甲冑の部位

八幡座・附物とは

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戦闘中に頭を守るために作られた兜は、甲冑のなかでも特に目立つ部位。そのため、武将達はそれぞれのこだわりや精神を兜に表象し、金物や「縅毛」(おどしげ)などで、様々な装飾を施しました。「八幡座」(はちまんざ)や「附物」(つけもの)もその内のひとつで、戦勝を祈願するのと同時に、自らの勇猛さを装飾によってアピールしていたのです。

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八幡座とは

兜の部位

兜の部位

「八幡座」(はちまんざ)とは、「兜鉢」(かぶとのはち)の頂点に存在する穴と、その周囲の金物装飾を指します。

」の頂点には、「天辺の穴」(てへんのあな)と呼ばれる穴が開けられ、その縁は「台座」、「菊座」(きくざ)、「上玉」(あげたま)と呼ばれる金物装飾が施され、戦勝を祈願するための重要な意味を持つようになりました。

八幡座の由来

八幡座は兜の頂点に据えられており、精緻な金物装飾を施された部位です。この八幡座の名は、日本の神様の1柱である八幡神(はちまんしん・やはたのかみ)に由来しています。八幡神は「誉田別命」(ほんだわけのみこと)とも称され、現在の神道では、15代天皇「応神天皇」(おうじんてんのう)の神格化であると考えられている神様です。

古くは大和朝廷の守護神とされましたが、平安時代以降、「清和源氏」(せいわげんじ)や「桓武平氏」(かんむへいし)が祀り、戦勝祈願を行なったことで、以降武家の守護神として広く崇敬を集めました。

戦国武将達は兜の頂点に装飾を施し、武運の神様である八幡神を兜に勧請することで、武運や戦勝を祈願したのです。八幡座は八幡神の宿る場所であると考えられ、天辺の穴を通って八幡神が自分に入り、身を守って下さるものと考えられていました。

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八幡座の穴

天辺の穴

天辺の穴

八幡座は本来、八幡神を勧請するために天辺の穴を装飾した物で、その天辺の穴が兜に現れるようになったのは、平安時代のこと。

平安時代後期から鎌倉時代前期の
武士は、烏帽子で包み、冠下に結った髻(もとどり:髪を頭の上に集めて束ねたもの)を、天辺の穴から引出して兜を安定させており、天辺の穴は直径4~5cmほどでした。

その大きさから、平氏の栄枯盛衰が描かれた「平家物語」には、顔面防護のために「」(しころ:兜鉢の左右に垂れた、後頭部から首を防護する部位)を傾けすぎて、天辺の穴からを射られないようにせよという注意喚起が行なわれたとあります。

鎌倉時代の中期頃に髻を天辺の穴から出さなくなると、直径は3cmほどに縮み、室町時代には2cmに満たない大きさの物が増えていきました。穴から髻を出さなくなったものの、後世には「息出の穴」(いきだしのあな)と呼ばれ、天辺の穴は主に蒸れを防ぐ目的で残されたのです。

中世における兜には、必ず天辺の穴が開けられていましたが、時代が下ると様々な形の「変わり兜」が登場し、天辺の穴がない物も制作されるようになりました。

八幡座が付いている兜

八幡座の起源は、平安時代に「大鎧」と一緒に使われた「星兜」(ほしかぶと)にはじめて現れたと考えられています。本来、天辺の穴周縁を補強するために打たれた「友鉄」(ともがね)が、平安時代中期に装飾性を増したことにより八幡座が出現。初期の八幡座は、「葵葉座」(あおいばざ)と呼ばれる友鉄の上に、金銅や銀銅の「裏菊座」(うらきくざ)、「小刻座」(こきざみざ)、「玉縁」(たまぶち)と呼ばれる金物を重ねて加飾されました。

そののち、鎌倉時代中期から南北朝時代にかけて、甲冑の装飾性が高まり、八幡座もより精緻で華やかな彫金が施されるようになったのです。

八幡座は星兜だけでなく、「筋兜」や「頭形兜」(ずなりかぶと)、「阿古陀形兜」(あこだなりかぶと)など、一般的に制作された兜には必ずと言っていいほど付けられていました。一方で、戦国時代に流行した奇抜な形の変わり兜や、西洋甲冑をもとにして作られている「南蛮兜」などには、八幡座の穴がない物が多く見受けられるようになっていきます。

八幡座の金具

八幡座は、何個もの金物を組み合わせて制作され、精緻な彫金技術で装飾されました。八幡座を装飾するために使われていた金物「座金」(ざがね)をご紹介します。

葵座(あおいざ)
八幡座に付けられた座金

八幡座に付けられた座金

葵葉座とも称され、星兜に主に見られる形式です。天辺の穴を補強するための友鉄であった「円座」(まるざ)が装飾され、変化した物。

縁が葵の葉に似ていることから名付けられました。

円座
形はシンプルな円形で、本来は天辺の穴を補強する目的で付けられていた物。

のちに装飾化が進むと、唐草や枝菊などの精緻な彫金技術を施された物が多く見られました。南北朝時代以降に見られる形式です。

菊座
葵座と同様に、天辺の穴を補強する目的で付けられた友鉄を、縁を細かく凹凸に切り、菊花の形に模して作られた物。葵座や円座の上に載せられ、菊の花に似せられた姿から、菊座と呼びました。
裏菊座
菊座に似た姿の、葵座、円座の上に重ねて付けられた座金です。菊座の中心部を窪ませることで、重ねて使用したときに上に乗る座金との密着度が上がり、見栄えが良くなるよう工夫してあります。
抱花(だきばな)
八幡座の最上部に位置する座金となる玉縁を抱き込むような形に作られた座金。花びらに見立てた金属を垂直に立ち上げた物で、「返花」(かえしばな)とも呼ばれます。
小刻座
縁に無数の細かい刻み込みが彫られている物を、小刻座と呼びます。
玉縁
八幡座の最も上に重なる座金です。玉縁は、組み合わせた座金をまとめて固定する目的で作られました。

