武具の基礎知識

弓矢を学ぶ(矢編)

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世界中に点在する石器時代の遺跡から鏃(やじり)が数多く出土することから分かるように、弓矢は人類が初めて手にした道具のひとつ。しかも手に持って使用する石斧などとは異なり、手が届かない場所にいる敵に攻撃ができるという点で、弓矢はとても優れた武器と言えます。この有用性のおかげで、「弓の弾力で矢を飛ばすだけ」という単純な機構ではありましたが、先人達は多くの知恵を凝らしてより効率的に的を射抜くことができる弓矢を研究してきました。そこには、私達の祖先が経験と実績によって学習してきた様々な知恵が息づいているのです。

矢の基礎知識

矢の基本的な構造

弓の弾力で目的物に刺さるという仕組み上、矢は直線を素早く飛ぶように細くてまっすぐな材料が選ばれました。また軌道を直線に保つと同時に、進行方向に矢が旋回するのを制御するために後端に矢羽根(やばね)を付けることが定着。そして、より深く目的物を射通せるように先端を鋭く加工し、(やじり)を装着して威力を増していきました。

基本的な矢の構造

矢の種類

儀矢(征矢)

儀矢(征矢)

矢は、その用途によって大きく4種「引目矢」(ひきめや)、「的矢」(まとや)、「狩矢」(かりや)、「征矢」(そや)に分類されます。戦闘用に使われた殺傷力の高い物が征矢。

「続日本紀」の「桓武天皇」(かんむてんのう)の項に「令作征矢三万四千五百余具」(れいさくそやさんまんよんせんごひゃくよぐ:天皇が約34,500の征矢を作らせた)とあることから、古くから用いられていました。

主に狩猟用として使われた矢を狩矢や「野矢」(のや)と言い、一部で戦闘用にも用いられたという記録があります。

板付

板付

一方、稽古や儀式、歩射(ぶしゃ:歩きながら弓を射ること)競技に用いる的矢は、相手を殺傷することが目的ではないため、先端は鋭くなく「板付」(いたつき:尖っていない小さい矢)です。

また、流鏑馬(やぶさめ)などの騎射競技や各種儀式に用いる物は「引目矢」と呼ばれていました。引目矢は「蟇目矢」とも記され、桐で作った円筒の内部をくり抜いた鏑(かぶら:後述)を装着していることが大きな特徴です。

矢の種類に合わせた各種鏃

矢の種類に合わせた各種鏃

矢に見る先人の知恵

鏃(やじり)

平根(透かし鏃)4本

平根(透かし鏃)4本

矢の威力を増す鏃には、古代は動物の骨や先端を尖らせた石などが使われましたが、古墳時代にはすでに金属製が登場。

鏃は目的物を直接刺突する部位であり、その意味では弓矢の性能を決めるのは鏃であったと言っても過言ではありません。

鏃は時代を経るにつれ、より刺突効果が高くなるように工夫が施され、中世以降は多種多様な形状の鏃が存在していました。

鏃の種類

例えば戦闘用の征矢では、甲冑(鎧兜)の上からでも相手を深く射通せるように先端が尖った細長い鏃が主流に。狩猟用の狩矢は、動物の首や脚などを射切るために扁平の鏃が多く用いられました。

大雁股

大雁股

なかには先端を2枚の刃が広がる形状とし、より広い範囲で動物を射切る雁俣(かりまた)と呼ばれる鏃も登場。

また「腸抉」(わたくり)と呼ばれるタイプは、鋒/切先(きっさき)の左右に逆刺(かえり)が付いていました。これは、無理に抜こうとすると腸を抉(えぐ)ってしまうために、この名が付けられたと言われています。

一方、競技や儀式に用いる的矢や引目矢は攻撃用の鏃ではなく、前述のように木や鹿の角で作られた平題や引目に。これは対象物を刺し通すことが目的ではありませんでしたが、種類によっては敵陣の盾を射割るための征矢として使用することもありました。

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鏑矢(かぶらや)

鏑矢

鏑矢

狩矢のなかには、鏃の後ろに内部が空洞で先端に数個の小孔を開けた鏑を装着した物がありました。これを「鏑矢」と言い、飛翔中に鏑の小孔に空気が通ることで不気味な音を発し、動物を威嚇する効果があったとされています。

鏑矢は「神聖な矢」と考えられており、軍陣の「嚆矢」(こうし:合戦時の開始を告げるために最初に放たれる矢)や朝廷の騎馬行事である「騎射」(きしゃ)、武家の流鏑馬などでも用いられていたのです。

箆(の)

本古来の矢の箆は、主に篠竹を加工して用いられていました。篠竹を削っただけで表面に加工を施さない物を「白箆」(しらの)と呼び、征矢として大活躍したのです。他には砂を布に付けて白箆の表面を磨いた「砂摺箆」(すなずりの)、「藁」(わら)の火で白箆を炙って着色した「焦箆」(こがしの)、「泥沼」などに1~2年漬け置いて茶色くした「渋箆」(さわしの)なども。また、こうした箆が古くなって割れるのを防ぐために、表面に漆を塗った「塗箆」(ぬりの)もあったのです。

