戦前昭和生まれの刀剣・歴史映画監督(時代劇映画監督)

小泉堯史

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黒澤明の遺稿【雨あがる】の映画化で56歳の年に監督デビューした小泉堯史(こいずみたかし)。その時代劇映画では山本周五郎、司馬遼太郎、葉室麟という歴史・時代小説の中心的な作者が原作です。著名な原作者の作品のなかでも主に、静かながらも知略に優れた浪人や侍を主人公に描きます。

山本周五郎の時代小説【雨あがる】

小説【雨あがる 映画化作品集】より

小説【雨あがる 映画化
作品集】より

小泉堯史は黒澤明の助手を長年務めました。助監督としては黒澤明作品の【夢】、【八月の狂詩曲】、【まあだだよ】にその名を連ねています。

監督デビューは56歳の年です。黒澤明が遺していた山本周五郎の短編【雨あがる】の脚色脚本の映像化でした。黒澤久雄(黒澤プロダクション・黒澤フィルムスタジオ代表取締役社長)や、晩年の黒澤明映画【デルス・ウザーラ】で製作を手がけた映画プロデューサー・原正人(アスミック・エース)による指名でした。

黒澤明は生前、山本周五郎【日日平安】を【椿三十郎】と題して映画化しています。このとき気弱な主人公の物語を、自身の前作の活劇【用心棒】がヒットしたことで派手な活劇内容として大幅に書き換えています。

小泉堯史が映像化した雨あがるは、派手さや華やかさとは無縁な生き方を選び、市井の人を描き続けてきた山本周五郎の普遍性が描かれています。

主人公は松平家に仕えてきた名家の武士・三沢伊兵衛(みさわいへい)です。勉学・武術にも長けており、武術ではあまりにも簡単に相手を負かしてしまい決して驕らないため座がしらけてしまうほどの腕前です。

こうしたことが何度も続いたことから三沢伊兵衛は7年前、自ら浪人生活を選ぶことにします。

自分の技術ならどこでも仕官の道はあるという気楽な考えだったものの、どこに行っても座がしらけ、仕官採用に至りません。そこで今から3年前、町道場での賭け試合をその日の糧とします。けれどもその賭け試合を妻のおたよは嫌がり、現在は貧しい行商の生活を選んでいました。

雨の続くある日、泊った街道筋の町はずれの宿屋でちょっとした騒動が起こります。そこで三沢伊兵衛は、妻に密かに行った賭け試合のお金で安宿に泊まる貧しい人々にご馳走し、その場を丸く収めました。

その翌日、路上で遭遇した達のいざこざを収めたことで仕官の話が舞い込みます。雨も上がり、ようやく貧しい夫婦にも明るい兆しが見えたと思ったなか、先日の賭け試合が仕官話に物言いを付けることになります。

映画版【雨あがる】

DVD【雨あがる】より

DVD【雨あがる】より

小泉堯史初監督作【雨あがる】(2000年〔東宝/アスミック・エース〕配給)は、第56回ヴェネツィア国際映画祭で緑の獅子賞(1999年)、第24回日本アカデミー賞では最優秀作品賞、最優秀脚本賞などを受賞しました(2001年)。

映画版では享保の時代(江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗の時代)と設定されます。

三沢伊兵衛(寺尾聰)と三沢たよ(宮崎美子)の夫妻は旅の道中、豪雨による川の氾濫から泊まることになった安宿で盗み騒動に出くわします。三沢伊兵衛は妻に秘密で行った賭け試合の金子(きんす:*金銭のこと)で宿泊客にご馳走をふるまい、騒動を収めました。

続いて、三沢伊兵衛は散歩の道中、侍達が斬り合う騒動をそのの腕で収めます。その場を偶然見ていたこの地の藩主・永井和泉守重明(三船史郎)はその腕前に惚れ、ちょうど空いていた剣術指南番に三沢伊兵衛を勧誘するのでした。