附物とは

附物の種類

「附物」(つけもの)とは、兜に付ける「立物」(たてもの)以外の装飾品のこと。立物には主に、前立脇立頭立後立の4種類があり、その他の附属物を附物と呼称しました。特に戦国時代に流行し、兜鉢や錣にヤクや熊、牛といった動物の毛を植え付けた物が多く見られます。

附物は、大きく分けると3種類となり、それぞれ、「兜蓑」(かぶとみの)、「腰蓑」(こしみの)、「上頭巾」(うわずきん)と呼ばれました。

兜蓑
  • 諏訪法性兜(武田信玄)

    諏訪法性兜(武田信玄)

  • 乱髪天衝脇立兜(石田三成)

    乱髪天衝脇立兜(石田三成)

鳥の羽や獣の毛で作られた蓑です。兜の保護と装飾をかねて、兜全体を覆うようにあしらわれていました。兜蓑が付けられた兜で有名なのが、「武田信玄」所用の「諏訪法性兜」(すわほっしょうのかぶと)。白いヤクの毛によって兜全体が覆われており、獅子を連想させます。

また、「石田三成」所用の「乱髪天衝脇立兜」(らんぱつてんつきわきだてかぶと)も、兜蓑が付けられた物として有名です。乱れ髪のような黒い毛髪状の附物が勇猛さを表しており、現存はしていませんが、復元品が「関ケ原町歴史民俗資料館」(岐阜県不破郡)に展示されています。

「武田信玄 甲冑写し」のYouTube動画

武田信玄 甲冑写し
腰蓑
黒糸縅横矧二枚胴具足

黒糸縅横矧二枚胴具足

腰蓑とは、兜蓑よりも兜を覆う部分が少なく、錣を覆う物。

引廻」(ひきまわし)とも呼ばれ、ヤクなどの動物の毛や、鳥類の羽毛で作られました。

腰蓑が付いた兜で有名なのは、「細川忠興」(ほそかわただおき)所用の「黒糸縅横矧二枚胴具足」(くろいとおどしよこはぎにまいどうぐそく)の兜。山鳥の尾の頭立が目立つ兜ですが、錣には黒いヤクの毛が腰蓑として付けられました。

現在は、細川家に伝来する美術品や資料を展示している「永青文庫」(えいせいぶんこ:東京都文京区)に所蔵されています。

武具・書画・美術品の基礎知識
武具・書画・美術品に関する基礎知識を、様々なカテゴリ(テーマ)に分けて詳しくご紹介します。
上頭巾
上頭巾とは、革や和紙等で作られた、兜の上から被せるようにして使う頭巾。兜蓑と同様に、保護と装飾の目的で付けられました。

附物に動物の毛が使われた意味

ヤク

兜は甲冑のなかでも特に目立つ部位であったため、戦国武将達は挙って様々な装飾を自身の兜に施しました。

甲冑の装飾には動物の毛や鳥の羽がよく使用されましたが、これには勇猛さを表象する目的があったとされています。

特によく使用されたのが、熊やヤクの毛。熊は当時、日本における最強の生物だとされており、熊の毛はその強さのシンボルとされていました。

ヤクは、チベット高地に生息するウシ科の哺乳類。当時の武将達は、ヤクを獰猛な生物と認識し、その勇猛さにあやかるため、甲冑にその毛皮を付けたのです。

1572年(元亀3年)に起こった、徳川軍と武田軍の戦いである「一言坂の戦い」(ひとことざかのたたかい)において、武田軍の将であった「小杉左近」(こすぎさこん)は、徳川軍の猛将「本多忠勝」の武功を称える狂歌「家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八」を残しました。

このとき詠われた「唐の頭」とは、ヤクの角と毛が付けられた兜のことで、当時の輸入先であった唐の名を冠し、ヤクの毛と角を使った兜を唐の頭と呼んだとされます。

「本多忠勝 甲冑写し」のYouTube動画

本多忠勝の甲冑の写しを
YouTube動画でご覧頂けます。

本多忠勝 甲冑写し

八幡座・附物とは

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甲冑の胴

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甲冑(鎧兜)における胴は、胸から腹の下までの前面と側面、背中をカバーする防具です。その中でも、特に人の胴体を保護するのが、甲冑(鎧兜)の胴。人の胴体には多くの内臓があり、頭や首と同様、優先的に守る必要のある部位です。胴もそれに合わせて、大きく丈夫に作られています。甲冑(鎧兜)の胴の種類や、その姿が時代と共に、どのように変化していったのかをご説明します。

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甲冑の袖

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兜の種類と特徴、立物、面頬、機能

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面頬(面具)の種類

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面頬(めんぽお/めんぼお)に取り外し可能な鼻が付属するようになると、様々な表情が作出されるようになりました。表情のある面頬(面具)は、着用した武者達にとって、仮面の役割も果たし、ときに怒り、ときには笑みを浮かべます。美女や老婆、翁さらには動物、鬼霊、神仏まで。様々な表情の面頬(面具)が制作されるようになりました。こうした表情は、敵を当惑させ、不気味さを感じさせるなど、精神的な揺さぶりをかける役割も果たしていたのです。面頬(面具)に表現された表情についてご説明します。

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