箆の検査

矢を爪縒る武将の図

矢を爪縒る武将の図

箆は、ほんの少し曲がっているだけでも的が外れてしまうため、戦場に出向く前に矢の曲がり具合を検査する必要がありました。

そこで武士は、左手の拇指(ぼし:おやゆび)と中指の爪の上に置き、箆を回しながら確認。これを「爪縒る」(つまよる)と言いました。

矢羽

矢羽

矢羽

矢がただの棒状では風の影響を受けやすいため、軌道を安定させるために必ず矢羽が付けられていますが、この矢羽には実際の鳥の翼や尾羽が使用されていました。

最も人気が高かったのは、「真羽」(まば)と呼ばれていた「鷲[わし]の羽」。珍重されていたのは、「白羽」(しらは)と呼ばれていた「中白鷲の羽」。

さらに最上の羽とされていたのが、「鷹」や「鴇」(とき)でした。他にも鶴や鷺(さぎ)、雉(きじ)、鶴(つる)、梟(ふくろう)などの羽も人気があったと言われています。

矧ぐ(はぐ)

矢の後方に羽を接着させるときは、まず鳥の羽を羽元から2つに割き、それぞれを膠(にかわ)で接着させて両端を桜や白樺などの皮で巻いて補強。これを「矧ぐ」と言います。このとき、鳥の羽自体が持つ微妙な湾曲や矧ぐ際の羽の角度の付け方などにより、飛行中の矢の旋回を制御していたのです。矢羽を3枚はいだ矢を「三立羽」(みたてば)、四枚はいだ矢は「四立羽」(よたてば)と言い、この2種類の矢は用途によって使い分けられました。

三立羽

三立羽は、羽を3枚同じ方向に矧いだ矢で、飛行中に旋回して対象物の奥深くに突き刺さるため、戦闘用の征矢として用いられました。また三立羽は矢羽を矧ぐ方向によって、右旋回する「甲矢」(はや)と、左旋回する「乙矢」(おとや)に分けて使用。戦場には必ずそのどちらもセットで携帯し、射るときは甲矢から先に使うことが慣わしになっていたのです。また、筈の方から見て左側(弓に接する方)を「弓摺羽」(ゆすりば)、筈と並行な羽を「走羽」(はやりば)、外側を「外掛羽」(とがけば)と名付けられていました。

四立羽

一方、矢の上下に矢を矧ぎ、さらに直行する位置にも小羽を矧いだ物が「四立羽」です。これは「三立羽」と違って旋回が抑えられるため、多くは扁平した鏃を装着して狩矢として用いられました。こちらも筈の方から見て左側が「弓摺の小羽」(ゆすりのこば)、外側を「外掛の小羽」(とがけのこば)、筈と並行の羽はどちらも「走羽」(はやりば)という名が付いています。

  • 旋回する三立羽
    旋回する三立羽
  • 旋回しない四立羽
    旋回しない四立羽

筈(はず)

矢の最尾部で結弦に番(つが)える部分を筈と言い、筈に「彫」(えり)という溝が彫られ、ここに弓の弦を引っ掛けるようになっていました。箆に直接彫を施した物を「筩筈」(よはず)と言い、多くは征矢として使用。筈を別に作って箆に差し込んだ物を「継筈」(つぐはず)と言い、主に「狩矢」や的矢として重宝されていました。

継筈は材質によって木筈、節筈(竹製の物)などがあり、儀式で使われる矢では金属や水晶、牛の角(角筈:つのはず)、鹿の角(觘筈:ぬたはず)なども使われていたのです。

特殊な矢

毒矢

鏃に様々な毒薬を塗り、敵の身体に接したときの殺傷力を高めた矢。こうした毒矢に使われる薬は「矢毒」(やどく)と呼ばれ、「安斎随筆」(あんざいずいひつ)によると「蕃椒」(ばんしょう:唐辛子)や「毒蜘蛛」、「附子」(ぶす:トリカブト)などが使われたと記されています。

火矢

戦場で敵の建物に火を放つために用いられた矢。「平家物語」では、「木曾義仲」(きそよしなか)の臣「今井兼平」(いまいかねひら)が鏑のなかに火を入れて敵の住居を焼失させたことが記されています。近世になると、火薬の併用によってますます利用頻度が高まってきました。

手突矢(てづきや)

手突矢(てづきや)

手突矢(てづきや)

弓を用いず、手で持って相手を突き刺す矢のこと。箆には篠竹より太くて丈夫な樫などが使われ、鏃の先端は槍のように鋭くなっていました。

遠方の敵を攻撃することはできませんが近くの敵と戦うときには有利で、手突矢には様々なバリエーションが登場。

例えば手裏剣のように片手で投げ付ける「打根」(うちね)や「短矢」(みじかや)、弓の代わりに武器には見えない筒に入れておいた矢を飛ばして攻撃する「内矢」(うちや)などがありました。

まとめ

「矢」とはただ先端を尖らせた棒ではなく、その用途によって飛行中に「旋回する・しない」を選んだり、またそれに合わせて鏃の種類を選んだりするなど、実に科学的な武器なのです。矢の形状のひとつひとつに込められた意味と科学的根拠に思いを馳せると、矢を鑑賞するのがますます楽しくなってくるでしょう。

弓矢を学ぶ(矢編)

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