戦後昭和生まれの刀剣・歴史映画監督(時代劇映画監督)

田中光敏

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【火天の城】で自身初の時代劇映画を手がけた田中光敏(たなかみつとし)。続く【利休にたずねよ】でも時代劇映画を手がけました。それらは共に山本兼一の時代小説が原作です。武士よりも技術者・職人に関心を寄せ続けた山本兼一の想いを反映し、田中光敏も技術者・職人の矜持を武士以上に色濃く描きました。

石ノ森章太郎漫画の映画化で映画監督デビュー

田中光敏は映画監督を夢見ながら、大手広告代理店の広告制作会社、テレビ制作会社のCM部門を経て、大阪で自身の制作会社を創業します(1984年)。

CMディレクターとしては、ACC(全日本シーエム放送連盟)賞、日本放送連盟賞に入賞。企業PRでは産業映画コンクール・グランプリなどを受賞します。

また、テレビドラマの監督としては、日中合作歴史紀行ドラマ【三国志の大地】(テレビ大阪開局記念特別番組)などを手がけました(1993年)。

DVD【化粧師 KEWAISHI】より

DVD【化粧師 KEWAISHI】より

CM、テレビの仕事を続けるなかで、石ノ森章太郎のビジネス漫画【八百八町表裏 化粧師】を原作とする【化粧師 KEWAISHI】(2002年〔東映〕配給)で映画監督デビューします。

江戸時代後期を舞台に架空の化粧師を主人公にしたこの漫画は、すでにテレビアニメ化されていました。田中光敏はそんな原作を、婦人運動が高まりを見せた大正デモクラシーの時代に移して映画化しました。

脚本は石ノ森章太郎作画のビジネス漫画【HOTEL】がテレビドラマ化された際に脚本を担当した横田与志が務めます。同映画は第14回東京国際映画祭のコンペティション部門で最優秀脚本賞を受賞しました。

山本兼一の時代小説【火天の城】

小説【火天の城】より

小説【火天の城】より

続いて、自身も学生時代から大ファンだったと言う歌手さだまさしの自伝的小説でNHKドラマ化もされた【精霊流し】の映画版の監督を務めます(2003年〔日活〕配給)。脚本は横田与志が務めます。同映画は第21回日本映画復興賞・奨励賞を受けました。

そして、京都を拠点とした時代小説家・山本兼一の時代小説【火天の城】の映画化にあたり、監督を務めます。

同小説は、熱田神宮の宮大工・岡部又右衛門以言(おかべまたえもんもちとき)とその息子・岡部又兵衛以俊(おかべまたべえもちとし)の親子を主人公にした書き下ろしです(2004年)。織田信長に依頼された居城・安土城を手がける築城のドラマが描かれます。発表の年、第11回松本清張賞を受けています。

映画版【火天の城】

DVD【火天の城】より

DVD【火天の城】より

映画版【火天の城】(2009年〔東映〕配給)でも脚本を横田与志が務めます。

撮影地には、兵庫県淡路市野島貴船、篠山城大書院(兵庫県篠山市)、滋賀県高島市安曇川町、安土山(滋賀県近江八幡市)、東映京都撮影所(京都市)、下鴨神社(京都市)、鴻池新田会所(東大阪市)、寝覚の床や赤沢自然休養林(共に長野県)などが使用されます。物語の重要な要素となる樹齢2,000年の檜の巨木の場面は台湾で撮影されています。

映画化に併せて様々なキャンペーンも行われます。

深谷陽作画による漫画版がさいとう・たかをがかかわる本格時代劇漫画雑誌〔コミック乱ツインズ〕で連載されます。歴史シミュレーションゲーム【信長の野望】シリーズの13作目【天道】の武将データに岡部又右衛門も加わりました。

映画化にあたり、父と息子の物語である原作を幅広い層に向けた現代的な解釈もされました。

岡部又右衛門(西田敏行)の息子を娘・岡部凛(福田沙紀)に変更し、若手大工との恋愛の場面を設けます。仕事一辺倒の岡部又右衛門を健気に支える妻・田鶴(大竹しのぶ)との夫婦愛の場面も強調されます。

他にも、築城の根幹にかかわる木曽檜を手配する杣頭の甚兵衛(緒方直人)が領主に逆らう見せ場、乱破のうね(水野美紀)のアクションシーンなどが盛り込まれました。

田中光敏個人は同映画によってのちに第37回山路ふみ子文化賞を受賞しています(2013年)。同賞受賞の翌年にも、おおさかシネフェスティバル2014で監督賞を受賞しています(2014年)。

