明治20年代生まれの刀剣小説家

三上於菟吉

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『雪之丞変化』でその名を残す三上於菟吉(みかみおときち)。翻訳・現代物から髷物へ移行し人気を博した三上は、時代小説の幅を大きく広げました。そこには日本刀を用いない試みがなされています。

作者初の髷物「敵打日月双紙」

双生児の復讐

双生児の復讐

三上於菟吉は、アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』などの翻訳や現代物の小説を発表する中、『敵打日月双紙』(かたきうちじつげつそうし:1925~1926年『週刊朝日』連載)を執筆します。三上初の髷物(まげもの)となりました。「怪傑ゾロ」シリーズを書いたジョンストン・マッカレーの『双生児の復讐』が下敷きとされています。

唐手VS破斬剣

『敵打日月双紙』の主人公は、美形の双子・榊右近と左近です。2人は、江戸の商人だった父親を密貿易露見の恐れから毒殺した悪人達に復讐を果たします。長崎で武術・忍術など様々な武芸を身に付けた左近は、悪人側の護衛で破斬剣の使い手・与力の山田仙之助に、唐手の技で応戦します。

月光に冷厳な反映をみせている白刃が、流星のような光芒(こうぼう)をひいて一閃した。それは刹那の波瀾(はらん)だった。斬りおろした剣がいたずらに空をすべったのを感じた瞬間、仙之助は飛び込んでくる相手を右にそらしてふみ直す。左近は、かわされたまま斜めに身を流して、前とおなじ青眼に構えられた大刀を、下から見上げるような姿勢をとる。
長い間の睨み合いだった。相手は自分の剣の下に、身を斜めにおとしてすりよっている。ただ一打ちに斬ったなら袈裟(けさ)がけの両断もたやすいように思われた。が、しかし、構えをくずしたなら、一呼気の間に手許に入られて、白刃をはね上げられるおそれがある。

『敵打日月双紙』より

髷物で流行作家に

雪之丞変化

雪之丞変化

『敵打日月双紙』は、女形の片岡松燕(かたおかしょうえん)主演で映画化され、以後、数多くの三上作品が映画化されていきます。『百万両秘聞』・『落花剣光録』・『鴛鴦呪文』(おしどりじゅもん)・『清河八郎』・『愛憎秘刃録』などで、嵐長三郎(嵐寛寿郎)・沢田清・遠山満・青柳竜太郎らが主演し、サイレント映画時代に人気を博しました。

三上は流行作家となる中、『雪之丞変化』(ゆきのじょうへんげ:1934~1935年『東京朝日新聞』連載)を執筆します。作品連載中、女形出身の林長二郎(長谷川一夫)主演でトーキー映画化されて人気を博し、代表作となりました。

独創天心流の剣客・中村雪之丞

『雪之丞変化』は、汚名を着せられたまま自害した父の敵を討つために、長崎の豪商の息子・松浦雪太郎が美形の女形・中村雪之丞となり、江戸で復讐を果たす物語です。

雪之丞は、独創天心流の開祖・脇田一松斎から奥義を授けてもよいとされるほどの剣客です。それを疎んじた一松斎の一番弟子・門倉平馬らから命を狙われます。

気が、楽になって、スウッと、身を、左にまわすと、伴れの侍が、それに誘い込まれたように、中段に取っていた刀を一閃させて、
「やあッ」
と、薙いで来るのを、かわしてやりすごすと同時に、左手の拳がパッと伸びて、十分に、脾腹(ひばら)にはいった。
ウウウンと、のけぞる侍――
当身(あてみ)を食って、大刀こそ放しはせぬが、
「む、ううむ」
と、うめいて、のけぞって、体が崩れて、そのまま苅田の畦(あぜ)の中に、溜り水をはねかして倒れてゆく侍――
「雪、さすがだな――」
平馬は、それと見て、奥歯を噛むようにして、うめいて、
「生意気な!」
彼は、雪之丞が、剣を使わず、拳を用いたのが腹立たしかったのだ。

『雪之丞変化』より

雪之丞は、決して己の剣術をひけらかさず、拳で応戦します。

三上は、剣の腕前はあるものの、敵方に対してみだりに剣を振るわないヒーロー像を好んで生みだしました。

著者名:三宅顕人

三上於菟吉

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