武具の基礎知識

鐙とは

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「鐙」(あぶみ)とは、「鞍」(くら)の両側に下げ、騎乗時に足を乗せる馬具の一種。馬具がない時代、馬に乗るのは騎馬民族のように小さな頃から鍛錬をした者の特殊技能でした。そこで、「手綱」(たづな)や「轡」(くつわ)など多くの馬具が考案され、騎乗するための器具が揃っていきます。鐙は、騎乗の際にどんな変化をもたらしたのでしょうか。鐙についてご紹介していきます。

「馬具(鞍・鐙・轡・四方手・革物)写真/画像」「馬具(鞍・鐙・轡・四方手・革物)写真/画像」
芸術的価値を持つ馬の装具「鞍」や「鐙」を、解説・写真にてご覧頂けます。

馬具の歴史

馬具の誕生

馬と人間の関係は古く、青銅器時代には馬は家畜として飼われており、荷物の運搬や人々の移動に用いられていました。まだ鞍(くら)がなかった時代、人が馬に乗るときには裸馬にそのまま跨っていたのです。

やがて馬は戦争に用いられることになり、馬上で武器を使うために姿勢を安定させることが必要になります。

こうして手綱(たづな)や鞍、轡(くつわ)など多くの馬具が世界各国で開発されてきたのです。そして、最後に登場したのが鐙(あぶみ)でした。

馬に乗った武将と鞍と鐙

馬に乗った武将と鞍と鐙

馬上で体を支える鞍

水干鞍

水干鞍

手綱が考案されたことで、馬の操縦は格段に便利になりました。やがて、馬の走るスピードがあがったために、次は落馬のリスクが高まることになります。

鞍は、馬に乗った際振り落とされないよう馬上で姿勢を安定させるための器具として発明。日本に伝来した古墳時代は、木製の地に金銅製や鉄製の装飾を施した鞍が一般的でした。

平安時代になると、儀礼用の「唐鞍」(からくら)や「移鞍」(うつしくら)、日常用の「水干鞍」(すいかんくら)など多様な発展を遂げています。

人間と馬を固定するための鐙

鐙(和鐙)

鐙(和鐙)

騎乗した人間が足を掛けるための器具を鐙と言います。鐙は、馬上で両手を使う際に体を馬に固定させるために必要でした。

馬への乗り降りに不便が生じるようになり、足を乗せる台を馬から垂らしておくようになります。それが鐙誕生のきっかけです。そのため、初期の鐙は馬の左側にしか付いていませんでした。

しかし、戦場で相手を攻撃する場合に馬の激しい動きに耐えながら姿勢を保つのは難しかったことから、左右に鐙を付けるようになりました。このように、鐙は戦術が変わるとともに形を変えていきました。

古代日本人と馬

日本にいつ頃から馬が生息していたか明確には分かっていません。しかし、新石器時代の遺跡とされる「熱田高倉貝塚」(愛知県名古屋市熱田区)などから馬骨の化石が多数出土。馬や馬具をかたどった埴輪などの副葬品が全国で出土していることから、日本人は古くから馬と生活していたことが分かります。

663年(天智2年)、白村江(現在の大韓民国錦江近郊)で、日本・百済連合軍と唐・新羅連合軍との戦「白村江の戦い」(はくすきのえのたたかい)が勃発。平安時代初期に編纂された「続日本紀」に、戦の指揮をした「文武天皇」(もんむてんのう)が、唐・新羅連合軍による騎兵の強さに対し、馬の必要性を痛感したと書かれています。そのあと、白村江の戦いで大敗を喫した文武天皇は馬の飼育に力を入れ、育てた馬を騎馬用にすると法律で制定。このように、時代背景によって馬をとりまく環境は大きく変化し、鐙の形状も時代と共に変わっていきました。

鐙の形状の歴史的変遷

輪鐙(わあぶみ)

輪鐙

輪鐙

最も古い鐙は、金属製で輪の形状をした「輪鐙」(わあぶみ)です。

しかし、正確には円形ではなく輪の下方は直線に近い形になっています。これは、足先や足裏を乗せやすくするための細工です。

また、輪鐙の上方には力韋(ちからがわ:鐙を取り付ける革)を結ぶための穴が空けられ、他の馬具に取り付けることができます。

また輪鐙は、近世まで祭礼・儀式などで用いる飾馬に使われていました。さらに海外では現在もこの輪状の鐙を使うのが主流です。

壺鐙(つぼあぶみ)

1-3_壺鐙

壺鐙

「壺鐙」(つぼあぶみ)は、古墳時代末期に完成した鐙。足先のみを金属で覆う様式で、輪鐙よりも馬からの乗り降りがしやすいように工夫がされています。

また、落馬の際などに足を鐙から抜けやすくし、事故を防ぐ効果があるとされていました。のちに儀式用の馬装に活用されるようになり、「法隆寺」や「正倉院」にも多くの壺鐙が収蔵されています。