夢を宮大工に語る織田信長

映画版では織田信長(椎名桔平)は尾張国(現在の愛知県西部)熱田の地から呼び付けた岡部又右衛門(西田敏行)に安土城の築城予定地でその夢を語ります。

原作小説における父が息子に築城場所の意図を説明する場面から変更されました。

変更によって、織田信長と岡部又右衛門との2人の信頼関係が描かれました。

夕景。安土城の築城予定地に立つ織田信長と岡部又右衛門。

織田信長
「又右衛門、何が見える?」

岡部又右衛門
「伊予の海、その向こうは比良の峰でありますな。親方様、あの山の麓には関ヶ原」

織田信長
「その向こうは?」

岡部又右衛門
「尾張、三河、遠近江、駿河、相模、武蔵」

織田信長
「あれには大坂、そして港町・じゃ。向こうには帝の住む京の都。ここは大和六十六州のど真ん中じゃ!」

岡部又右衛門
「親方様はそれでここ安土にお城を」

織田信長
「(うなずく)」

岡部又右衛門
「遥か下の縄張りまでお城になさるとは真でしょうか?」

織田信長
城郭土塁を築き、戦難の世から民を守る。大和の国に生きる一千万の民を誰が思う」

岡部又右衛門
「はぁ。大和の国」

映画【火天の城】より

優れた技術者・岡部又右衛門

安土城は5重7階とされます。

その様子は、戦国時代に来日したイエズス会宣教師ルイス・フロイスが書き記した【日本史】や、織田信長・羽柴(豊臣)秀吉の家臣だった太田牛一(おおたぎゅういち)が江戸時代初期に記した【信長公記(しんちょうこうき)】などに基づきます。

1970年代、安土城に吹き抜けがあったとする仮説が出されます。原作小説ではその吹き抜けを織田信長が希望したとしています。

映画版では、この構想の問題点に気付いた岡部又右衛門(西田敏行)の場面が次のように描かれます。原作小説にて、息子が作成した吹き抜けのある指図(設計図)と雛型を、父が否定する場面が下地になっています。

織田信長の仮御殿。
総棟梁を決める指図(設計図)争いに選ばれた池上五郎右衛門、中井孫太夫、岡部又右衛門の3人。織田信長の依頼を踏まえて吹き抜けのある雛型を用意した2人。けれども岡部又右衛門の雛型には吹き抜けがない。
突然3つすべての雛型に火を着けた紙を入れる岡部又右衛門。火の回りの速い2つの模型。対して岡部又衛門の雛型は火の回りが遅い。

岡部又右衛門
「親方様、天主に吹き抜けなどあらば、その吹き抜けは炎の道となりまする。親方様は天主にお住まいになられると申されました。されば親方様のお命をお守りするお城を作ることが我ら番匠の務めでございまする。炎の道など我が身に変えましても作ることはできません。ご容赦下さりませ」

燃え盛る3つの模型を見つめる織田信長。

織田信長
「又右衛門の天主なら落城するにしてもゆるりと舞を楽しむ暇があるのう(笑み)。又右衛門」

岡部又右衛門
「は」

織田信長
「三年で建てろ」

岡部又右衛門
「ははぁ」と頭を下げる。

織田信長
「岡部又右衛門が総棟梁じゃ」

映画【火天の城】より

山本兼一の時代小説【利休にたずねよ】

小説【利休にたずねよ】より

小説【利休にたずねよ】より

火天の城を書いた山本兼一はその後、時代小説【利休にたずねよ】で第140回直木三十五賞を受けます(2008年)。

火天の城に次ぐ題材として、豊臣秀吉と同じ時代を生きた茶人・千利休(せんのりきゅう)を見出したと山本兼一は述べています。

物語は豊臣秀吉の命で切腹するその日の朝から始まります。

そこから、豊臣秀吉との蜜月、織田信長との出会い、そもそも千利休がお茶を始めることになったきっかけへ、など時間がどんどんと遡られます。

その際、千利休という存在を短編の連作形式で複数の人間との関係性からとらえられます。

そして、そのすべての行動原理には後妻とは別の若き頃に出会ったひとりの異国女性の存在があったと独自に創作されました。

戦国武将では、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康石田三成細川忠興、古田織部らが登場しています。