映画版では原作の三沢伊兵衛夫婦の物語を、三沢伊兵衛と永井和泉守重明の交流物語としても仕上げました。

撮影場所には、掛川城静岡県掛川市)、小國神社(静岡県)、彦根城彦根市)などが使用されています。

強欲のない知略浪人

映画版では原作の時代小説での賭け試合を、原則、金子を賭けない試合だったとして描きます。

剣術指南番の話が進むなか、三沢伊兵衛(寺尾聰)は永井和泉守重明(三船史郎)の屋敷でその詳細を語ります。

永井和泉守重明邸の縁側で談笑する永井和泉守重明と三沢伊兵衛。

三沢伊兵衛
「友達の一人がいい策を教えてくれました。江戸へ上る街道はいろいろな城下町を通る、またそこにはきっと町道場があるからそこで勝負をしろ」

永井和泉守重明
「賭け勝負をするのか!」

三沢伊兵衛
「いいえ、私その頃そんな腕はありません」

永井和泉守重明
「ではどうするのだ?」

三沢伊兵衛
「悠然と構えて門人とではなく道場主に一手教えをと頑張るのです。そして道場主と立ち会い、道場主が打ちこんでくる前に謝るのです」

永井和泉守重明
「謝る?」

三沢伊兵衛
「はい。木刀を投げ出して平伏して「参った」と言うのです」

永井和泉守重明
「それで、どうして路銀が稼げるのだ?」

三沢伊兵衛
「そのようにすると道場主はいい気分になるらしく、親切にもてなしてくれます。奥へ招き入れて膳を出し一本付けてくれたり、旅の餞別にと言って若干の金子を紙に包んでくれ
たり」

永井和泉守重明
「(笑)。なるほど名案だな、これは(笑)」

三沢伊兵衛
「私そのようにして無事に江戸に辿り着きました」

映画【雨あがる】より

葉室麟の時代小説【蜩ノ記】

小説【蜩ノ記】より

小説【蜩ノ記】より

小泉堯史はその後、現代劇(南木佳士原作【阿弥陀堂だより】、小川洋子原作【博士の愛した数式】)や戦争劇(大岡昇平原作【明日への遺言】)を経て、再び時代劇映画を監督します。

原作は第146回直木三十五賞受賞作となった葉室麟【蜩ノ記(ひぐらしのき)】です。山本周五郎、藤沢周平に通じる時代小説家の物語です。

物語の時代は徳川家斉(江戸幕府第11代将軍)、舞台は豊後国(現在の大分県の大部分)に存在するとした架空の藩・羽根(うね)藩です。主人公は元・奥祐筆(おくゆうひつ:文章管理作成職)の檀野庄三郎(だんのしょうざぶろう)です。

檀野庄三郎は城内で刃傷沙汰を起こし、切腹は免れたものの家督を弟に譲り、田舎の村で幽閉されている元・郡奉行の戸田秋谷(とだしゅうこく)の見張り役を命じられることになります。

戸田秋谷の罪は、江戸屋敷における先代藩主・三浦兼通(6代目)の側室・お由の方=現・松吟尼(しょうぎんに)との密通と、その際に小姓を切り捨てたことでした。

戸田秋谷はその秀才ぶりからすでに取り組んでいた家譜編纂が完成する10年後まで、三浦兼通の計らいによって切腹が猶予されていました。

切腹まで残り3年となっていた期間、檀野庄三郎は家譜に側室不義がいかに書かれるかを見張ることになります。

檀野庄三郎は戸田秋谷のそばで清書を担うなかで、戸田秋谷の聡明な人柄に惹かれ、罪の裏にある何かを感じていきます。お由の方=現・松吟尼は側室になる以前、戸田家に養子に入った柳井順右衛門(のちの戸田秋谷)の実家・柳井家に仕える足軽の娘でした。また斬られた小姓は、お由の方=現・松吟尼を側室にするにあたって養女に迎えた武士の息子でした。