半舌鐙(はんしたあぶみ)

半舌鐙

半舌鐙

馬上で武器を扱うため、より踏ん張れる機能が求められるようになり「半舌鐙」(はんしたあぶみ)を考案。半舌鐙は、壺鐙の後方に10cmほどの踏板を伸ばした形状が用いられます。

奈良時代から平安時代末期に流行し、「伴大納言絵巻」(ばんだいなごんえまき)や「年中行事絵巻」(ねんじゅうぎょうじえまき)に、その姿が描かれていました。

舌長鐙(したながあぶみ)

舌長鐙

舌長鐙

「舌長鐙」(したながあぶみ)は、武士達が力を付けはじめた平安時代末期に登場。それは武士達が、戦場で鞍立(くらたち:馬上で鐙を踏ん張って立ち上がること)をしながらや弓を使用するようになったからです。舌長鐙は、鐙を吊り下げたときに前部が傾いてしまうのを防ぐため、随所に金属などの重りを装着して、常に水平になるよう工夫が施されています。

この機能面の高さから、江戸時代末期に「洋鐙」(ようあぶみ:海外で使用されている輪鐙)が導入されるまで、利用されていました。

鐙の名称

鐙の各部名称

鐙の各部名称

紋板(もんいた)

「紋板」(別名:渡[わたり]とも)は、鐙本体の上部と連結する透かし文様の入った部分。紋板の透かし文様は制作者によって意匠に特性があり、中世後期以降になると制作者が識別できるほど独創的な文様が作られるようになります。

踏込(ふんごみ)

足を乗せる舌の部分を「踏込」(ふんごみ)もしくは沓入(くつこみ)と言い、多くは赤漆で塗装されました。この踏込の周囲には受縁(うけべり)が設けられ、乗馬中に左右に足を滑らせない工夫が施されています。

鉸具(かこ)

舌長鐙の最上部にある尾錠式装置が「鉸具」(かこ)です。中央にある突起の鉄棒のことを「刺金」(さすが)と言い、腕時計やベルトのバックルのように、穴に通して固定。また、鉸具の輪状の上部を「鉸具頭」(かこがしら)・「高頭」(たかがしら)、下部を「鉸具首」(かこくび)・「鷹首」(たかくび)と称します。

鳩胸(はとむね)

鐙の前方のふくらんだ部分は「鳩胸」(はとむね)、または「弓型」(ゆみがた)。鳩胸の中央には「鎬」(しのぎ)が入り、両端の段差を「笑」(えみ)と言います。

鐙の種類

木鐙(きあぶみ)

鉄で、枠を作り木片を張り付け、漆塗りで仕上げられた鐙。

鏡鐙(かがみあぶみ)

木の素材に漆を塗り、表面を鏡のように艶やかに仕上げた鐙。

黒塗鐙(くろぬりあぶみ)

鐙全体に黒漆を塗り、家紋や模様を蒔絵(まきえ:金粉・銀粉で漆器に模様を描くこと)で描いた鐙。

梨子地金紋鐙(なしじきんもんあぶみ)

「梨子地金紋鐙」の「梨子地」(なしじ)とは、蒔絵技法のひとつ。金粉・銀粉・錫粉をまぶして乾燥させ透明な漆を塗り、粉が露出しない程度まで表面を磨きます。梨の皮のように表面がザラザラとした質感になることから梨子地と付けられました。この鐙を装着する場合、鞍も同じ梨子地金紋で揃えるのが慣わしです。

鉄鐙(かなあぶみ)

鉄製ですが、踏み込み部は木板を張った漆塗りの鐙です。

金銅鐙(こんどうあぶみ)

銅製の鐙に金メッキを施した鐙。他にも、鉄鐙に金銅板をメッキした「金地鐙」(きんじあぶみ)、同じく銀銅板をメッキした「白鐙」(しろあぶみ)などがあります。

籠鐙(かごあぶみ)

「籠鐙」(かごあぶみ)とは、鉄で骨組みを作るなどの透かしが入った鐙。別名、「水馬鐙」(すいばあぶみ)とも呼ばれました。構造上、実用性は高くなく装飾的な要素が強いと考えられています。

籠鐙

籠鐙

象嵌鐙(ぞうがんあぶみ)
模様や紋を象嵌(金属・木材などに模様などを刻み込み、金・銀などをはめ込む手法)を施した鐙です。
象嵌鐙

象嵌鐙

まとめ

馬は、家畜や運搬、移動手段として多くの用途で活用されました。そのあと戦で活躍するようになり、そこには多くの人々の努力と工夫がありました。そのなかで発案された鐙は、より安全に効率よく攻撃できるよう考え抜かれた器具として進化。古人が、紆余曲折を経て辿り着いた「機能美」と、日本人ならではの「装飾美」という、2通りの美しさを併せ持っているのが鐙なのです。

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