映画版【利休にたずねよ】

DVD【利休にたずねよ】より

DVD【利休にたずねよ】より

田中光敏は3作目の映画監督作として、映画版【利休にたずねよ】(2013年〔東映〕配給)を手がけます。

脚本は大阪出身の小松江里子(代表作:NHK連続テレビ小説【どんど晴れ】、NHK大河ドラマ【天地人】など)が担当し、両コンビで山本兼一作品に挑みました。

撮影場所には、長等山園城寺の覚勝院や金堂(滋賀県大津市)、彦根城(滋賀県彦根市)、旧嵯峨御所 大本山 大覚寺(京都市)、臨済宗大本山 南禅寺(京都市)、東映太秦映画村(京都市)などが使用されました。

茶道の所作には、三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)が協力しています。

同作は、第37回モントリオール世界映画祭・最優秀芸術貢献賞や第37回日本アカデミー賞・優秀作品賞など9部門で最優秀賞・優秀賞を受賞しています。

映画版では千利休(11代目・市川海老蔵=現13代目・市川團十郎)と豊臣秀吉(大森南朋)のライバル関係、千利休の後妻・宗恩(しゅうおん:中谷美紀)と千利休が生涯想い続けたとする謎の高麗の女性(クララ)のライバル関係を中心に描かれました。

千利休の師匠・武野紹鴎(たけのじょうおう:12代目・市川團十郎)も重要な役どころで登場します。

自身の美を重んじ介錯を拒む千利休

映画では原作小説に基づき、千利休(11代目・市川海老蔵=現13代目・市川團十郎)の切腹の場面が次のように描かれました。

千利休は自邸の自身が好んだ狭い茶室での切腹の際、見届け役の介錯を拒否します。武家の作法よりも自身が築いた茶の美が強調されました。

千利休の自邸の茶室。白装束の千利休、座る。目の前の三方(三宝)に短刀が置かれている。

見届け役
「お見届け役を申し付かわりました」

短刀を抜く千利休。懐紙(奉書紙)を出す。

見届け役
「この狭さでは首を刎ねられませぬ」

千利休
「ならばご覧(ろう)じろ」

向き直り、切腹。

映画【利休にたずねよ】より

千利休に嫉妬し続ける豊臣秀吉

原作小説と映画版では、豊臣秀吉を通して千利休の存在の偉大さが描かれます。

織田信長(伊勢谷友介)から豊臣秀吉(大森南朋)が謹慎処分を受けた際や、豊臣秀吉が黄金の茶室を設けて開いた正親町天皇を招いた禁中茶会、豊臣秀吉が開いた北野大茶湯(北野天満宮)など、いたる場面で豊臣秀吉は千利休(11代目・市川海老蔵=現13代目・市川團十郎)にライバル心を露にします。

映画版では独自に物語の最後、豊臣秀吉の台詞でその心の内が明かされました。

見届け役、豊臣秀吉に千利休の切腹を報告。

見届け役
「半時前に茶室にて」

豊臣秀吉
「(高笑)さすが利休よ。天下の茶人よ。だが死んでしまえばもう何もできぬ(高笑)。今頃冥土で地団駄踏んで悔しがっておるわ。(悲しみも含む表情)頭を下げなんだことを悔いておろう。もうこの天下人のわしをもてなせぬのじゃ(狂笑)。嘆くがよいわ、この大馬鹿者めと(狂笑)」

映画【利休にたずねよ】より

NHK大河ドラマの脚本家・小松江里子とタッグ

田中光敏はその後、父親の認知症をきっかけに変化する都会に生きる家族を描いたロード・ムービー【サクラサク】(2014年〔東映〕配給)を監督します。

福井県美浜町を舞台にした、さだまさしの同名の短編小説を映画化です。精霊流しの映画化の際に出会った福井新聞社の記者との出会いが映画化へと至るきっかけでした。

続けて、日本とトルコの合作映画【海難1890】(2015年〔東映〕配給)を監督します。朝日放送創立65周年記念作品、BSフジ開局15周年記念作品でもありました。

同作では、明治時代に和歌山県の紀伊大島沖で起きたトルコ船の座礁事件の史実を描きます。大阪芸術大学の同窓が和歌山県串本町の町長だったことをきっかけとし、10年がかりで実現に至っています。

