もあるので、親子で揃えて戦国武将になりきって遊ぶこともできます。

レンタルの甲冑

コスプレ衣装

コスプレ衣装

「甲冑を着てみたいけれど、本物を購入するのは難しい」、そんな方のためにレンタルできる甲冑のインターネットショップがあります。

ショップでは、戦国武将風の甲冑をはじめ、忍者・くノ一・新撰組・巫女などのレンタルを行っているので和をコンセプトにしたコスプレにもおすすめ。

衣装以外にも模造刀・足袋・草履など和装に欠かせない小物が揃っているショップもあります。

レンタル予約はオンライン上で行い、指定した期日(レンタル開始日)に配送。およそ2~3日のレンタルで数千円~20,000円です。期間は自分で指定することができ、その期間に応じてレンタル料金も上下します。また、着用後はクリーニング不要な場合がほとんどで、返却も自身で送り返す以外に、配送業者が集荷に来てくれることもあるため手間がかかりません。

数千円からレンタルできる鎧兜もあるため、コスプレ初心者の方にとって挑戦しやすい価格だと言えるでしょう。

刀剣コスプレ写真集刀剣コスプレ写真集
刀剣が登場するアニメやマンガキャラクターのコスプレや武将など実在した人物のコスプレがご覧頂けます。

まとめ

戦国時代に作られた著名な戦国武将の甲冑は、現代の値段に換算するとおよそ豪邸1軒分の価格です。また当時、戦国武将は、自身の鎧兜を作成する金銭的な余裕がありました。一方で、身分の低い足軽は自分の甲冑を揃えるゆとりがないため、主君となる戦国武将が足軽達に貸し出す「御貸具足」を使用したのです。

現在の甲冑は、ドラマや映画の撮影用から、お祭りのイベントやコスプレ用など用途は様々です。使用する材質も甲冑職人が作る本物志向の鉄製から、プラスチック製まで。本物の甲冑の場合は高額で販売されていますが、プラスチック製であれば50,000~60,000円で購入が可能です。

また購入する以外に、レンタルをする鎧兜などもあり、2~3日のレンタルで数千円からとなるので、本物の甲冑に比べてかなりの低価格帯と言えます。このように現在の甲冑は、使用者にとって使いやすい材質や値段で選択ができるようになっているのです。

本物の甲冑と値段

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