明治元年~10年代生まれの刀剣小説家

行友李風

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戯曲『月形半平太』を書いた行友李風(ゆきともりふう)。「剣劇」と呼ばれた新国劇の沢田正二郎のイメージを決定付ける役割を果たしました。小説も執筆した李風は独自の日本刀観を貫きます。それは「怪異」です。

「剣劇」の誕生に貢献

行友李風戯曲集

行友李風戯曲集

行友李風は、『月形半平太』・『国定忠治』の戯作者です。新聞記者を経て松竹の文芸部所属となっていた李風は、沢田正二郎が主宰する新国劇の座付作家になります。

『月形半平太』(1919年 京都明治座初演)、『国定忠治』(1919年 京都明治座初演)の芝居は大当たりし、素早い立ち回りから「剣劇」と呼ばれるようになっていきます。「殺陣」(たて)の当て字も新国劇に由来します。

幕末の剣客から創造

『月形半平太』の主人公・長州藩藩士の半平太は、松下村塾に学んだ藩で一番の切れ者です。その先見性から、秘密裏に薩摩・長州・土佐・芸州(広島藩)の4 藩連合締結の時間を稼ぐため、芸者遊びに興じるふりをします。けれどもそのことで、勤王派の味方には裏切り者扱いされ、佐幕派の新撰組から命を狙われるのです。

月形半平太は、福岡藩藩士・月形洗蔵と土佐藩郷士で剣客・武市瑞山(半平太)の2人の勤王派をモデルにしたと言われます。

物語の鍵を握る幕末の刀工

半平太と祇園の芸妓・梅松の一場面「春雨じゃ、濡れて行こう。」は当時流行語となりました。複数の芸妓・舞妓との恋愛模様は、江戸時代の戯作者・為永春水の『春色梅児誉美』(しゅんしょくうめごよみ)が下敷きと指摘されています。

『月形半平太』には、もうひとりの主人公がいます。刀工の一文字国重です。侍を嫌い、侍の世を終わらせるために日本刀を鍛える国重は、実の娘で半平太に惹かれる芸妓・染八に自ら鍛えた短刀で半平太の命を狙わせるなど、国重の刀は半平太の最期に大きくかかわるのです。

月形 刀師、よう鍛えたな。
国重 私の刀と旦那様とのお腕でな。
月形 乱臣を斬り、賊子を誅し、妖雲を払う稀代の業物じゃ。

『月形半平太』より

伊賀守金道VS無銘の日本刀

修羅八荒

修羅八荒

その後、李風は、中里介山の大長編小説『大菩薩峠』(1921年 東京明治座初演)、『新撰組』(1922年 公園劇場初演)、『千葉周作』(1925年 邦楽座初演)など、幕末の剣客を描いた戯曲を新国劇のために書きました。

関東大震災をきっかけに新国劇を離れた李風は、新聞小説『修羅八荒』(1925~1926年『大阪朝日新聞』『東京朝日新聞』連載)を執筆。連載中、新国劇から派生した新声劇の一座が舞台化。3社が映画化し、李風はその名が広く知られていくことになります。

『修羅八荒』の主人公は、小野派一刀流の使い手で二条城の番士・浅香恵之助です。二条城で起こった金庫泥棒事件の解決のため隠密となった恵之助は、泥棒一味の用心棒で神道無念流の剣客・陣場弥十郎と何度となく相対します。

浅香の、それは剣ではない、体を堂と、ぱちり、刃が鳴って弥十郎つーと受身で後へ退る。要するに、剣と体と一時に、臆せず敵の真正面から打掛るので、乱暴、捨鉢、無鉄砲さを通り越した離れ業だが……。いずくんぞ知らん、一刀流独自の極意合掌剣、或いは合掌金剛と称される秘伝の妙手。けだし必死に捨身の活剣であります。

『修羅八荒』より

弥十郎は、伊賀守金道の刀を用いました。金道は、関ヶ原の戦い以降に名を成した美濃国出身の山城国の刀工で、日本鍛冶宗匠です。対して恵之助は、町の道具屋で買い求めた無銘の日本刀を用いますが、それは手にした者は人を斬りたくなる怪異の一刀でした。『修羅八荒』は、伝奇小説仕立てにもなっています。

修羅八荒の挿絵は伊藤一刀斎の末裔

伊藤彦造 降臨!神業絵師

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『修羅八荒』の挿絵は、画家・伊藤彦造が手がけた物です。伊藤が新聞社から剣客を主人公にした新聞連載小説をとの発案を受け、李風に依頼したことで『修羅八荒』は誕生しました。伊藤は、一刀流剣術の祖・伊藤一刀斎の末裔で師範でもあり、剣術と同じ気迫は挿絵にも込められ、下書きなしで精密に描かれるその画風は大いに評判になりました。

剣劇の誕生に大きな役割を果たした李風は、小説の世界でも刀剣が持つ、えも言われぬ力を描いたのです。

著者名:三宅顕人

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