同作は第39回日本アカデミー賞で優秀作品賞・優秀監督賞・優秀脚本賞など10部門の最優秀・優秀賞を受賞しています。

DVD【天外者】より

DVD【天外者】より

現在最新作は、幕末から明治時代に活躍した薩摩藩藩士で実業家の五代友厚を描いた【天外者(てんがらもん)】(2020年〔ギグリーボックス〕配給)です。

以上すべての脚本は小松江里子が担当しています。

小松江里子は第48作NHK大河ドラマ【天地人】(2009年:原作・火坂雅志)以降も、NHKドラマ【かぶき者 慶次】(2015年:原案・火坂雅志)、第54作NHK大河ドラマ【花燃ゆ】(2015年)、NHKドラマ【ぬけまいる~女三人伊勢参り】(2018年:原作・朝井まかて)、NHK BSプレミアムドラマ【大富豪同心】(2019年:原作・幡大介)などのテレビ時代劇の脚本を手がけています。

山本兼一の時代小説の映画版を続けて監督した田中光敏。原作者の想いをふまえ、戦国武将以上に技術者・職人がクローズアップされました。そこでは戦国武将に劣ることのない技術者・職人の矜持が描かれています。

著者名:三宅顕人

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原田眞人

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【関ヶ原】など司馬遼太郎作品の映画化に近年取り組む原田眞人(はらだまさと)。学生時代に山手樹一郎や五味康祐、司馬遼太郎の時代小説に大いに親しみ、映画監督デビュー直後には司馬遼太郎に映画化の打診をし、断られたエピソードもあります。司馬遼太郎作品への想いは特に強く、映画監督デビューから40年以上の時を経て司馬遼太郎作品の映画化を実現させました。

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【陰陽師】の監督以降、【壬生義士伝】【天地明察】など時代劇映画を多数手がけるようになった滝田洋二郎(たきたようじろう)。時代劇映画への関与はテレビ局主導の映画製作がちょうど華やかになっていく時期でした。そんな滝田洋二郎は時代劇映画ではベストセラーに寄る大作を委ねられ、原作を脚色するうえで主に斬り合いや切腹を美徳とする武士の姿が強調されます。

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石井岳龍

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【五条霊戦記 GOJOE】で初の時代劇映画に挑んだ石井岳龍(いしいがくりゅう)。パンク・ロックに大いに影響を受けた前衛的と評される監督作品を発表し続けています。その破壊的な世界観から静けさに耳を傾けることを主題とした音楽ジャンルのひとつ、アンビエント(環境的)になぞらえた内的世界へと関心を移すなかで発表したのが自身初の時代劇映画でした。その後2作目の時代劇映画は、パンク・ロッカーが書いた小説の映画化でした。石井岳龍監督作品では時代劇であっても常に音楽的アプローチが試みられています。

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中野裕之

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SF時代劇映画【SF サムライ・フィクション】で劇場用映画監督デビューした中野裕之(なかのひろゆき)。映像監督としてミュージックビデオの黎明期から活躍し、映画監督として手がける長編映画の多くが時代劇です。ピースを自身の主題と語るその映像作品のなかでも時代劇映画では剣の腕前と平和の世が常に対立化され、観客に問いが投げかけられます。

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犬童一心

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【のぼうの城】で自身初の時代劇映画を監督した犬童一心(いぬどういっしん)。続けて【引っ越し大名!】も手がけました。それらは現在人気の時代小説家・和田竜と土橋章宏作品が原作です。両映画では槍術・剣術と知略との組み合わせが重要な要素となっています。

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約50年前の名作時代劇映画【十三人の刺客】と【切腹】のリメイクを託された三池崇史(みいけたかし)。両作では江戸時代に形成された「忠孝一致」を重んじる武士道の否定が描かれます。その後も同じく「忠孝一致」の否定を主題とする人気漫画【無限の住人】の映画化も託されます。三池崇史はそれらの時代劇を手がけるにあたり、万民、家族愛などを強調し、さらに現代の感覚で武士道を描きます。

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篠原哲雄

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本木克英

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【超高速!参勤交代】シリーズで近年の時代劇映画ブームを後押した本木克英(もときかつひで)。大手の映画・配給会社出身という恵まれた経歴によって巨匠達の技芸を受け継いでいます。また配給会社出身の経験からその監督作では女性の観客を大きく意識した時代劇映画が目指されています。

本木克英