側室不義が起こったのは先代藩主の正室が世継ぎを生まないまま病でこの世を去ってすぐのことで、側室だったお美代の方=法性院(ほっしょういん)が現・藩主(7代目)を生み、正室となったばかりの時期でした。

家柄にかかわる数々の事実が少しずつ明らかになるなかで、戸田秋谷の妻・戸田織江の夫への想い、2人の娘である戸田薫と檀野庄三郎の恋愛も育まれていきます。

表題の<蜩ノ記>は、家譜編纂の備忘録となる内容を戸田秋谷が記した日記です。

映画版【蜩ノ記】

Blu-ray【蜩ノ記】より

Blu-ray【蜩ノ記】より

小泉堯史2作目の時代劇映画の監督作【蜩ノ記】(2014年〔東宝〕配給)は、テレビ東京開局50周年記念作品として制作されます。脚本は共同で、黒澤明映画に多数参加した脚本家・井手雅人に師事した吉田求(代表作:五社英雄【薄化粧】【十手舞】、深作欣二【忠臣蔵外伝 四谷怪談】など)が手がけました。

物語は原作小説にほぼ忠実に描かれます。主人公・檀野庄三郎(岡田准一)は、幽閉されている浪人・戸田秋谷(役所広司)のもとで書生を務めながら、戸田秋谷が記す家譜の裏側にある秘密を知っていくことになります。

原作の豊後国は岩手県遠野市などで撮影されています。

強欲のない幽閉浪人

小泉堯史は原作では藩のためだけでなく領民のためにも生きた戸田秋谷(役所広司)を、藩のために生きたとします。かつての戸田秋谷のライバルで、現在は羽根藩の家老に出世している中根兵右衛門(串田和美)に戸田秋谷はこう語ります。

戸田秋谷
「企みなどございません。生きた事実を伝え、嘘偽りのない歴史を書き残すことができればそれこそが武家の鑑。お家は、必ず守られると信じております」

中根兵右衛門
「歴史を鑑にせよと」

戸田秋谷
「それが大殿との契りでございます。10年頂いたこの命、十二分に使わせて頂きました」

映画【蜩ノ記】より

そして、先代藩主・三浦兼通(三船史郎)の映画版だけのセリフとして次のように書きます。正室にからむ騒動に苦しんだ三浦兼通は、戸田秋谷の旧名・柳井順右衛門の名で心を明かします。

三浦兼通
「わしが不徳であったため、藩を乱し、お由にも悲しい思いをさせてしもうた。すでに我が藩の騒動は幕府・ご公儀に知れ、お家の取り潰し、改易のご詮議が始まるやとも知れぬと聞く。わしはその方を行く末の頼みと思っておうた。しかしもうお前しかおらん。お家のため、そなたの命、名誉もこのわしに預けて欲しい。順右衛門、頼む」

戸田秋谷
「いかようにも」

三浦兼通
「十年の間に美しい鑑を作って参れ、成仏せずその方の追いつくのを冥途で待っておる、わかるな」

映画【蜩ノ記】より

司馬遼太郎の歴史・時代小説【峠】を映画化

小説【峠】より

小説【峠】より

小泉堯史はその後、葉室麟【散り椿】を原作とする木村大作監督の同名作での脚本を経て、司馬遼太郎【峠】を原作とする自身3作目の時代劇映画に挑みます。

監督・脚本を手がけるその表題を【峠 最後のサムライ】(2021年〔松竹〕配給)とし、越後国(現在の新潟県の大部分)の小藩、長岡藩家老・河井継之助(かわいつぎのすけ:役所広司)の生涯を描きます。主人公は、激動の幕末で旧幕府軍とも新政府軍ともどちらとも違う生き方を探ります。

黒澤明の愛弟子・小泉堯史。その時代劇映画では山本周五郎、葉室麟、司馬遼太郎と歴史・時代小説の中心的な作者の映像化に挑み続けています。

著名な原作者の作品のなかでも主に、静かながらも知略に優れた浪人や侍を主人公に描いています。

著者名:三宅顕人

小泉堯史

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